Section4-5 無光の個種結界

 視力が全く利かないヴァンパイアの個種結界の中、ウロボロスはどこからくるかも予測できない拳打や蹴りの猛襲に堪えていた。

〈竜鱗の鎧〉と〝再生〟のおかげでダメージこそ微々たるものだが、一方的に攻められるだけで反撃に転じられない。

「くくく、どうした、ウロボロス。速攻で僕を倒すんじゃないのかい?」

「ええ、速攻で倒しますとも。でもまだそのタイミングじゃあないんだよ」

「減らず口を。――いいだろう。もう少し甚振ってもよかったけど、手早く君を行動不能にしてあげるよ!」

 ヴァンパイアの気配が闇の奥へ消える。感知できないほど魔力も抑えられているため居所が掴めない。わかることといえば、紘也の方には行っていないということだ。紘也の魔力は乱れていないから、ウロボロスが暗闇でもたついている間に彼が襲われるような事態にはなっていない。

 ヴァンパイアは、今度こそ邪魔されないようにウロボロスを叩き潰す腹なのだろう。

「そうはいかないよ」

 長年使っていなかった感覚を馴らすのに少々時間を食ったが、反撃の目途は立った。

 ――後ろ。

 首を掴まんと伸ばしてきた手を、頭を僅かに横へ傾けてかわす。無論かわすだけでは終わらせない。ウロボロスはその腕を逆に掴むと、一本背負いの要領でヴァンパイアをコンクリの床面へと叩きつけた。

「――!?」

 ヴァンパイアの驚愕が気配で伝わる。だがすぐにウロボロスの腕を振り払い、飛び起きて距離を取る。

「僕の攻撃が見切られた? まさか、偶然だ」

「偶然だと思う?」

「思いたいけど、それはこれから確かめてみるよ」

 前方から強い魔力が接近するのを感じる。

 が、それは囮だ。

「見え見えだね」

 ウロボロスは腕を振り払って迫る魔力を薙ぐ。案の定、それは魔力弾だった。

 振るった腕の勢いを殺さぬまま体を捻じる。紙一重の位置を真横から強い魔力が通り過ぎた。これも、魔力弾。

「――そこ!」

 二重のフェイクに隠れて背後から襲ってきた本体に肘打ちをぶつける。恐らく顔を潰したのか「ぶがっ!?」と奇妙な悲鳴が聞こえた。

「な、なぜ、僕の個種結界の中でこれほど動けるんだ……?」

「慣れたからだよ」

 即答すると、ヴァンパイアは動揺を孕んだ声で返す。

「慣れる? 馬鹿な。目が慣れるような闇ではないよ」

「目じゃあないんだよ」

「じゃあ、なんだと言うんだい?」

「姿や気配、魔力は隠せても、体温までは隠せないからね」

 ヴァンパイアの息を飲む気配。そう、ウロボロスはヴァンパイアの体の熱を感知することで居場所を特定し、行動を読んでいたのだ。アンデットの帝王と謳われるヴァンパイアだが、死人とは違う。人間よりは低いだろうけれど体温だってちゃんとある。

「……そうか、僕はまだ無限の大蛇を見縊っていたようだね。温度の微妙な変化を検知して獲物を探す、まさに蛇のような能力を持っていたというわけか」

「みんなして蛇蛇言うな! あたしはドラゴンなのに!」

 ウロボロスは蛇に近いけど、部族で言えばドラゴンに分類されるのだ。ここ重要。

「『人化』していてこの強さ。ますます君の血が欲しくなったよ」

 ヴァンパイアの熱が微かに変動し、一鼓動の内にウロボロスへと接近する。速いが、〝貪欲〟の魔力強化で身体能力も向上したウロボロスにとって追いつけないスピードではない。

 存在を感知できるようになればこっちのものである。繰り出される拳を、半身を捻ってかわし、そのまま脚を鞭のように撓らせる。

 しかしヴァンパイアは寸でのところで後方へ飛び退り、高々とジャンプする。最早ヴァンパイアは気配や魔力を隠すつもりもないらしい。

 上方から高密度の魔力の塊が降ってきた。ヴァンパイアの魔力弾だ。ウロボロスは瞬時に〈竜鱗の鎧〉を纏わせた腕でそれを弾く。

 さらに間髪入れずその場から飛び退く。一瞬遅れて何者かがすたりと着地する。当然、ヴァンパイアだ。

 ウロボロスは無限空間に手を入れる。引き抜いた黄金の大剣――〈ウロボロカリバー〉で一閃。ヴァンパイアは避けるために跳んだようだが、無駄だ。この剣からは逃れられない。ウロボロスの意思でどこまでも伸びる剣身が敵を追う。

 ザシュッ、というはっきりとした手ごたえを感じた。「ぐあっ」と聞こえてきた呻き声はヴァンパイアのもの。間違っても紘也や愛沙を斬ってなどいない。

 感覚的には浅かった。まだ敵は生きている。未だ個種結界が存在していることがそれを証明している。そう判断して次の一手を打とうとしたウロボロスだったが――


 突如、暗闇が消し飛んだ。


 と言っても元々夜だったわけなので周囲は淡黒く染まっている。それでも全容を視認できる程度には明るくなった。

 見ると、ヴァンパイアは血溜まりの中で膝をついていた。斬ったのは手で押さえている腹部のようだ。しかし、個種結界が消えたのにどうして生きているのだろうか。

 斬られたショックで解けたとは考えられない。個種結界は一度発動させればあとはオートで持続されるからだ。解けるとしたら本人の意思で結界を維持している魔力を断つか、絶命するかだ。

「なんで結界解いちゃったの? アレがあった方があんたにとって都合がいいでしょ」

〈ウロボロカリバー〉を肩に担いでウロボロスは訊ねた。

「ぐ……それは、僕の方が知りたいね。どうして解けたのか、一番驚いているのは僕なんだけど」

 紳士服を血で染めたヴァンパイアがよろめきながら立ち上がる。と――

「ウロ! なにやってんださっさと止め刺せよ!」

 屋上の隅付近から紘也が駆け寄ってきた。

「オゥ! もしかして紘也くんがなにかした感じ?」

「俺はどうにか愛沙を助ける。だから早くそいつ片づけろ」

「ううぅ、こんな時までスルーしちゃいやんいやん」

 あの御主人様はどうしてウロボロスと会話のキャッチボールをする気がないのだろうか。

「くく、そうか。やはり彼は只者ではなかったようだ。君を倒すにしても、彼の魔力を奪うにしても、本来の僕の力を取り戻さなければならないらしい」

 スルーされた精神的ダメージで落涙するウロボロスの隙を突き、ヴァンパイアが跳躍した。狙いは紘也――かと思いきや、彼はどういうわけか愛沙を拘束している蝙蝠娘たちの下へ飛んでいく。浮遊の魔術を使っているようだ。

 ジャイアントバットにウロボロスの相手をさせて、その間に紘也を襲う気なのか?

 そう考えたが、どうやらそれも違っていた。

「きゃっ」

 ヴァンパイアは愛沙の腕を掴んで蝙蝠娘から引き剥がした。

「まさか、ここで人質を!? ウロ! どうにかしろ!」

「イエッス! もうこれ以上愛沙ちゃんに指一本触れさせないよ!」

 ウロボロスが背中に竜翼を出現させようとした次の瞬間――

「君、もう邪魔だから」

 冷酷に告げて、ヴァンパイアは愛沙を放り捨てた。

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