第四十六章 21

 デビルが修に接近し、腕を振るう。


(速いけど……これって……)


 人のそれよりはるかに速い動きであるが、攻撃の予備動作が大きく、読みやすいので、かわすのは容易い。銃撃のタイミングや着弾場所を読んで回避する裏通りの住人達からすれば、欠伸が出るような攻撃だ。


(素人だ)


 そう結論づけるも、修は油断することなく、デビルの横へと回り、体を入れ替えて背後を取る。


 デビルが振り返った時には、修の木刀が袈裟懸けに振り下ろされ、デビルの体を打ち据える。

 デビルは二度修の木刀の攻撃を食らい、修の得物がただの木刀でないと判断した。一撃を受けるごとに、体の芯だけではなく、精神にまで大きく響く。

 実際修の木刀は、樹齢数千年と言われている御神木を削って作り、それに星炭の妖術師数人が妖力を注入された代物で、破邪の力も備えているし、折れることも砕けることも朽ちることもなく、何百年と継承されて使われ続けている神器である。もちろんいつかは壊れる時もくるであろうが。


 睦月が修めがけて蛭鞭を振るうも、修はかがんで避ける。


「妖鋼群乱舞」


 回避直後の修を追撃しようとした睦月であったが、輝明の術によって生み出された、全身金属質な羽根を持った小人達が何十匹も飛来し、一斉に睦月に攻撃を仕掛け、睦月の追撃は中断された。


 修がデビルをさらに木刀で打ち据えようとしたその時、修はデビルから殺気を感じ、後方へと跳ぶ。

 デビルが至近距離から衝撃波を放つ。回避が間に合わず、修の体は大きく後方へと吹き飛んだ。

 しかし大したダメージではない、後方に少し跳んだ分、威力が低下していたようで、修は地面に倒れるも、すぐに跳ね起きて立ち上がる。


(何をしてくるかわからない奴だし、こっちがどれだけダメージを与えているかも、把握しづらい。そういう意味では厄介だな)


 デビルと視線を合わせ、修は思う。黒い体の中で目だけがぎらぎらと輝いているかのようで、感情が全く読めない。これまで戦ってきた中で、最も不可解で不気味な敵だ。


 睦月はメタリック小人達を必死にひっぺがそうとしているが、その作業に追われ、デビルにも輝明にも攻撃ができなくている。

 輝明も火柱とメタリック小人の術、そしてもう一つの術と計三つの術を同時に扱っているので、それ以上の行動はできずにいる。


 修もその状況は把握している。輝明が睦月を抑えているうちに、自分がデビルを斃さねばならない。


 デビルが高速で駆け、修に真正面から突っ込んでいく。


 修はデビルが何か狙っているような予感がして、カウンター等は試みず、大きく横に飛びのいて回避に徹する。


 デビルは駆ける途中で、地面に沈むかのように平面化して、影と化す。

 夜なので、影となったデビルの判別は視覚的には困難だ。気配のみを頼りに、修は警戒する。


 修が自分を中心に木刀の切っ先で円を軽くなぞる。


 視覚的に判断するためではない。この暗さでは、とてもではないが敵の位置がわからない。


「よこせ」


 修が一言発する。輝明に対してだ。

 長年共に戦ってきた輝明は、その一言だけで修が何を求めているのか理解した。


「こっちはこっちで二つの術をコントロールして、三つ目の術も発動させようとしてて、キツいのによー」


 輝明が苦笑しつつも、修のリクエストに応じる。


 炎柱の一つが蛇のように動いたかと思うと、分離するかのように炎の塊が撃ち出され、頭上から修めがけて降り注ぐ。

 炎は修の頭上に落下する直前に形状を変え、修が地面に描いた円に沿って、炎の輪となって落下した。


 平面化したデビルは、たまたまタイミング的に運が悪かったのか、あるいは影の中からでは見えなかったのか、修と輝明にはわからなかったが、とにかく修を護る結界と化した炎の輪の中に、突っ込んでしまった。実際には前者だ。


 熱さに驚いて、平面化を解除して元の姿に戻るデビル。悪いことに、その際に炎の輪にも触れてしまい、半ばパニックを起こす。


 その隙を逃さず、修が炎の中から飛び出し、デビルの腹部を突く。木刀であろうと、修の力と神木から成る神器により、真剣に勝るとも劣らぬ威力の突きとなる。デビルの黒い体を貫き、木刀の切っ先が腰から突き出た。


 人間なら致命傷であるが、再生能力を持つデビルはこれくらいでは死なない。だが瞬間的にすぐ治るほどの強い再生力というわけでもない。行動が困難になるには十分なダメージだ。


 修が木刀を振りかざし、デビルの額を割る。さらに突きで喉を貫く。

 デビルは意識が飛びそうになるのを堪え、崩れ落ちるようにまたもや平面化する。しかしもう戦う気力は残っていない。一刻も早くここから逃げることしか考えていなかった。


「サンキュー、テル」


 デビルの気配が消えた所で、修が輝明の方を向いて礼を述べると、輝明が睦月にさらに術をかけていた所だった。


 呪符が睦月の両脚に張り付いている。メタリック小人に気をとられているうちに、小人の何人かに持たせて、張り付かせたのだ。


(凍結符か。これなら再生能力が強くても封じられるかも?)


 修がそう思った直後、呪符の硬化が発動して、睦月の胸から下と両脚を凍らせた。


「動きは封じたけど、これでどうする? ここにイーコを呼んで洗脳を解いてもらうの?」


 修が尋ねる。呼びに行っている間に、デビルが戻ってきて凍結を解除させる可能性もあるし、睦月自身がどうにかする可能性もある。一人が見張りをするというのは、この二人の間では有り得ない。


「一枚だけだが、魔除けの呪符を持ってる。少し時間かかるが、こいつで正常に戻せるかもしれねーな。駄目ならイーコ呼んでくるしかねーな」


 輝明が言い、睦月に呪符を貼り付けると、呪文を唱えだす。


「いけるわ」


 二分ほど呪文を唱え続けた後、輝明が息を吐いて報告した。


「再生能力あったから逆によかった感あるね。そうでなければ殺さずに確保は難しかっただろう」


 修が言った直後、睦月の顔つきが劇的に変わった。今まで無表情だったのが、安堵の笑みを浮かべている。


「あはぁ……。何か……昔も、焼かれたり凍らされたりした覚えがあるんだよねえ。順番は逆だけど」


 睦月が皮肉っぽく言う。正気に戻ったと見なし、輝明は凍結符をはがし、睦月を凍結から解いた。


「あはっ、ありがとう。助けてくれて……。ああ、もうキツいねえ。操られていた時の記憶全部あるよ。キモい目にあった……」


 礼を述べてから顔をしかめる睦月に、輝明と修は何をされたかの想像をしてしまい、かける言葉を失う。


「あははっ、何その反応? 最後までやられてはないよ。そこまでやる度胸はなかったみたいで助かったさぁ。舐められたり揉まれたり、それ以外のことはいろいろやられてげんなりだけどねぇ」


 睦月が不機嫌そうに話すと、輝明と修は無言のまま視線を逸らしていた。二人のわかりやすすぎる反応を見て、睦月は微笑をこぼす。


「何か君、操られている時と全然違うね、爽やかだし」

「あはっ、そうかなあ」


 修の言葉に、照れくさそうに微笑む睦月。


「ごめんねぇ、痛かっただろう?」


 睦月が修に謝罪する。たった今、修の脚を鞭で打ったことだ。


「いやいや、何てことない。そもそも操られていたんだしさ。それに、攻撃を食らったのは僕の未熟のせいだよ」


 爽やかに笑い、親指を立ててみせる修。


「つーか、俺もすまんこ。顔と服を焼いちまって、おまけに引っ掻いたり凍らせたり」

「服はちょっと困ったもんだねえ。これはちょっと恥ずかしいよ」


 服の前の部分が大きく開いてしまった自分の胸を見下ろして、睦月が苦笑する。


「テルのじゃサイズ合わないだろうから。汗臭かったらごめんよ」


 修が自分の制服の上着を脱いで、睦月に放り投げてよこす。


「あ……ありがとう。あはっ」


 睦月は着慣れた学ランを脱いで、修の制服に着替えた。凍っていた腕や手も正常に動いている。長身の修が着ていた服なので、睦月にはかなりサイズが大きい。


「ここって電話通じるよねえ? あは、かかった」


 メールを送り、解放された事を百合達に伝える睦月。


「とりあえず俺は亜希子や百合と合流しにいくよ。本当にありがとうねえ」

「途中でまたデビルに襲われないようにね」

「あはっ、今度は気をつけるよ」


 注意を促す修に、睦月が微笑み、立ち去ろうとしたが――


「あ、ちょっと待った」


 輝明が呼びとめ、睦月へと近づくと、横から顔を寄せた。


「百合さんの好みの男性とか知ってるか? チビは嫌いとか、そういうことはないか?」

「え、えっと……」

「今恋人いるとかは無いよな? 無いと言ってくれ。無い以外の答えは返さないでくれ」

「い、いないけど、君、よりによって百合に惚れてるの?」


 引きながら尋ね返す睦月。


「つーかお前らはどういう関係なんだよ」


 質問を質問で返されて、そこからさらに質問を返す輝明。


「家族かなあ。他に行き場も無い俺等を、百合が引き取ってくれたみたいな」

「そうか……」

「ちなみに百合は好きな相手いるから、諦めた方がいいよお」

「な、なんだとぉおぉおぉ! ふぁっく! 超ふぁっく! またかよ畜生ぅうぅぅっっ!」


 睦月の言葉を聞いて、輝明は絶望にのたうちまわる。


「あとねぇ、百合は決して善人てわけじゃないし、あまり関わらない方がいいかもねえ」

「あ、諦めきれるものかっ。二度あることは三度無い! 三度目の正直にしないと、シナリオ的にくどすぎるんだよ!」

「何のシナリオだよ」


 地面に転がって駄々っ子のように手をじたばたとさせて喚く輝明に、修が呆れ顔で突っ込む。


「じゃあ俺は行くねえ……」


 まさかあの百合を好きになる男が、白金太郎以外にも現れたという事に驚きつつ、睦月は輝明達と別れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る