第四十一章 21

 昼休みの屋上。


「周囲の監視カメラと盗聴器は、見つけて消しておきましたあ」


 屋上周辺をしばらくうろうろしていた優が、誓と護と冴子の元に戻り、報告する。


「二人共、今度から襲われたらすぐに連絡ね」

「はい……」

「うん」


 冴子が少し厳しい声で言い、護と誓は神妙な面持ちで頷く。冴子からすると、そんな基本的なことにも頭が回らなかったのかという気持ちだ。


「まあまあ冴子さん。誓さんと護君は、メンタル的に表通りの素人さんなんですよう? 私達みたいに場数踏んでいる視線で見ちゃ駄目ですう」

「そっか……。ごめん、二人共」

「いえいえ……」

「悪いのは私達だし」


 優にたしなめられ、冴子が素直に頭を下げる。


「駒虫は呼ばなくてよかったの?」

 誓が護をみて言う。


「俺の個人的感情で呼びたくないってのもあるけど、本当に信用していいかどうかわからない部分もある。味方の振りをして、実は敵と通じているのかもしれないしね。あるいは本当に味方のつもりでも、裏切る可能性だってある。信じられない」


 護のこの言葉こそ、誓には信じられなかった。どう考えても護の私的な感情としか思えない。

 誓が優を一瞥すると、優も懐疑的な視線を護に向けていた。


(これはどうにかして注意した方がいいけど、言葉選ぶ必要があるなあ。どうしよう……)


 護の機嫌を損なわずに説得するにはどうしたらいいかと、誓は思案する。


(優に促してもらうのがいいんだろうけど、できれば私の口で説得したい。間違っているものは間違っていると、ちゃんと私の言葉でわかってもらいたい)


 そう思う誓であるが、上手い説得の言葉が全く思い浮かばないから困る。


「この前言った、わざと騒ぎを起こして敵を引きずり出す案を実行するのは、もう無意味ですねえ。先にこちらの存在を知られてしまいましたし」

「今の状況を打破する案は思いついたの?」

「決定打となるような案は思い浮かびませんでした。ごめんなさあい。でも、取りあえずの方針は考えてあります」

「取り合えずって?」


 優と冴子が喋っていると、純子からメールが入った。


「古賀先生のお兄さんが、この件で協力してくれるみたいですねえ。古賀先生の仇を取ってほしいということで」

「でも教師はともかく、私達生徒は暗示に縛られているじゃない」


 メールを確認しながら、優と誓が言う。


「私達が古賀カツルさんに連絡を入れても、暗示作用で喋ることはできませんので、純子さんかオンドレイさんを通じて情報を提供し、場合によっては調べものも依頼しましょう。もしかしたら何か得られる情報があるかも――程度ですけどねえ。そして……ここからちょっと受け入れがたいことを言うかもですけど、絶対に従ってもらいます」


 間延びした喋りではなく、真剣モードになる優。


「帰宅してばらばらにならない方がいいです。夜も全員で固まっていましょう」


 優が口にした絶対に従ってもらう方針を聞き、誓は顔をしかめそうになる。


(ぬいぐるみ人形と離れ離れになれっての……。それはちょっと……)


 しかしそんな都合を口にできるはずもなければ、拒絶できるわけもない。


「駒虫をのけものにしてもいられないね。あいつを一人にしていても危険よ」


 気を紛らわせるため、そして護を説得するためにも、ここぞとばかりに駒虫元太のことを引き合いにだす誓。


「その人もちゃんとこちらの仲間に加えてくださあい。こちらの正体がバレたということは、襲われて殺されることを警戒するだけではなく、先生達みたいに、洗脳されてしまうことも警戒しないといけませんよう。その人だけ単独行動させていたら、洗脳されて、向こうの兵としてこちらに差し向けられる可能性もありますからねえ」


 誓と優の言葉に、護は無言で頷いた。自分をいじめていた際の元太の顔は、未だに脳裏にこびりついている。そんな奴が味方面してこちらの陣営に加わるという事が、どうしても感情的に受け入れられない。


「誓さんと護君は付き合っているんですかあ? それなら二人で一緒にいるのは好都合ですねえ」

「え……いや、その……」


 優の言葉に、しどろもどろになる誓。護はというと、未だ元太のことで苦悩しているようだ。


「私は優と一緒ね」

 と、優の肩に手を回す冴子。


「うーん……しかし家族を襲われても困りますし、ちょっと出費になりますけど、各自の家に腕利きの始末屋さんや護衛屋さんを雇って、守っていただきましょう。オンドレイさんにもお願いします。それと殺人倶楽部の暇な人も動員しますねえ」

「殺人倶楽部?」


 一時期世間を騒がせ、最終的には虚構だったと言われたものの名を口にした優に、驚きの眼差しを向ける誓と護。


「あ、うっかりばらしちゃいましたあ。ええ、実は私、殺人倶楽部の者なんですよう。殺人倶楽部は今、御国を護る秘密機関ですう」

「優、そのうっかりは何度目よ……」


 わざとやってるんじゃないかと、冴子は疑う。


「私はそんなに多くないですよう。竜二郎さんの方が多いですよう」

 微笑みながら優が言う。


「その駒虫君という子も合わせて私達五人は、考えられる限り、この世で一番安全そうな場所に行った方がよいですねえ」

「どこなの?」


 そんな場所があるのだろうかと、誓は疑問に思う。


***


 夕方、誓と護と優と冴子と元太は、雪岡研究所に訪れた。しばらくの間、夜はここで厄介になる運びとなった。


「家に護衛つけてあるなら、家でもいいと思うけど」


 誓が言う。未だに置いてきた人形への未練がある。


「我が身優先で、私達は一番安全な所にって感じですう。家族までここに連れてくるのは、皆さん難しいでしょうしい」

 と、優。


「本当に家まで狙われるのか?」

 元太が半信半疑に尋ねる。


「可能性は高いですよう。今回の敵は、ヴァン学園のあの惨状を見ただけでも、かなり残虐で悪趣味ですから、私達が隠れたら家族を――という形で狙ってきそうです」


 優の話を聞き、元太も納得して引き下がった。


「古賀さんから連絡あったよー。学校から真っ黒の肌の子が出ていったのを見かけたって。すぐに見失っちゃったらしいけどねー」

「あいつか……」


 純子の報告を聞き、誓は眉根を寄せた。


「デビルっていう子だねえ。んー、何とか確保できないかなあ」

「あいつは一体何なの?」

「私もよくわからないけど、危険らしくてねえ。知り合いに、見つけたらさっさと殺してほしいって、言われてるんだよねえ。私は解剖してみたいんだけど」


 誓の問いに、純子らしい答えが返ってくる。


***


 夜道を歩く凡太郎。

 凡太郎は昨日からずっと苦しみ続けていた。

 悔やみ悲しみ続ける内なる声がずっと響く。声を消そうとしても、内側から沸き起こる感情までは、どうしても消せない。


「町子先生……町子先生ぇ……」


 自分でも無意識のうちに、名を呼んでいる。気がつくと涙を流している。


「会いたい。話をもって聞きたかった。助けてほしかった。いや……会って謝りたい。俺は何てことをしたんだ……ううう……」


 肩を落として歩きながら、深い悲しみと後悔と自己嫌悪は時折デビルによる洗脳効果をも上回り、凡太郎の自我が浮き出ていた。


「ここかっ」


 しかし目的地に着くと、その表情が変貌する。狂気の笑みが復活する。護の家だ。


 凡太郎とデビルは、それぞれ、誓と護の自宅へと向かっていた。これは凡太郎のプランでもなければ、武蔵達が決めたことでもない。デビルの独断だ。

 そして凡太郎は自分がデビルに操られているという自覚も無く、反逆者だけでなく、反逆者の家族を皆殺しにして罪を償わせようという、その想いだけに捉われて、ここまで足を運んだ。


「お、間に合いましたねー」


 凡太郎の姿を見て、明るい声がかかる。

 護の家の前に、制服姿の小柄な美少年が佇み、凡太郎を見て微笑んでいる。ヴァン学園の生徒ではない。ヴァン学園とはライバル校である、私立アース学園の制服だ。


「夜九時になったら別の人と交代予定でしたが、それまでに来てくれてよかったです。ただ待つだけよりは、敵さんと遭遇して遊びたいですからねー」


 アース学園の生徒――鈴木竜二郎は凡太郎に向かって両腕を広げ、歓迎の意を示してみせた。


***


 デビルは誓の自宅へと向かった。


 誓と一対一なら負けることはないと、デビルは踏んでいる。凡太郎の方も、護とは相性が良さそうだった。


 デビルは教師達に施している潜在能力の引き出しを、凡太郎には施してはいない。凡太郎には力を与えすぎない方がよいと、何となく勘で判断したからだ。

 そして教師達は洗脳こそしているが、他者に情報を伝える暗示も施していなかった。洗脳しているから、その必要も無かったが故に。


 まず誓の家族を殺してから、最後に誓を殺そうとデビルは思う。それが順番として良い形だ。自分のせいで巻き添えにされて殺される家族。その事実に絶望し、憎み、恨み、怒りながら、成す術なく死んでいく誓。この構図を是非とも作りたい。堪能したい。


「禍々しい気配を放つ小僧だ」


 誓の家の前に来た所で、野太い声が後ろからかかり、デビルは振り返る。


「その真っ黒な肌はコールタールでもかぶったのか?」


 いかつい面構えの外人の巨漢が、腕組みして街路樹にもたれかかり、デビルを見つめている。デビルはその男の気配は感じなかった。


「小僧……お前は存在そのものが、超常の力の塊のように感じられるぞ。つまり――運が悪かったな。俺がこの家のガードの担当をしたことがな」


 超常殺しオンドレイ・マサリクは獰猛にして不敵な笑みを広げ、ゆっくりとデビルに向かって歩き出した。

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