第三十章 5

 雷軸が如何なる能力を身につけたか悟った直後、修は至近距離から爆発を食らって、吹き飛んで倒れていた。


「修!」

 輝明が血相を変えて叫ぶ。


「だ、大丈夫……じゃないな。動けない……逃げろ……」


 服もぼろぼろで、体中煤けて血まみれという有様で倒れた修が、輝明に向かって告げる。


 輝明は妖術師としては天才的であるが、武術や体術に関しては才がない。運動能力自体が人並み以下である。一応近接戦闘訓練は受けているが、修無しで肉弾戦を挑まれたら、ひとたまりもない。

 そして雷軸は超高速で空を飛びまわるときた。


「純子に改造されたってわけか。そしてその能力は……シューティングゲームの戦闘機だな」


 輝明が落ち着き払った様子で指摘した。戦闘機の模倣の能力とは少し違う。現実の戦闘機はバリアーなど張らないし、目に見える弾も撃たない。輝明は小さな頃から純子のことはよく知っているし、純子の性格を考えても、そちらの方がしっくりくる。


「情けねーチンカス野郎だな。名門の雷軸家の当主ともあろう者が、妖術を捨てて、化け物に改造されて、それで俺を当主から引きずりおろそうってのかよ。星炭の恥晒しが」


 犬歯をチラつかせ、不敵だが愛嬌にも満ちている笑みをひろげ、雷軸を罵る輝明。


「お前に言われたくはない。お前こそ星炭の歴史に泥を塗ろうとする、呪われた驕児だ。俺はどんな手を使ってでも、お前を当主から引きずりおろすと決意した。例え俺自身が呪われてもな」


 輝明を見下ろし、憤然と言い放つ雷軸。


「で、それで俺に勝てると思ったのか? 不意打ちのラッキー爆弾でたまたま修を倒した程度で、調子こくなよ」

「虹森修の命を奪う気は無いから安心していいぞ。俺が殺したいのは、輝明、お前だけだ」


 何故そこまで恨まれるのか、輝明には全く心当たりが無かったが、別に知りたいとも思わなかった。どうせ聞いたところで、気分のよくない話に決まっていると。


 ふと、雷軸が周囲に目をくれる。アース学園近くの通学路なので、他の学生達も騒ぎに目をつけて、人垣を作っている。空を飛んでいる雷軸の姿を撮影しだす者も現れる始末だ。

 人目に触れてもどうということはないが、巻き添えを出す危険性も考え、雷軸はさっさとケリをつけることにした。


「これ以上話すことはない。死ね」


 雷軸の顔の前より、輝明の顔めがけてレーザービームが放たれた。


***


 数十秒ほど時間は戻る。


「早くあの二人来ないかなー」


 物陰から、雷軸と輝明と修の戦いを撮影しつつ観戦していた純子は、はらはらしていた。


「雷軸さん、ちょっとどころじゃなく強く作りすぎちゃったねえ。優ちゃんや来夢君の次くらいに強いかも。あるいはあの二人に並ぶかなー」


 自分が改造したマウスの中でも、最上位に来る者達の名を挙げる純子。雷軸洋も明らかにその中に入る。本人の望み通り、無茶な施術を幾重にも施して、出来る限りの強化を施した結果である。


「あっちゃー……修君が……。やっぱりこれはヤバいかなあ」


 心配していた事は現実となり、修が爆弾を食らって倒されたのを見て、純子は思わず顔を押さえた。


「このままだとどっちか殺されちゃいそうだよ。私が止めるっていうのも何だかなー。でも真剣に危なくなったら止めないと……」


 彼等二人を幼い頃から知っている純子からしてみれば、自分のマウスに殺されるという展開には、流石にかなり抵抗がある。

 止める間もなく殺されたらどうしようかと思った矢先、とどめのつもりのレーザービームが、雷軸より輝明めがけて放たれる。


 その刹那、輝明の体から五つの球体のようなものが飛び出し、球体の一つがレーザーを受け止めた。


「なっ!?」


 防がれるとは思っていなかった雷軸は、思わず声をあげてしまった。


 五つの淡く光り輝く球体が、斜め上、斜め下、横、前、後ろといった具合に、それぞれ異なる軌道で輝明の体の周囲を衛星よろしく回っている。色も赤、青、紫、緑、黄色と、球体によって異なる。


「星炭の秘奥? いや……当主が編み出した新妖術か……」


 雷軸が呻く。輝明が天才と呼ばれる所以は、術習得の速さや扱いの上手さもあるが、何より、短期間で新たな妖術を次から次へと編み出している事にある。

 通常、どの流派の妖術師も、一つの術を新たに編み出すなど、どう頑張っても生涯のうちに二つか三つ程度が限界だ。いや、そもそも新術など編み出せる時点で、稀有な才能の持ち主であり、新術の製作を試みる者すら珍しい。せいぜい既存の術を改良する程度だ。


 輝明は十二個の新妖術を星炭にもたらしている。しかし今輝明が使った術は雷軸も知らない。輝明は編み出した新術の全てを公開したわけではなく、自分だけが会得している秘術を幾つも持っているのだろうと、雷軸は察した。

 実際輝明は、継承者となる以前――齢六歳の頃から新妖術の製作を行い始め、実に三十以上もの新術を編み出しているが、その大半は非公開としている。ついでに言えば、輝明がその気になればもっと多くの術を作れる。

 そう……ネトゲに費やしている時間を新術製作に費やせば、さらのその十倍――二百以上作れるであろうと思うが、輝明は新術製作にいまいち気が乗らなくなってしまった。新術作りという才能に関しては、千年に一人の天才といっても誇張にならないほどであるが、それ故に、輝明にとってそれらは簡単すぎる作業という認識になって、興味が失せていた。


「ペンタグラム・ガーディアン」


 不敵な笑みと共に、輝明はオリジナルの術の名を口にした。


「俺だって自分の弱点はわかってんだよ。そのために、修がいない時や戦えない時も想定して、身を守る術も編み出してあるんだ。もちろん、修がいた方がずっと心強いけどな」


 輝明が言い、さらに術を唱える。


「その術は……させるか!」


 雷軸が顔色を変え、弾丸もどきを連射するが、五つの光球が自動反応して、全ての弾丸を防ぐ。


(よりにもよってこの俺に、その術を用いるか!?)


 輝明の唱えている呪文の詠唱を聞き、雷軸は怒りを覚えずにはいられなかった。


 輝明の術が完成する。輝明の手より無数の紫電が束になったかのようにして迸り、輝明を中心にして瞬時に渦状に拡がった。

 紫電はしばらく渦を描いていたが、やがて雷軸めがけて弧を描いて襲いかかる。

 雷軸は飛翔してからくもかわしたが、紫電は小さな円を描いて、飛びまわる雷軸をさらに追撃する。


(この俺に、雷軸の術を使うだと!?)


 雷軸家が名門と呼ばれる所以は、星炭の中でも奥義の一つとされる、極めて殺傷力の高い術――そのまんま雷軸の術という名の術を、雷軸家の先祖が編み出したからだ。そして雷軸家はこの術を編み出した先祖を誇りにし、代々この術に最も長けた使い手であらんと心がけている。


(俺よりも、父よりも、兄さんよりも、威力が上だ。おのれっ!)


 紫電――の形状をした、電撃を伴う生体エネルギーの奔流を見て、雷軸は怒りだけではなく、悔しさと嫉妬も感じていた。見ただけで、威力の違いはわかってしまう。単純な紫電の太さと速さと持続力で術の威力はわかる。全てが、元祖である雷軸家の術師より上だ。


 しかしやがて紫電に似た生体エネルギーは消失した。雷軸は激しく飛びまわって、とうとう逃げ切った。


(こいつは絶対に許さん! よくも俺の前で、よくもその術を使ってくれたな! しかも俺達より上だと見せつけて!)


 雷軸が空中停止し、憤怒の形相を輝明に向けたその時――


「悪因悪果大怨礼」


 少女が術の名を口にし、呪文を完成させた。


 巨大な妖気の発生と共に、輝く黒いエネルギーの塊が長く尾を引いて、雷軸を直撃した。傍目には黒い極太ビームが放たれたように見える。


 バリアーで防いだが、それでもなお強烈な衝撃を受け、体の芯まで響き、空中で雷軸の体がよろめく。体のあちこちから血が出ている。骨が折れたかもしれないと、雷軸は感じる。

 明らかに輝明でも修でもない攻撃を加えられ、雷軸は妖気の発生源に目を向け、そこにいる人物を見て目を剥いた。


「雫野……累」


 雷軸を見上げる、パーカーに短パンといういでたちに、ブラチナブロンドと鮮やかな翠眼の白人美少年は、最強の妖術師、神に最も近づきし者として名高い人物だ。しかし攻撃をしてきたのは彼ではなく、横にいる、足まで伸びた長い黒髪を持つ、細身の美少女の方だったことが、妖気の残滓から理解できた。


(つまり……妖術師二人がさらに敵として現れたと……。輝明に加勢する形で)


 しかもそのうちの一人があの雫野累である。分が悪いどころではない。ここで粘っても犬死するだけだ。


 雷軸は高速で飛翔し、彼方へと消えた。


「うっひゃあ、ギャラリー多すぎ。こんな街中で妖術師と改造人間が超常の力使いまくって、堂々と戦うとか、どうなんよ~。あたしもだけど」


 雷軸を攻撃したみどりが、呆れ気味に言う。


「よう、累。助けろと純子に言われたのか?」

 輝明が累とみどりの方を向いて、問う。


「言われてはないけど、多分そのつもりでした」

 自分でも意味不明と思う答えを返す累。


「何だそりゃ。何にせよ助かったぜ。ありがとさままま」


 輝明が笑顔で礼を述べると、携帯電話を取り出して救急車を呼ぶ。


「あれは体を改造されただけではなく、力霊を憑依しているようですね」


 雷軸を一目見て、累は力の源を見抜いた。


「ケッ、えげつねえな。あれは純子が改造したんだろ? 純子にしては趣味が悪いっつーか。いや、あいつは元からこんくらい悪趣味だったか?」


 力霊とは超常の能力を備えた者を意図的に怨霊化し、その怨念の力で生前の超常の力を引き出す、世界各地で古来より造られている超霊兵器である。


「そっちのは……オススメ11にいた女か」

「ふえぇ~? オススメ11の中で会った? 誰よォ~」


 輝明が自分の方を向いて言ってきたので、みどりは目を丸くして尋ねる。


「ダークゲーマーですよ」

 累に教えられ、みどりの表情が歪んだ。


「なにぃぃぃっ!? あの最高に口の悪い糞野郎かいっ。助けんじゃなかったわ~」


 かつてヴァーチャルトリップ式ネットゲームの中で、ダークゲーマーと呼ばれるプレイヤーに罵倒されまくったみどりであった。


「僕達、輝明を助けるために、純子に誘導されたみたいですね」

 溜息をつく累。


「つまり、純子のアホが雷軸のカスが俺を狙っているとも知らず改造して、後から気がついて、その護衛として、てめーら雫野バカップルをここに差し向けたわけか」


 そう言って、輝明も溜息をつく。


「助けてもらって何なのよォ~。こいつのこの口の利き方はさァ」

「ありがとさまままって言ったろ。結構ヤバかったから、感謝してるさ」


 自分の方を見て、鋭い八重歯を見せて笑ってみせる輝明に、みどりもつられるようにして歯を見せてにかっと笑い返してみせる。


「畜生めっ……次は必ず殺してやる」


 ほんわかムードな所に、怒りに満ちた呻き声が発せられる。修だった。ぼろぼろになって倒れ、激しい怒りと屈辱に顔を歪ませて空を仰いでいる。


(こいつがここまではっきり負けたのは、真以来か。しかし、真相手の時はこんなに悔しがらなかったのにな。もっと爽やかな感じで負けを認めてた)


 修のこの反応は、修をよく知る輝明でもこれまで一度しか見たことが無い。小学生の頃、剣道の全国大会の決勝でまさかの敗退を喫した時に、こんな顔だった。


「とりあえず病院だな。救急車は呼んだ。俺も傷だらけだわ」


 這いつくばっている修の前でかがみ、輝明が止血をしながら言った。


「ふざけるなよ。僕がいない間、テルは一人になっちまうんだぞ」

「俺だって自分の身くらい守れるさ。それにお前、雷軸相手に手も足も出なかっただろ」


 あえてキツいことを言うのが、今の修には効果的だと輝明は判断した。火に油を注いだ方がいい。


「奴のパターンは大体わかったし、テルだって次戦う時には、もう勝つためのシミュレーションが出来るだろ。次は勝つぜ。あいつは僕にやらせろよ。次は勝てる。少なくともあいつは、真よりは弱いと感じた。今回は……いろいろと面食らっただけだ」


 かつて自分を打ち負かした者の名を口にし、修はふてぶてしい笑みを浮かべる。


「ふえぇ~、このロンゲ兄ちゃん、真兄とやりあったの?」

「ただの手合わせですよ。本気で殺しあったわけではなく、稽古です」


 修を見ながらみどりが尋ねたのに対し、累が教えた。


「ところで御先祖様、これ届ける~?」


 みどりが純子に渡された包みを掲げてみせる。純子の狙いは自分達をこの場に送り込み、輝明達を雷軸から守ることだったのだから、届け物などただの方便だったのだろうと思う。


「中が何か見てみますか。僕らも純子に都合よく使われたのですし」


 包みを開けると、中に入っていたのは尊幻市の特産品――実物人骨キーホルダー(本人の血付き)だった。


「あ、これ、みどりが純姉にもらって、いらねーって返した奴だ」

「僕もですよ……。それをあえて、僕らが封を開ける事も前提で渡して運ばせるとは……」


 呆れきった顔で、累は先程より重い溜息をついた。

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