第四十章 29

 正午過ぎ。真達は、ランディと龍雲が乗車している車を補足したと、リチャードからの連絡を受けた。

 真、来夢、克彦、美香の四名は、闇タクシーに乗って現地へと向かう。


「君達も例の騒動絡みか。おかげでここ数日、うちら闇タクは商売繁盛だよ」


 四人と顔見知りで、何度利用したかわからない、白髪まじりの髭面初老タクシードライバーが笑顔で言った。


 やがて闇タクシーは高速道路へと乗り、移動中の踊る心臓に追いついた。


「トラック数台で移動か。いかにも怪しい感じだな」

 高速道路を走る、前方の数台のトラックを見る真。


「豪華な囮。でも囮であることが見抜かれているという無意味さ」

 来夢が呟く。


「本当に囮かどうかもわからないからこそ、私達は追ってきたんだ!」

「わかってるよ」


 美香に言われ、来夢は唇を尖らせた。


「高速道路で戦闘になるのか!? 他の車にはねられないようにしないとな!」

 美香が注意を促した。


「懐かしいね。高速道路の上で克彦兄ちゃんと戦ったことを思い出す」

「懐かしいってほど昔でもないだろ。時間的には」

「でもあれからいろいろとあって、濃い時間を過ごしたから、もう大昔って感じになってる」

「なるほど、言われてみればそんな風にも感じるな」


 来夢と克彦が微笑みながら語り合う。


 一方、ランディと龍雲の側からも、真達の追跡には気付いていた。


「怪奇現象発動! 目を瞑っていても瞼の裏に浮かび上がる真っ黒お目々の白い服の女!」


 タクシーの窓にはスモークフィルムが張られていて、中は見えなくなっていたが、別のトラックに乗っていた春日がランディに用いた能力によって、乗っている面々を確認する事ができた。


「あのタクシーか……見覚えのある顔が幾つもある」

 ランディが呟く。


(またあいつとやり合えるのか)


 その中に真の姿があったので、期待で胸が膨らむ。自然と笑みがこぼれる。


「このままカーチェイスをするか?」

「時間稼ぎはもう無意味だけどな。だがしばらくは追わせておこう。時間稼ぎは無意味でも、なるべく距離は稼いだ方がいい」

「なるほど、了解」


 運転席の龍雲の確認に、ランディは笑みを消して告げた。


***


 純子の元に、霜根太一から電話がかかる。


『一応報告しておく。思いの他早く、解析は終わった。もう手元に反物質爆弾は無い。信じるも信じないも好きにしていい』


 いつも通り淡々と述べる霜根。

 感情を込めず抑揚に乏しい喋り方は真も同じだが、真の場合はどんなにポーカーフェイスや声で感情を隠そうとしても、実際には情緒豊かなので、周囲の人間には感情も考えていることもわかりやすい。しかしこの霜根という男は、付き合いの長い純子ですら、全くそれらが読めない。本当に感情が無いのではないかと思わせるような男だ。


「そうなると、妊婦にキチンシンクを壊滅させるという動きになるかもだよー? それなら爆弾を手放す理由はないよね。保険として手元に置いておいた方が安全だし」

『そうはならない。爆弾を奪還したとなれば、アメリカも日本も、政府の顔は立つ。解析されたかどうかなど、黙っていればいい』

「それじゃあ商売にならないじゃなーい。妊婦にキチンシンクが反物質爆弾を製造できる証明は、どこかでしないといけないんだしさあ。そしてそれを証明した時点で、国から放置されるようなことはないでしょー」

『実際に作ってしまえば、放置されるぞ? 迂闊に手出しができなくなる。国家でもない死の商人が、立派に抑止力を持つことになる』

「でも今は作ってはいない。いくら解析できても、そう簡単に作れるもんじゃないよねー。そして霜根さんが、そんな穴だらけの計画を練るわけもない。つまり、私に嘘をついている」


 純子の指摘に、霜根はしばし口を閉ざし、会話が途切れる。


『君にはかなわないな。しかし……その嘘が何であるかまで、わかるのかな?』

「わからないねえ……今は」


 小さく溜息をつき、ふと純子は思う。


「ひょっとして霜根さん、今回の爆弾奪い合い騒動、乗り気じゃなかったのかな?」


 霜根にもそういう気持ちがあったのかと思いつつ、純子は問うた。


『感情はどうあれ、これは私が担当した仕事だよ。では、伝えることは伝えた』

 電話が切られる。


「ふーむ。霜根さんも複雑な所だねえ」

 呟き、高速で思案する純子。


「今の人はこの計画を食い止めてほしいみたいですねえ」


 電話のやりとりを聞いていた優も、それに気がついていた。麗魅、凜、十夜、晃も同室にいる。


「どうしてそうなるのさ」


 麗魅が不思議そうに尋ねる。十夜と晃にも理解できなかった。


「純子にわざわざこんな電話かけてきて、わざと純子に嘘とわかるような遠まわしのヒントを与えたからでしょ。私も同じこと感じたわ」

 と、凜。


「なるほど、そういうことかー」

「だったら素直に教えればいいのに」


 納得する麗魅と、納得できないという顔の晃。


「個人の心情もしくは計算としては反対、でも大組織の歯車の立場としてはやるしかない。だからこそ霜根さんは複雑ってことだよ。それで気晴らしか、あるいは一種の賭けで、私に電話してきたんだと思うなあ」


 感情よりは計算なのであろうが、いずれにせよ何も思う所が無ければ、今のような電話をかけてくるはずもないと、純子は考える。


「で、純子には妊婦にキチンシンクの狙いや、踊る心臓と妊婦にキチンシンクのどちらが反物質爆弾を持っているか、わかってるの?」

「考えてみたけど、今はわからない。ヒント不足か……それとも見落としか。もうちょっと考えてみるとして、皆は予定通りに動いて」


 凜の質問に、純子が答えた直後、真からメールが入った。


「真君達が、踊る心臓のボスのランディ君達を発見したってさー」

 報告する純子。


「こっちは出動できずなのになあ」

「オーマイレイプの連絡待ちだしねえ」


 つまらなそうにぼやく晃と、それをなだめる十夜。

 そこにまた電話がかかる。


「噂をすればオーマイレイプだよー」

 と、純子。


『二つまで絞ることができた。一つはそこからすげー近いぞ。絶好町の北西の工業地域だ。もう一つは薬仏市の外れだ』


 と、シルヴィアが報告する。


『ところで麗魅、そこにいるのか? 葉山に負けたんだって?』

「何嬉しそうな声出してんだよ」


 シルヴィアにからかわれ、麗魅は小さく笑う。


「じゃあ、灯台下暗しな絶好町から行ってみようか」

「薬仏市はダルいから、こっちが当たりであってほしいな」


 麗魅が決定して立ち上がり、寝転がっていた晃が跳ね起きる。


「出番無しでぶーたれてたのに、ダルいってどういうことよ」

「そりゃ程度の問題だしー」


 凜に突っ込まれたが、晃は微笑みながら言い返した。


***


「爆弾はどちらにあるか、わからない状態らしい」


 純子から連絡を受けた真が、タクシー内の面々に報告した。


「元々そうだろう!」

「こっちが囮の可能性が高かったが、妊婦にキチンシンクからの大幹部の電話を信じるなら、踊る心臓が持っている。こっちが囮の可能性は低くなり、爆弾を持っている可能性が高くなったって所だな」


 美香の言葉に対して、真が状況を詳細に述べる。


「爆弾をあいつらが持っているとしたら、どこに運ぶつもりなんだろう?」

「それも謎だな!」

「美香、こっちに唾飛ばさないで……」


 克彦が疑問を口にし、美香が叫び、来夢がげんなりした声で抗議する。


「すまん!」

「帰りは美香、俺の隣に座らないで……。克彦兄ちゃん、盾になって」

「いやいやいや……」


 しばらくして、山岳部に入ろうかという所で、トラックが一斉に止まった。タクシーも止まる。


「ここがゴール?」


 怪訝な声をあげる克彦。周囲には何も無い。草原と林だけだ。建造物も何も無い。爆弾を運ぶ場所にしては妙だ。


「いいや……この先には隠しヘリポートがある。裏通りの住人だけが利用できる奴だ。そしてそれをサービスとして管理しているのは、踊る心臓だ」


 ホログラフィー・ディスプレイを、ミニサイズで開いた真が言った。


 トラックから一斉に構成員が出てくる。ランディと龍雲、蹴導とミルメコレオ、そして春日の姿もある。他にも構成員が多数。


「ここに戦力が集中しているようだな! つまり、当たりの可能性が高いぞ!」


 いくらなんでもこの顔ぶれを見る限り、囮にしては豪華すぎると感じる美香。他の面々も同様のことを感じている。


「最終決戦かなー?」

「こっちも出よう」


 克彦と来夢が先にタクシーから出る。


「私はちょっと離れておきますよ。ちゃんと帰りも揃って御利用してくださいね」


 髭面初老のタクシードライバーが、降りた五人に向かってにっこりと笑って告げた。

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