第三十四章 2

 ニューヨークの貸切油田屋本部ビル会議室に、今日もデーモン一族執政委員が集り、揃って難しい顔をしていた。


「どこの国でも、大衆はヴァンダム支持だ。ニュースや新聞でどんなに叩いても効果が無い」

「スキャンダル路線は、もう無理だな。ケイトの中傷記事が捏造だと発覚した件が効いている。おかげで他も全て捏造扱いにされる」

「ネットの反応など見るに耐えんよ。少しでもヴァンダムのやり方に疑問を示した者は、全力であげつらわれて叩かれるので、識者達も迂闊に発言できなくなっている。まるで魔女狩りだ。これは立派な言論弾圧ではないか」

「ネットだけならまだいい。世界各地でデモと暴動が起こっているぞ。新聞社やテレビ局周辺は一触即発だ。記者の自宅が放火されるという事件まで発生した。メディア側の方が先に疲弊するのは間違いない」

「そのデモや暴動を煽動しているのが、グリムペニスですしな。奴等の最も得意とする分野です」

「正直、これはもう無理なのではないかね? 民衆を味方にし、各国政府の支持も得て、おまけにメディア内にも賛同者がいるから、誤魔化しようがない。ヴァンダムにすりよったメディアが、ヴァンダムの主張をがんがん流してしまう」

「ヴァンダムの発言を流さず、ヴァンダムを叩いているニュースは視聴率が下がり、ヴァンダムの発言を流しているニュースは視聴率が上がっているそうだ。最悪だな。民衆も馬鹿ではないから、報道しない自由など、とっくの昔にお見通しだよ。それに気付かないマスコミの方が馬鹿だ」

「なお、日本は未だメディアを信用する割合がトップだよ。テオドールが日本にいるのはつまり、最も安全そうだから避難しているというわけかね?」

「その日本でも順調に支持率は下がっているがな」

「せめてヴァンダムに与するマスコミがいなければな……。彼に味方するマスコミもいるから厄介だ」

「もうメディア側に勝ち目は無いように思えるが、どうするのだ?」


 口々に否定的な言葉を吐いた後、一同の視線が、ホログラフィー・ディスプレイに映し出されたテオドールに集中する。この件の主役とも呼べる彼は、現在日本にいる。


『どれだけの力になるかわからないが、雪岡純子に協力を仰いだ。一応引き受けてくれたよ』


 テオドールの報告に、会議室が再びざわついた。


「あの雪岡純子に……」

「我等一族の始祖ミハイル・デーモンを裏切り屠った女に、協力を乞うとは……節操が無いにも程がある」

「世界中のフィクサーが恐れるほどの実力者でもあるし、味方となれば途轍もなく心強い」

「それ以前に、相手もよく引き受けてくれたな」

『ビジネスだ。実験台を提供した。私の影武者であるクローンだがね』


 最後の呟きに対し、テオドールが答えた。

 会議室が静まりかえる。バレたらろくでもないことになりそうな事を、よく平然とできるものだと、テオドールに対して全員呆れ返っていた。


『で、雪岡は具体的にどのような協力をしてくれると?』


 テオドール同様に、日本からテレビ電話で会議に参加しているラファエル・デーモンが問う。


『まだ何も聞いていないな』

 答えるテオドール。


『ヴァンダムはグリムペニスビルにたてこもり、しかも警察に守られていて、手出しできないそうじゃないか』


 さらに突っ込むラファエル。少なくとも暗殺して片付けるという手段は、現時点では限りなく難しい。

 そもそも暗殺を達成しても、このタイミングでヴァンダムを殺してしまえば、後継者が現れてさらなるメディアバッシングを呼び起こしかねない。それでもあのヴァンダム程の脅威にはならないと考えているからこそ、次から次へ刺客を送り続けていたわけだが。


『刺客を近くに待機させている。それを堂々と見えるような配置でな。これでヴァンダムも物理的に動きが取りづらくなっている。記者会見もビルの中で行う始末だしな』


 物理的に動きを取りづらくしても、情報の発信は自由にできるし、何の意味があるのかと疑問に思う者多数であったが、テオドールに何か考えがあるのかと思い、口にはしなかった。


『君の掲げた報道革命とやらはどうなった? そもそもあれは何だ?』


 テオドールに向かって、投影された己のホログラフィー・ディスプレイの角度を遠隔操作で傾けて、冷めた口調で問うラファエル。


「あの時点では何も考えていなかった。はったりだ」


 テオドールが口にした答えに、ラファエルも他の者達も、再び呆れる。


「今は?」

 一族の一人が問う。


『表向きは、登録したメディアにのみ最新情報の独占を行える、国際規模でのメディアの情報カルテルを作る。そして裏では、ニュースとなる情報を作り出す。そう、最新の情報は我々が作って与える。そういう革命だ』


 テオドールが口にした答えに、全員三度目の呆れ。もうこの時点で、多くの者が絶望的に駄目な予感がしていたし、それを突っ込む気力さえ失いつつあった。


(表向きは――日本で前世紀から問題になっている、記者クラブのようなものか。もっと規模が大きいものになるのだろうが)

 ラファエルが思う。


『ヴァンダムが抑止しようとしていること――正にそれそのものを行うと? 対抗して真逆の機関を創るというわけか? 実に幼稚で陰険で単純な返しだ』


 思ったことをストレートに口にするラファエルに、会議室内は失笑で溢れる。


『大手メディアだけではない。フリージャーナリスト達の参加も歓迎だ。情報を生み出す工作に従事する者なら、報道関係者以外に働いてもらう』


 しかしテオドールは真顔で解説を続ける。笑われたことも痛痒に感じていないようだ。


『貸切油田屋の日頃の工作活動からも、公開してもよさそうな情報があれば、優先して公開していく形にしてもらいたい』

「秘密工作活動に、公開してよさそうなものも糞も無いだろうが。正気かね」

『探せばあるはずだ。工作を終えた瞬間、公開しても問題なそうなケースが』

「あ……なるほど」


 茶々を入れた年配の者が、テオドールに真面目に言い返され、思い当たるケースを幾つか思い浮かべて納得してしまう。

 最初は失笑して呆れていた面々も、テオドールが全く動じることなく冷静に話を進めていくので、何名かは、ひょっとしてこれはいけるのではないかと、思い始めていた。


「それで、どうやってヴァンダムに対抗するのだ?」

『今ここでは言えないが、明日、国境イラネ記者団の名目の元に、重大スクープを公表する。報道革命の名も添えてな。ヴァンダムは極めて愚かなミスを犯した。それを暴露する』


 テオドールのその言葉に、それまで懐疑的であったり呆れて投げやりになったりしていた者達も、注目と期待の視線を向けるようになる。


『例え我々が暴露しなくても、いつかは自然と漏れる情報だがな。向こうが抑止機関を創設する前に、機先を制してこちらで暴露し、ヴァンダムのイメージダウンに繋げる。世論は今、ヴァンダムに傾いているが、メディアの大半はこちらで抑えているのだ。大衆意識など、こちらで如何様にも操作できる』

(この期に及んで、そんな思いあがりを抱いていられる辺りが、この男らしい。自分を王か神だと信じている者が落とし穴に落ちるパターン。大抵これだ)


 テオドールの話を聞いて、せっかく掴んだスクープとやらも、その性格故の落とし穴に落ちて、台無しにするのではないかと思うラファエルであった。


***


 フリージャーナリスト肝杉柳膳は、懇意にしている馬場殿治郎(ば ば でんじろう)という朝糞新聞記者と、喫茶店で会話をしていた。


「メディアバッシングがエスカレートし、報道監視機関の話もいよいよ現実味を帯びてきましたね」


 憂い顔で馬場が言う。まだ若い記者であるが、肝杉の取り巻きの中では秘蔵っ子であった。様々な情報を肝杉にもたらしてくれるし、新聞社との便宜も図ってくれる。


「どーにかしないと、俺らみたいなもんは商売あがったりになるな」


 吸殻入れを煙草で溢れまくらせながら、肝杉が渋面で言った。


「今だって検閲は多いんですよ。自由に何でも書けるわけじゃない。裏通りのこととか、以前よりはマシになって、ある程度書ける空気になったし、それはヴァンダムの雪岡純子晒しと逮捕の効果だって、皆ヴァンダムのことをありがたがっていたんですけどね。それが今やメディアの敵に……破壊神になってしまっている」

「破壊神か。言い得て妙だ」


 馬場の言葉を聞いて、肝杉が汚い歯を見せて笑う。


「国境イラネ記者団代表テオドールが掲げた、報道革命とやらに期待するしかないな。私達にも出来ることはあるだろう」


 肝杉がそう言った直後。依頼者用のメールアドレスに、連絡があった。


「マジかよ……声がかかった」


 ホログラフィー・ディスプレイを投影し、メッセージ欄を見て、肝杉は呻いた。


「どうしたんです?」


 馬場に問われ、肝杉はディスプレイを反転させてみせる。

 依頼者は国境イラネ記者団であり、依頼内容は、これから起こす報道革命に携わってもらう話と書かれていた。


「凄い。ていうか羨ましい」

「とりあえず話を聞きに行ってみる。話によっては君にも協力してもらう。いや、君のことも売り込んでやるよ」


 上機嫌で言う肝杉。支援者や支持者へのこまめな配慮は怠らない。勿論、全ては最終的に自分のためにという打算の元であるが。

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