第四十六章 30

 百合がデビルの遺体と霊体に術をかける。

 再生する事もできない体から、霊魂が抽出されて、百合の手元にストックされる。遺体は腐らぬように一時的に保存する術をかけただけだ。後で屋敷に運んで、死体人形に作りかえるつもりでいる。


 睦月と亜希子、そしてやっと復活した白金太郎のいる場所に、百合は戻る。


「百合とデビルの戦い……。いや、あれは戦闘なんて呼べなかったねえ。一方的な蹂躙だよ」


 感心と呆れが混ざった顔で、睦月が言った。


「あら、睦月。私は戦うなんて一言も言ってませんわよ。最初に言ったでしょう? 私の狩りの時間だと」


 百合がにっこりと笑ってうそぶく。


「ママ、こんなに強かったんだ……」

「何を今更! 俺は全然見てなかったけど、百合様の勝利を微塵も疑ってなかった!」


 呆気に取られている亜希子と、胸を張って威張り散らす白金太郎。


「確かに見た感じは百合さんの圧勝だったけど、実際の所、百合さんと邪神化したデビルは、力がかけ離れていたわけじゃあない。それどころか、単純な力だけなら、デビルの方が上だったかもしれねーぞ」


 横で話を聞いていた輝明が口を出す。


「死霊術師であったという、怨霊が力の源である邪神からすれば相性最悪の敵であったということと、邪神化したデビルと一戦交える事を想定して備えを施していたこと、そしてデビルが頭パーだったから、そのおかげで一方的に蹂躙できた。まさにこれは、対峙したその時に勝負は決している構図の見本みたいなもんだな。最初からデビルに勝ち目なんてなかった」

「流石は千年に一人の天才児と呼ばれる、星炭流二十六代目継承者だけはありますわ。よく見ていますわね」


 輝明の冷静な分析を聞いて、百合は満足そうに微笑んだ。百合の笑顔を見て、輝明も嬉しそうに微笑み返す。


「やれやれ、俺にとって厄日だったよ。あはぁ……」


 苦笑いを浮かべる睦月。おぞましい記憶に当分悩まされそうだと意識すると、げんなりしてしまう。


「ママ、デビルは殺したけど、霊はゲットしたんだよね? そいつがまた怨霊になって睦月を襲うとかするかもしれないし、そんなの家の中に持ち込むの、気持ち悪いわ。やめてほしい」


 亜希子がいやそうな顔で訴える。


「百合様を見くびるなっ。百合様に限ってそんなことは有り得ん!」


 白金太郎が唾を飛ばして豪語する。唾が少し飛んできたので、亜希子が身をのけぞらせ、さらに嫌そうな顔になる。


「私の力を見くびらないでくださる? 霊は完全に支配下においてきちんと管理しますから、心配はいりませんわ。それと白金太郎は人の台詞を横取りしないでくださる? 罰が必要ね」

「そ、そんなっ、俺は百合様に余計な台詞を言わせまいと、手間を省いてあげようと、何より百合様の貫禄付けのためにも、つまらぬ台詞は俺が引き受けた方がよいと思って!」

「だからその余計な気遣いをやめてほしいと、何度言わせればわかるのかしら……」


 狼狽しながらも主張する白金太郎。百合の声に怒りのトーンが滲む。


「そうでしたっけ? でも何でです?」


 しかしあっけらかんと質問してきたので、百合も毒気が抜けてしまう。


「私がまるで、太鼓持ちの小姓をはべらせているかのように、低く見られてしまうでしょう?」

「えーと……わかりませんっ。どういうことでしょう?」

「この例えは言いたくありませんけどね。時代劇で、ヤクザの親分の前で、その子分がやたらとしゃしゃり出て、親分は鷹揚な態度を見せて、親分の格をあげてみせるというシーンは、見たことはありませんかしら? 貴方がしているのはそういうことでしてよ。そしてそのような底の浅い格付けなど、見る人が見れば一目で見抜かれて、逆に見下されてしまいますわ」

「ええっと……うーんと……すみません。その例えでも、何のことだかさっぱりわからなくて……その……」


 申し訳無さそうに言い、恐々と顔色を伺う白金太郎に、百合は優雅に微笑んだ。


「私にここまで説明させたことと、それでもなお理解できないなんて、深刻ですわね。罰が必要ね」


 百合が白金太郎の方へとにじり寄り、白金太郎は片手を上げて待ったのポーズのまま後退していく。


「ていうかさ~、白金太郎って、ママのため~と言いつつ、しつこくママの嫌がることをしている事が多いって、いつになったら気がつくんだろうね」

「そっ、そんなっ、そんなつもりはないしそんなことしてながががっ」


 白金太郎が亜希子に言葉に反応して反論しようとした所で、百合に捕まった。義手によって、文字通りのアイアンクローを食らう。


「死体は私が使うからいじらないでくださいね」


 デビルの死体に近づいた千石に、百合が注意した。


「どうする気なんだ?」

 千石が尋ねる。


「デビルの死体は使えるようにカスタマイズしますわ。無那引様の術理もある程度は解明もできましたし、随分と収穫がありましたわね」

「使えるように、ねえ。あはっ、何に使うのやら」


 睦月が肩をすくめる。


「ミハイル・デーモンの代わりとしては力不足ですが、それなりに強い力を持っていますし、死体人形にしておけば駒として使えるでしょう」


 百合の話を聞いて、睦月はふと思い出す。デビルの細胞を自分の体内に取り込んだことに。


(もうファミリアー・フレッシュを新しく作るには容量不足気味だから、次に作るのは慎重に吟味して――と思ってたけど、デビルの平面化の力を使えば……もっと沢山取り入れることができそうだねえ)


 そのためには、取り込んだデビルの細胞を使って、新しいファミリアー・フレッシュを製造する必要がある。少し気持ち悪いが、自身の強さの向上のために、利用させてもらおうと、睦月は決めた。


「しかし何かすっきりしない終わり方ですねっ」


 輝明達の後ろでアリスイが言う。ツツジと並んで、亜空間ではなく、現世に姿を現している。


「すっきりしないのは、諸悪の根源である天狗の爺が生き残っているし、その優柔不断さで俺達を振り回しまくったからだろ」


 輝明がこの場全員に聞こえる声を出してあてつける。


「改めて申し訳ない……。謝って済むことではないし、許せない者がいたなら殺してくれても構わない」


 その場で膝をつき、土下座して謝罪をする千石。

 当然、誰も動こうとはしなかった。


「千石さんが元凶ってことはさ、皆目を伏せておきたいんだよ。だからもう言わないでおいてあげなさいよ」

「ケッ、おためごかし言い合って慰めあってろ」


 七久世が苦笑しながら口を出す。輝明は気に食わずに悪態をつく。


「私達もデビルに操られていたとはいえ、騒ぎを起こして、犠牲者まで出してしまったわ」

 葉子が口を開く。


「君達が改革派を名乗って諍いを起こしたからこそ、私も外部に依頼した。星炭流を呼び込んだ。争いを鎮めてもらうだけのつもりが、彼等はあっさりと真相を突き止めてしまった。私もそれを止める気になれなかった。丁度良いと思って、流れに身をゆだね、この村の呪縛を終わらせる方向にもっていこうと思ったんだよ」


 千石が語り始めて、まだくどくどと言い訳するのかと思い、輝明と修、それに百合もうんざりする。


「輝明君や百合さんが動いているのを見ながら、私はずっと迷っていたし、悩んでいた。だから彼等からすれば、私の発言があやふやで、後出しでいろいろ付け加えている、信用のならないものとして映っただろうね」

「一貫してないし、曖昧だったから、何を望んでいるのかも、何企んでいるのかもわからなかったから、すっげー苛々したわ」

「まあまあ、テル。解決したんだし、もういいだろ」


 なおも文句を口にする輝明を、修がぽんぽんと頭を叩いてなだめる。


「それ、痛くないの?」


 輝明のハリネズミのようなパンクヘアーを叩く修に、睦月が疑問をぶつける。


「ツンツンしてて痛いけど、慣れるとこの痛さが心地好くて病み付きになるよ。やってみる?」

「あ、私やりたーい」

「あははっ、じゃあ俺も」

「何で修がそんなこと勝手に決めて許可すんだよ。あ、こら、やめろ、てめーら」


 修に促され、亜希子と睦月が輝明の側に寄り、容赦なく頭を叩き始める。


 百合はそんな輝明のことを無言で見つめていた。

 こっぴどく振って傷つけてやろうと思っていたが、あれはそのうち利用できる。そう計算したのも事実だが、輝明のやんちゃな笑顔を見ているうちに、別の願望も沸き起こってきた。


「それじゃあ私達はそろそろお暇しましょうか」


 百合が輝明とじゃれている睦月と亜希子に声をかける。


「また縁があったらお会いしましょう」

「お、おう、また……」


 百合に笑顔で声をかけてもらったことで、鼻の下を伸ばす輝明。


 百合達が輝明から離れて村を去ろうとした所を、白金太郎が一人振り返ると、輝明達の方へと小走りに駆けて戻ってくる。


「ふん、頭一つ丸める覚悟の無い男が、まだ未練がましく百合様に執着しているようだな」

「何だ、てめえ? また喧嘩売りに来たのか?」


 尊大な口調で声をかける白金太郎に、輝明が険悪な形相になる。


「いいことを教えてやろうと思ってな」


 白金太郎がにやりと笑う。


「俺は毎日、百合様を喜ばすために生きている。ティータイムで百合様に喜んでいただけるよう、美味しいお茶を出すという、大事な仕事を務めている。そのためだけに生きていると言っても過言ではない。それが俺の誇りであり覚悟。そのために全身全霊を尽くす。百合様にお仕えできるのは、百合様のためなら全てを捨てられる者のみ! お前のような半端者など、百合様の意識に入る余地など無い!」


 言いたいことを言うだけ言って、輝明の反論を待たずに、白金太郎は背を向けて百合達の後を追った。


「変な奴だね」

 修が白金太郎の後姿を見て微笑む。


「どうせ百合さんからはペット扱いされているだけだろ。見た感じそうだった。そうに決まってるっ」


 握った拳をぷるぷると震わせながら、吐き捨てる輝明。


「君達、本当に世話になった。そしていろいろとすまなかったね。これが報酬だ」


 千石が輝明と修の前にやってきて、薄汚い小判を二十枚ほど渡した。


「現金でなくて悪いね」

「別にこれでもいいわ。金に換えればそれなりになるんだろ」


 重ねて謝罪する千石に、輝明が言う。


「換金してちゃんと依頼料を越えてなかったら、文句言いに戻ってこないとね」


 受け取った小判を見て、修が冗談めかして言ったが、後で古銭買取業者に値段を聞いて仰天することになる。結果、二人は依頼料の十倍以上の金を手に入れる事になった。


「一件落着ですねー。星炭と虹森の御二方と一緒に御仕事できたこと、とっても光栄ですっ」

「御助力、とても感謝します」


 アリスイが弾んだ声をかけ、ツツジは丁寧に頭を下げる。


「つーかイーコの亜空間使う能力、超便利だから、このまま星炭の専属にしたいわ」

「僕もセットでお持ち帰りして、うちで飼いたい。可愛いし」

「専属は……ごめんなさい」

「ちょっとひどいですよっ、オイラ達ペットじゃないんですよっ」


 輝明と修の言葉に、ツツジはもう一度ぺこりとお辞儀をして丁重に断り、アリスイは破顔しながら冗談めかして抗議してみせた。

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