第三十一章 21

 凜、晃、十夜、ミサゴの四名は、霊と気の通り道のすぐ側にいた。

 霊が見えるのは凜とミサゴだけだ。しかしおぞましい気配そのものは、十夜と晃にも十分すぎるほど伝わった。


「この先に入っても平気なの?」

 悪寒のする方を指して晃が問う。


「これだけ数が多いと、霊感の無き者でも悪影響が懸念される。避けるが無難」

「そっかー。君子危うきにチキン野郎って言うしね」


 ミサゴに言われ、晃は腕組みしてうんうん頷く。


「ちょっと……皆……これ見て」


 十夜が空中に映したホログラフィー・ディスプレイを反転し、三つコピペして、凜、晃、ミサゴに飛ばす。


 ディスプレイには、新宿を囲むようにして見えない壁が出現し、新宿に出入りができないという報告が記載されていた。

 SNSでも掲示板でも、検索すると同じ話は大量に出てくる。動画サイトでは、見えない壁を叩く人々の様子まで撮影されて流されていた。


「むー……刹那生物研究所の時みたいに、結界で閉じ込められたってこと?」

 晃が唸る。


「そうだろうけど、あれとは微妙に違うよ。電波も通じているし、あっちは入るのは自由で出ることが出来なかったでしょ。こっちは出入りが不可能だからね」

 と、十夜。


「新宿に人々を閉じ込め、入れなくして、蒸し焼きにでもするのであろう」

「ミサゴもそういう冗談言えたんだ」


 ミサゴの意外な台詞に反応して、晃が小さく微笑む。


「冗談に非ず。閉じ込めたということ、霊を集めているということ、この二つを繋げば、中の者も霊にしてしまおうという目論見と考えるのは自然也」


 ミサゴは過去に似たような事例が幾つかあった事を知っていた。邪悪な呪術師が、己が力を得るために、霊を集めると同時に虐殺を行う。今回ほど大規模なケースは知らないが、間違いなくそういう意図があると見ている。


「でも蒸し焼きは冗談でしょ。ま、何にせよ、閉じ込めた人達を殺すつもりなのは間違いないでしょうけど」


 凜がペンダントを弄びながら言った。


「何十万人も殺して……霊にして、そこから自分の利益のために、禍々しいパワーを得ようっていうのか」


 十夜の中で怒りがふつふつと湧き起こる。己の欲のために他者の命をどれだけ奪っても平気なうえに、その霊を苦しめ続けもする。悪魔の所業と感じられる。


「仮にそれを実行したとしたら、戦争クラスの大虐殺になるし、そんなことした首謀者が無事で済むのかって話なんだけどね……」

「それを実行してなお、得られる見返りは多いってことかなー」

「日本という国で大虐殺を行ってなお、生き延びることのできる見返り――と、それほどの凄い力が得られるんでしょうよ。そうでなければ、ここまでのことはしないでしょ」

「うーん、途方も無い話すぎて、想像できないねえ」


 凜と晃が喋りあう。凜は微笑みながら、どことなく楽しそうに喋っている。

 十夜と晃は、凜が楽しげに喋っているのを見て、その力とやらに興味を抱いて、機会があれば横取りしようと企んでいるのではないかと、少し疑っていた。


「ところで対策本部に行くって話じゃなかったの?」

 十夜が凜と晃双方に伺う。


「今は現場にいた方がいいと思う」

 と、凜。


「勘だけどね。その方が良い気がする。私達の役割が遊軍であるからこそ、活きる状況ってのもある。いや……あるかもしれない――程度に留めておくかな。ま、純子も来てるんだし、何かあれば私達に声もかかるでしょうし」


 うまいこと格好つけて誤魔化したが、このハードな状況でお上に有志を名乗り出に行けば、どんな具合に使い潰されるか、わかったものではないので、それを避けたいというのが、凜の本音だ。つまり自分達の保身のためだ。

 十夜と晃にはその本音を後でこっそり教えるとして、ミサゴの前でその本音を口にするのは、あまりよろしくないと凜は判断した。ミサゴは何のかんのいって、イーコと同じメンタリティを持っている。人のために無償で命をかけて戦う性質。しかし依頼されている身とはいえ、危険の度合いが過ぎた場合、付き合いきれない。


***


 アブディエルとラドクリフ、そして好吉が、オペレータールームで、無数のディスプレイを前に、新宿の霊と気の流れをチェックしていた。三人共、霊を見ることはできる。


「すげーなあ……。これ……これが全てアブディエルさんに……」


 ディスプレイに映った霊の流れを見て、己の感心をうまく表現できない好吉。


「運命操作術というものもあるが、これはそれすら越えている。この国で言う祟りというものを、任意で人々の世にもたらすことができるようになる。個人でそこまでの領域にいったものは、今だかつていない。少なくとも私は知らない」


 興奮している好吉とは対照的に、冷静な口振りで語るアブディエル。


「人が人を祟る。この国では過去幾度となく大怨霊に祟られた事例が多い。しかしそれは怨念の結果でしかない。TATARIプロジェクトの本質は、支配者が自在に、人を、大地を、国を、世に祟ることを可能に至らしめる部分にある。支配者に従わぬ愚か者を祟ることで、人は祟りを畏れて、膝を屈する。祟られ、あらゆる災厄に見舞われ、どう抗う? 祟られないよう、祈り、崇める以外、人に何ができる? 人の意志で起こされる天災という、矛盾したものに、どう抗う?」


 朗々と語るアブディエル。


「その通りです。膝を屈し、手を合わせ、祈る以外にありません」

 ラドクリフが確信を込めて言いきる。


「歴史上、虐殺(ジェノサイド)は過去幾度も行われたが、ただの消費でしかなかった。せいぜい歴史の1ページに刻んで、後ほど小説のように楽しまれるか、ネチネチと外交カードに使われるか、被害者の証として掲げられるか、いずれにせよくだらない使い方だ。せっかくの命、せっかくの怨念、全て無駄遣いだ。しかしこれは意義のある、非常に価値のある、極めて生産的なジェノサイドとなる」

「俺達、歴史の変わり目にいるんですねっ」


 途中で好吉がズレた台詞を口走って話の腰を折られて、表面上は冷静でも、実はかなり気分良く野望を語っていたアブディエルは、辟易としてしまう。


「まだそこまではいってない。これからそうするつもりではいるが。喜ぶのはこちらの目論見が全てかなってからだ」


 少し間を開けてから、取り繕うように言うアブディエル。


「そうするつもりってだけでも凄いですよっ。アブディエルさんが天下を取る瞬間が、近づいてきているんですからっ」


 太鼓持ちのように、ひたすらおべっかを口にする好吉に、アブディエルはうんざりする。


(どこまで愚かなんだ、この小僧は……。褒めるならもう少し高尚な言葉を選べないのか。ただ闇雲に褒めればいいというものではないぞ。それで誰でも気分がよくなるわけではない。少なくとも私はそこまで単純じゃない)


 支配欲も承認欲求も人一倍であるし、だからこそこの計画を進め、だからこそ支配者として君臨せんとしているアブディエルだが、好吉のような下賎と見なしている相手に直接褒められても、鬱陶しいとしか思えない。


(凡愚はただ無言で平伏しているだけでよいのだ。直接私に口を開くな。猿の称賛など嬉しいとか思うか?)


 口の中で毒づくが、それを口にしたらおしまいだという理性は、一応アブディエルにもあった。


「ここまで敵の動きは常にこちらの想定通り。このまま順調に行けばいいが、最後まで気を引き締めてかかるとしよう」


 口ではそう言うアブディエルであったが、多少の想定外はある。雪岡純子との直接戦闘は完全に想定外だった。その時の己の感情の昂ぶり方も。


「承知しました」

「合点ですっ」


 恭しく一礼をするラドクリフと、元気良く返事をする好吉。

 そしてもう一つ、アブディエルの心に引っかかっている存在がある。


(この小僧は……ヘマをさせて台無しにさせないためにも、今後は重要な局面で使うべきではないな。あるいは大事を取って今のうちに始末するか? いや……それはいくらなんでもやりすぎだな。一応仲間であるし、そんな理由で殺していいはずがない)


 好吉の能力は頼りになるが、アブディエルはこの少年をひたすら嫌っている。ただただ単純に嫌いなタイプである。俗物で小物の分際で、過ぎたる力を手にして浮かれている愚者のくせに、どういうわけか自分に懐いてきた。それら全てが気に食わない。

 いや、単純に嫌いというだけでなく、アブディエルが好吉を許しがたく、認めがたいことがある。


(自分の親を殺す者など、おぞましい罪人以外の何者でもない)


 父親に愛され、父親を尊敬し、父親を失って哀しみ、父親の仇討ちも兼ねて野望を成就させようとしているアブディエルにとって、好吉の事が最も許せない点は、親を殺したという事だった。

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