第二十七章 15
翌日、真とバイパーは阿弥陀粒マリンパークを訪れた。
二人共変装している。真はいつもの制服姿ではなく、厚ぼったいジャンパーと、迷彩柄の緩めのカーゴパンツに、目深にキャップを被っていた。バイパーの黒革ずくめの格好ではなく、Tシャツの上に薄いセーター、ジーンズ、ニットキャップといういでたちだ。
「慣れない格好だから、すげー抵抗ある……。つか、これ変装になってるのか? 普通すぎる格好だろ」
着替えた直後、バイパーがぼやいた。服は真が見繕った。
「普通の格好だからいいんだ。いつも特徴ある服装している分、目立たなくなる」
「俺のタッパと肌の色だとなあ……。見る奴が見たらすぐわかりそうだ。それでなくても俺、ここにはよく訪れるんだぞ」
真の考えもわかるが、バイパーはそちらが心配だった。ミルクがここによく来たがるため、バイパーはミルクや繭やナルを連れて、しょっちゅうマリンパークを訪れている。係員にも顔を覚えられていそうだ。
平日という事もあり、阿弥陀粒マリンパークは閑散としていた。
入ってすぐ横にある最も大きな建物が、メインの水族館だ。最初はこの水族館が唯一の施設であったが、そのうちイルカやアシカやシャチのショーを行うスタジアムが作られ、さらには鮫の博物館や、ペンギンと直に戯れる施設や、遊歩道等、いろいろ追加されていったという。しかし最近ではかなり客足が少なくなっているとの事である。
「男二人組でここに来るってのもある意味違和感だな」
着いてからは、真の方がぼやく。
「俺はその辺あまり気にしないかな。慣れた場所ってのもある」
バイパーが言う。
「ふーん。で、ここの見所は?」
「さあ……。ミルクを連れて水族館の中に入るけど、アトラクションはあまり見ないし、俺はここのレジャーに一切興味無い」
真の質問に、難しい顔で答えるバイパー。
「効率よく人さらいをするためには、どこかに隠し部屋とかもありそうだ」
と、真。
「予想以上に開けた所だし、証拠を見つけるために調査とかしていたら、こっちがあっさり見つかって不審がられちまうぞ」
「でも証拠を先に一つ抑えておきたい。交渉するためにはその方がいい」
「交渉?」
真の言葉に、怪訝な表情になるバイパー。
「もしマリンパークの経営陣がマフィアに脅されているなら、証拠を先に抑えたうえで、ここに出入りしているマフィア達を潰すことを約束し、奴等の潜伏場所を教えてもらったり、奴等を誘き寄せたりできるだろう」
「いやいや、そんなに上手くいかねーだろ。脅されていたら、こっちがいくら助けてやると言っても、はいそーですかと素直に従いもしないだろ。恐怖で縛られている奴を完全に安心させる材料がないとな」
「そんな材料は用意できないから、こっちも脅迫気味にいくさ」
「強引な奴だ。まあ任せるわ」
真の方針に、バイパーは思わず苦笑いを浮かべる。
「じゃあ早速調査してみよう。家族ごとさらわれるというからには、屋内の目立たない場所に、何か仕掛けがあるんだと思う」
「任せるわ」
真の提案に、言葉少なに頷くバイパー。
ふと、真とバイパーの目に止まったのは、ペンギンに踏まれる体験会という看板が横にある扉だった。扉の奥はペンギン展示施設で、ここでは飼育員の管理と指導の元に、客もペンギンに触れることが出来るという触れ込みだ。
「まさか……あれに入るつもりか?」
恐々とバイパーが尋ねる。
「入りたくないな……。避けたい。でも何か怪しい」
真が素直な気持ちで答える。
「じゃああれは後回しにしようぜ。つーか、あれは屋内施設じゃねーだろ」
ペンギンのいる施設を避け、二人は水族館へと入る。
「怪しまれないように調べるってのも難しそうだな」
水槽が並ぶ水族館内を見渡して、真が言う。
「でもここは暗い場所が多い。どこか隅っこに家族連れが来た際に、捕獲する仕掛けとかあるかもしれねーぜ。そういうのを仕掛けやすいんじゃねーの?」
バイパーが言った。
「トイレの中とかは?」
「そこが一番考えられるが、家族連れをまとめてさらうには適していないんじゃねーか」
「まとめてさらうってのがポイントか……」
「大掛かりな仕掛けか、それなりの人員がいないと無理だろうぜ」
真とバイパーが喋りながら水族館の中を歩き、時折怪しそうなポイントの床や壁を調べてみたが、何も発見できずに一巡りしてしまった。
「一応……トイレも調べてみるか」
「女子トイレは?」
真が尋ねる。
「ペンギンの後にしようぜ……」
嫌そうに言うバイパーに、真も頭の中で嫌そうな顔になる自分を思い浮かべつつ、頷いた。
***
その後、真とバイパーの二人は各施設を巡り、残すは各施設の女子トイレと、オタリアとにらめっこハウスと、ペンギン体験会だけとなった。
「どっちが行く?」
ペンギンに顔を踏まれる体験会と書かれた看板がかかった扉の前で、真が問う。
「じゃんけんで……」
バイパーはそう言ってグーを出す。真はパー。
「ようこそっ、ペンギンに顔を踏まれる体験会へー」
千円を払い、バイパーが扉をくぐると、暇そうにしていた飼育委員が笑顔で迎える。前方のくぼみには様々な種類のペンギンが大量にいるが、やたら巨大なペンギンが一匹だけ、客が入れる通りに何故か出てきている。
「まさかあの中に入るの?」
「違いますよ。顔を踏んでくれるのは、この人懐っこいコウテイペンギン、ペニー太君だけです」
そう言って飼育員がペンギンの頭を撫でる。
(コウテイペンギンって南極だけに住む奴だろ……。南極の動物は捕獲禁止な法律があるって聞いたけどな……)
ミルクの影響で、鳥や動物の知識は詳しいバイパーであった。
「では仰向けに寝てくださーい」
寝台のような場所に寝かされるバイパー。
「あのー……うんことかされないよな……?」
恐る恐る尋ねたが、飼育員から返事は返ってこない。バイパーに背を向けて無言のまま、コウテイペンギンのペニー太君に餌付けをしている。
(否定してくれよ……。ここで無視はキツいだろ)
心の中が突っ込みを入れた直後、飼育員に餌を貰った後、まるで自分のすべき行動をわきまえているかの如く、コウテイペンギンがバイパーの顔の上に乗って、足踏みをしてくる。
十数秒の足踏みの後、ペンギンはバイパーの顔から降りた。
「はーい、終わりでーす」
飼育員が笑顔で告げる。
(これで千円か……)
一応他のペンギンの見学もできるようだが、最早そんな気力も無く、バイパーはさっさと施設の外へ出て行く。
「どうだった?」
出てきたバイパーに真が尋ねる。
「その質問は何なんだ……? 一体何がどうなんだか知らないが、気になるならお前もやれよ」
憮然とした顔でバイパーが言った。
「そんな言われ方すると気になるから、入ってみる」
そう言って真も千円払って中へと入った。
やがて死んだ魚の目をした真が、ペンギン展示施設から出てきた。
「どうだった?」
出てきた真にバイパーが尋ねる。
「ここの客足が少なくなっている原因が、何となく分かった気がする」
「何となくかよ。俺はすげえよくわかっちまったがな」
この施設で人さらいを行うのは無理があると、真もバイパーも判断した。中は開けているうえに、飼育員の目が届かぬ場所など無い。飼育員が人さらいをしているか、黙認しているかでもないかぎり、不可能だ。
「じゃあ次は、オタリアとにらめっこハウスに行こうぜ」
「嫌な予感しかしない」
「俺もだよ」
気乗りしない様子で、二人は建物の中に入る。ここは二人入れるだけのスペースがあった。
小屋の中はガラス張りで、ガラスの向こうは水槽になっていて、泳いでいるオタリアが何匹も見える。上の方からもオタリア展示ホールと直結していて、そこでは泳いでないオタリアが上から見下ろせるようになっている。
「いらっしゃーい、オタリアとにらめっこハウスへ。うわあ、おっきなお兄さんだよう。怖いねえ、オタ君。でもね、オタ君は百戦錬磨、笑いを防げるものなら防いでみなさーい」
中年女性の飼育員が、ノリノリでアナウンスする。
「オタ君て……もうちっとマシな名前つけろよ」
この時点ですでに苦笑いを浮かべて呟くバイパー。
「さて、まずはどちらが来るかな? こっちの野獣のようなワイルドタフガイのおにーさんかしら? それともクールな美少年の君? ああ、それぞれタイプのちがうイケメン二人組とか、私があと五年くらい若ければねえ……私も野獣になって食いつきそうな二人なんだけど」
うっとりとした顔になって、思ったことを遠慮なく口にする飼育員に、真もバイパーも啞然としてしまう。
「あんたは客に向かって常日頃から、そんなノリなのか?」
「もちっ。誰とでも寝る発情おばさんとして、五年くらい前まで、ここいらじゃ有名だったわ。最近じゃオタ君が相手とか噂されてるわ」
「わかったから、その薄ら寒いノリやめれ」
「やめないもーん。これが私のキャラなんだから。んじゃ、ルールを説明しまーす。オタ君相手に笑ったら負けです。笑わず耐えたら勝ちです。勝ったらオタ君クッキーを二袋あげまーす。負けたら袋は一つだけです。で、まずはどっち?」
抗議するバイパーに、ぶりっ子口調で反発してから、飼育員が促す。
「僕はこういうのいい……。バイパー頼む……」
「いや、お前の方こそ適任だと思うぞ。お前行けよ」
普段からポーカーフェイスな真なら、にらめっこも相当強そうだと踏んだバイパーである。
「じゃあおっきなワイルドおにーさんの方でいってみよー」
「いや、決まってないのに、何で勝手に決めるんだ」
「それじゃあオタくーん、出ておいでーっ」
飼育員に再び抗議するバイパーだが、飼育員は取り合わず、オタリアが通れそうなくらいの低い扉に向かって声をかけた。
即座に扉が開き、オタリアが勢いよく滑って飛び出してきた。
オタリアがバイパーに顔を近づけ、口を大きく開く。
「ぶっ……」
「え?」
あっさりとバイパーが笑ったのを見て、真は怪訝な声をあげる。
「はい、オタ君の勝ちー。オタ君クッキーは一袋でしたー。ざんねーん。また挑戦してくださいねー」
飼育員にクッキーの入った袋を渡され、憮然とした顔で建物の外へと出るバイパー。
「笑うの早過ぎないか?」
「口の中に変な顔の河豚が入ってたんだよ。いや、口を開けた瞬間、喉の奥からにゅっと出てきやがった。その不意打ちコンボでやられた……」
突っ込む真に、バイパーはあったことを話す。
「なるほど。でもそれって、オタリアとにらめっ子になってないな。河豚とにらめっこじゃないか」
「知らんわ……。どうでもいいわ……」
憮然とした顔のままクッキーの袋を開け、オタリアの形のクッキーを食べ出すバイパー。
「あとは女子トイレか? 家族まるごとさらうっていう条件からすると、これは不可能な気がするけどな」
と、真。
「あ、見落としている場所あったわ。遊歩道だ」
立てかけられているマリンパークの地図を見て、バイパーが言った。
「遊歩道の途中に林の中を通る。そこの可能性もあるぞ」
バイパーがすぐ横を見る。遊歩道の入り口だ。
二人は遊歩道を歩いていくと、バイパーの言うとおり林があった。木々は銃分に視界を遮る役に立っている。
林の中に入り、二人はすぐに妙なものを見つけた。他の木々と種類も違う、不自然な形と色の大木だ。
「ビンゴ」
木を調べながら、真が木の幹に不自然な切れ目を見つけて指す。
バイパーが力いっぱい引くと、木の幹が開き、中に人が数人は通れそうな空間が現れた。中は金属製の壁と床と天井の個室になっており、床には扉がついている。
扉の取っ手を掴み、バイパーが引く。施錠を粉砕して開くと、鉄製のはしごがついた、地下へと続く縦穴が現れる。
バイパーが先に降り、真が後に続く。降りきった所でペンライトを照らすと、通路が伸びているのがわかる。
スイッチを見つけて押すと、灯りがつく。
通路をしばらく歩いていくと、横に扉があった。通路そのものはさらに先へと続いている。
先には進まず、扉の方を開けてみる。中は誰もいない、八畳間程度の殺風景な個室。しかし壁には鉄枷のついた鎖が幾つも垂れ下がっている。誰かを閉じ込め、拘束しておく場所であることは明らかだ。
「遊歩道自体、あまり人気が無いし、周囲に人がいないことも確認できれば、数人がかりで家族ごとこの中に入れることもできるな」
地下通路をさらに進みながら、真が口を開いた。
「だとすると、あの大木の周辺に隠しカメラとか設置されていて、ここを見つけた俺達も見られてねーか?」
「そうだな……」
「だとすると、お前の作戦はもう現時点で破綻してねーか?」
「そうだな……」
バイパーの問いに、真はあっさりとした返事を返し続ける。
やがて二人は通路の突き当たりに到着する。突き当たりにはまた、上へと上がるはしごがある。
先にバイパーが上がる。はしごを上りきると、扉があった。
「いるぞ」
天井の扉の先から殺気を感じ取り、バイパーがすぐ下にいる真に注意を促す。
「出るから、頭は守っておけ」
扉を開けた瞬間の銃撃を警戒し、バイパーが警告したが、すでに真もそのつもりでいる。はしごに脚だけで固定し、頭部は両腕を交差させてガードする。
バイパーが扉を押し開け、勢いよく飛び出した。
扉の上は、密閉された車庫の中だった。黒服の二人組の男が、地下の扉に向けてマシンガンを携帯して構えていたが、バイパーがあまりにも勢いよく飛び出したために、反応が遅れる。
引き金を引くより前に男の一人の首を掴み、そのままへし折るバイパー。もう一人は引き金を引き、何発か撃ったが、バイパーの長い脚が振り回され、頭部を吹き飛ばされた。
(やべ、二人共壊しちまった。一人は証人として生かしておけばよかったのに)
舌打ちするバイパー。
真も車庫の中へと上る。今は車が無いようだが、ここからさらった人間を車に詰めて移動すねことは容易に理解できる。
バイパーがシャッターを内側から強引に上げ、真とバイパーが車庫を出た所で、黒服姿のガタイのいい強面達五人ほどに囲まれる。全員マシンガンを構えている。
「誘き寄せ作戦としては、上手くいったかもだ」
真が呟く。
「結果的にはそうかな。一人生かしておけよ。こいつらの仲間と潜伏先を喋らせねーと」
バイパーが言った直後、黒服の男達が一斉に銃の引き金を引いた。
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