第四十五章 13

 李磊、シャルル、アンドリュー、オリガ、トマシュは野戦病院防衛には行くことなく、学校に待機していた。


 五人で他愛無い雑談を交わしていると、トマシュがシャルルに妙に熱っぽい視線を向けていることに、アンドリューとシャルル自身が気付く。


「ちょっと~、トマシュったらそのケがあるの~? シャルルなんかおよしなさいよ~。細マッチョのスマート型だし、軟弱な優男風だし、何より体毛が薄いのが致命的よ~」


 アンドリューが思いっきり触れたので、シャルルはげんなりした。シャルルは気付いていて、無視しているつもりだったというのに。


「そんな趣味は無い。でもそう見られても仕方なかったか。どうしても気になってしまうし、考え込んでしまうんだよ、それは」


 シャルルが手の甲にいれている、アニメの美少女キャラの顔のタトゥーを指すトマシュ。


「トマシュはよっぽどこれが気に入ったようだねー」

「いや、気に入ってはないけど」


 冗談めかすシャルルに、トマシュは真顔で答える。


「じゃあ何で見てたの?」

「本当は羨ましいんじゃない?」


 オリガが問い、シャルルがにやにやしながら茶化す。


「それは無い。決して無い。ただ不思議なだけだ。どんな気持ちでこういうのをタトゥーにするのかと。うん。どうしても意識してしまう」


 トマシュも自分でよくわかっていないといった感じで、難しい顔になり、腕組みして小首をかしげる。


「ただ気に入ってるからいれただけではないんだよねー」

「ほほう。興味をひくことを言ってきた、これ」


 シャルルの台詞を聞き、トマシュがにたにたと笑う。


「でもさ……失礼なこと言うようだけど、そんなの入れてたら恋人とか出来にくくない?」


 せっかくいい顔してても、そのタトゥーで台無しではないかと、オリガは思う。


「別にいいよー。俺には俺の大事な思い出があるからね。それをわかってくれる人でなければ、俺も付き合うつもりはないし」


 余裕の笑顔でさらりと言ってのけるシャルル。


「むしろ由来を知れば、女も認めてくれると思うね」

 李磊が口を出す。


「その口ぶりだと、李磊はシャルルのタトゥーの謎を知っているということかっ」

「私も知らなかったのに李磊は知ってるなんて~。教えてよ~」


 トマシュとアンドリューが李磊を見る。


「もしかして以前恋人がいて、そっち関係の思い出とか?」

 オリガがにやける。


「いやいやいや、どう繋がるのさ」

 シャルルが苦笑いと共に否定する。


「僕が推理しよう。恋人もオタクだったからその関係と見た。急病で命を落とした恋人が忘れられなくて、その思い出を刻んだ。うん、ドラマチックである」

「無い無い」


 得意気に自分の考えを述べるトマシュに、シャルルはいい加減この話題から離れて欲しいと願いつつ、首を横に振っていた。


***


 四日経って、野戦病院防衛へと向かった者達が、学校へと帰還した。その間、学校では一度として戦闘は無かったし、野戦病院に襲撃があったのも、初日の一回だけだった。


「トマシュにも見せてやりたかったなあ、野戦病院の様子」

「何だと? 僕が見たくなるようなそんな面白い光景だったというのか。うーん、居残り組になって損した気分」

「こら、不謹慎だぞ」


 イグナーツとトマシュの会話を、ミルコがやんわりと注意する。


「大変なことになったぞ」


 ミルコ、オリガ、イグナーツ、トマシュの四人で会話を弾ませている所に、真がやってきて声をかけた。


「反政府軍の拠点三つ、さらには米軍拠点の一つまでもが一斉に爆破された」


 真の報告を聞いて、四人の顔色が変わる。


「スチュアート曹長は!?」

「スチュアート曹長がいた場所じゃあないようだ。連絡をくれたのがスチュアート曹長だし」


 血相を変えるオリガに真が答えると、オリガは胸を撫で下ろす。


「地下から爆破されたらしい。政府軍は長時間かけて地下に穴を掘り、拠点の下まで掘り進めていたんだ」

「こっちのスパイはその情報を掴めなかったのか……」


 イグナーツが悔しげに呻く。おそらく敵側も、自軍に潜り込んでいるスパイを警戒して、少人数でのみ秘密裏に実行していた作戦であったことが伺えた。


「政府軍の方がよっぽど動きがゲリラ的だな」

 と、真。


「追い詰められればそうなる。しかし馬鹿にはできねーぜ。ずっと優勢だった反政府軍とアメリカ軍が、同時にやられたんだぞ。これで流れが変わるかもしれない」


 そう言ったのは、真と同じ報告をミルコ達にしにきた新居だった。


「武器が足りなくて、手作り武器を量産している件もあるしな」

 ミルコが言う。


「オリガ、スチュワートが生きててよかったなー?」


 場の空気を読まずにからかうトマシュ。


「何その言い方。失礼ね」


 オリガがムッとして、トマシュを睨む。


「オリガは失恋中だろ。そういうあてつけするなよ」

「別に失恋じゃないしっ。ただ憧れてただけだしっ。仮にそんな気持ちがあったとしても、国も違うし、どーにもならないでしょ」


 ミルコがトマシュを注意すると、ミルコにも噛み付くオリガ。


「ふふふ、そうやって自分に言い聞かせて傷を癒しているのだ。僕にはわかる。わかるよ」

「こいつーっ」


 なおもからかうトマシュの首をオリガが両手で掴むと、腹に膝蹴りを入れ始める。


「戦力ダウンもあるけど、それ以上に士気が逆転しそうだ」

「その通りだな。だから流れが変わるかもしれねーんだ」


 真の言葉に新居が同意する。


「私達はどうする?」


 オリガがミルコと新居をそれぞれ見やりながら尋ねる。


「街にパトロールに出る際の人数を増やそう。傭兵さん達にも必ずついてきてもらう形で、最低でも六人以上で」

「今は目立たないことをしないで、様子を見ていた方がいいぜ」


 ミルコの方針を、新居は真顔で否定した。


「十分に目立ってる。ミスター・ホーとは二度も交戦して、俺等のことは嫌でも意識してるだろ」


 イグナーツが意見する。


「イグナーツ、ちゃんと彼等の言うことを聞いた方がいいと僕は思うよ。どうして雌伏していた方がいいのか、その根拠も聞いてみたいしね。さあ言ってくださいな」


 トマシュがおどけた口調で新居に伺う。


「俺はイグナーツと同じ考えだ。今こそ抵抗しないと、調子にのってどんどん攻められるよ。守りに入るタイミングじゃないだろ」


 ミルコがそう言ってオリガを一瞥するが、オリガはうつむいて答えを躊躇っている。そのリアクションを見て、おそらくオリガも新居寄りの考えではないかと、他の面々は思った。


「流れってもんがある。敵が力を貯めている時期から、一気に動き出す、時期の変わり目ってのはヤバい。ここでどう対処するか? 答えは三つあると俺は思っている。一つ目、徹底して自分達の動きを抑えて、被害が出ないようにして観察しておく。二つ目、威力偵察を行う。三つ目、敵が勢いづく前に頭を押さえ込むようにして、全力で潰しにかかる」


 今動かない方がよいとする考えを説明する前に、対応の選択から口にしていく新居。


「まず二つ目は、そういう命令が出されない限り、無理して行わなくていい。もっと言うなら、俺達がそんな危険な任務を、自ずからやる必要は無い。もちろん必要性があるなら、命令や依頼が無くてもしなくちゃならんがな。三つ目も二つ目と似たようなもんだし、三つ目に関しては俺達だけでやるようなことじゃない。戦争の流れを一変させるようなそんな途方も無い力が、俺達にあるわけもない。そうなると――」

「外に出ないで、引きこもっていなくちゃならない理由がわからない。どう考えもおかしいし、関係ないだろ」


 新居の話を聞いても納得いかず、なお反発するミルコ。


「こういう時期に中途半端な動きをするのはよくない。敵に生贄を捧げるような結果になりかねない。まあこれは俺等の経験則だ」


 実の所それだけではなく、守りに徹する戦いを得意とする李磊の影響も受けている新居であった。


「納得いかない」


 しかしミルコはまだ聞き分けられなかった。トマシュとオリガが不審げな視線をミルコに向ける。


「俺は新居の話聞いて考え変わって納得したぞ。どうしたんだよ、ミルコ? 何がそんなに気に入らないんだ?」


 イグナーツがミルコを見て訝る。


「わかった。俺だけがおかしいんだろう。もういいよ……」


 ミルコが皆に背を向け、足早に立ち去る。


「納得いかない理由があるんだったら、ちゃんと口にしてほしかったし、納得いくまでちゃんと話をしたかった所だがな……」


 新居が心なしか渋い面持ちになって言った。


***


 屋上で一人うずくまり、ぼんやりと空を見上げていたミルコの側に、真が近づく。


「不貞腐れてるのはお前等しくないな」

「俺らしいってのがどういうことなのさ。会って日も浅いのに、俺の何がわかるってんだ」


 声をかける真に、ミルコは力ない声で噛み付く。


「冷静沈着で頼れる兄貴分みたいなキャラだと思っていた。ここの皆からも慕われているじゃないか」


 ミルコの隣に座る真。


「そういうキャラを必死に演じているだけで、実は自分が他人にどう思われるかビクビクしているだけの、小心者かもしれないだろ」

「そうなのか?」

「最初はそうだった。今は……こういう生活続けてれば、いやでも度胸がつくさ」


 少し落ち着いて、ミルコは静かに語りだした。


「そっちのペースだけで動くのを、不安に感じている子達もいる。それを意識したら、ここでしっかり言わなくちゃ……みたいな強迫観念があってさ。それと、傭兵さんらへの対抗意識もある。もちろん俺自身の考えとか、日頃のストレスも……。そうしたものがいろいろごちゃごちゃになって、あそこで爆発しちゃったよ」

「なるほど。少しはストレス解消したか?」

「ストレスはかなり吹っ飛んだけど、代償として恥ずかしい思い出を作った」


 ミルコが照れくさそうに笑う。


「新居も心配してたぞ。もちろんオリガ達も」

「あの人、何のかんの言ってよく気配りしてくれるからな」

「それと――お前の主張そのものは大きく間違っているわけじゃないと思う」


 フォローのつもりというより、本心で真は話す。


「敵が大規模な反撃に出ようとしたら、その勢いをくじくという出方も有りだ。でも、それは全体の方針で行うことであって、一自警団と傭兵らが勝手に判断して、先頭立ってやることじゃない」

「新居もそれは言ってたし、理屈ではわかっているんだけどね……」


 ミルコが大きく息を吐く。


「俺さ、イグやトマシュらとは、銃を取った動機が違うんだ」

 どこか虚しげな声を出すミルコ。


「軽蔑されるかもしれないけど、戦いたいから戦いだした。戦争になって、民間レジスタンスも次々と作られていって、ああ、これなら俺が銃を取ってもいいなって。殺してもいいなって思った。そういうのに憧れていた。ただ暴れたかった」


 意外な動機と真には感じられた。イグナーツが言うならともかく、ミルコのキャラとは全く合わない。


「でもさ、戦っているうちに、仲間が一人また一人と死んでいって、俺がいつしか最年長組になって、自分でも知らないうちに今のポジションになっていた。仲間のことばかり気にして、一番良い選択は何か? とか、悪い結果を想定して回避することに、頭使ってばかり。イグナーツの奔放さを見ていると、最初の頃の自分を思い出して羨ましくなる」


 責任ある立場を務めた事が無い真には、ミルコの話に共感こそできなかったが、意外な一面を見ることができた事で、真のミルコを見る目が少し変わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る