第四十三章 13

 それは全長100メートル以上、幅30メートル、全高10メートル程の長巨大生物だった。

 自重を支えきれなくてこのような形になったのかは不明だが、地球上の生き物で、その生物の形状に一番近いものは何かといえば、ナマコであろう。平べったく、長く、外皮はぬるぬるとしている。

 しかしその背中には大量の、そして様々な種類の植物が生い茂り、背中のほぼ全域を埋め尽くしていた。


 巨体をゆっくりと這いずらせて、その生き物は大地を少しずつ動き、地中の栄養を吸い取っている。吸い取られた栄養は体内に吸収されるだけではなく、背中に生えた植物にも回る。


(言うなればこの生き物と、この生き物の背は、この星の知的生命にとって、都市とも言える。まあ、都市だの村だの、そんな概念自体が、ここの知性体らにとっては、無意味な代物だけどなー。単にここが拠点の一つみたいなもんで)


 と、彼女は思う。だからこそ情報を吸い上げるのに適している。物質世界から精神世界に干渉するには、それなりに条件に左右される。想い――残留思念が強く残っている場所からは、干渉しやすい。あるいは、本人を前にしているかどうかでも、全く違ってくる。

 一度精神世界の中へと入ってしまえば、物理的な距離には捉われないが、物質世界とは異なる形での、探索が必要となる。精神という高次元多重層世界を探るのは、わりと困難だ。ましてやそれが、人間以外の知的生命ともなれば尚更。


「疲れたにぅ……少しお休みしたいにぅ」


 巨大ナマコもどきの上にて、生えた木の幹に手を当てて瞑目していた少年が、木の幹から手を離して訴えた。

 少年は十代半ばほどの年齢で、頭には猫耳カチューシャなどかぶっている。しかしそれが似合って見える程、あどけなさと愛嬌に満ちた、可愛らしいという言葉が違和感無く使える容姿の美少年だ。


「はっきり言って凄く難しいにぅ。攻略の糸口が見えないにゃ。精神構造メンタリティが地球人とは根本的に異なるのが難点にぅ」


 疲れきった面持ちで少年は訴え、膝の上に乗ってきた白猫の頭を指でかく。

 少年の名は榊原鳴男さかきばらなるお。親しい者達からはナルと呼ばれている。


『雫野累の力も借りれば早いか? いや、もっと適任がいるな。バイパーのかつてのツレの、教祖様やってた小娘。あれは精神使い能力者としては超優秀らしいし』


 ボイスチェンジャーでも使ったかの様な声が響く。声帯を通じて出ている声ではなく、念動力で震わされた空気による音声だ。声の主は、ナルの膝の上の白猫――マッドサイエンティスト三狂の一人、草露ミルクである。


 ナルは精神系統の能力に長けていた。人の心を読む事もできれば、精神世界へとダイヴすることもできる。夢への干渉も可能だ。もちろんマインドコントロールの類も。

 つい今しがたまで、ナルはある生物達と精神世界からコンタクトを取ろうと試みていた。彼等の情報を得るために。しかしここまでいくらやっても上手くいかない。


「みどりって子は真と会った際に、僕のことを警戒して真の頭にシールドを張ってたにぅ」

『はあ? 何だそりゃ』

「真とみどりの精神が繋がってるのにゃ。で、みどりは真の目を通して僕を見て、僕が精神系能力に長けていることを、一発で見抜いたにぅ」

『もっと早くにそういうことは教えろよ。でも私以外には他言すんな。あいつらはそれを知られたくないかもしれねーからな』

「合点承知之助だにぅ」


 ミルクの命を受け、にっこりと笑うナル。


「しかしまさか植物に精神があって、その心に触れようとする事になるとは思わなかったにぅ」

『植物に心がある説は、昔からあったですがね。しかしここの植物ははっきりと知性が有り、精神もある。魂もある。立派な知的生命だ。おそらくは……地球人以上に優れた、な』


 断定するには早いが、ミルクはそう結論づけるに至る痕跡を幾つか見つけている。


『キツいだろうが頑張ってくれです。ナルがこの課題を解けば、一気にこの星の生命の謎が解ける可能性が高いからな』

「頑張るにゃー。ところで、純子の呼びかけはすっぽかして本当によかったにぅ? 重要な話があったかもしれないのににゃ」

『そのためにつくしを向かわせたんだ』


 つくしを通じて、ミルクは念話で会話内容は聞いていた。


「でもつくしじゃあ話を聞くだけで意見とかはできないと思うにぅ。ミルクが現場にいないと」

『それはそうだが優先順位ということです』


 そうミルクは言うものの、ここにいて作業しているのは自分一人であるし、ミルクがこの場にいる意味があるのだろうかと、不思議がるナルだった。


***


 光の門前の集結と情報交換が終わり、純子達はまた、森の中のチェックポイントへと戻る。


「くぉおぉ、クォォ」


 クォが嬉しそうに真にじゃれつく。

 真はクォの首を両手で絞め、そのまま両手を高く上げて、首を絞めたままクォの体を持ち上げる。ネックハンギングツリーという技だ。


「くっくっくっくぉぉ」


 苦しげに足掻いていたクォだが、やがて真の腹に蹴りを入れて拘束を解き、笑顔で真の後頭部に上から腕を回し、フロントネックロックに取ろうとする。

 真は素早く手を差し込んで、クォの腕から抜け出すと、素早くクォの背後へと体を入れ替え、後ろから腰に密着し、両腕を胴に回して、後方に投げ飛ばした。投げっぱなしジャーマンだ。


「僕の前で堂々といちゃついて……」


 苛々しながら真とクォの様子を見る累。


「喧嘩しているようにも見えるんですが……」


 と、十三号。しかしそのわりにはクォは楽しそうでもあるし、男子同士の遊びが、どうにも理解できない。


「でも御先祖様は、ああいうじゃれ方は好かないみたいじゃん」

 みどりが累に向かって言う。


「僕とは趣味が合わないというか、僕の路線とは違いますからね」


 例え惚れ込んだ相手でも、主義や嗜好まで相手に合わせる気は無い累である。


 一方、純子は少し離れた所で、美香と会話を交わしていた。


「この記憶媒体生物のアクルが、きっと他にもいると思うんだよね。すでに三匹も見つかってるんだしさ」


 アクルを太股の上に置いて、その頭を指で撫でながら、純子が言った。アクルは心地よさそうに目を閉じている。


「この生き物が残した記憶の中に、もっと驚くような出来事がまた見つかるかもしれないしねえ。ただ、この子の生態がよくわからなくて、普段どの辺りで生活しているのかが不明だねえ。木の上とかだと、厄介かなー」


 いちいち一本ずつ木を登って調べてみるというのはしんどい。


「私は依頼者の子供を連れて帰るという目的があるが、純子達は結局、場当たり的に研究調査がしたいだけか!」


 ひどく漠然とした話のように、美香には感じられる。


「んー、それはそうだけど、知識を得る事で、私の超常科学技術水準がステップアップする、鍵になるといいなあと思ってるよー。運がよければ程度の期待だね。でもそれ以前に、ただ純粋に、生命が存在する地球外惑星を探検調査してみたい、いろいろ地球にはないものを知りたいっていう欲求の方が大きいよ」

「なるほど!」

「期限が限られちゃってるしねえ。門が閉じれば、少なくとも同じ場所には戻ってこられない。まあ、同じ惑星に扉を開くことはできるだろうけどねえ。さらに場所も同じってのは、無理っぽいよー。伽耶ちゃん麻耶ちゃんの話では、門を開くのも一苦労だったみたいだし」

「それならここの生き物を地球にできるだけ持って帰って、向こうで研究すればいい!」


 美香の言葉に、純子は眉をひそめて、微苦笑をこぼした。


「私はここの生物を持ち帰って研究とか、しないつもりだよー。そんな人間のエゴで、住んでいる星から地球に持ち帰るとかさあ、私の主義じゃないなあ。もちろんそれをやりたい研究欲はありまくるんだけど、何かねえ、やっちゃいけないことっぽく私には感じられてねえ」

「えらい! 一方私は迂闊な発言をした!」


 純子の台詞を聞き、自分の発言を恥じる美香。


「でもね……帰るにしても、気になるんだよねー」

 純子がクォを見た。


「あの子、ずっとここで一人だったみたいで、私や真君と会って、凄く嬉しいみたいなのに、私達が去って、また一人にしちゃうのがねえ……。後ろ髪引かれちゃうよー」

「それは……どうにかしてあげたいですね」


 十三号がやってきて、会話に加わる。


「特別扱いであの子だけお持ち帰りにしてもよくないか!?」


 真とクォと累のじゃれあいを撮影しつつ、美香が叫ぶ。純子は失笑を禁じえなかった。


『どうやら君がリーダーのようだな』

 ふと、純子の頭に声が響く。


 純子はみどりを見る。精神に直接働きかけてくるこの何者かを、特定してもらおうと考えたが――


『伝えたいことがあって、こうして君の心に接触している』

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