Section4-7 喰うか喰われるか

 愛沙が放り投げられた瞬間、ウロボロスも紘也同様に動こうとした。

 しかしそうしなかったのは、ヴァンパイア側に異変が起きたからだ。

「三人とも、悪いけど、一度僕の魔力に還ってもらうよ」

 ヴァンパイアはそう言うと、真ん中にいたバックテールの蝙蝠娘の首筋に噛みついた。

「あぐぅ!? い、いたいいたい……んん……んあ!?」

 トロンと目を恍惚させて弛緩した蝙蝠娘は、そのまま光の粒子――マナとなってヴァンパイアへと吸い込まれる。

「シエ!?」

「……旦那様、あの、私たちも?」

 返事することなく、ヴァンパイアは残った二人にも順に噛みついた。「んぎゃ」「……あうっ」と喘いだ後、その二人もヴァンパイアに吸収され、消えた。

 瞬間、ヴァンパイアの魔力が爆発的に膨れ上がった。先程の傷も完全回復している。口元の血を拭い、ヴァンパイアは不敵に笑う。

「くくく、今度こそ本当に僕の本気だ。契約者が落下死したのは残念だけど、君が『人化』を解かないのであればこのままでも充分に戦える」

「なに言ってんの? 紘也くんは死んでないよ。もちろん、愛沙ちゃんも」

 紘也と契約しているからわかる。彼との魔力の繋がりを、命の鼓動を感じる。彼はまだ死んでいない。

「だとしたら、助けにいかないのかい?」

「あたしは紘也くんを信じてるんだよ。それに、あたしの仕事はあんたをぶっ飛ばすことだからね」

 ウロボロスは背中に金の竜翼を出現させる。

 羽ばたき、離陸する。

 ヴァンパイアと同じ目線まで飛翔し、凄みを利かせ、言う。

「あんたやり過ぎ。流石のあたしもプッチンときたよ。だからあたしがあんたを惨たらしく喰らってあげる」

 一羽ばたきだけでウロボロスはヴァンパイアに突進した。黄金色の大剣を構え、袈裟斬りに振り下ろす。が、黒い霧の転移でかわされる。

「まだまだぁ!」

 間髪入れず後ろを振り向き、大剣を刺突。高速で剣身が伸びて現れた黒霧を貫いた。

「残念、ハズレ」

 大剣は僅かにずれた位置を突いていた。ヴァンパイアは右手を前に翳すと、その五指の先端に魔力の塊を生む。スーパーボールくらい小さいが、圧縮された魔力は相当な量だ。

 五つの魔力弾が同時に撃たれる。無論そんなものに当たるはずもなく、ウロボロスは避けながら手首を捻って伸ばした大剣を操作する。

 刃がうねり、剣尖が予測不能な軌道を取りつつヴァンパイアの心臓を狙う。

 が、寸前で見切られ、必要最小限の動作で避けられる。

 一息の間も与えないように大剣を操作し、ウロボロスは何度も何度もヴァンパイアの急所を狙う。だがやはり、その全ては空振りに終わった。

「だったらこれはどうかな?」

 ウロボロスは掌に魔力を集中。夜闇を振り払うほどの輝きが爆発し、練り上げた魔力を光線としてぶっ放す。

 超速で直進する魔力光は、とても避けられるようなスピードと範囲ではない。触れれば一瞬で塵となる威力だ。

 だが、相手はアンデットの帝王。ハルピュイアのようにはいかない。

「確かに凄まじい攻撃だけど、この程度かい?」

 声は頭上から。

 見上げるが、そこには闇を纏ったヴァンパイアの拳が迫っていた。避け切れない。

 殴打されたウロボロスは、空中に衝撃の波紋を残して弾かれたようにその身で商業施設の建物を破壊した。

「出てくるんだ。〝無限〟のウロボロスがこんなお遊びでくたばるわけがないだろう?」

 バゴン! 瓦礫を跳ね除けてウロボロスは再び飛翔する。

「当ったり前だよ。あたしの恐ろしさをあんたに刻むのはここからだからね」

 ウロボロスは掌に魔力の光を凝集し、ぶっ放つ。当然のように転移でかわされた。

「まったく恐ろしいよ。まさか同じ手を使ってくるとはね」

「そいつはどうかな?」

 ウロボロスが握った大剣を軽く揺する。と――

「――ッ!?」

 ヴァンパイアは背後から迫る剣尖に気づいて瞠目した。奴の転移には前後にモーションがある。先程の数手でそれを正確に見極めた。だから転移先に前もって〈ウロボロカリバー〉を張り巡らすこともできる。

 今度は転移する間も与えない。

「フン!」

 鼻で嗤い、ヴァンパイアは迫りくる剣に漆黒のマントを巻きつけて受け止めた。刃の伸長が停滞した瞬間に転移。出現場所は――ウロボロスの後方。

「さようなら。そしていただきます」

 黒霧の中から吸血の牙を剥き、ヴァンパイアが襲い来る。剣を戻している暇はない。伸びる剣さえ止めてしまえばウロボロスは隙だらけになる、と思ったのだろうが――

「歴戦のウロボロスさんを舐めないでよ。いただきますはこっちの台詞」

 かぷり、とウロボロスは左手に噛みつく。噛みついたまま、右手をヴァンパイアへ翳す。

「今さらなにをやっても遅――!?」

 ウロボロスを捕まえるために伸ばしたヴァンパイアの腕が、寸前で空間に呑まれた。

「む? なんだこれは? くっ、どういうことだ、抜けない――――なっ!?」

 ヴァンパイアは気づいたのだろう。彼を取り巻く周囲の空間が歪み、竜の頭のような姿を形成していることに。そして、その口にあたる部分に自らの手を差し入れていることに。

「もがいても無駄だよ。愛沙ちゃんに怖い思いをさせたあんたは、あたしの〝無限〟にぶち込む刑に処します。行き先は牢獄用無限空間。一日ほどであんたは存在が分解していなかったことになるから、それまでせいぜい足掻くんだね」

 最初からこれを狙っていた。ただ、向こうから突っ込んでくれないと意味がないため、そうするようにわざと隙を作って促したのだ。

 開いた左手を握る。竜の顎が閉じられいく。

 既に片腕を絡め取られたヴァンパイアに成す術はない。彼の顔は血の気が引いて真っ青になり、涙と鼻水でくしゃくしゃだった。

「く、や、やめろ、僕はまだ消えたくない! そうだ、転移を……なっ、なぜできない!?」

「残念、これも一種の転移だから。転移中に転移はできないよね。まあ、たまには自分が喰われる立場になってみるのもいいんじゃない?」

「これが、ウロボロスの……う、あ、あああああああああああああああ――――」

 断末魔の悲鳴が途切れ、ヴァンパイアは『喰われた』。

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