第四十章 26

 ほころびレジスタンスは新たな依頼を受け、動き出した。

 依頼主は情報組織マシンガン的出産に所属する構成員、リチャード井上。依頼内容は護衛であるが、調査対象は踊る心臓ではなく、妊婦にキチンシンクの支部だ。


「実際には爆弾騒動の延長だけどね」


 リチャードは苦笑しながら言っていた。それは言われなくても、凜達もわかっている。


「依頼主はやっぱり中枢だよね?」

「依頼主のこと喋っちゃ駄目なんだけど、他に考えられないよね」


 十夜の問いに、リチャードは苦笑したまま答えていた。

 四人が訪れたのは安楽市内にある工業地帯の一つだ。工業地帯は裏通りの潜伏場所として定番である。表通りの企業の工場の中に、しれっと裏通りのアジトが混ざっているケースは多い。


「この前の戦闘では……霜根兄弟はともかく、他はそれほど強く無かったかな」


 建物を遠巻きに見つつ、十夜が言った。


 妊婦にキチンシンクは国際レベルでの大組織であるが、抗争となるとその力は未知数だ。この組織は他所の組織とあくまで商売上で競合しているだけで、あまり争いは起こさない。全く無いというほどではないが、噂にならない程度の小競り合いくらいだ。


「たすきのあの中二くさい武器見たでしょ。武器密造組織なんだから、そういう面で警戒した方がいい」


 蛇の絡まった十字架のペンダントをいじりつつ、凜が注意を促す。


「永遠のミス中二が言うと説得力あるねー。あ痛っ」


 からかう晃の額に、でこぴんをかます凜。


 四人は亜空間トンネルを使って、工場の中へと潜入する。


「いいなー、これ。ていうかズルいなあ」


 リチャードが羨む。自分も同じことができれば、情報屋としての仕事がさぞかし捗るだろうと考える。何より安全を確保できる。

 リチャードの目的はもちろん、反物質爆弾の所在の確認である。


 工場内は、ぱっと見た限りではただの製品工場に見えるが、作っているのは武器である。ここは主に重火器を作っている工場だ。


「うわ、またあの二人がいる」


 晃が声をあげた。晃の視線の先を見ると、霜根達忌とたすきの兄妹がいた。


「ここはハズレかな」

 凜が言う。


「どうして……」

 不思議そうに十夜が尋ねかけた、その時であった。


「侵入者が近くにいる。亜空間発生反応有り」


 達忌が、見えるはずのないこちらを見て、陰気な声で言い、四人はぎょっとした。


「おう、きやがったか。引きずり出してやんなっ」

「上手くいくかなあ……」


 たすきが嬉しそうに叫び、達忌は気が進まない面持ちで、懐から二枚貝を取り出し、呪文を唱え始める。


「あいつ術師だったのか。こないだは銃しか使ってなかったのに」

 意外そうに言う晃。


(あの貝は触媒――精神増幅装置だ。不味い、亜空間がフルオープンされるぞ)


 凜の中にいる霊魂、町田博次が、凜だけに聞こえる声で警告する。


「ここから引きずり出されるみたい。注意して」


 凜が促して五秒後、亜空間と通常空間を繋ぐ扉が強制的に開かれたかと思うと、扉がどんどん大きく拡がり、まるでめくられるかのようにして、亜空間が通常空間へと変えられた。


「こんな芸当ができるなんて……」

(精神増幅器のおかげもあるが、かなり威力の高い術を行使できる。用心しろ)


 戦慄する凜に、町田が注意を促した。


(私も精神増幅器使ったら、今より強くなれる?)

(あれは極めてレアなものだ。それに、使用後に反動で精神にかなりの負担があるから、やめた方がいい)


 町田の答えに、期待していた凜は少し落胆する。


「凜さんと……こないだの奴等だ」


 目線を合わせないようにチラ見しつつぽつりと呟く達忌。


「へっ、あん時の続きを楽しむとしますかねえっ」

 たすきが嬉しそうに笑う。


「危なくなったら無理せず撤退してよ」

「てやんでい、ここはあたしらの家みてえなもんだ。家を捨てるなんざありえねーんだよ」

「いや、家じゃないし。たまたまいるだけだし」

「それでも組織のアジトの一つには違えねえ」


 達忌とたすきが喋りながら、四人の前へと進み出る。


「凜の姐さん、またあたしとやっか? それとも今度は兄貴にするかい?」

「何? 私とするのが飽きたから別のと変えたいの?」


 たすきに声をかけられ、凜が冗談めかして笑ってみせる。


「こっちも接近戦得意な子はいるしね」

「メジロエメラルダーさんじょー」


 凜の視線を受け、十夜がやる気のない声でポーズをとる。


(あのレーザー出す剣、十夜では危険な気もするんだけどね)


 凜の本音としてはあまりよろしくない組み合わせだが、十夜の修練も兼ねて、あえてぶつけてみることにした。


「ヒーロー系マウスかい。おもしれえ」


 たすきが透明の小剣を抜く。

 作業着姿の構成員達が集まり、四人を取り囲む。


「数多いし、囲まれちゃったよ?」

 不安げな面持ちになるリチャード。


「ちょっと不味いかもね。リチャードは戦わないで、そこのコンベアーの隅に丸まって隠れて震えてて」

「わ、わかったけど震えては余計じゃね?」


 凜の言葉に小さく笑いつつ、震える以外は指示通りにするリチャード。


「晃は前回と同じく達忌で。私は雑魚に……」

「姐さん……僕を避けるんですか? 同じ術師同士の戦い……希望しちゃ駄目ですか?」


 指示している最中に、達忌が話に割って入る。


「私や十夜の方が雑魚大勢相手にするのに向いているからね。晃でもいいんだけど」

「僕が雑魚相手でもいいよ~。ていうか、この兄妹、僕の凜さん捕まえて姐さん姐さんて馴れ馴れしいよ。そんなに親しい間柄なの?」


 晃が何となく嫌そうな顔で、達忌とたすきを睨む。


「僕のが余計」

「ふっ、嫉妬か……」


 凜が晃を小突き、達忌が鼻で笑う。


「ちょっとかちんときた。こいつ、僕にやらせて」

「はいはい。でも術師みたいだから気をつけて」


 晃と達忌が再び相対する。


 達忌が銃を抜く。晃も達忌の手元に注視しつつ駆け出し、銃を抜く。

 互いにほぼ同じタイミングで撃つ。以前やりあっているので、互いの力量はわかっている。


「何だい、超常の術ではこないの? 僕に合わせてくれるの?」


 すぐに次の攻撃にはいかず、晃は笑顔で達忌に声をかける。


「そっちが……銃だから、こっちも銃。術で勝ったら、きっと嫉妬される。恨まれる。粘着される。それが嫌だから……」


 ぼそぼそと聞き取りづらい声で答える達忌に、晃は呆れる。


「別に術が銃を上回ってるってことないし、銃の腕は僕の方が上って、この前の戦いでわかってるだろ?」

「ぼ、僕とそんなに離れてはいない……と思う。少し上くらい。お喋りはもういいだろ……」


 こんな時でも、晃と目線を合わせないようにして喋る達忌。


「わかったよ。じゃあ、いっくよー」


 銃撃戦が再開される。


 凜はみそゴーレムを呼び出し、雑兵の相手をさせる一方で、幻影の壁を作って惑わせ、攻撃が集中しないように計らう。


 十夜はたすきと近接戦闘を展開している。

 たすきの持つ透明の剣からは、すでに青い光が発せられている。振る度に青いレーザーが一度に三方向もしくは四方向に放たれる。

 体術の練度そのものは、自分の方が上であると十夜は感じたが、この剣から放たれるレーザーの回避は、極めて困難だった。どんな角度に放たれるか、たすきの殺気を呼んで予測をつけて、剣が降られるタイミングを読みつつ、回避しているが、運も激しく絡む。おかげでほぼ防戦一方になってしまった。


「何でい、逃げ回ってだけかいっ。女だからって遠慮するこたーあるめいっ」


 たすきが煽るが、十夜は慎重なペースを崩すことはない。


(この子……戦うのが楽しいんだな。それは伝わってくる。でも……危ういな)


 十夜は感じていた。たすきは裏通り歴では自分より長いかもしれないが、戦闘経験は乏しいと。身体能力は相当高いが、攻撃の際に隙や無駄が多々見受けられる。そのおかげで、十夜も回避できている面もある。


(とはいえ、一度に複数攻撃が飛んでくるのはやっばりしんどいな……)


 十夜は近接戦闘の際、スーツの防御力をあてにしていて、気を抜いている面もあったので、今回はその防御が通じそうにない相手ということで、精神的な疲労が貯まってくる。


「みそメテオ」


 凜がみそ妖術を発動し、たすきと達忌にみそが降り注いだ。


「ぶっ!?」

「んごっ!」


 大量のみそを浴び、みその中に塗り固められる霜根兄妹。十夜と晃は凜の意図を察し、そこで攻撃の手を止める。


「ひ、卑怯……」

「姐さん、タイマンの邪魔するたあ、どういう了見でいっ」

「こっちの戦いが終わったんだし、それまでに決着つけられなかったあんた達が悪いのよ」


 抗議する達忌とたすきに、凜がにっこりと笑いながら言い放った。見ると、妊婦にキチンシンクの構成員達も全員、みそで固められて身動きが取れなくされている。


「私達がここを調査する時間、しばらく外に出ていい子にして待っているのなら、解放してあげる」

「姐さんよ、見くびんるじゃねいっ! そんなこと言われてはいそーですかって、あたしらがほいほいケツまくれっかよ!」

「たすき、一旦退こう。負けは潔く認めよう。それにこちらに死人を出さないよう、姉さんが取り計らってくれたしさ」

「むむ……それもそうか。わーったよ」


 凜の要求に対し、たすきは威勢よく啖呵を切ったが、達忌にたしなめられ、負けを認め、要求を受けいれる事にした。 


「で、達忌の方に言いたいんだけど」


 と、凜は真顔になって達忌を見た。慌てて視線を外す達忌。


「精神増幅器に頼るのは感心しないわ。それって使用した後で、反動もあるのよ」


 以前一緒に仕事もしたよしみで、達忌のことも考えたうえで、やんわりと忠告する凜であったが――


「僕が一番嫌いなのは、何か否定することで、優位に立とうとするタイプ……」


 凜から目線を逸らしたまま、沈んだ声で呟く達忌。


「そりゃ否定することで優越に浸ったり満足したりるタイプは、大抵の人間が嫌うでしょーけど、否定されてもしゃーないことでしょ、それは。そもそも否定というより、注意してあげてるのよ」

「注意してあげてるという時点で上から目線……」

「あっそ……もういい」


 面倒臭くなって、凜は話すのをやめた。


「凜さんは精神増幅器が羨ましくて嫉妬しているんだ……」

「べらぼーめ、嫉妬じゃねーよ。凜の姐さんは兄貴のこと心配してんだろーが! 姐さん、うちの馬鹿兄貴がすまねえ……」

「いいのよ」


 達忌を一喝し、代わりに謝罪するたすきに、凜は微笑んだ。


 みそから解放された妊婦にキチンシンクの構成員達は、工場の外へと出て行く。


「俺の相手したあの江戸っ子喋りな子、弱いってことはないけど、あまり実戦慣れしていない感じだったよ」

「あ、僕も同じ印象受けた」


 十夜の言葉に、晃も同意した。


「ま、ここはハズレだと思うけどね」

「さっきも言ってたけど、どうしてわかるの?」


 凜に向かって十夜が問う。


「はっ、ンなの決まってらあ。あーんなすっとこどっこいながきんちょらに、でーじなブツを任せとけっかってんでいっ……というわけよ」

「え……凜さん?」

「凜さんが壊れた……」


 突然べらんめい口調を披露する凜。啞然とする十夜と晃。


「私の母さんが下町育ちなのよね……。父さんはともかく、母さんは江戸っ子の言葉、結構使ってた。でもたすきほどちゃきちゃきの江戸弁使う子なんて、実際には見たことないわ……。部分的に継承しているだけよ。そういうパターン、他の家でもあると思う。うちの母さんは、サ行をタ行で喋るなんてことはなかったし」


 と、凜


「そういやみどりも微妙に江戸っ子な喋りしてたような」

 晃が思い出す。


「親御さんや爺様婆様にそういう人がいりゃあ、部分的に受け継いでいくみたいでさァ」

「凜さん、何だかんだでその喋り方好きなの?」

「小さい頃は使ってたけど、中学あがってから意図的にやめるよう心がけてた。わりとストレスだったけど」


 晃に尋ねられ、凜は気恥ずかしそうに笑いながら答えた。

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