第二十五章 1

 中学生の身で高校の敷地内に入るというのは、どうにも気が引けるというか、怖い。

 その少年――藤岸夫は、私立アース学園高等部の敷地に入ったまではいいが、周囲が皆自分より背の高い高校生だらけで、すれ違う彼等の多くが奇異の視線を投げかけてくるので、ひどく居心地が悪かった。


 ここに大事な用があるからこそ来たわけだが、何でこんな場所を指定したのかと思い、溜息をつきたくなる。

 目的の場所を見つけるため、気後れした顔つきできょろきょろと周囲を見回していると、とうとう岸夫に声をかける者が現れた。


「ケッ、中坊かよ。兄ちゃんか姉ちゃんでもいるのか?」


 声をかけてきた者を見て、岸夫は引いた。

 親切なのか、それともただ絡んできただけなのかわからない。何しろ相手は、制服をだらしなく着こなし、脱色させたうえにハリネズミのように四方八方に立てたパンクヘアーで、耳はびっしりとピアスだらけという、不良以外の何者でも無い外見だったからだ。

 どう見ても不良以外の何者でもないが、中二の自分より背が低い。身長だけなら小学生レベルだろう。140あるかも疑わしい。しかしその身からオーラのようなものが放たれており、小さく見えない。そのうえ眼力も相当なもので、背丈で勝っていても、岸夫は睨まれるだけで恐怖を覚えた。


「えっと……ここの三年生の、鈴木竜二郎さんと芹沢鋭一さんという方に会いに来ました」


 誰かに問われたらそう話せと、岸夫は事前に言われている。


「つーかそいつら、殺人倶楽部の屑共じゃねーか」


 パンクヘアーのチビ不良が顔をしかめて口にした言葉に、岸夫は驚きに目を見開いた。ここでは普通の生徒までもが殺人倶楽部を知っているのかと。


「殺人倶楽部を知ってるんですか? 挨拶に行くようにと言われて来たんですけど……」

「てめーもあのイカれた集団に入ったわけか。俺も一応裏通りの住人だし、この学園にいる会員の名と、噂を聞いている程度だ。純子もろくでもない商売始めやがって。真の阿呆は、最近こういうの止めようとしねーのかね。それとも真もカス化してるのか、あるいは無能化してるのか」


 ぶつぶつと独り言を言う頭ツンツン生徒。裏通りの住人と聞いて、岸夫は頭ツンツン生徒の放つ異様なオーラにも納得がいった。


「すでに殺人倶楽部に入った奴が、何人も命を落としているって話もあるからな。てめーはこの先、マッドサイエンティストの玩具になって、ぴーぴー泣きながら後悔してくたばる可能性大だぜ?」


 吐き捨てると、頭ツンツン生徒はその場を立ち去った。


 その後、教師にも声をかけられたので、また名前を二つ出すと、生徒会室にいるのではないかと言われた。


 岸夫が生徒会室を訪れると、中には二人の生徒がいた。


 一人は顎が細く、面長で鼻筋が通っており、スタイルが良くてスラっと脚が長く、茶髪をオールバックにして眼鏡をかけている、シャープな印象の生徒だ。


 もう一人は、先程のパンクヘアーほどではないがこれまた背が低く、岸夫とそう大差無い。しかし際立った美少年だ。もう一人の眼鏡の方も容姿は整っている方だが、こちらは次元が違う。ぱっちりと開いた大きな眼に、柔らかい輪郭の女顔の持ち主で、高校三年にしてはあどけない顔つきをしているとも感じた。入室した自分に反応してこちらを向き、口元に浮かべられた優しげな笑みを見て、岸夫は思わずどきっとしてしまったほどだ。


「えっと……始めまして。雪岡純子さんの紹介により、ここに来るようにと言われた、藤岸夫です」


 深々と頭を下げて丁寧な挨拶をする岸夫だが、その動作は非常にぎこちない。


「はいはーい、こちらも聞いてますよ。僕が鈴木竜二郎です」


 岸夫の緊張をほぐしてやるかのように、小柄な美少年の方がにっこりと愛想よく笑いかける。


「芹沢鋭一だ。よろしく。入ったら後ろの戸はちゃんと閉めろ」


 もう一人の生徒が眼鏡を手にかけて注意し、岸夫は慌てて後ろの戸を閉める。


 その後、鋭一が眼鏡に手をかけたまま、じろじろと岸夫を見た。まだ何か問題あるのだろうかと、緊張する岸夫。


「今度の依頼殺人に新人を連れていって平気なのか?」


 値踏みするよう岸夫を見た後、気乗りしない仏頂面で、鋭一は竜二郎に声をかける。


「純子さんが決めたことですから。まあ、僕達二人だけでも何とかなるでしょう」


 柔和な笑顔と口調で言う竜二郎だが、目の前で戦力外扱いされているのを見て、何だかなーと思う岸夫。


「最初の依頼殺人は四人で行うと聞きましたけど」


 つまりもう一人も使えない人間なのだろうかと勘繰りつつ、岸夫が言う。


「ああ、もう一人は本気を出せば使える奴だが、滅多に本気を出さないから使えない奴だ」


 忌々しそうに眉間に皺を寄せて、そんな答えを返す鋭一。


「すみませぇん。手抜きさんで」


 高いが控えめな少女の声と共に、岸夫の後ろの戸が開く。


 岸夫が振り返ると、一人の女子生徒が佇んでいた。

 小柄で、ゆるふわなウェーブのかかった長い亜麻色の髪を腰まで伸ばし、くりっとした目をしているが、うつむき加減で大人しそうな印象の美少女だ。制服姿だが、この学園の制服ではない。


(すげー可愛い。もろに俺好み)


 間近で目が合い、岸夫は息を飲む。そして強烈なデジャヴと、胸に温かい感触がこみ上げてくる。


「あ、はじめましてえ。殺人倶楽部会員の暁優です。私立ヴァン学園の高等部二年です」


 ぺこりと頭を下げる少女。背丈や幼い顔立ちから中学かと思った岸夫だが、意外にも高二年だった。


「藤岸夫です。安楽十六中学の二年です。雪岡純子さんからの紹介で来ました」


 岸夫も丁寧に頭を下げ、再び少女の顔を見ると、彼女は自分に向かって微笑みかけていた。まるで親しい者に向けるかのような笑みで。それは錯覚でも思い込みでもない。


(俺のことを気に入ってくれた? ただの愛想笑い……ではない。何でか知らないけど、それはわかる)


 その笑顔が、自分にとってとても大事なものであったような、忘れていた何かであったような、そんな感覚にさえ陥る岸夫。


(この子のこと……俺は知ってる?)


 初めて会った気すらしないが、初めて会った事には違いない。どうして自分がこんな感覚を抱いているのか、岸夫にはわからない。


「前から思っていましたが、打ち合わせ場所、ここだと恥ずかしいですよぉ。制服違いの他校に入るというのは、そわそわします」


 優の言い分に、岸夫も同感である。


「直に会って会話するには、ここが一番安全だ」

「優さんの言うことももっともですが、ネットや電話でのやりとりだけじゃあ寂しいんですよねー。面倒でも、できるだけ直接会って打ち合わせをしたいじゃないですかー。それには今の所、ここしか適した場所、無いんですよねー」

「そうですかあ。それもそうですよねえ。ごめんなさい」


 鋭一と竜二郎に続け様に言われ、申し訳なさそうに頭を下げる優。


「そこで謝る必要はないだろ。そっちの言い分ももっともだ。俺がお前の立場でも嫌なのはわかる」


 仏頂面のままフォローする鋭一を見て岸夫は、この男ツンデレなのかと思う。第一印象はあまりよくなかったが、言葉の上で気遣いをしてくれるというだけで、ちょっと見直した。


「おい新参、依頼殺人が何であるかくらいはわかっているよな?」


 鋭一が岸夫に視線を向け、威圧するように問いかける。


「はいっ」

「じゃあ復唱してみろ」


 背筋を伸ばして答える岸夫に、偉そうな口調で告げる鋭一。


「何様ですかー、君は」

「先輩様だ」


 笑いながら声をかける竜二郎に、鋭一はにこりともせずそう答える。


「えーと、依頼殺人は、殺人倶楽部運営から標的を依頼される殺人で、難易度によって殺人経験値も変動する。見届け人がついて殺しの様子も撮影され、その殺人シーンが売り出される。これでいいですか」

「75点だ。見届け人はつく場合とつかない場合がある。今回はつかない。これが何を意味するかわかるか?」


 続けて偉そうに問いただす鋭一に、流石に辟易とする岸夫。


「見届け人が邪魔になるくらい、条件のキツい依頼?」

「その通り。能力も無い新参がついてきても、囮にする程度にしか役に立ちそうに無い、難易度の高い標的ってことだ。つまり、標的そのものが危険であるか、標的を殺す際に、時刻や場所の厳しい指定があるか、あるいはその両方かだな。ちなみに標的そのものが危険なだけの場合、見届け人はつく。今回はターゲットの時刻と場所が指定されていて、標的自体も危険という面倒な仕事だ」


 露骨に邪魔者扱いされて、岸夫はカチンとくるが、実際邪魔者になるのだろうから、何も言い返さない。


「はいはい、気を悪くしないでくださいねー。むしろ君にとっては今回の仕事はラッキーな部類です。何しろ殺人経験値も多く入って、一気に会員レベルが上がりますよ。レベル5になれば、純子さんに改造してもらえますから、それで晴れて役立つ能力を手に入れて、僕達の戦力アップに繋がるわけでーす。なーのーでー、引け目を覚える必要はありません。そして、鋭一君は口が悪いからあんな言い方をしていますが、実際にぞんざいに扱いはしませんから、安心してください」


 竜二郎が微笑をたたえ、穏やかな口調でフォローする。


「こいつがこの先、俺達とちゃんと交流を持つかどうかもわからないんだぞ」


 疑わしげな視線を岸夫に向け、鋭一が言った。


「僕はこの子なら大丈夫だと思いまーす。何となくですけど、協調性ありそうですし」

 と、竜二郎。


「今後殺人倶楽部の仲間として、一緒に楽しくやっていきましょう」

「は、はい」


 竜二郎に握手を求められ、岸夫はその手を握る。


「ほらね」


 岸夫と握手したまま、鋭一の方を見る竜二郎。鋭一はどうでもよさそうに仏頂面のままだ。


「あの……殺人倶楽部って、ここの六人だけなんですか?」


 仲間ということで気になって、岸夫は尋ねた。もっと多いのかと思っていたが、六人だけというのは意外に感じられた。


「ここにいないだけで、もっと沢山いる。とはいえ、ここでつるんでいるグループは、五人。いや、お前も合わせてこれで六人か。大概の奴は、つるんで行動するのは嫌だとさ。ソロ専は問題児が多いし、そのうち依頼殺人の標的になる可能性大だろう。ちなみに今回の依頼の相手も、除名された殺人倶楽部の元会員だからな」


 鋭一が岸夫の問いに答えつつ、さらに標的の件にまで触れる。


 確かにガイドラインには書いてあった。殺人倶楽部のルールを破った者は、依頼殺人の標的になると。


「確か、私達以外のグループも何組かいますよう。個人単位ならともかく、私達はグループ単位で接触したことはありませんけどね。大人同士で形成された大人数のグループもありまぁす」

「それは知らなかったな」


 優の言葉に、鋭一が意外そうな声をあげる。


「おやー? 鋭一君は殺人倶楽部の販売映像を見たことないんですか? 僕達以外の活動も結構見ることできて面白いですよ。もちろん顔や服装は加工修正されていますが、身体つきからして、大体大人の集まりだなーというのはわかります」

「興味無いな。他の動きなんて」


 どうでもよさそうに言う鋭一に、竜二郎は小さく息を吐く。


「やれやれ、鋭一君はそういう所がいけないですね。もっといろんな所に目を向け、情報を仕入れ、学習もするよう心がけないとー。基本中の基本ですよー」

「また説教タイムか。俺より新人の面倒見ろよ」


 穏やかな口調で諭す竜二郎であったが、鋭一は嫌そうな顔になってそっぽを向く。


「今回、岸夫君は見学に徹していてくださいねー。見ることも立派な学習ですよー」


 柔らかな表情で告げる竜二郎。この人物の顔を見ていると、そして声をかけてもらうと、とても気分が和らぐ。


(すごくいい人っぽいけど、それでもこの人も、殺人倶楽部の一員……なんだよな。それにこの子も……)


 優の方を一瞥する岸夫。


「おや、優さんのことが気になるんですか?」


 岸夫の視線を目敏く気がついた竜二郎がからかう。慌てて視線を外す岸夫。


「え? えっとぉ……私、何か気に障ることでもしましたあ?」

「馬鹿じゃないのか、お前……」


 不安そうに尋ねる優に、呆れる鋭一。


「え、何か悪いことして気がつかないなら、言ってくださぁい。確かに私、馬鹿ですし……」

「そうじゃない。何もしてないし、悪くは無い。勝手に誤解して勝手に沈むな、鬱陶しい」


 面倒臭そうな顔で鋭一が、落ち込む優に追い討ちをかける。


「これでも鋭一君は慰めているんですよ。難儀な性格でしょー?」


 竜二郎が岸夫の方を向いて微笑みかけ、鋭一は腕組みして鼻を鳴らした。


 殺人倶楽部のメンバーというから、もっとおどろおどろしいものを想像していたが、全員未成年なうえに、わりと普通な感じだったので、意外と思う一方で安心する岸夫であった。

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