第三十九章 24

 翌日の朝、星一郎はネットカフェで漸浄斎と会って直接会話を交わした後、警察に見つからないようにアジトへと急いだ。

 漸浄斎と直接会って話をしたのも、アルラウネの指示だった。そうすれば漸浄斎を監視している者に、情報が流れると見越してのことらしい。その流した情報によって、アルラウネは敵を動かすつもりでいるようだ。


 アジトへの帰路についている途中、幸司から電話がかかってきた。


『大変なことが起こった。久保さんと警察官達がアジトにやってきて――』


 震える声での幸司の報告に、硬直する星一郎であったが、そこでさらに幸司が不自然に言葉を詰まらせたことに、より一層の恐怖を覚える。


「久保さんに……何かあったのか?」

 勘のいい星一郎は察してしまった。


『落ち着いて聞いてね』


 落ち着けない報告であると――きっと予想の最悪かさらに斜め下であると、幸司のその前置きでわかってしまう。


『久保さんが殺された……』


***


 物語は数十分遡る。

 星一郎が外出したのと丁度入れ違いに、久保真之介は、少年課ではなく裏通り課の警察官二名と共に、アルラウネ狩りのアジトへと訪れていた。


「むう……来てます来てます。この雰囲気。警戒マックスで臨みましょ~」


 久保が二人の警察官に注意を促し、ビルの一階へと入る。

 ふきぬけとなっている一階。柱にもたれかかって蹲る二つの人影。


「はい、そこの二人~、ちょっといいですか~。こちら警察ですよ~」


 久保がどじょう髭の先をつまんでいじりながら、声をかける。

 しかし反応は無い。


「はい、無視はいけませんね~。警察にそういう態度を取るのはきてますよ~」


 毛むくじゃらの巨大な人影の方へとまず近づく。


「着ぐるみですかね? それともこういう能力なのかな?」

「あああ……ううう……」


 久保に覗き込まれ、ハチコーが反応して顔を上げた。


「笑ったな……? お前ら……僕を笑ったな? 何がおかしいんだっ。何が……何がおかしいんだあっ! 人を馬鹿にして何が楽しいんだあっ!」


 突然怒号をあげたハチコーに、久保達は驚く。


「な、何のことでしょうね~。寝惚けてますか?」

「ああああああっ! 皆で僕を笑いものにしてる! 笑われて、蔑まされて、どんなに痛いか、苦しいか、わからないから、そんなひどいことができるんだああぁぁっ!」


 ハチコーが喚きながら立ち上がる。

 怒りと悲痛の混ざった殺意を間近であてられ、久保と警察官達は直感してしまった。逃れられない死を。


***


 霧崎研究所に、梅津光器と松本完の二人の裏通り課刑事が訪ねてきた。


「殺された警察官の一人が、撮影しながら送ってきたものだ。殺されながら撮影したとも言えるな」


 梅津が言い、霧崎、真、バイパー、累、みどり、上美、そしてアンジェリーナを前にして、ある映像を見せる。


「ジャ……」


 そこに荒ぶるハチコーの姿が映し出されていたのを見て、アンジェリーナはあんぐりと大きく口を広げる。

 私服警官と制服姿の警察官が引き裂かれ、食われ、無惨に殺される姿。警察官も抵抗するが、ハチコーには銃弾は全く通じていない様子であった。


「ジャップ……」


 その光景を見て、アンジェリーナは愕然としていた。あのハチコーがこんなことをするなど、とても信じられない。

 そんなアンジェリーナを慮って、上美が背ビレ近くの背中に手を置く。


「殺されたのはいずれも安楽警察署の精鋭だ。一筋縄ではいかない相手だとわかる」


 梅津が淡々とした声で述べる。


「で、警察が俺等に泣きつきにきたってか?」


 皮肉る一方で、バイパーは梅津の様子がおかしい事に気がついていた。


「こっちも今ややこしい事件を複数抱えてるんでな。この間の警察署襲撃があったせいで、戦力も大幅にダウンしているし」


 相変わらず淡々と答える梅津。


(ハゲのおっちゃん……すげー悲しんでる。心が泣き続けてる……)


 みどりには梅津の感情がダイレクトに流れ込んできていた。


「特別に親しい人がいたのか」

 真が察し、尋ねる。


「俺が裏通りで殺し屋としてやんちゃしていた頃、よく面倒みてくれた人だったよ。久保さんはよ」


 心なしか震える声で、すでに消えてしまった動画を見つめたまま、梅津は言った。


「敵のアジトもわかったことだし、さっさと乗り込もう。助っ人も呼んでおくわ」

「ジャップ!」


 バイパーが言うと、アンジェリーナが挙手した。


「あの犬っぽいのが気になるのか? 説得したいのか?」

「ジャップ!」


 真が察して問うと、アンジェリーナは力強い声と共に頷いた。


「乗り込むのは、今日ではなく明日がいいな」

 真が言った。


「何でだ?」

 バイパーが尋ねる。


「奴等の派閥の一つとでも言うか、享命会というアルラウネ狩りが潜んでいる宗教団体が、明日イベントを行う。そのイベント中に、雪岡のマウスが、アルラウネ狩りと決着をつけるつもりでいる。僕らもイベントが行われるタイミングで攻め込もう」

「なるほど、互いに救援できない形になるな」


 真の考えを聞き、バイパーは納得した。


「ちょっと待ってくださいよ……。肝心なことを忘れてますよ。敵のアジトに乗り込むんですよ? 超常の能力者が何十人もいるんですよ?」


 あっさりと乗り込むつもりでいるバイパーや真達に、累が呆れた様子で口を挟む。


「そもそもこちらが、霧崎研究所にアルラウネの宿主を集めたのは何故です? そしてその結果彼等が手出しできなくなったのは何故だと思います?」

「バイパー、真兄。超常の能力を持つ奴が数十人規模で集るって、どんだけ凄いことだと思ってるのォ~? そいつを敵に回すなんて、軍隊の一個師団相手にするくらいヤバいんだぜィ。 扱い方次第ではそれ以上の脅威だし、御国からすれば喉から手が出るほど欲しいもんだろうさァ。今、霧崎研究所にも、おそらくは敵のアジトにも、一万だか二万の軍隊が集結しているくらいに考えておいていいわ。今まで何度も戦ってきてわからん? 超常の力を持つ敵一人と戦うのと二人で戦うのは、単純に一人増えたと計算するのとワケが違うんだよね。はっきり言ってオーバーライフのあたしらだって、乗り込むのは気がひけるわ」


 累に加えてみどりまでも反対する構えで、反対する理由をこんこんと説く。


 こちらで最強の戦力と言える累とみどりが、ダメ出ししているので、強行するわけにもいかなくなった。


「じゃあこっちのアルラウネも皆ぶつけるってのは?」


 上美には未だに理解できず、思ったことをそのまま口にする。


「どちらにも大勢の犠牲が出ます。それをやるのははっきりと戦争だし、犠牲を出したくなかったら、守るために一箇所に集めてたんでしょう? 向こうも犠牲を省みないならとっくに攻め込んできていますよ」

「敵の正確な数もわからんしね~。犠牲の規模も互いにわからんと思うくらい、互いに犠牲が出まくりそうだわ」

「なるほど……」


 累とみどりに言われ、上美も納得した。


「敵からしてみれば、こっちの数は大体わかるんじゃないか? 広範囲にわたるアルラウネの共鳴能力で、探知できるんだから。まあそんなことはどうでもいいとして、何も考えずに乗り込んだら袋叩きにあうのはわかった」


 真が梅津を見る。


「芦屋を出せないか?」

「あいつは別件で動いてるし、あいつを投入できるのならお前らに頼みに来ねーよ。つーか、お前等も話に聞いているだろうけど、例の反物質爆弾騒動で、安楽警察署は今てんてこまいさ」


 梅津が小さく首を横に振って答える。


「じゃあ、累とみどり。結界を築いて、そこに敵を少しずつ引きずり込む形で、一度に交戦できる数を絞るという形にはできるか?」


 真の質問及び提案に、累とみどりは互いを見やる。


「できなくもないですが、結界とて絶対に破られない壁というわけではないですよ」

「結界を張る時間だっているしね~。どの場所に張るかにもよるし、そもそもそんなことしたら敵だってすぐ警戒するわ。結界を張って交戦人数を多少絞る手が全然使えないってこたーないけど、引きずり込むってのは無理だぜィ」

「例え少しでも効果があるなら、使おう。最初だけでもいい。結界を張る時間は、アンジェリーナに稼いでもらう。再生力持ちみたいだから多少攻撃を食らっても平気だろう」


 真の決定に、上美が驚いてアンジェリーナを見やるが、アンジェリーナは覚悟が決まっているようで、口元を引き締め、両手の拳を握り締め、無言で大きく頷いていた。


「結界の中で一度戦闘し終えたら、一度結界を解く。そこからまた何人かを同じ空間に呼び込んで、再び結界を張る。ただし、大勢を入れないように何とか頑張る。ここはバイパーに気合入れて近接戦闘してもらって、敵をしっちゃかめっちゃかにしてもらおう。これをひたすら繰り返す」

「あのさ、お前の作戦案がそもそもしっちゃかめっちゃかだぞ……。最初だけイルカに任せて、後は全部俺任せってどういうことだ。そもそも俺もイルカも、上手く一人で敵を惹きつけられる保障はねーし、防げるかどうかも怪しいだろ」


 バイパーが顔をしかめまくって突っ込む。


「それは気合を入れて頑張ってもらうしかないな」


 しかし真はあっさりと切って捨てたので、バイパーはぽかんと口を半開きにしていた。肝心な所は堂々と根性論で丸投げにするその根性に、呆れると同時に感心さえしてしまう。


「真兄は絶対に軍師とか参謀とかやらせちゃいけないタイプだけど、やたら作戦立てたがるんだよね……」

「いや、真の作戦案はアバウトで、付き合う方は苦労しますけど、わりと上手くいくことが多いですし、真は指揮官に向いていると思います。他にいい案が無いなら、それでいきましょう」

「ふえぇ~、そうなのかねえ……」


 ひそひそと囁きあう、雫野ちびっこ妖術師二名であった。


***


 アジトに帰宅した星一郎が、ビル一階でお目にかかったのは、頭部と片方の肩と片方の肺と背骨と肋骨が少しだけ残った、久保の変わり果てた姿だった。


「残りは食べられちゃったみたい……」


 ハチコーを尻目に、幸司が言いづらそうに言う。


(俺のせいだ……。ごめんなさい……ごめんなさい……俺みたいな馬鹿な子のせいで……畜生……ごめん……お父さん……)


 心の中で何度も謝罪する。

 数分程実父の亡骸を見下ろし、声を押し殺してすすり泣いていた星一郎であったが、やがてハチコーに憎悪の視線を向ける。


「殺してや……」


 ハチコーに憎悪をぶつけようとしたその刹那、いつの間にかデビルが星一郎の目の前に立っていた。

 デビルは何をするでもなく、ただ佇んでいた。星一郎はそれを不思議そうにぼんやりと眺める。


「星一郎?」


 様子のおかしい星一郎に声をかける幸司。


「俺は……どうして……」


 星一郎が久保の亡骸に目を落とす。


 デビルが星一郎の側から離れる。その真っ黒な顔の口元が、歪な笑みの形になっていたが、黒すぎる顔の変化に、誰も気付いていなかった。


「どうしてだ? 何もかも消えた……」


 愕然とした面持ちになる星一郎。


「消えたって?」

「久保さんを殺された悲しみも……殺したあいつへの怒りも、全部消えた。いきなり無くなった。どうしてだよ……」


 正確には、悲しみは多少残っている。いや、沸いてくる。しかし大事な人を失った直後の深い悲しみと喪失感は、突然消えてしまった。


「あいつの仕業か?」


 元の場所に戻って蹲るデビルを見て、星一郎は呟いた。デビルの表情は伺いしれなかったが、最早こちらに何の興味も無いと言わんばかりの態度であった。

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