Section5-6 王威の風

 同時刻――幻想島アトランティス上空。


「なんですか今の光は!?」

 グリフォンとヴィーヴルのめちゃくちゃな戦闘に介入するタイミングを見計らっていたウロボロスたちは、突如遠くから立ち昇った透明な光の柱に目を丸くした。

 契約の魔力リンクからわかる。あちらは紘也のいる方角だ。すぐにでも駆けつけたいところだが、こちらも放っておくわけにはいかない。

「……グリフォンとヴィーヴルの動きが止まりました」

 ウェルシュに言われて見ると、あの光のおかげか、風と火炎の攻防が停滞していた。両者とも光の柱の方角を見詰めている。

「チャンスですね。行きますよ」

 頷くウェルシュと共に翼の推力を全開にして飛ぶ。だが戦闘の停滞は一瞬だった。すぐにヴィーヴルが光の柱などどうでもよさげにいくつもの小太陽を上空に作成する。

 隕石のごとく降り注ぐそれらを、ウロボロスはグリフォンに当たらないものだけ魔力弾で撃墜した。

「はいはいそこまです! 戦(や)るのはいいですけどもう少し大人しめに戦ってください!」

 両者の間に両手を広げてウロボロスたちは割って入った。

 が――

「てめえら邪魔だぁあっ!!」

 介入も虚しくヴィーヴルは小太陽の乱射を止めなかった。

「あんたちょっとは躊躇え気が狂うのも大概にしてください!!」

 再びウロボロスは魔力弾で小太陽を撃墜。どうやらグリフォンが近くにいるとヴィーヴルは構わず大技を連発するようだ。ついでにうっかり魔力弾で吹っ飛ばしてしまった。

「あがぁあっ!?」

「ヴィーヴル……ッ!?」

 オレンジ色の軌跡を描いて飛んで行くヴィーヴルをウェルシュが慌てて追いかける。島の反対側くらいまで飛んだような気がするが、手加減したから消滅までは行ってないと思うので気にしないことにするウロボロスである。

 残る問題児は――

「……どういうつもりか聞いておこう」

 こちらは大人しくウロボロスたちに介入されたグリフォンだ。

「どうもこうもないですよ」ふん、とウロボロスが鼻息を鳴らし、「あんたらに好き勝手暴れられたら下に大迷惑なんです。あたしらはこれでも遠慮して戦ってたんですよ?」

「そうは思えん乱射っぷりだったがな……まあいい。俺は寛大な王だ。引き裂く順番が戻ることを許可する」

 すました顔で腕を組むグリフォン。どこまでも上から目線が気に入らないが、再び戦闘に入る前に訊いておかなければならないことがある。

「ていうか、さっきあっちの方がすんごい光ってましたけど、あんたなにか知ってんじゃあないですか?」

 まだこちらの戦闘の被害からは遠い場所で立ち昇った透明な光の柱。それが消えた今でも得体の知れないとてつもない力をウロボロスは感じ続けていた。

 幻獣ではない。

 人間とも思えない。

 けれど、なにかが現れたことだけは間違いないだろう。

「知らん。が――」

 グリフォンは腕を組んだまま光の柱が昇った方を見る。

「まあ、大方予想はつく。リベカたちが求めていた『主』とやらが復活したのだろう。残念だったな。俺にはどうでもよいが、貴様らの目的は果たせなかったわけだ」

「? なんの話ですか? 『主』ってなんですか? 『黎明の兆』はなにがしたいんですか?」

「そうか。貴様らはなにも知らんのか」

 ククッ、とグリフォンは不敵に嗤う。

「とはいえ俺もなにも聞かされていないし興味もない。だが、これは王としての勘だが、あの駄馬が連れ去った人間の小娘は恐らく……人柱だ。もう生きてはいまい」

「なっ!?」

 聞くや否や、ウロボロスはほぼ無意識に身を反転させていた。

「おい、俺を無視して行くつもりか?」

 飛び去ろうとしたウロボロスの翼がガシッと掴まれる。

「逃げ行く雑魚に追撃する趣味はないが、貴様がリベカの邪魔をしないよう相手をすることが俺の仕事でな」

 ウロボロスが行きたい方向とは真逆にぶん投げられる。

「この――ッ!?」

 空中で体勢を整えたところでウロボロスは気づく。自分の周囲の狭い範囲で風が荒ぶっていた。

 ――風の檻に閉じ込めようってことですか?

 いや、そんな生易しいものではない。風の範囲は次第に縮まり、掠っただけで〈竜鱗の鎧〉を纏っていても斬り裂かれてしまった。

 風に触れる度に感じるゾクッとした怖気。恐怖ではない。絶対的な相手に対する竦み。

「俺の風は〝王威〟の風だ。無意識に屈服した貴様がいくら鎧を纏おうと脆くなる。その屈服状態で異空間に逃げ込めるならやってみるがいい」

 思い知らされる。理性ではなく本能に。この風は絶対に突破できないと。自分はここで消滅するまで刻まれ続けると。

 だが、そんなものに負けられない。

 本能がだめでも、理性が無事ならなんとでもしてみせる。

 ここまでの戦闘で既に一度〝貪欲〟の魔力ドーピングを使っている。自らを食むウロボロスは〝消滅〟の象徴。短期間にそれを繰り返せば流石に危険だが、やるしかない。

「こんなところで消滅するようなウロボロスさんじゃあないですからね」

 自分を鼓舞するようにそう言って、ウロボロスは左手首に噛みついた。

 二回じゃ足りない。〝王威〟を完全に蹴散らすには三回は必要だ。

 消耗を考えて勝てる相手ではない。

 啜った血液が魔力として漲る。高まった魔力は大気をビリビリと振動させ、尚もウロボロスを切り刻んでいた裂風をその圧力だけで吹き飛ばす。

 そのコンマ一秒後、ウロボロスはグリフォンの眼前で拳を振るっていた。

「なにっ!?」

〝勇猛〟のグリフォンが初めて動揺を見せた。その滑稽な様子をゆっくり眺めていたかったが、そんな暇は当然ない。顔面を殴りつけられたグリフォンの体は音速を超えて大地に叩きつけられた。

 響き渡る轟音。そして爆発的に吹き上がる土煙。今まで何度もやられたことを数倍にしてやり返すことに成功した満足感に浸るのも一瞬、ウロボロスは光の柱が昇った方向へ飛翔を始め――


「そんなに行きたければ俺が送ってやろう」


「――ッ!?」

 背後に現れたグリフォンが蹴りを放つ。纏った〝王威〟の風が翼の付け根で炸裂し、再びウロボロスが吹き飛ぶ番になってしまった。

「がはっ!?」

 今の一撃で骨がいくつもポッキリ逝った。もちろん魔力ドーピング中なので折れた瞬間には既に〝再生〟したが、痛いものは痛い。けれど一瞬だけ姿が見えたグリフォンもノーダメージではなさそうだった。寧ろアレで何事もなかったのならウロボロスはちょっと自信喪失していたところである。

 蹴り飛ばされた勢いで体の自由が利かないまま、ウロボロスは本日何度目かの地面との衝突を経験した。

「痛てて……あんにゃろ、なんつう身体能力してるんですか。ホントにグリフォンですかアレ?」

 普通なら『痛てて』じゃ済まないことを口にしつつウロボロスは飛び起きる。正直、三回のドーピングについて来られたのは驚愕物だった。でも今なら勝てない相手ではないことも先程の一発で証明されたと思っていい。

 視界を覆う土煙を軽く腕を振るって払い除ける。そこはどこかの際議場のようだった。石造りで古めかしい印象は遺跡的に大変な価値がありそうだ。どうでもいい。

「とにかく、愛沙ちゃんの無事を確認したら今度こそブチのめしてやりま……す……」

 言いながら視界に映った光景を、ウロボロスは理解できなかった。

 わけがわからず声も失った。まるで時間を止めて切り取ったように、その部分だけが何分も何時間も感じるほど長くウロボロスの目に映り続ける。

 祭壇の上に立つ見知らぬ少女と女性。

 光の十字架に捕らわれている山田。

 慌てたように走る葛木香雅里。

 その先で驚愕に目を大きく見開いている鷺嶋愛沙。

 誰もがウロボロスなど気にも留めず、ただ一点を見ていた。


 祭壇の少女から放たれた透明な光線が、秋幡紘也の左胸を貫く瞬間を――。

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