第四十章 8

 シャルルは晃のことを真から聞いているし、ネットで調べて顔も知っていた。


「派手な拳銃使ってるなあ」


 派手な銃声と、着弾した木の幹が大きくえぐられて撃ち抜かれたのを見て、シャルルは木陰で苦笑する。

 晃の持つ、純子に造ってもらった特製の銃、ピースブレイカーは貫通力に特化した代物であり、敵が遮蔽物に隠れても、遮蔽物次第では、貫通して撃ち抜くことさえできる。

 ちなみにこのピースプレイカーというネーミングは、周囲からはかなり不評であった。


 シャルルは地に伏せ、しばらく様子を見る。こちらの位置をわからなくして、相手を焦らしにかかるという狙いもある。

 夜であり、シャルルのいる位置が植木の陰であるため、伏せてしまえばかなり確認しづらい。


 ところがそのシャルルのすぐ横に、銃弾が撃ちこまれた。偶然ではあると思うが、こちらの位置がわからなくてもお構いなしにやたらめったら撃ってきたら、そのうち当たる可能性もある。かなりの低確率ではあるが。


「しゃーない、ちゃんと戦うかー」


 呑気な声で呟くと、シャルルは立ち上がって移動する。自分がこうすることも晃の狙い通りとは理解しているが、当たる可能性が低かろうと、あのまま伏せているわけにもいかなかった。


 ジグザグに移動しながら、シャルルは晃のいる方に接近していく。その合間にシャルルも銃を一発撃ち返している。

 シャルルが接近してきたのを見て、晃は相手が近接を得手としているのではないかと考え、撃ちながら後退する。


(判断が早いのはいいことだねー。でも、動きがやや読みやすい部分もあるかな)


 晃が後退するのを読んでいたシャルルは、後退予測地点に狙いを定めていた。


 移動直後を撃たれる晃。しかし銃弾は足元をかすめただけで、当たっていない。


(おっと、微妙に外したかー。まあ、しゃーない)


 さらに撃つシャルル。同時に晃も撃ち返す。

 互いに一発ずつ撃ってどちらも外れたが、シャルルの銃弾はまたしても晃に近い位置を飛んでいった。


(この子はもっと鍛えれば伸びるだろうなー。流石に真が評価することだけはあるよ)


 晃の筋の良さに感心しながら、シャルルはとどめの引き金を引く。晃はすっかり余裕を失っていたし、それはシャルルの目にもわかっていたので、シャルルはたっぷりと余裕を持って、相手の行動予測をしたうえで、晃の銃を狙って撃った。

 銃弾が銃に直撃して、晃は銃を落とす。


「はいはい、フリーズしてね」

「はいはい、降参」


 銃口を向けて告げるシャルルに、格の違いを見せ付けられた気分になり、晃は爽やかな笑顔で両手を軽く上げた。


***


 凜の定石は、黒鎌の柄の真ん中から先を亜空間の入り口に入れて、敵の背後か側面に亜空間の出口を作り、そこから刃で斬りつけるというものだ。

 場合によってはそこからさらに、黒鎌を液状化してあらぬ角度と位置へと移動させてから斬るという、実に変則的でかわしづらい攻撃が可能である。


 今回もまたその通りの攻撃を行ったが、葉山はこともなげにかわすと、凜に銃を撃ってきた。


 春日戦で受けた負傷が癒えていないという理由ではなく、凜は葉山の銃を撃つ行為自体に反応しきれず、あっさりとその身に銃弾を浴びた。

 腹部に弾を受け、崩れ落ちる凜。腹から生温かいものが流れてきて、口の中に血が逆流してくる。完全に内臓を貫いているとわかり、ぞっとする。


 必死の思いでみそ妖術を発動し、銃弾を受けた場所にみそを塗りたくり、みそを大量に口の中に詰め込んで飲み込む。


(意識は保ってないと……。ていうかトドメをさしにこられたらおしまいだけど……。ったく……今日はロクな目に合わないわ)


 体内に残っていた銃弾が、みその力で排出されるのを確認しつつ、凜が葉山の方を見る。


 葉山は凜の動きを警戒してはいるようだが、追撃も他への支援に行く様子もないので、凜はひとまず安心した。


***


 自分の相手が敵五人の中で一番デカくて、見た目的には一番強そうなので、瞬一は思いっきり臆していた。


(ひょっとして俺が一番はずれ引いた?)


 もし敵の中で一番強い相手だとしたら、ひどい話だと思う。こちらの中で一番弱いのは自分だというのに。


(これは一番の外れだな……)


 奇しくもオンドレイも同じような台詞を口の中で呟いていたが、そのニュアンスはまるで違う。一番歯応えの無さそうなのとあたったという落胆だ。


(いちかばちか、必殺技に全てをかけてみよう)


 瞬一の真紅の双眸が光る。


「む……」


 オンドレイは警戒する。瞬一の目の発光を見た。超常の力か、それに近しい力が発動する気配を感じ、うなじの毛と口髭が反応したのだ。


 瞬一の右の人工魔眼より、赤いレーザービームが放たれ、公園の芝生を焼く。


 オンドレイはあっさりと回避していた。

 さらに左の魔眼からもレーザーを撃つが、オンドレイはひょいっと避ける。


「終わった……」

 瞬一は肩を落として呟いた。


「終わりか?」

「はい……」


 オンドレイの問いに、瞬一は頷く。


「今のうちに得物を捨てて降参すれば、見逃してやらんでもない」

「はい……」


 オンドレイの言葉に従い、瞬一は銃を足元に置き、両手を上げる。


「運が良かったな。昔の俺なら見逃さず殺していたが」

「はい……」


 オンドレイの凄みを利かせた物言いに、瞬一は震えながら頷くしかなかった。


***


 美香と正美は激しい銃撃戦を繰り広げていた。


「幸運の前借!」


 美香が運命操作術を発動させつつ、行動予測で狙いを定めて、銃を撃つ。


「痛っ」


 運命操作術の効果が働き、行動予測先が見事に当たって、正美の右肩に銃弾が当たる。しかし幸運はそこまでであり、防弾繊維を貫くには至らなかった。


 正美が三発撃ち返す。美香は際どい所で回避する。


「運命の悪戯!」


 時折、運命操作術も交えて回避を試みる。そうでないと、避け続けられない。正美の銃の腕は美香よりずっと精密であり、最小限の落ち着いた動きをしている。


(隙をついて他の支援に行くどころではないな!)


 一対一のルールなど従わず、戦闘途中に他の支援をするつもりの美香であったが、正美から目を離すことなどとてもできない。

 防戦ばかりでは勝てないので、運命操作術を攻撃にも組み込むが、運命操作術の多くは乱発できない。一日に一度しか使用できないものもあれば、使う度に効果が下がるものもある。


(あの子、さっきから何を叫んでるんだろ? 訊きたい。すごく知りたい)


 正美はというと、それが気になって仕方なかった。早く戦いを終わらせ、できれば死なせずに勝利して、どうして叫んでいたかを美香に訊きたいという欲求に捉われていた。


「不幸の共有!」


 自分が敵と認識した者に対し、己の身に降りかかった不幸をそのまま相手にもお見舞いする運命操作術を発動させる。これを使いだしたという事は、そろそろ術のストックが切れてきたということだ。そもそもこの不幸の共有自体、使うタイミングを選ぶ術である。


(さあ撃ってこい! この身に浴びれば、お前も同じ目に合う! 私の弾も当たる!)


 そう思いつつ、わざと隙を晒す動きを見せながら、美香は正美に銃口を向ける。


(むー、何か怪しい。何か狙ってる? きっとそう。私にはわかるよ。わかります)


 美香の露骨な誘いに、正美はすぐに撃たずに様子見に入る。


(来ないか……! ちょっとあからさますぎたな!)


 しかし美香は慌てなかった。これをカバーする運命操作術もある。


「悪意への支援!」


 対象を騙すかハメようとする際に、例えそのトリックを相手に見抜かれていようと、相手がそれを回避できないような事態を発生するという、美香が滅多に使わない運命操作術を発動させる。


(何かまた叫んでるし、わけわかんない。もういいから撃っちゃお)


 美香の叫びそのものがトリガーとなり、正美は美香に発砲する。


 正美の弾が美香の脚に当たる。防弾繊維を貫きこそしなかったが、ダメージはしっかりと食らっている。


 それを確認して、美香も正美を撃つ。

 正美は回避しようとしたが、また回避先を行動予測される形で、銃弾を食らってしまった。ブーツの防弾繊維を貫いて、ふくらはぎの肉がえぐられる。


 正美の動きが鈍ったのを確認し、美香は好機と見て、痛みを堪えながら、弾倉に残った最後の弾を吐き出す。


「おっと」


 正美は左手に持った銛の先端で、美香の弾を弾いた。

 一瞬何が起こったのかわからなかった美香は、呆然としてしまう。


「今のは危なかったー。中々、やるじゃん」


 そんな美香を称賛しつつ、正美が銃を撃つ。

 美香は避けられず、銃を持つ腕を撃ちぬかれた。


 すでに美香の銃に弾は残っていない。この状態から、そしてこの相手に対し、リロードして反撃というのも、絶望的である。


「ギブして? で、何で叫んでいたのか教えて?」


 正美が銃口を突きつけたまま促す。正美の目から見ても、これで勝負はついている。美香の闘志も明らかに失われているのが――同時に恐怖しているのが、見てとれる。


「わかった! ギブアップだ!」


 潔く銃を捨てて叫び、美香は瞑目して軽く両手を上げた。


***


 アドニスは自分の相手となった十夜の奇抜な格好を見て、これがヒーロー系マウスというものだろうと察しをつけた。日本に来てから、裏通りの情報を漁っている間に見つけた単語だ。

 どう見ても接近戦タイプの十夜。それにそのスーツは、銃弾が通るかどうかも怪しい。顔は仮面マスクを被っているだけなので、頭部の露出部分はあるが、その微かな露出部分だけを狙って銃を撃つというのも、中々シビアなように、アドニスは感じる。


(それならお望み通り、近接戦闘で付き合ってやるか? 途中までは……)


 アドニスがそう思った矢先、十夜がアドニスに向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。

 その勢いに危険性を感じるアドニス。速度だけ見ても相当なもので、人のそれではないと見た。


(つまり……だ。雪岡純子に肉体改造されて、筋力も人間以上の猛獣と見なした方がいい)


 ほんの少しの攻撃でも食らえば致命傷になるだろうと、アドニスは判断する。そして速度も人間以上。そんな相手と体術で戦わねばならないという状況。


(ひょっとしたら俺が一番手強い敵と当たったかもな。ラッキーだ)


 ほんの一秒ほどだが、アドニスの口元に微笑みがこぼれる。


「メジロ地獄突き!」


 十夜が突き出す手刀を、ギリギリのところでかわす。

 実際にはもっと余裕をもってかわすことも、アドニスには可能だった。しかしあえて引きつけて際どい回避を行い、アドニスは体を入れ替えて十夜の側面へと回り込んだ。そこからすぐに自分が攻撃に移行できるように。


 アドニスの太い腕が、後頭部から十夜の首へと回される。

 十夜の頭部に腕を巻きつけて抱え込むと、アドニスは十夜の頭部を体ごと強引に引いて、さらには足をかけて、ねじりこむようにして十夜の体を仰向けに投げ倒した。

 相撲やプロレスでいう首投げという投げ技だが、プロレスにおいては技から技への繋ぎに用いられる事が多い一方、相撲においては、窮地からの逆転技として用いられることが多い。

 アドニスがこの技を選んだのは、十夜の意表をついて、十夜に力で抵抗する暇を与えぬためだ。


 倒された十夜に覆いかぶさると、アドニスはまず十夜の両腕に自分の両膝を置いた。いくらバワーがあろうと、仰向けに倒されて両肩に荷重された状態では、力を出せなくなると踏んだからだ。

 しかしアドニスは十夜の力を見誤まっていた。


「メジロブリッジ!」


 十夜は大きく腹部を跳ね上げてブリッジする。それだけではアドニスも、十夜の上から跳ね除けられる事は無かったが、一瞬だけ体勢が揺らぎ、肩に加える力も緩んだ。

 その一瞬の緩みを見逃さず、十夜は両肘を激しく地面に打ちつけ、力いっぱい上体を跳ね上げて、自分の上に乗るアドニスの体を押し除けて、そのまま立ち上がる。


「やるな……」


 十夜と距離を取った所で、アドニスの口から称賛の言葉がついて出る。


 そのまま両者は向かい合う。十夜も今度は迂闊に攻めない。アドニスにパワーとスピードで勝っていても、経験とテクニックで劣っていると認識した。全く油断のならない相手だ。

 しかしだからといってずっとお見合いをしていても仕方がない。十夜はじりじりと少しずつ距離を詰める。アドニスはその場から動こうとしない。


 十夜の体が沈む。急に十夜が目線から消える動きに、アドニスはしかし動揺することはない。次に何をするか、大体想像がついている。


「メジロアリキック!」


 地面すれすれで体を大きく伸ばして、超低空のローキックを見舞う十夜であったが、アドニスはこの攻撃を予測しており、小さく跳んで蹴りをかわしつつ、再び十夜の側面へと回った。

 十夜はその場で起き上がろうとはせず、低い体勢のまま距離を取ろうとしたが、高速で突っ込んできたアドニスの膝蹴りが、十夜の側頭部へとモロに決まる。


 脳震盪を起こして、十夜は崩れ落ちる。

 時間的に言えば、勝負はあっさりと決まったと言ってもいい。しかしアドニスはこの短い時間、生きた心地がしなかった。この短い時間が極めて長く感じられるほど濃密だった。どんな攻撃だろうと一切食らうわけにはいかず、相手は自分より速く、こちらは攻撃できる箇所が限られている。そんな敵との戦だ。長引けばそれだけ自分の致死率も上がる。短い攻防でケリをつけなくてはならなかったからだ。


***


「あ、皆さん終わりましたねー。やりましたー。全勝ですよ。今日の僕は蝿だっ。ぶーんっ。夜空に舞う蝿だっ。嗚呼……今なら月まで飛べる気がする」


 手を羽根に見立ててぱたぱたと羽ばたかせながら、葉山が嬉しそうに走り回る。


 葉山以外のアドニス達四人が佇む前には、晃、十夜、瞬一、美香の四人が一箇所に集められて、手を拘束されて座らされている。凜だけは重傷なので、ベンチに寝かされていた。


「お前達は降伏した相手を見逃した甘ちゃんだったし、これでイーブンだ。今退くなら、互いに人死にを出さずに上手く矛に収められる。だが、これ以上続けるなら、その保障は無くなる」


 目の前に座る敗者四人を見下ろし、アドニスが告げる。四人は何も答えない。しかし受け入れている。


「お前らもそれでいいな」

「いいと思いまーす。無理して人を殺す必要も無いし、殺さず済ませられるなら、そうした方がいいよね。でも、今回一度は見逃してあげるんだから、別件はともかくとして、今回の件でもう一度顔を見せたら、容赦はしなくてもいいと思う」


 アドニスが確認すると、オンドレイは無言で頷き、正美はいつものようにぺらぺらと喋る。


「そうだねえ。真の弟子を殺したら真に恨まれそうだし。ほっとしてる」

「相沢先輩の知り合いだったのか。俺のことまで喋る親しい仲なの?」


 シャルルの言葉に、晃が反応した。


「短い間だったけど、傭兵時代に一緒だった。ま、付き合いの時間の長さ云々より、一緒にいる間にどれだけ濃密な時間を過ごしたかの方が重要だけどね~」

「へー、相沢先輩、僕のことどんな風に言ってたの?」

「それは秘密。勝手に喋ったら俺が真に怒られちゃうわー」


 やたらとつきまとってくる鬱陶しい奴だが悪い気はしないし、光るものが有ると、シャルルの前で晃を評していた真であったが、自分の口からそれを晃に伝えて欲しいとは、真も思わないであろうから、教えないでおくシャルルであった。


 その後、始末屋五人は立ち去る。その際に反物質爆弾を積んだトラックも発車してしまう。


「瞬一、力が及ばず済まない!」

「いや……俺もあっさり負けたし……」


 謝罪する美香に、瞬一が決まり悪そうな顔で言った。

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