第四十三章 11

 純子が見た三つ目の映像は、クォとその母親が、見るからに強そうな生き物複数種と戦っている光景だった。

 個体としてはクォとその母親の方が強いが、いかんせん敵の数が多い。おまけに敵の中には、超常の力を有している者も複数いるようで、光の矢や炎の鞭などの飛び道具によって、二人は傷ついていく。

 敵生物の種類は統一していない。全てやや大型の生き物であるが、多くがばらばらの別の生き物だ。しかし申し合わせたかのように、クォとクォの母を攻撃している。


 全ての敵を打ち倒した後、体中に深い傷を負い、クォの母親である少女が崩れ落ちる。横たわる母に、泣きながら縋りつく小さいクォ。


 その時、空から別の赤肌個体の少年が現れた。


 その少年は、クォ達とは微妙に細部の形状が違う。クォも母親も青い目にねじれた角を持っていたが、空から降りてきた少年の角は短いが真っ直ぐ伸び、瞳は赤い。


(朽縄明彦君と完全に一緒だ。獣之帝? ていうか、何か……顔が真君に似てなくもないね)


 クォの母を見下ろして涙する少年を見て、純子は思う。


 少年はクォと少女の二人に覆いかぶさるように抱きつき、泣いていた。クォも少年の手を握っていた。


(クォ君の父親?)

 純子が勘ぐる。


 やがてクォの父親と思しき少年が立ち上がり、憎悪を込めた目で生物達の死体を睨み、生物の中に手を突き入れると、純子がよく知るものが、中から引き抜かれた。

 白い体に、背中に映えた双葉、頭に咲いた赤い花、根のような足。そう、アルラウネだ。


(ふーむ、これらの生き物は全部、アルラウネに寄生されているんだ。クォ君の種族とは敵対している。つまりアルラウネが私達の前で言ってた敵対種って、クォ君達のことかなあ?)


 見た感じではそういう結論に行き着く。


 少年は泣きながらクォと少女を両脇に抱え、さらには映像を見ている純子の方へと手を伸ばした。つまり近くにいたアクルに手を伸ばした。そしてアクルも手にとって、そのまま飛んでいく。


 着いたのがこのオレンジに光る木の穴の中だった。


 映像が終わり、クォの方を見ると、綿の中で横たわって寝息を立てていた。


「私も寝るかなー。皆心配してるかもだけど、ここから歩いて帰るのも辛いし。そんなわけでお邪魔しまーす」


 純子が声に出して言い、何の躊躇いもなくクォと同じ綿の中へと入っていった。


***


 翌朝、純子は目が覚めると、クォに元の場所に帰して欲しいということを、身振り手振りで伝えた。ぱたぱたと手を羽ばたかせて飛ぶ動作もしてみたが、背中に翅が生えているクォには、これで伝わらないのではないかと、不安にも思った。

 しかしあっさりとクォには伝わったようで、純子を抱えて飛び、元の光の門前へと返してくれた。


「じゃあねー」


 別れを告げて森へ向かおうとする純子であったが、少し歩いてすぐに振り返った。

 クォはしっかりとついてきた。しかも後ろから手まで握ってきて、にこにこ笑いながらついてくる。


(ううう……これはヤバい。すごくマズい……)


 真のことを思い浮かべながら、純子は苦笑いを張り付かせたまま、ぎこちなく歩く。


***


 森の中のチェックポイント前、みどり、累、美香、十三号のいるキャンプ。いや、真は純子が帰らないので、門前のチェックポイントへと、調べに向かった。


「困ったことになったな!」


 UFOマニアと子供達が立ち去ってからしばらくした後、困り果てた顔で美香が叫ぶ。


「強引にふん縛っちまえばよかったじゃんよォ~」

「その方がよかった気がした! いや、それも難しい気がするが!」


 みどりに言われ、美香が大きな溜息をつく。


「みどりが洗脳すればいいじゃないですか。次見つけたらまとめて、精神世界からマインドハックで」

「あたしがその力を乱用するの嫌いだって、御先祖様だって知ってんだろ~? それなら御先祖様が魂抜き取って、絵の中に入れた方が早いじゃんよォ~? ついでにいうと、あたしはそんなに簡単に他人の心をいじるとかできねーんでい。こんちくしょーめ。夢の中からじっくりと時間かけてマインドコントロールする感じだわさ。洗脳とマインドコントロールがそもそも違うしぃ。洗脳ってのは、クスリうったり拷問したりして、脳みそいじって強引に考えを変えさせること。マインドコントロールってのは、指向性を伴う心の誘導の果てに、本人の判断で考えを変えさせることだからね」


 簡単に言ってくれる累に、みどりは少し苛立ちながら説明する。


 しばらくすると、真が戻ってきた。ここを出る時より、さらに動物の数を増やして連れていた。


「ハーメルンの笛吹きか!」

 思わず叫ぶ美香。


「帰りにちょっと寄り道して、動物いじってたら増えた」

 と、真。


「しかし真さんに限らず、人間に対して全く警戒しないのは不思議ですね」


 十三号が、甲虫類のような昆虫をいじりながら言った。頭部からは枝が生えている。


「僕らは最初、捕食者がいないからこそ無警戒だと思っていましたが、そんなことはありませんしね。ずっと観察してきましたが、肉食の生き物は沢山いますし、普通に弱肉強食は成り立っています。だからこそ不思議です」


 累が言う、同様のことは、真やみどりも感じていた。


「地球にだって、シャチやマナティみたいな、どういうわけか人間を襲わなかったり、人間に無警戒だったりする生き物はいるけどな」

 と、真。


「で、チェックポイントはどうだったん?」

 みどりが問う。


「雪岡の書き込みがタブレットにあったぞ。門前には一度行ってるみたいだ」


 真がそう言ったその時、一同は、何者かが近づく気配を感じた。


(純姉の精神波が……。でももう一人いる)

 みどりが思うも、この思考は真には伝えない。


「え?」

「何だ!?」


 真の周囲にいた動物達が一斉に逃げ出し、十三号と美香が怪訝な声をあげる。


「ただいまんこー」


 その直後、引きつった笑みを張り付かせた純子が現れ、声をかけてきた。


 純子以外の面々――真を除く――も顔を引きつらせて、なおかつ呆然としていた。

 純子は美少年と仲睦まじく手を繋いで歩いていた。全身桃色の肌で全裸。赤い髪に青い目。ねじれた角と昆虫の翅をもった、どう見ても人外の少年だ。


(獣之帝? いや……ちょっと違うみたいですが。でもほぼ同じ……)

 累が少年をじっと見る。


「男連れで朝帰り! 純子もやるな!」


 しばらく言葉を失っていた美香だったが、ニヤリと笑い、真の方を見る。


「誰だ?」


 静かに尋ねる真。その真から凄まじい冷気が漂ったかのように、その場にいる全員には感じられた。いや、桃色の肌の少年だけは除く。


「えっと、この子はクォ君って言って……」

「クォ……くぉおぉ、くぅうぅぅぅ……クオォぉぉ」


 純子が話そうとした矢先、クォが真を見つめて、今にも泣きそうな顔になって、切なげな声をあげだした。

 クォは純子の手を離すと、真の方に向かってゆっくりと近づき、涙をこぼしながら真に向かって両手を伸ばし、やがて真に抱きついた。


「ちょっ……」


 その光景を見て、真っ先に目の色を変える累。その累を横目に見て、小さく息を吐くみどり。


「クゥゥ……クォォ……」


 真に抱きついたまま、すすり泣き始めるクォ。


「どういうことだ?」

 真が純子を見る。


「多分……お父さんに似ているから、それでかなあ……」


 クォのこの反応を見た限り、父親とも死別しているのではないかと、純子は思う。死別でないにしても、長いこと会ってはいなさそうだ。


「それプラス、真が獣之帝の転生だから、仲間に近い雰囲気があるのかもしれません」


 怒りを押し殺しつつ、累が言った。


「そういうことならしょうが……こら、おい」


 クォが泣きながら頬を舐めだしたので、流石に真も拒絶した。


「撮ったか!?」


 目の色を変えて純子の方を見る美香。


「ばっちり。後で送っておくね」


 純子が親指を立て、ホログラフィー・ディスプレイに、クォが真の顔を舐める場面を映し出す。


「お前らな……」

「しかし、獣之帝とは逆ですね。彼が来た瞬間、動物達が逃げ出しましたよ」


 累が指摘した。加えて、声の出し方も獣之帝とは多少異なる。


「クォ君のせいだって言うの?」

「純子が来ても逃げませんし、そうとしか思えません」

「んー、確かにそうだけど……」


 確かに累の言うとおりだとは思う純子だが、近しい存在でありながら何故そのような真逆の性質になるかという、大きな謎が残る。

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