第四十四章 32

 闇の中で戦闘が続く。マズルフラッシュを頼りに撃ち、撃ったら場所を移動する。

 いつしか雨は止んでいた。


 自分の弾が尽きた真は、身を伏せて、ジョニーから頂戴した弾を込める。

 その時、雲間の隙間から、月光が差し込んだ。

 敵の姿がはっきりと真の目には見えた。もう20メートルも無い位置まで迫っていた。彼等の姿は丸見えだが、彼等は真の居場所はわかっていないようだ。


(こいつは……お前らが殺したジョニーの弾だ)


 口の中で呟き、銃口を丸見えの敵数名に向けて引き金を引く。


(お前らがジョニーを殺さなければ、ジョニーの弾で死ぬことも無かったのにな)


 皮肉な話だと思いつつ、その皮肉の構図の最後の締めを担当する真であった。


「もう少しで要塞に戻れる。しかし入ろうとした所を迫撃砲で狙い撃ちの可能性も高い」


 闇の中で、新居が注意を促す。


「サイモン、李磊、シャルル、カマ野郎、俺達で殿しんがりを務めるぞ。奴等の注意をできるだけこっちに引きつけるために、派手に暴れる」


 新居が呼びかけ、傭兵学校十一期主席班が集まった。


「浪漫たっぷりの美味しい役目だねー。こういうシチュ、最高~。わりと死ぬけどね」


 シャルルが笑顔で喋りながら、味方の死体から銃と手榴弾を取る。


「他は速やかに移動だ。急げ!」


 新居の命に従い、他の傭兵や義勇兵や反乱軍兵士達は、一斉に駆け出した。


「おい、耳が馬鹿になったか? それとも脳が腐りだしたか? 移動しろ」


 残って戦う構えを見せる真に、新居が苛立たしげに命じたが、真は応じる気はなかった。


「ジョニーの見ている前で逃げろって言うのか? 今は逃げたい気分じゃない。暴れたい気分なんだ」


 月明かりに照らされたジョニーの無残な亡骸を見やり、真はきっぱりと言った。いつもの淡々とした喋りではなく、熱のこもった声だった。表情もはっきりと浮かんでいた。


「新居、そいつも残してやれ」

 サイモンが力強い声で要求した。


「僕にとっては、ここで男になれるかどうかの大事な瀬戸際だ」

「ガキンチョのくせに、気取ったこと言っちゃってまあ」


 いつもの無表情ではなく、明らかに張り詰めた顔をしている真を見て、新居の顔に笑みが浮かぶ。


「お前、今言った台詞、後で思い出して、恥ずかしくて死にたくなるんじゃね?」

「なるべく思い出さないようにする」


 からかう新居に、真はいつもの無表情に戻って言った。


***


 激戦の末に要塞まで帰還した際、生き残りは、出る前の三分の一近い数になっていた。しかしそれでも生存者がいるだけ、奇跡と言える。


 殿を務めた傭兵学校十一期主席班は、誰一人として欠ける事なく生還した。もちろん真も生きている。


「ハードな一夜だったな」


 この場にいる誰しもが、今、自分達が生き残っていることを強く実感して、充実した気分になっていた。


(この気持ちは……普通に生きていたら味わえないな。こういう世界で生きている者だけが味わえる特権みたいなもんだ)


 真は思う。しかしこの快感は死のリスクという代償ありきだ。まともな神経をしていたら、手を伸ばそうという発想すら無い。


「で、これからどうする?」


 指揮官が新居に問う。いつものことだが、大抵新居が本来のリーダーを押しのけて、リーダー役になってしまう。危機的状況では尚更だ。

 本能は生きる最良の道を探り、答えへと導く。最も頼りになる指導者が誰であるか、それはすぐに理解できる。それが出来ずに意地を張る者は、獣にも劣る大馬鹿者であろう。

 新居の人格面はさっぱり評価できない真であるが、彼のリーダーとしての優れた能力と特性に関しては、認めざるをえない。学ぶことも多い。


「向こうも相当な痛手を負っただろうし、ここでなお力押しはしねーだろ。普通に考えりゃ退却だ。ひょっとしたら俺達が要塞の外へ討って出たんじゃなくて、援軍の夜襲と誤解しているかもなー。それなら尚更退却するだろう」


 壁によりかかって腰を下ろし、新居が言った。他の者達も、新居の理屈に納得する。


「ま、攻めてきたなら頑張って戦うさ。とりあえず今は何も考えず寝ちまおうぜ。ああ、服はちゃんと脱いでおけな」


 言いつつ濡れた服を脱ごうとした新居は、偶然見てしまった。

 向かいの壁に寄りかかって座ったまま、虚空をぼんやりと見上げ、涙していた真の姿を。

 新居はそれを見なかった事にして、視線を外す。


(今更になって……溢れ出してきた。堪えきれないほど……)


 周囲に大勢いるというのに、涙が止まらない。傭兵達の何人が自分に視線を向けては外していく仕草を、しっかりと真は見ていた。


(また……か……)


 泣き顔を見られる恥ずかしさなどどうでもよい程、真は悲しみと喪失感に打ちひしがれていた。


『皆、俺より先に死んじまう。俺の側から消えていく』


 一ヵ月半前、フランスのホテルでジョニーが口にした台詞が思い出される。


(お前、僕には死ぬなと口にしておいて、自分が先にくたばるとか、ふざけるなよ……)


 口の中で文句を言った直後、自分でも無意識のうちに嗚咽を漏らしていた。


***


 目が覚めると服を全て脱がされて、裸で毛布にくるまっていた。


 干してあった戦闘服を着る。泣きながら知らぬ間に意識を失った自分を、親切な誰かが世話してくれたらしい。


「おう、おはよう。サイモンがお前の服を脱がして体を拭いてくれてたぞ。後で礼を言っておけよ」


 近くにいた李磊が、真に声をかける。


「ジョニーは残念だったな」


 慰めの言葉に、麻痺していた真の心が震える。正直触れてほしくなかった。


「あいつは……あれでも筋はよかったんだけどね」

「運が悪かった。それだけだよ」


 真は死んだ真相を知っている。本当にただ運だけだったように思える。神がかった反射神経と第六感の持ち主なら、あれも回避できたかもしれないが、それとて才能と直感という運の良さで助かったと同じだ。


「前にさ、天然ぽい奴が生き残るって言ったろ? ジョニーはそういう奴じゃなかった。見た目だけだ。本当は繊細で優しい奴だったからね。きっとそれを見せたくなくて、粗暴で粋がってて天然な自分を作っているんだろうと、俺には見えたよ」


 話してから、李磊が別の方向を向いた。


「天然の見本はあれだ」

「なるほど」


 李磊の視線の先にいる新居を見て、真は納得する。


「お前も気をつけろよ。ニヒル気取りの奴はわりとあっさり死ぬからね」

「別に僕はニヒルなんか気取ってない」

「お前はいつも無表情だから、そんな雰囲気が出ている感じだよ。ハードボイルドに憧れたニヒル気取りもどーしょーもないが、本当にニヒルな奴はもっと救いようが無くどうしょうもない」


 李磊の持論はわかるような気もした。そして実際そういうタイプがあっさりと死んでいく様を、真はその後何度か目の当たりにすることになったので、李磊の言葉は正しかったと思い知った。


「ジョニーの死体は……」

「回収は当分無理だろう。それに……見ない方がいいと思うよ。回収できる頃には、ジャングルの湿気でひどい腐り方をしているだろうし、死ねば肉塊だと思って諦めなよ。魂はお前の中で生きている……って、クサいこと言っちゃった」


 李磊が照れくさそうに顎の無精髭を撫でる。


(そうだな。あいつが戦場でいつも僕の隣にいた思い出は、僕が死なない限りは残る……)


 李磊曰くクサい言葉が、しかし今の真には大きな救いとなった。


 ジョニーを失った東南アジアのジャングル戦の後、真は傭兵としての、最後の戦場へと赴く事になる。この時点で真の傭兵生活は、半年程経っていた。



44 傭兵になって遊ぼう 終

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