第三十一章 11

 貸切油田屋、ゴースト・ウェポン・プロジェクトチーム本拠地。

 アブラハム吉田と好吉の本体は、ずっとここにいて、外には出ない。


 オペレータールームにて、無数に投影されたディスプレイで、新宿のあちこちでバトルクリーチャーが暴れている様を見て、好吉は自然と笑みがこぼれる。


 好吉にとって、世界は敵だ。その敵が殺されていく光景は、すかっとする。

 味方と呼べるのは、ここにいる者達だけだ。認められるのは自分を認めてくれたアブラハム吉田だけだ。


 力霊に憑依されて、憎悪と欲望に赴くまま殺戮を繰り返した好吉に、アブラハムは全く臆することなく接触を図り、その力を与えたのは自分だと述べ、力の使いどころや使命まで説いたのである。


(世の中の奴等、どいつもこいつも俺のことを見下していたのに、この人だけは俺を認めてくれた。この人が俺にとっての神様だ)


 自分が必要とされた事と、自分が認められた事が、好吉は何より嬉しく、アブラハムに一生ついていこうと心に決めた。


「神の浄化作戦か。アブラハムさんの思い通りだな」


 近くにいるアブラハムも意識して、好吉が媚びるように言った。


「全て私の思い通りになるとは限らん。そうなるように努力はしているが、きっと幾つもの障害に当たるだろう。その時、どう対処するかの方が肝心だ」


 好吉に媚びられても、アブラハムは嬉しくも何ともない。真に受けることも無い。


「そういう姿勢も、流石アブラハムさんだと思いますよ。アブラハムさんこそ俺にとっての神様ですっ」

「何度も言うが、私を勝手に神格化するな。私は断じて神などではないし、人を神扱いするなど、神に対して畏れおおい行為だ」


 アブラハムに釘をさされる。この発言が好吉の目には謙虚と映って、ますます尊敬に値すると感じる。

 一方でアプラハムは、追従者への侮蔑を込めた目で好吉を見ているが、好吉はそれに気がついていない。


(力霊の憑依の影響で、頭もろくに回らなくなっているようだ。躁状態になって、本能と欲求だけで動いている)


 好吉は極めて有用な能力を持っているが、この性格ではいずれ足を引っ張りかねないので、アブラハムとしては頭が痛い。


「これから六本木へ向かう。本体でな。君は分裂体でいいので、私の補佐をしろ」

「何をしに? 本体で大丈夫ですかね……」

「野暮用だよ。面倒な後始末だ。しかし絶対にやっておかないといけないことだ」


 大丈夫か否かに関しては答えなかった。大丈夫でなかったら、そんなことはしない。無意味な質問だ。


***


 純子と累は、かつての純子のマウスだった力霊、千鶴に教えてもらった、貸切油田屋のアジトへと向かった。

 おそらくは新宿に無数にある拠点の一つに過ぎず、本拠地と呼べる場所では無いと思われる。力霊の研究や製造自体は、事故も考慮したうえで、本拠地ではやっていないのではないかと、純子は見ている。


 教えられた場所は住宅街の一角だった。到着すると、ばらばらに壊れた家屋の跡があった。


「地下から吹き飛んだって感じだねえ」


 警察に張られたロープをくぐって、爆破跡を見てまわり、純子が呟く。


「実際に地下への通路もありますよ。ここです」


 累が地面に張られたビニールをまくりあげ、地下に続く穴を露出する。階段が崩れているので、中に入れるかどうかは微妙だ。


「あ、雪岡純子さん、雫野累さん」


 空間が揺らぐ気配と共に、声がかかった。


「お初に御目にかかります。ドリームポーパス号の件ではいろいろとお世話になりました」


 亜空間へと繋がる扉が開き、現れてぺこりとお辞儀をしたのは、イーコのツツジだった。


「ドリーム……? ああ、グリムペニスや海チワワと船でドンパチした時のことだね」


 ツツジとは面識は無い純子だが、凜達からツツジとアリスイの話は聞いていた。


「ここはもう誰もいませんよ。凜さん達やミサゴが襲撃した後、自爆したようです」

「あれま。無駄足だったかー。ところで、ミサゴ君はともかくとして、アリスイ君とは別行動? 君達はいつもセットで行動しているって、十夜君から聞いたよ。今アリスイ君、ミサゴ君や凜ちゃん達と一緒にいるみたいだけど」

「さあ……どうしてでしょうね……」


 極めて不機嫌そうな声を発するツツジ。アリスイが生きていることは、ミサゴから連絡があって知っている。


「イーコがどうして動いてるのですか?」


 累が不思議そうに尋ねる。ツツジを撫でたい衝動に駆られたが、アリスイと違って女の子なので、我慢しておく。


「以前からイーコはこの件に携わっていました。力霊の量産をしている人達がいたのは、新宿で活動していたイーコによって、察知されていましたが、どこの誰が作っていたかなど、いくら探ってもわからない状態でした。しかし以前アリスイが雫野累さんから、国際規模の秘密結社が量産を企んでいると聞き、的を絞ることができたんです。そしてある程度の証拠を見つけたうえで、協力者を得ました」


 自分の名を出され、累は東京ディックランドで出会ったイーコのことを思い出す。


「その協力者が、貸切油田屋の中での力霊量産計画の反対派と、ヨブの報酬ってわけね」

「はい、そこまでこじつけるのも、結構大変でしたが」


 純子が言い、ツツジは頷いた。


「なるほどなるほど、今回の件がどんなきっかけで、私達も含めていろんな勢力が一斉に動き出したか、不思議に思っていたけど、イーコの陰の活躍があったってことだね。しかもそのきっかけが累君だったのかー」

「世間話程度だったんですけどね。まさかあの話からイーコ達がここまで動くとは、僕も驚きです。頑張りましたね」


 ツツジに向かって微笑み、ねぎらいをかける累。ツツジは少し照れくさそうに微笑み返す。


「貸切油田屋の力霊量産計画は、オーバーライフの間では密かに注視されていたとはいえ、それ以外の人達は人外だろうと、知らない人が多かったでしょう」


 累が純子の方を向いて言った。


「私も知ってはいたけど、噂レベルだったしねえ。救われない魂の解放と救済を掲げるヨブの報酬が、真っ先に目くじら立てそうな案件だけど、流石に噂レベルでは動くに動けなかっただろうし」


 ヨブの報酬とて、調査くらいはしていただろうと、純子は思う。だが尻尾を掴まれないよう、貸切油田屋の一派は今まで徹底して秘密裏に活動していた。

 それを切り崩したのが、都市伝説の妖怪イーコであったとは、貸切油田屋にとってもヨブの報酬にとっても、想像の範疇外だったろうと思い、少しおかしく感じられる。


「私達は引き続き独自で動きます。お互い頑張りましょう。あ、それと……アリスイを見つけたら、実験台にしてあげてください」

「う、うん……」


 ツツジの別れ際の最後の一言が、冷たくも強烈な怒りを帯びていたので、純子は苦笑いになる。


「何か知らないけど、凄く怒ってるみたいだねえ」

「喧嘩でもしたんじゃないですかね」


 その後、二人は一応自爆跡を調べてみたが、目ぼしい発見は無かった。


***


 ビトンは兵士達を率いて、新宿区内のあちこちに出没したバトルクリーチャーと交戦していた。

 機動隊とも連携を取り、ある程度ではあるが身の上も明かしている。その方がトラブルにならないと判断した。


 ラファエルから電話がかかってくる。


『君がハヤ・ビトンか』


 通知はラファエルであるにも関わらず、全く異なる男の声がした。

 これが何を意味する事態か、ビトンはすぐに察した。


『今、ここでラファエルとともに君を待っている。すぐに来たまえ。一人でな』

『来るな! 殺す気だ! 君達は逃げろ! 貸切油田屋とももう関るな!』


 喉が張り裂けかけない勢いでの、ラファエルの必死の叫びが聞こえた。無論、ビトンは彼のこんな声など、始めて聞く。


『もちろん来なくてもいい。来なくてもいいが、私は君が来ることに賭け、ここで待っていよう』


 恐ろしく威圧感のある超然とした響きの声で何者かが告げると、電話は切られた。


 ビトンの答えは決まっていた。しかし……

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