第四十六章 3

 努麗村の祈祷師の家に、何人もの男女が集まり、部屋の中を所狭しと座っていた。

 その多くは、村の戦士である。老いた祈祷師以外は、全員若者だ。彼等は自分達のことを改革派と呼んでいた。


「早くも詰んだか?」


 若い戦士が神妙な面持ちで唸る。


「そう決めつけるのは早計よ。想定しておかねばならぬ事の一つであった。そうじゃろう」


 落ち込むムードにはさせまいと、老いた祈祷師が明るい声を出す。


「しかし頼みの綱の彼も……」


 戦士の一人が、部屋の隅に蹲っている人物をチラ見する。他の者達も、その人物に視線を向ける。

 それは漆黒の肌を持つ少年だった。一糸纏わぬその肌は、肉の隆起すら見づらいほどの、完全無欠の黒だった。顔の造詣も間近で見ないとわからないほどだ。


「デビルの力をもってしても、無那引様の目を覚ますことはできなかった。無那引様のルーツを探るしかないな」


 そう言ったのは鮫男という戦士だ。葉子と並び、改革派のリーダー格である。


 黒之期の最終日以外の日以外に、祠の地下で寝ている神――無那引様を起こす。それが彼等の当面の目的であったがねその目的はかなわなかった。様々な手段を講じたが、無那引様は反応せず、ただ寝ていた。

 無那引様を目覚めさせ、黒之期という形以外で供物を捧げ、魔道具を作ってもらう事ができれば、黒之期は不要――単純にそう考えた改革派であったが、あっさりと壁にぶつかってしまった。


「俺達は無那引様のことをよくわかっていない。死者の魂を運ぶ神という事と――黒之期で黒之子の魂を使って武器を作り、優れた戦士に授けてくれることしか知らない。黒之期のことも、ただ昔からこうしているという事しか知らない。無那引様は何者だ? 何故黒之期やら黒之子なんていうものを作った? それは無那引様の意思なのか? だとしたら何のため?」


 鮫男が口にする疑問は、この村に生まれてきた者は皆抱いていた。村の掟としてそう決まっていた。努麗村では何百年も前から繰り返され、力を授かっていたが、いつから何のために、そんなことをし続けてきたのか、それがわからない。


「無那引様は三十三年に一度出てくるだけで、それ以外の時間はずっと祠の地下で寝ているのよね。何か可哀想……」


 葉子がしんみりとした顔で呟く。


「無那引様がどうしてそんな風になったのかも、誰もルーツは知らない。そもそも無那引様が何者なのかも」


 鮫男が言った。その謎を解くためにも、強引に無那引様を起こそうと試みたのだ。


「村長も知らん。代々祈祷師をしている我が家にも、何も伝わっていない。知っているとしたら、あの人だけだ」


 祈祷師が言うと、その場にいる者の顔色が変わった。


七久世笹彦ななくせささひこさんか」

「嘘か真か、あの人は数百年生きているという噂もある」

「日本中の隠れ里を回っているんだろう? 連絡はつくのか?」

「果たして我々に協力してくれるかどうか……」


 その場にいる若者達が一斉に囁きあう。


「連絡してみるわ」


 祈祷師が言い、古めかしい黒電話を手に取った。


「もしもし、あ、お久しぶりです。実は――」


 祈祷師が電話の相手に事情を説明する。

 電話の途中で、祈祷師の顔が綻んだ。


「ありがとうございます。お願いします」


 電話を切った祈祷師が、一同を見渡す。


「来てくれると仰った。知る限りのことを話してくれるそうじゃ。場合によっては我々に協力もしてくれるとまで申しておる」

「おお、そりゃよかった」

「場合によってはってのが、どんな場合がわからないけど、協力してほしいなあ」


 祈祷師の報告に、改革派の若者達の顔が明るくなった。


「あれ? デビルはどこにいった?」


 それまで黒い少年がいた場所を見て、鮫男が言う。他の面々が反応し、窓の外や扉の外を見るが、黒い少年の姿はどこにもない。


「あいつもよくわからない奴だよな」

「何も喋らないから意思の疎通も困難だし、行動の予測もできない」

「しかしあいつは心強い味方だ」


 若者達の前に現れ、彼等が改革派として結託するきっかけを与えたのが、あの得体の知れない漆黒の少年であり、若者達は誰一人として、デビルという名のその者を信じて疑っていなかった。


***


 快晴の午前十時。


 努麗村に入ったその四人の来訪者は、村のあちこちに無造作に置かれている二種類のものに、まず目がいった。


 一人は白ずくめの貴婦人、一人は学ランを来た癖っ毛がだらけの髪の美少年、一人は黒ずくめゴスロリの少女、一人はいがぐり頭の少年という、非常に目立つ組み合わせの四人である。

 例え目立ってないにせよ、村人達は全員の顔と名前を把握しているので、余所者は一目でわかってしまう。


 時折白ずくめの貴婦人――雨岸百合がしゃがみこんで、あちこちに置かれている、赤と黒で彩られた木彫りの人形や、片手で持てるサイズの小さな筒を手に取り、術をかけて調べていた。


「変な人形と、小さな筒が村のあちこちに置かれているねえ。何の意味があるんだろう」


 学ランもじゃ毛の少年――睦月が百合の隣でしゃがみ、百合のいじる人形を見る。


「筒の中には遺灰が入っていましたわ。人形には邪な力が宿っているうえに、その邪な力が絶えず人形同士の間を流動して、村全体に呪いをかけていますわね。呪いの正体までは……わかりませんわ。力が流動しているおかげで、サイコメトリーによる記憶の掘り起こしも、このままではできません」


 そう言って百合は、今度は筒の方を持って立ち上がる。筒は陶器で出来ているようだ。


「どちらも村のパワースポットとして機能しているようですわね。それぞれの用途は異なるようですけど」


 筒を開き、中の遺灰を少量、手の上へとこぼす百合。


「ママ、そんなことしていいの~?」


 ゴスロリファッションの少女――臼井亜希子がからかうも、百合は無視して遺灰に術をかける。それも一つの術ではなく、複数の術をかけて調査を行う。力の流動を遮断したうえで、サイコメトリーによって、遺灰の残留思念も見ようと試みる。


「この村の者の遺灰ですわね。それも……霊的国防に携わった戦士達の者ですわ」


 サイコメトリーでわかったのはそれだけであった。


「あの人形は霊的磁場を強めるための仕掛けですが、この遺灰にどのような意味があるかはわかりませんわね。どちらもルーツが不明てすし」

「死後もあの世から村を護ってほしいとか、そんなんじゃないですかねー」


 いがくり坊主の少年――斉藤白金太郎が言う。


「遺灰はその可能性がありますわね。人形は……」


 頭部が赤、胴体は黒く塗られている人形を手に取り、しげしげと見つめる百合。


「長い年月、その姿を保ち続けた道具に霊魂が宿り、同時に力が宿る事がありますわ。丁度亜希子が持つ火衣のようにね」

「それって百合様が最近調べていた付喪神ですか」


 白金太郎の言葉に、百合は頷いた。


「付喪神自体は、長き年月を経た道具の妖怪と見なされているのが、一般的ですかしらね。霊魂の宿った物体が動きだし、超常の力を用いて悪さを行うという伝承も、よく聞きますわ」

「火衣は妖怪というのとはちょっと違うと思うけどなー」


 亜希子が不服げに言う。火衣と心を通わせている亜希子からすると、火衣は霊体ではあるが人間の女の子なので、妖怪扱いは気に食わない。


「私は以前から、火衣と似たようなルーツの魔道具、呪物、神器について、探っていましたの。私が手当たり次第に調べた文献では、いろいろとごっちゃになっていましたけれど、その中でも信憑性が高いと感じたのが、物に霊を宿して、呪物を作る一族の話ですわね。物に宿すか否かの違いで、原理は力霊と似ているでしょうか」


 力霊とは、超常の力を持つ者を生前苦しみぬいて殺害し、怨霊悪霊の類にして成仏させずに、生前の超常の力を引き出すという、霊的兵器である。


「私も物に霊魂を宿すことはできますし、今まで幾度か作ってみましたけど、あまり上手とは言いがたいですしね」


 自分よりずっと上手に、霊魂を魂に宿して呪物を作ることができる者が、この村にいると見なし、その術理に触れたいと思い、百合は努麗村へと訪れた。


「今現在、この村では揉め事が起こっていると聞きましたし、できたら騒ぎに乗じて交流をはかり、その術を盗めれば言うことありませんわ」

「交流をはかりながら盗むのね」


 亜希子がおかしそうに言った直後、異変に気付いた。

 四人で来たのに、いつの間にか三人になっていた。


「あれ? 睦月がいないよ?」

「つい今まで一緒にいたのに? あいつって断りもなしに単独行動なんてするかな?」


 亜希子と白金太郎が不審げな面持ちになる。


「ほのかに……超常の力が働いた気配がしますわ」


 百合が目を細めて告げた。その言葉の意味することに、亜希子は不吉な予感を覚えた。

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