第四十章 24
「これでオイラ達の仕事は終わったんだよなー?」
踊る心臓本部に帰還した春日が、ランディと龍雲を前にして確認する。
「依頼内容は引渡しが済むまでだから、一応終了だ。ギャラの振込みも確認した。経費の上乗せもな」
淡々と答えるランディ。
「じゃあおつかれちゃーん」
「俺の読みでは、まだお疲れにはならない」
明るい声と共に部屋を出ようとした春日であるが、ランディの言葉を聞き、足を止める。
「どゆこと?」
「俺達は依頼主の妊婦にキチンシンクに、高く評価されたようだ。報酬も色をつけてもらったし、鬱陶しいほど心のこもっていない称賛の言葉も貰った」
「心がこもってなければ褒めてないんじゃないっスかね?」
「それでも評価していなければ、称賛もしないだろう。妊婦にキチンシンクの大幹部の霜根という男は、おべっかは使わないタイプだった」
春日の突っ込みに、ランディは冷静に述べた。
「なるほどー。ボスはちっちゃいのに本当老練だよねえ。これも龍雲さんがみっちり仕込んだおかげかな?」
「余計なことを言うな」
春日の軽口に、珍しく龍雲が怒ったような声をあげる。
「いいや、余計なことを言っていい」
龍雲に目配せをして、ランディは告げた。
「こいつはムードメーカーだからな。それで場が助けられていることもあるだろう。こいつが余計なことを囀り続けていれば、それだけ組織に貢献する」
「それはわかるが、俺が言いたいのはそういうことではなく、俺とボスの間のことを軽々しく口にされた事に対して、俺が個人的に腹が立つんだ」
ここまではっきりと機嫌の悪さを露わにする龍雲など、ランディも春日も初めて見るので、二人して怪訝な視線を龍雲に向ける。それに気付いた龍雲は、バツが悪そうに軽く咳払いをする。
「はいはい、オイラがわるーござんしたよ。その話はこれでおしまいっ。で、高く評価されたからどうだっての? 今すぐまた新しい仕事を任部にキチンシンクから依頼されると?」
「新しい仕事ではない。継続だ。妊婦にキチンシンクは反物質爆弾のさらなる輸送か保管、警護を依頼してくるだろうな」
春日に話を戻され、ランディが自分の読みを口にした。
「警護は俺達の組織の仕事ではない」
龍雲がランディに釘を刺す。
「しかし輸送か保管となれば、警護も込みになる。組織の建前上は断れない」
「なるほど……」
ランディに言い返され、龍雲は一本取られたと感じた。
「どうしてそんな依頼をしてくるとボスは思ったの?」
春日がさらに疑問をぶつける。
「依頼を達成した俺達を高く評価していると言ったろう。実際には何度も奪われているし、最後に奪い返したのは妊婦にキチンシンクだが、向こうの準備が整うまでの間はもたせた。で、その先は? 反物質爆弾を保持していれば、その時点で今までの俺達のように、あちこちから狙われる。情報屋が居場所を探り、戦闘になる。あげく奪うためにも戦闘にもなる。そんな状態を果たして続けられるか?」
「売る相手が決まって、ルートが確保できているから、あいつらが引き取ったんだろう?」
龍雲が言ったが、ランディはかぶりを振る。
「いいや、それなら俺達がそのまま運べばよかった話だ。妊婦にキチンシンクは反物質爆弾の仕組みを解き明かし、量産するためにこんな大騒ぎを起こしたんだ。わざわざ米軍の兵士達まで、懐柔もしくは脅迫してな。ただ爆弾を保持しただけでは、ここまでハイリスクなことをするに見合うハイリターンにはならない」
自分の読みがどこまで合っているかどうかは、実際の所定かではないが、かなりの確率で当たっているだろうと、ランディは見ていた。故に二人の前で、断言するように喋る。
「反物質爆弾を手放して、アメリカなり日本なりが取り戻したというシナリオにする一方で、一応の顔は立てる。一時的にな。反物質爆弾を死の商人に解析されたなんてこと、世間に知られるわけにもいかないから、きっと黙ってそれを受け入れる。つまり……爆弾の無事な返還の際に、俺達の出番がそこでまた回ってくる。そこら辺に放置というわけにもいかないから、どこかへと輸送させられるんだろう」
「それが本当なら馬鹿げてるよなー。そこまでわかっているなら、仕事を引き受けるべきじゃないだろー。またいらんリスクを背負うことになるしさー」
ランディの話を聞いて、あからさまにうんざり顔になる春日。
「それでも仕事は仕事だ。背景事情や目論見は知ったことではない。荷物を運べと言われたら、無事に送り届けるのみだ」
(こういう所がこいつのいけない所だな……)
ランディの台詞を聞き、龍雲は思う。
「あまりに馬鹿げた理不尽な仕事なら、断るべきだぞ。そうでないと、組織の者へも負担になる」
龍雲が強めの語気で言う。
「それはわかっている。俺はその辺りも見極めているつもりだが、今回は理不尽の度合いが仕事を引き受けるに値しないほど、オーバーしていると思わない」
「際どい所だと思うぞ」
きっぱりと言ってのけるランディに、龍雲は告げた。
(俺も龍雲さんに同意だけど、ここで俺までそれを口にすると、ボスが可哀想だしなー)
そう思い、黙っておく春日。何も考えてないように見えて、それなりに他者への気遣いはできる男であった。
***
雪岡研究所。私室にて、押入れの中の保管用プラモデルと保管用フィギュアの整理をしていた純子に、電話がかかってきた。
『予定通り、反物質爆弾は手中に収めた。解析をしに御足労願いたい」
「ああ、霜根さん。こっちから電話しようと思ってたんだよー」
相手は妊婦にキチンシンク大幹部、霜根太一だった。
「解析の件、キャンセルでー」
弾んだ声であっさりと告げる順子。
『それではこちらの計画に深刻な支障が来たすな』
特に慌てた風でもなく相手は言う。
『こちらで解析している間に、居場所を突き止められ、攻撃される可能性が高い』
「諦めて手放してもいいんじゃない?」
相手の立場も事情も考慮せず、純子は言ってのけた。人によっては煽っているようにすら聞こえるだろう。しかし嫌味でも皮肉でも煽りでもない。
「正直ね、いくら妊婦にキチンシンクほどの大組織でも、反物質爆弾の量産は、分不相応な領域だと思うよー。今はね。未来に、もっと凄い破壊兵器が開発されたら、また話は違ってくるけどさー」
それが純子の考えであった。
『残念だ。しかし、君に土壇場で断られる可能性も、考慮しなかったわけではない。こういう時の保険も用意してあるから、そちらは気にしなくてもいい』
一切感情を表さずに告げ、電話を切る霜根。
「言われなくても気にしないけどねー」
身も蓋も無いことを呟き、純子は作業を再開した。
***
夜。踊る心臓本部。
ランディは執務室にて、本日における組織の死亡者のリストをチェックしていた。
この反物質爆弾の輸送騒動で、踊る心臓は短期間にかつてないほど死傷者を出している。四桁の構成員数を擁する、裏通りでもトップクラスの大組織であるし、元々抗争ばかりしている組織でもあるが、それでもこの数日間の死者の数は無視できない規模になっている。
死亡者フォルダに顔画像をコピーペストして、大きめのサムネイル画像で、死者を並べる。今日の死者だけではなく、ランディが踊る心臓のボスになってから、これまでに出た死者全てが並んでいる。
名前と顔を一人ずつ確認しながら、両手を合わせて瞑目し、祈りを捧げていく。これもランディの日課だ。
旅立った仲間達への黙祷を済ませると、次に自分が殺した相手をできるだけ思い出して祈る。
後ろめたさから祈っているわけではない。罪の意識に脅えているわけでもない。ただ、祈りたいと思うから勝手にそうしている。ランディは己の行為を偽善的だと思うこともあるが、偽善であろうが、自分は祈りたいから祈っている。
(あいつとまたやりあって、俺が殺したとしたら、あいつのことも祈るのかな……)
ふと、ある少年のことを思い出す。
もう一度やりあってみたい。二度も命の取り合いをして、自分でも驚くほど心が高揚した。思い出すだけで武者震いがする。
(それとも俺が殺されれば……あいつは……あの人は、俺のことを思い出して、祈ってくれるかな?)
そんなことを考えた後、ランディは微笑をこぼした。
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