1.竜を拾ったよ

りゅうを拾ったよ」

無邪気な少女の笑顔を振りまきながら僕に話しかけてくる。

全く、いつもそうだ。かりんの話には脈絡が無い。唐突でいて意味不明。それでいて話の続きを聞かずにはいられない。かといって続きを聞いて得したことなんてほとんどない。迷惑をこうむったことは数知れないのだが。

「へぇ~。それって何?なんかのおもちゃ?フィギュアとか?それとも比喩的な意味での竜ってやつ?」わかっていても僕はつい訊ねてしまう。ほんとうにこれが無ければどれだけ時間を有意義に使えるもんだか。


「ううん、捨て竜みたいなの。あんまり小さくって震えながら『きゃうおきゃうお』鳴いてたから可哀相になって、ついうちに連れて帰って来ちゃった」

ああそうですか。捨てられてたんですか。『キャウオキャウオ』という泣き声はとても僕には真似出来そうに無かったけど、かりんは本当に聞いてきたかのように器用に鳴き真似をしてたので、一瞬信じそうになった。しかし、現実問題として『竜』なんて生き物はこの世に存在しないし、かりんのうちといえば、僕のうちでもあるわけで。僕のうちになんだか世話のかかる存在を持ち込まれるのは、出来れば避けたい。


「この子なの。お腹も空いてると思うんだけど何を食べさせたらいいのかなぁ、、、」

そういってかりんは薄汚れたダンボール箱を差し出した。もちろん、がさごそいう物音も聞こえないし『キャウオー』なんて泣き声も聞こえない。でも、見るからに捨て猫や仔犬が入っていそうなダンボールだった。僕はそれをいったん受け取った。重さはどうだろう?ダンボールだけの重さではない。毛布くらいは入っていそうな微妙な重さ。それと悟られないように、揺すってみたが中に何が入っているのか、あるいは何も入っていないのかは想像できなかった。すぐに中を見てみたい気持ちは強かったが、そんな勇気は毛頭無かったので、僕はいったんそれを玄関のたたきに置いた。



「あのさぁ、かりんが可哀相に思う気持ちはわかるよ。だけどこういうのって勢いだけで行動したら、拾われた方にも迷惑がかかることもあると思うんだ。それに、叔父さんも叔母さんもしばらく居ないし、学校もあるし、僕達二人で面倒見れるもんでもないし」

僕が言いたかったのはもちろん、元の場所に戻しましょう、叔父さんも叔母さんも到底許してくれるとは思わないよ―――例え中身がどんな一般的な、無害な、愛らしい動物であったとしても―――だ。少し回りくどい言い方に変えたのは優しさ・・・ではなく、かりんの反撃を考慮してのことだ。泣き虫のくせに、―――何かのきっかけで、ただしそのきっかけの傾向はつかめていない―――いざ火が点くと途端に饒舌になり、自分の意思を曲げようとしない。何度となくかりんのその熱意のある雄弁な反論にこてんぱんにされそうになり、最終的にはほとんど僕の意見を聞き入れてくれるのだが、そのために必要とされるだろう労力は計り知れない。なので、かりんを怒らせず、かといって号泣させるでもなく、ほろっと涙を浮かべるくらいの内容、口調。これがここのところうまくいってるのでしばらくは同じ戦略で攻めている。どうだろう?少しは自分の無力さを感じとって、諦める方向へ考えを進めてくれないだろうか?


「でも、さっちゃんも協力してくれるっていってるの。わたし達が学校に行っている間はさっちゃんに預けておいたらいいし、お父さんには帰ってきたときにちゃんと話すから」そう話すかりんの目には涙もないし、諦める気持ちなど微塵も感じられなかった。と同時にさっちゃんが出てきただけで僕の立場は急速に危ういものになってしまう。でも、、、さっちゃん?さっちゃんに話をしたの?それでさっちゃんが協力するって判断を下した?本来、かりんが僕を差し置いてさっちゃんに相談したということだけで十分な驚きだというのに、あのさっちゃんが協力を申し出たという一言で、もしそれが本当なのだとしたらこのダンボールの中身は犬でも猫でもなく、まさか子竜が本当に入っているとは思えないけど、それと同じくらいインパクトのある存在だと想像できてしまう。もしくは、綿密に計算された陰謀ではないのかといった思いも湧いてくる。だめだ、関わってはだめだ。




「元の場所に返しておいで。きっと僕達よりも上手に面倒を見れる人が拾ってくれるよ。もしかしたら、捨てた人がやっぱり心変わりして連れ戻しにくるかも知れない」

「どうしても、、、だめ?」いつもの勝気な性格は顔を出さずに、しょんぼりした顔でダンボールを見下ろしながらかりんが聞いてくる。

「だめ」付け入る隙を与えないように僕は言い切る。

「いいよ。じゃぁさっちゃんにしばらく預かって貰っとくから」

「それがいいなら、そうしたら?帰ってきたらご飯にしようね。今晩はカレーだから」

早く帰ってきてねの思いと、竜のことは忘れて一緒に仲良くご飯にしようと咄嗟にでた言葉だったが、なかなかいい線だ。カレー作っといて良かったと自分を褒めたくなる。しかし、かりんはそれに答えることもなく、ダンボールを抱えると、家を出て行ってしまった。


かりんの去り際に『キョアオウ』と何かの鳴き声が聞こえた気がした。

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