第三十四章 10
デーモン一族執政委員は、最早周期的な定例会議ではなく、何かあるごとに呼び出されて会議になっていた。
多くの執政委員は、ニューヨークにある本部ビル勤めであったので問題無いし、遠くに離れている者もテレビ電話での参加が許可されているので、問題は無い。しかし、いい加減煩わしいと思う者も出始めている。
テオドールは雪岡純子が電話で話した内容を、口述でそのまま伝えた。
「実験台にしたいから、どんどん我々から刺客送ってこいだと……」
特にその部分に、一族の重鎮達は反応していた。
「マッドサイエテンィストらしいクレイジーさだ」
「笑えるような、笑えないような。流石は世界中のフィクサーから『破壊者』として危険視されるだけのことはある」
「我々を敵に回した所で、全く問題無いと、頭から信じて疑っていないのだな。ふん、見くびりおって……」
「オーバーライフでは上位に値するステップ2と呼ばれるランクの者だ。十分にそれは可能だぞ。我々の中におるまい」
「神に最も近づいた男――雫野累とセットで敵に回すことになるしな。こちらもステップ2、そのうえ破壊者カテゴリーときている」
「だからこそ、彼女を疎ましく思う者は多くても、積極的に手出しをするオーバーライフは少ないのだ。機は伺っているようだがな」
口々に思う所を述べる執政委員達。
『雪岡純子は置いておくとして、ヴァンダムの現状に関してはどう思う?』
話題を変えたのは、日本からテレビ電話で会議に参加しているラファエルだった。
「最早風前の灯火に見えますが。世間での支持率調査では、どの国でも下降の一途です」
「馬鹿な。あの男がこのまま引き下がっているわけがない」
「反応を全く見せないのが不気味だ」
「奴は非常にタフで、ガッツのある男だ。反撃に備えているに違いない」
「そうだな。誰にも悟られることなく、我々の鼻を明かすプランを着々と進行させている事だろうよ」
「考えすぎではないか? この状況からどう反撃に移ると?」
「我々が奴の立場であれば無理だろうが、あのヴァンダムだぞ……」
「奴はしたたかで諦め知らずだ。あの雪岡純子にさえも一杯食わせたのだぞ。誰もが敗北したと思っていたあの状況からな」
あれこれ喋る一族の意見は、大体が似たようなものであった。多くは、ヴァンダムが反撃の機を伺っていると考え、もうヴァンダムに逆転は無理だと考える者は少数だ。
「こちらの手は?」
一族の一人がテオドールに問う。テオドールが映るディスプレイに視線が集中する。
『ケイト・ヴァンダムを引きずり出し、懐柔する方針だ。あの女を味方にする』
テオドールの言葉に、会議室がどよめく。
『そもそもこの件の発端もケイトだ。度の過ぎた愛妻家であるヴァンダムの、最大のウィークポイントだ。狙わない手などあるまい。はっきりとこちら側につけたとあれば、大衆の見る目は違ってくる。強い追い風となる』
『それが可能であれば……な』
懐疑的な眼差しをテオドールに向け、ラファエルが呟いた。
***
テオドールが会議に出席している最中、テオドールのクローンは再び雪岡研究所へと訪れていた。
「こちらの願いの件はどうなっている。改造だけしておいて、ヴァンダムの始末をしてはくれないのか?」
純子と顔をつき合わせるなり、文句を口にするテオドール。
「あー、ちょっと待ってね」
人工魔眼に力を込め、テオドールの全身をチェックする。
「盗聴器の類はないみたいだねえ」
テオドールのクローンは、常に会話を録音するよう心がけているが、雪岡純子の所に行く際は外しておいて、後ほど口述でもって伝えるよう、本体に言われていた。改造手術を行う際に発見されたら面倒なことになるとして。
「私が願いをかなえるのはねえ、テオドールさんじゃなくて、クローンの貴方の願いだよ。私は改造希望者のニーズに合わせて、改造するんだからね」
「なっ……!?」
いきなり自分がクローンであることを言い当てられ、テオドールクローンは驚愕した。
しかしよくよく考えれば、これは警戒して然るべきだったのではないかと、テオドールは思う。相手は生ける伝説とまで呼ばれるマッドサイエンティストだ。それを指摘されてから気付くというのも、間抜けな話だと自嘲する。
「どんな改造をしたかっていうとね、身体能力の単純強化に加えて、貴方は人の脳を食べることで、その人の記憶を得ることができるんだ。誰の記憶でもってわけでもないし、相性の問題もあるけど、三歳でしかないクローンの貴方なら――貴方と同じDNAを持つ人が相手なら、相性の問題もきっとクリアーできるし、記憶も全て得られるんじゃないかなあ」
「記憶は……元々コピーしてある」
「でもそれは造られた時点であり、その後は個別でしょー? 貴方が生まれてからの、本体の記憶のコピーも、絶対に必要じゃなーい」
どうしてそれを必要とするのか、純子が口にしなくても、テオドールクローンは理解していた。
「さーてと、何をすればいいか、誰が本当の味方なのか、そして誰が貴方の敵なのか、もうわかるよねえ?」
甘美なる悪魔の誘惑だと、テオドールは震える。
「実は最初に来た時の改造で、貴方にかけられたマインドコントロールは解いてあるんだ。あ、ひょっとして、自分がマインドコントロールされていた事も、気付いてなかったかなあ? 主でありオリジナルのテオドールさんに、絶対に逆らえないようにされていたことをさ。でも、もうそれはないよー」
純子のその言葉を受け、テオドールは理解した。自分は確かに心変わりしている。本体に向けて憎悪や怒りを覚えている。自分でも不思議であったが、マインドコントロールされていた事や、それをマッドサイエンティストに解除されたと言われた事を考えれば、ちゃんと辻褄が合う。
「私は実験台になった人のフォローは惜しまないから、貴方のフォローはするよ? でもオリジナルのテオドールさんの望みは、全くの無関係だからねー」
(これは悪魔の誘惑などではない……。この子は、私を悪魔から解き放ってくれたのだ)
テオドールはそういう結論に達し、胸に熱いものがこみあげてきた。今、はっきりと自分には、一人の人間としての意志が、自我があると実感できた。
そしてこれから自分がやることを意識し、表情を引き締め、純子に向かって深々と頭を下げると、踵を返した。
「ふえぇ~……純姉は思った以上に悪魔なんだね。これで国境イラネ記者団のトップも、おしまいかあ。ヴァンダムに手を下される前に、純姉に始末されるとはねえ」
テオドールが出ていった後、同じ部屋にいて様子を伺っていたみどりが、おかしそうに言う。
「まだ彼が成功するとは限らないけどねえ。でもまあ、多分成功するよー」
自分が改造した方のテオドールを意識して、純子が微笑みながら言った。
「ヴァンダムがずっと沈黙を守っているのが不気味だわさ」
「うん。きっと何かしている最中なんだよ。私とのいざこざの時だって、せわしなく動いてたしねえ。そのうちどどーんと爆弾を投下すると思う」
純子もまた、デーモン一族の者達と同様の見識であった。
***
覇気の無い顔で、ヴァンダムは勝浦に渡された複数の夕刊を読む。
実は何もしてないヴァンダムである。ケイトと喧嘩したら出て行ってしまったので、そのショックで、一日中ただ呆けている。たまに思い出したようにニュースを見る程度だ。あとは、勝浦が持ってきた新聞を流し読み程度である。
(奥さんが出て行ってしまってから、ひどい有様だ。人が変わったみたいだ……)
ほとんど放心状態のヴァンダムを見て、勝浦は思う。
「またケイトを狙ってきたか……。彼女が私のすることに反対したのは悲しかったが、それはまた彼女が槍玉にあげられることの回避になるかと思った。しかし……甘い読みだったな」
そのヴァンダムが目の色を変え、鋭い声を発した。
(お、流石に今日の夕刊の記事を見て、元に戻ったか)
いつものヴァンダムに戻ったのを見て、何故か少しほっとする勝浦であった。
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