第四十六章 19

 薄暗くなってきた村の中を、百合と亜希子は人形集めに歩く。輝明達と違って、霊魂が封じられた人形だけを限定して取得し、中の霊を呼び出して、百合がなにやら術をかけている。


「ママ、あの天狗さんを信じていないのはわかったけどさぁ、何で怪しいと思うの?」

「あらあら、亜希子はそんなことも口で説明されないと、わからないのかしら? もう少し頭が回りませんの?」

「はいはい、私は馬鹿ですからねえ~」


 からかう百合に、亜希子はへらへら笑いながら言い返す。


「最初に嘘をついただけでなく、後出しでいろいろと話を追加する輩など、普通は信じられないでしょう? 事情があったり行き違いがあったりしたという、そんなものではありませんわよ。騙しているのがばれてしまったから、やむなく言い訳をしているという、そういう印象でしたわ。そして今も、表面上は取り繕っているものの、何か企んで狙っている気がしてなりませんわ」

「ふ~ん……私は違うと思うんだけどねえ」

「あら、その根拠は?」

「私、相手のヴィジョンが見えるから」

「ああ……」


 亜希子が純子の所で改造されて、そのような能力を得たことを、百合は思い出す。


「天狗さんは黒と白が別れてせめぎあって揺れているヴィジョン。多分、悪い心と善い心の葛藤だと思う。で、白い方がずっと大きくて強いのよね~」

「便利な能力ですこと。しかしそれにしても怪しい気がしますし、二つの心が戦っているのでしたら、どちらに転ぶかもわかりませんから、いずれにしても警戒が必要でしてよ」

「ママが何かよくないことをしでかさないか、そっちの方がよっぽど不安なんだけどな~」

「そうですわね。一つだけ教えておいてもいいですわよ」


 からかう亜希子に、百合が悪戯っぽく微笑む。


「依代にはデビルを使うつもりでいますわ」


 百合の言葉に、亜希子は少し驚く一方、いかにも百合らしいと納得した。


「つまり、デビルを依代にしたうえで、回収して術の実験台にでもするってこと?」

「あらあら、亜希子も頭が回るようになりましたわね」

「褒められても嬉しくないというか、馬鹿にしてるよね?」

「ええ」


 満面の笑顔で間髪入れずに頷く百合に、亜希子は絶句する。


「怨霊群に憑依された千石を回収しようとなると、輝明も村人達も抵抗すると思いますわ。そうなると確実性に欠けて厄介でしょう? でもデビルに憑依させたのであれば、文句は出ないと思いますの」

「デビルを依代にぶちこむのだって、不確実じゃな~い? それにさぁ、邪神にされたデビルが力を得たら、ヤバい可能性だってあるんじゃない? いくらママだって、無那引様ってのがどれだけの力を持ってるのか、わからないじゃんよ」

「あらあら、愉快。亜希子が私に意見していますわ。でもその意見は50点といったところでしょうか」


 百合がくすくすと笑い、再び言葉を失う亜希子。


「私がそこまで考えなしだと思っていますの?」

「魔法少女の時は……」

「あれはいくらなんでもイレギュラーすぎましたし、今回はちゃんと手を打って臨みますわ」


 半眼で突っ込む亜希子に、百合はそっぽを向いて答えた。


「うおおおおおぉおぉっっっ! 百合様ァァァッ!」


 聞きなれた声ではあったが、それでも突然の咆哮に、亜希子はぎょっとなる。

 見ると、白金太郎がこちらに向かって走ってくる。その後ろには輝明と修と千石の姿もある。


「うおおおおおっ! やっと百合様と再会できた~っ! 一生会えないかと思ってまじっ!?」


 感激して泣きながら抱きつこうとする白金太郎を、百合は無情に義手で顔を押さえて防ぐ。


「大袈裟すぎでしょ~」

「人前で見苦しい姿を晒して、私に恥をかかせるとは……。これは後で相当な罰が必要ね」


 呆れる亜希子と百合。


「こちらはデビルと睦月の二名と遭遇して戦いましたわ。惜しくも取り逃がしてしまいましたが。それと、人形を幾つか回収しただけです」


 やってきた輝明達に、百合が報告する。


「こっちは――」


 輝明は、村人達を一箇所に集めていること、村人に真相を暴露したこと、改革派の洗脳を解いていることを伝えた。


「事態は順調に収束に向かっているということで、よろしくて?」


 輝明の話を聞いた百合が、千石を見て確認する。


「そうだね」

 千石は静かに頷いた。


「依代になると申し出たそうですが、それはつまり、貴方が邪神化して大いなる力を得るということになりますわね?」

「力を得た私が、大暴れして世界を滅ぼすことでも心配しているのかな?」


 優雅に微笑みながら話す百合に、千石は微笑をこぼして冗談めかす。 


(本当にこの人……いや、人じゃないけど、何か悪いことを企んでるの? 私にはどうしてもそうは見えないんだけどなあ……)


 亜希子が千石を見ながら、改めて思う。亜希子の目に映る千石のヴィジョンは、黒い部分がさらに小さくなり、白い部分は大きくなって、揺れも鈍くなっている。


(百合さんも疑っているようだな。千石の爺さんは、悪い奴とは思えないが、この期に及んでまだ、何か隠してる気がしてならねーんだよな。それが何かわからねーけど……)


 一方で輝明は百合と同じく、懐疑的な目で千石を見ている。


「そもそも無那引様を一度復活させて、怨念を吐き出させるという提案をしたのは、君ではないかね?」


 千石が百合に向かって言う。


「貴方が依代になるとなれば、話は別になりましてよ。そもそもあの時点では言えないと申しましたわよね? そして私と離れた時点で輝明達には教えた。これはどういうことかしら?」

「とはいっても、依代になりたい奴なんていないだろ?」


 修が口を出す。


「私がなってあげてもよろしくてよ?」

 百合の申し出に驚く一同。


「いけません! 認められません! 百合様が邪神になるなんて! 百合様は今のまま、麗しき女神のままでいてください!」

(こいつまさか……)


 必死で懇願する白金太郎を見て、輝明の胸に黒い炎が渦巻いた。


(百合さんに惚れてるのか? 従僕の立場でありながら……)


 輝明の中で嫉妬の炎が燃え上がり、胸と首筋を焦がす。


「やめてよ~。現時点でもママなんて破壊神みたいなもんなのに、それに邪神の力まで宿ったら、ますます始末に終えなくなるじゃん」


 茶化す亜希子であったが、亜希子は先程の百合の考えを聞いていたので、今の発言が本意ではないと見抜いていた。


「貴様ーっ! 百合様に向かって何たる口の利き方!」

 激昂する白金太郎。


「つーか邪神の依代になんかなって、生きていられるのか? そっちの心配があるだろ……」

 輝明が呆れ気味に指摘する。


「んー? どうせママのことだから平気でしょー」


 百合に合わせるつもりで言う亜希子であったが、実際に依代になっても平気な気もした。


「ふんっ、百合様を見くびるな! 百合様はなあ、百合様なんだぞ!」

「何だよその日本語は……」


 威張る白金太郎に、突っ込む輝明。


「例えようのなき最上級、至高の存在だからだ! 至高の強さ、至高の気高さ、何より至高の美しさ! それがわからないとは……ふっ、哀れだな……そして不幸だ」

「いや、美しさはわかる……」


 小声で呟き、百合をチラ見する輝明。


「そろそろ話を進めていいですかしら? 何で貴方はそう私の話の邪魔をするのかしら?」

「痛い痛い痛いっ! 痛いです百合様っ!」


 後頭部に指を根元まで突き入れられてかき混ぜられ、白金太郎が悲鳴をあげる。


「あれ、死なないのか?」

「白金太郎は大丈夫な体質だからね。首をちぎっても平気だよ」


 亜希子が得意気に解説する。


(純子の再生能力持ちマウスか?)

 白金太郎を見て、そう疑う修。


「しかし怨霊は一体ではなく複数で、数百年規模でこの世に残っている代物なのだよ? そのうえ黒之期の怨念の力を得てもいる」


 千石が気乗りしない様子で語る。


「私はそれなりに力を持つと自負している死霊術師ですし、相当な力を持った怨霊であろうと、平気ですわ。何度も試みています。それはそうと貴方、そのような危険な例の依代になったら、貴方の方こそただではすまなかったのではなくて? 死ぬつもりでしたの?」

「迷っていたからこそ、あの時言えなかっただけだよ」


 百合に問い詰められ、ニヒルな笑みを浮かべる千石。


「今はもう覚悟を決めた」

「そうですの? でも貴方には任せられませんわね。言うことがその場その場でころころと変わります方ですから」

「そういう貴女は、興味本位でこの村の調査をしにきただけなのに、どうしてそこまで首を突っ込むのかな?」

「興味があるからこそ、好奇の心を満たすために来たからこそ、首を突っ込むのではありませんか。私は死霊術師。まるで運命の導きのように、この努麗村の騒動の対応には、私が適任でしてよ」

「譲れないね。依代は私が引き受ける。私が撒いた種だ。私がずっと暮らしていた村だ」


 百合と言い合い、結局折れない千石であった。しかしこれは百合の想定内である。


「それでは引き続き、手分けして人形集めと行きましょうか」


 そう言い残し、百合達は去っていく。


(俺も一緒に行きたかった……。百合さんともっとお話したいし側にいたい。畜生……あのいがぐり坊主め……)


 軽い足取りで百合の後を着いていく白金太郎に、恨めしい視線を送る輝明。


(テルは入れ込んでいるようだが、僕はあの百合って女、どうしても信用ならない)


 百合達の後をいつまでも未練がましく見送る輝明を横目に、修は溜息をついていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る