第四十五章 4

 ロスト・パラダイム残党狩りを三日ほど行った後、真達はその街を離れた。


 十四台の軍用車に乗って、傭兵達は平野の中に長く伸びる道路を走っていく。

 向かう先はセグロアミア共和国の首都オジロオミオ。ここの旧市街が、現在最大の激戦地である。

 一年前から首都にも戦火が及ぶようになった。その結果、首都機能の半分が麻痺してしまっている。その麻痺した側が旧市街だ。


 首都に入る前から、遠目にもあちこちから煙が上がっているのが見えた。オジロオミオのあちこちで絶賛戦闘中のようだ。


 車内でふと、真は隣の席を見る。座っているのはサイモンだ。

 傭兵生活を始めてからというもの、いつも真の隣には同じ男がいた。その男がいる事がデフォルトのような有様だった。ごくごく自然に、その男と行動を共にしていた。


 しかしその男はもういない。

 強烈な喪失感に、未だ慣れることがない。あんなにずっといつも側にいた男が、もういないという事が信じられない。まだ受け入れられない。

 だがいずれ慣れてしまうだろうと、真にはわかっている。幼馴染の二人がいなくなった事実さえ、時間の経過としてあっさりと受け入れてしまったのだから。


 オジロオミオ旧市街に入る。これまで見てきた都市と同じように、建物は壊れまくっており、一見してほぼ廃墟に見える。しかし人は住んでいる。ちらほらと通行人も見える。

 後で知った話だが、旧市街は戦場になっているが、通行人がいる場所はまだ比較的安全らしい。

 国の要たる新市街は無事とのことだ。ここが機能しなくなったら、セグロアミアは崩壊しかねない。バリケードで覆い、厳しく出入りをチェックしている。反政府軍はおろか、ロスト・パラダイムも入れさせようとしない。


 反政府軍の拠点に行くと、ここでも絶賛銃撃戦の最中であった。


「近づくのも一苦労だし、降りられねーじゃねーか」


 拠点へと続く前方の道路は、銃弾の雨あられだった。このまま軍用車で突っ込むにしても、敵がRPGの類を持っていたらいい的である。

 と、そこに米軍の戦闘ヘリ――アパッチがやってきて、政府軍を次々となぎ払っていった。


「味方だと本当心強いよね」


 シャルルが言った。これは皮肉だ。コストは異常にかかるというのに、あっさりと撃ち落される戦闘ヘリなど、昨今の戦場では遺物と化している。しかしアメリカは、意地で使っているきらいが見受けられる。

 ヘリの助手席にいる兵士が、傭兵達の乗る軍用者に手を振った。


「スチュアート曹長か」


 こちらに向かってヘリの中から手を振ってくる白人を見て、サイモンも手を振り返す。サイモン達が前の街で会った、アーバン・スチュアート曹長だった。


 その直後、新居の顔色が変わった。


「スティンガーだ!」


 新居の指した場所――半壊したビルの窓に、携帯式地対空ミサイルを担いで、アパッチに狙いをつけている兵士の姿があった。


 サイモンが躊躇うことなく車から飛び出し、ビルの割れた窓から狙いをつけているスティンガーの射手に向かって、小銃を撃った。地対空ミサイルがヘリに向けて撃たれる前に、射手の頭が撃ちぬかれた。

 あっという間の出来事だった。サイモンの判断と行動の早さと、即座に安全装置を外して銃を撃ち、一発で仕留めたその手並みに、同じ車に乗っていた古くからの傭兵仲間達は、呆然としていた。


「ラノベの主人公より人間離れしてるぞ、お前」

「いや、ラノベの主人公には負けるよ」


 急いで車内に戻ってきたサイモンを新居が茶化すが、サイモンは笑いながら否定する。


 やがて劣勢になった政府軍は撤退しようとするが、片方は傭兵達が乗っていた軍用車を見て、反対方向へと逃げていく。


 邪魔な政府軍がいなくなったので、軍用者は拠点前まで進むことができた。反政府軍は歓迎の意を示し、手を振って迎える。


「お前等、ここに来る前にロスト・パラダイムの糞共を掃除してくれたんだってな。これからもよろしく頼むぜ」

「おうともよ」


 気さくそうな中年の兵士が明るい表情で声をかけ、新居も笑顔で応じる。


 拠点の建物はかなり大きく、空爆等の被害にもあっていないようだった。防空設備もしっかりしているようで、爆撃機も近寄らないようだ。


 拠点内の広間へと五十人にも及ぶ傭兵達が通され、雇い主である反政府軍の将校ドミトリー・ペトロフ大将がその前に現れる。


「これから言う場所に向かって、そこを拠点としている民間レジスタンス達と共闘してほしい。できれば……彼等を守ってやって欲しい」


 できれば――の後に付け加えた台詞の際、ペトロフの顔があからさまに曇っていた。その理由は、すぐに判明することとなる。


「民間レジスタンスということは――」

「そのままの意味だ。自分の国は自分達で守る。兵士でなくても銃は撃てるし、銃を持てば戦える。その気概を持ち、政府軍やロスト・パラダイムの連中と戦っている者達だ」


 新居が口を開き、ペトロフが曇り顔のまま解説した。


「ロスト・パラダイムは首都オジロオミオにすでに入り込んでいるのか?」

 サイモンが尋ねる。


「大分前から旧市街で暴れ続けているよ。政府軍より、こいつらの悪行の方が酷い。そして手強い」


 かつてロスト・パラダイムは世界中から犯罪者やろくでなしを集めて、超大規模な武装集団となった。世界中の刑務所を襲撃し、囚人達も兵士として加えていった。これまで襲撃した刑務所の数は三桁にも及ぶ。

 欧米諸国による十数年にわたる追撃によって、その力は大きく衰退したものの、まだ完全に滅びたわけではない。この組織に入ることを希望する、ならず者や犯罪者は後を絶たない。

 この組織に所属する構成員は、一人の例外も無く悪人と見なされている。弱者を積極的に蹂躙する方針であるがために、良心の無い悪人以外はやっていけないという組織だ。


「この国の内乱は終局に向かっていると思う。政府軍は今やすっかり力を失くしている。政府軍だけならとっくに内戦が終結していてもおかしくないが、ロスト・パラダイムのせいで無駄に長引いてしまっている」


 苦し紛れにならず者を雇ったという印象であった。国家の長が保身のためにならず者を呼び込み、ならず者が好き放題して国民を脅かすなどどうかしていると、真は腹立たしく感じる。


「すまんが物資も届けてやってくれ。かなりの量になるが」


 ペトロフに頼まれ、軍用者を数台増やされたうえに、大量の物資を詰め込んだ状態で、民間レジスタンスの拠点へと向かう。


「厳しい戦いになりそうな一方で、サポートも厚いな。米軍もいるし」

「いざとなったら米軍に泣きつこうね」

「おう、それでいこう。さっき恩も売ったしな」


 車に物資を詰め込みながら、真、シャルル、新居がそんなことを喋っていた。


***


 十九台に増えた軍用車で再び、廃墟のような旧市街を移動する。来た時は十四台だったが、物資運搬のために五台増えた。


 着いた所は学校だった。

 門とフェンスはほぼバリケードになっている。校舎の建物には黒いシートが被せられている。防爆シートだ。窓の幾つかはシートで塞がってはいない。


「結構大きな学校だな。ここに避難しているのか」

「拠点としては目立つだろう。実際襲撃されている痕もある」


 サイモンと新居が言う。


 校舎内に入る前に、車のライトでモールス信号を打ち、味方だということを示す手筈になっているので、手筈通りに行う。

 バリケードになってもいる門が真ん中から割れて、横に開いた。下には滑車がついているようだ。


 車ごと校舎の中に入ると、中には沢山の子供がいた。十代前半の少年少女が多いが、明らかに十歳未満の子供もいる。

 そして彼等に共通することは、全員銃を携帯して、車を見つめているということだ。


「始めましてー、と。俺がリーダーの新居だ。ここの代表は?」

 新居がまず降りて挨拶する。


「無視かよ。こいつは許せねーなー」

「英語を喋れる子は少ない」


 新居が不機嫌そうな顔になると、背の高い角刈りの少年が奥から歩いてきて、声をかけた。身長は明らかに180を越えるが、顔つきだけ見ると、歳は十代半ばにしか見えない。痩せているのでひょろ長のっぽだ。


「代表は?」

「俺がここの代表だよ。名前はミルコ。来てくれて助かるよ、傭兵さん達」


 柔和な笑みをたたえて、手を差し伸べる。新居もそれに応じて握手をする。


「大人はいないのか?」

「いないし、別に珍しくないらしいぜ。ここ以外にも子供だけで結託したレジスタンスは、国中あちこちにいるってさ。子供だって銃を持てば戦えるし、問題無い。これでも一年近くずっと戦ってきた」


 新居の質問に、ミルコは特に誇るわけでも奢るわけでもなく、普通に喋る。


「子供ばかりで面食らった? 子供だからって舐めないでくれよ」

「舐めてねーよ。こっちにもガキはいる。おい、真、出て来い」


 御指名を受け、げんなりした顔を頭の中に思い浮かべ、前へと出る真。


「へえ、出来そうだな」


 真を一目見て、ミルコはにやりと笑う。


 傭兵達が物資を下ろしにかかる。食料に大はしゃぎで群がる子供達という、微笑ましい光景が展開される。

 その作業を真は手伝わなかった。


「僕は手伝わなくていいのか?」

「いい。お前はここに残ってミルコの話を聞いておけ」

「僕だけ特別扱いしなくても……」

「お前は現場指揮官向きだ。いろいろ知って学習しておいた方がいい」


 作業に加わらなかった理由は、新居にこのようなことを言われたおかげだ。ミルコの前に、新居とサイモンと真が残って、ここの状況を直に聞くことになった。


「別に全員孤児ってわけじゃない。俺の親は米軍の空爆の巻き添えになって死んだけどね」


 話の途中、あっさりとした口調で言うミルコ。


「俺はアメリカ人だ。代表して謝る。すまなかった」

「わざわざ言わなくてもいいのに、格好つけやがってこんにゃろめ」


 サイモンが謝罪し、新居がそれを茶化す。


「恨んではいないよ。いや、殺された時は恨んでいたけど、その後いろいろあって恨めなくなった。米軍はここに物資を届けにきたり健康診断に来たり情報交換をしにきたりと、いろいろ助けてくれている。ロスト・パラダイムや政府軍が襲ってきた時は、一緒に戦ったし、俺達を守るために死んだアメリカ兵もいたんだ。それでなお恨むのは無理がある」


 ミルコが微笑みながら語った話に、サイモンは救われた気分になる一方で、空爆の誤射の犠牲になった者と、ミルコ達を助けて死んだという同胞に、心の中で祈りを捧げていた。


「ああ、言い忘れていた。ようこそセグロアミア国立第五学園へ」


 話が終わってから、ミルコは改めて歓迎の意を示した。

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