第三十八章 35

B月8日 14:14


(アルラウネのオリジナルが、葉山さんを狙うってことは……もしかして……)


 純子の脳裏に、ある想像がよぎる。


「さっきの殺気はこの人でしたか」


 咲の花びらのせいで、虚ろな眼差しで空を泳ぐような動作をしている弥生子を見つつ、葉山は理解した。


「葉山さんの知り合いです?」

「いいえ、知りません。老人はいたわっているつもりですが、まあ殺しの仕事をしていますから、預かり知らぬ所で恨みも買うかも」


 訊ねる白金太郎に、葉山はかぶりを振って悲しげに答える。


「取り押さえてふん縛ろう」


 咲が提案した矢先、信じられないことが起こった。弥生子が咲に向かって手をかざすと、その手から咲の見慣れたものが放たれたからだ。咲が飛ばす、感覚を狂わせる赤い花びらである。

 赤い花びらが白、金太郎と百合の頭に付着する。


「あわわ……な……んだ……こ……れは……」


 白金太郎は呂律の回らない状態で体をふらふらと揺らす。パントマイムをしているかのような、おかしな動きをしたかと思うと、突然早く動いてどこかに走りだすという、傍目からは意味不明な動きだ。しかし感覚機能の多くが狂わされているが故に、こうなってしまう。

 一方で百合は何食わぬ顔で花びらを手で取り、すりつぶして捨てる。あっさりと抵抗レジストして、能力の効果が及ぶのを防いでいた。


 葉山が発砲する。撃つ気配を感じさせずに突然の銃撃。しかし――


 弥生子の体が消え、葉山の背後に立っていた。空間が超高速で歪んで、弥生子を転移させていた事に気がついたのは百合と純子だけだった。そして純子はもう一つの事にも気がついていた。


(あれって……夕月さんと戦った時にいた人の……)


 弥生子の転移にすら反応した葉山が、振り返り様に至近距離から一発撃つ。


「強欲なる王剣!」


 しかし弥生子の叫びに応じて、青い光の剣が現れたかと思うと、超高速で剣が振られ、葉山が撃った弾を切断した。


「え……」


 流石の葉山も仰天した。弥生子は超常の力で派生した剣とはいえ、銃弾を剣で切ったのだ。


「怠惰を尊ぶ漁師の網!」


 ピンクの光の網が広がり、葉山を覆う。葉山も超反応して逃げようとしたが、一気に広がった網の範囲が広すぎて、網に絡めとられてしまう。


 葉山に追撃しようとした弥生子であるが、亜希子が横から小太刀を突き入れて防ぐ


 弥生子は避けようとはせず、体から無数の枝を生やして、亜希子の体を突き刺さんとする。しかも枝の先からは、見覚えのある液体も出ている。

 亜希子は驚きつつも、それが意味する所を知っていたので、慌てて攻撃を止めて横に動き、枝の先から飛ばされた液体を避けた。


「こいつ……もしかしなくても……」

「アルラウネに寄生された人の力を全部使えるってこと~?」


 見覚えのある力を使う弥生子を見て、睦月と亜希子は嫌でも理解した。


「皆、気をつけて。オリジナルは、コピーアルラウネが寄生した宿主が進化して得た力を取り込んで、自分の力として使うことができるから」

「もっと先に言うべきことではなくて?」


 今更になってやっと忠告する純子に、百合は呆れ果てながら突っ込んだ。


「咲の力も使ったよねえ。俺の再生能力もファミリアー・フレッシュも、取り込まれていると?」

「睦月という子の能力は、今は無理だな」


 唸る睦月を一瞥して、弥生子は言った。


「コピーアルラウネに寄生された宿主の力は、コピーを宿した人間と触れただけでも、そのDNAから転写できる。しかしリコピーは無理だ。リコピーそのものが必要だ」

「だから私のマウス達を殺して、抜きとっていたわけだねー」


 純子が言った。


「その通り。私の思惑通りに、君は私のためによく頑張ってくれたよ、雪岡純子。流石は私が選んだ中で最も優秀な実験台だ」

「今……何と仰いました?」


 怒りに満ちた声で口を挟んだのは百合だった。


「純子が実験台ですって?」

「勘違いしなくていいし、安心していいよ。別に彼女の体に何かしたというわけではない。そんなことはできないしね。彼女の行動を操作する実験だ。純子だけではなく、三狂を含めた多くのマッドサイエンティスト達のね。まあ、それよりも……」


 弥生子が喋っているうちに光の網は消え、葉山は立ち上がっていた。


「そいつはどうしても殺しておきたかったのだけど、流石にこの状況では無理があるね。せっかくの好機だと思ったが……見誤った。仲間がいたとはな。そのうえ、私の存在を君に教えてしまうという失態を犯してしまったよ」


 葉山、純子、そして他の面々を見渡し、弥生子は笑う。


(君っていうのは……葉山さんに向けて言った言葉だよねえ)


 純子は思う


「どうしても葉山さんを?」

「自分で彼の体を調べてみたらいいよ。それが一番確かだから」


 純子の問いに弥生子は微笑みながら答える。


 その弥生子の頭部が、微笑を浮かべたまま、あらぬ方向に傾いた。

 首の骨が折られたのは明白だった。


「それより、この人自身を調べてみてはいかがかしら? せっかくのアルラウネのオリジナルでしたら、ここで純子が回収するのがよいのではなくって?」


 右腕を振るい、肘から先の義手の部分だけを転移させて、弥生子の側頭部を打った百合が、こちらも嘲笑を広げて言い放つ。


「やはり週末の風は強い。追い風と思った矢先に向かい風だ」


 首の骨が折られて顔がおかしな角度のまま、微笑を張り付かせ、弥生子は大きく跳躍した。


 睦月が雀を放ち、葉山が銃を撃って追撃をかけたが、それが逆手に取られた。笠原からコピーした能力――生命危機時の緊急転移を発動させて、弥生子の姿は消えた。

 球場の入り口へと転移した弥生子が、そのまま外に出て逃げようとした所で、その前に立ち塞がる者がいた。純子だった。純子だけが、この逃走を呼んで、先回りしていた。


「ちょっと待って、アルラウネ。私を前にしてさっさと立ち去るなんてつれないじゃない。三十年ぶりに会ったのにさー」


 純子が声をかける。


「特に言うことはないよ。君は私のために立派に貢献してくれたし、感謝してるよ――こう言えば満足か?」


 淡々とした口調で言い放つアルラウネ。

 純子は黙ってアルラウネを見つめる。アルラウネは小さく息を吐く。


「そうだな……。霧崎とミルクを連れて、私達の思い出の場所に来るといい。そこでゆっくりと同窓会をしよう」


 アルラウネが告げた、その時だった。


「弥生子さん……」


 久美が現れて声をかける。会場の後方にいたので、球場入り口にも近かった。


「そうか、久美。君の方がいいな」

 アルラウネがにやりと笑う。


「貴女……弥生子さんじゃないの?」


 声が違うことに、久美は戦慄する。それ以前に、首の骨が折れて頭がおかしな方向に傾いたままの人間が、歩いて喋って笑っていることも驚きであったが。


「弥生子は残念だが死んだ。再生機能は適合していなかった」


 弥生子――オリジナル・アルラウネは言った。実はオリジナルは、コピーやリコピーから情報として得た、全ての力を自由に使いこなせるわけではない。オリジナルが寄生した人間と、相性の合う力のみ使える。情報そのものは全てDNAに保存してるいので、宿主を変えればまた、使える力と使えない力が、大きく変化する事になる。

 アルラウネが久美に近づくと、久美の顔に手をかざす。すると久美が意識を失って倒れ、アルラウネがその体を受け止めて抱きかかえる。


「明日の正午に待っている」


 純子に告げると、アルラウネは久美を抱えたまま、猛スピードで走り、球場から出て行った。


「同窓会かあ……。あんなこと言われたら、見逃したくなっちゃうよねえ。それもあの子が私の性格も考えたうえでの、思惑通りなのかな?」


 小さくなっていくアルラウネの背を見送り、純子は小さく微笑んで呟いた。

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