第二十四章 10

 それは急な召集による、文字通りの緊急会議だった。


 東京市内某所に集まったのは八名。その中には、呼ばれていない人物も三名ほど、呼ばれた者の裁量で連れて来られた。

 霊的国防を担う白狐家の当主、白狐弦螺。同じく霊的国防を担う朽縄一族の当主、朽縄蜜房。

朽縄一族の師範代、倉田志乃介。同じく霊的国防を担う星炭流呪術の当主、星炭浩二。護衛業を生業とする集団として、最近着目されている銀嵐館の当主、桃島弾三。ここまでが召集を受けた五名。

 超常の歴史において、はるか昔から数多くの問題を起こしている雫野流妖術の開祖、雫野累。同じく雫野流の妖術師、雫野綾音。破心流妖術を悪用し、連続婦女暴行殺人を行っていた男、神田宗佑。これら三名が、呼ばれたわけではないが、召集された者によって連れて来られた者達。


 薄暗い部屋で顔を合わせ、各人、様々な思いを宿す。


(似ている……あいつに……)


 宗佑が部屋に訪れてまず意識したのは、綾音だった。一目見て、心臓が大きく跳ね上がった。かつての恋人に、よく似ていたからだ。


(何でこんな奴を呼んでるのよ……)


 蜜房が部屋に訪れてまず意識したのは、星炭浩二であった。遠慮せず、忌々しげに睨みつける。相手も自分が何故睨まれているか理解しているようで、平然としている。


「蜜房様、いい加減、本家にも顔出してくださいよ」


 そんな蜜房の様子を見て、星炭から敵意を逸らそうとして、志乃介が声をかけた。


「嫌よ。面倒臭い」


 にべもなく蜜房。そして星炭への視線も外さない。


「わあい、問題児の雫野流も出席だあ」

 弦螺が累を見てからかう。


「問題があるというなら……席を外しますよ……」

「ごめんごめん、ちょっとからかってみただけだし、悪意があるわけじゃないよう。心強いと思ってるるる。うん、ごめん」


 笑いながら謝意の欠片も無く謝る弦螺。実際、彼が喧嘩を売っているわけではないのは、累含め皆わかっている。ちょっとした軽口であると。


「星炭の妖術師はいないのですか……?」


 累が問う。今この場に入る星炭の姓を持つ者は、分家である星炭流呪術の者だ。

 星炭本家は妖怪退治の代名詞とも言うべき者達であり、妖怪絡みの騒乱を解決してきた専門家であるが故に、この場に呼ばれていないというのが逆に不思議ですらあった。


「分家の星炭流呪術では問題でも?」

 星炭浩二が皮肉げに口元を歪めて問い返す。


「大いに問題だわ」


 不快感を隠そうともせず、蜜房が星炭を睨みつけたまま言った。


「あんたらみたいな外法使いと同席とか、冗談じゃないわよ。誰よ、こいつ呼んだの」

「誰と言われても、政府に呼ばれましたが」


 事務的な口調で答える星炭。


「じゃあ消えて? さもないと消す」


 殺気を漂わせて言い放つ蜜房。冗談や挑発の類ではない。本気で殺しにかかろうとしている。


「雫野はよくて我々は駄目だと?」


 星炭が嘲笑を浮かべた直後、蜜房が術を唱えた。

 星炭の目の前――テーブルの上に獣符が出現し、蛇へと変わると、口を大きく開いて星炭へと飛び掛かる。


「ぬがっ!」


 星炭が匕首を抜き、蛇をなぎ払う。際どい所で蛇の首が切断された。


(おいおい……)


 本当に攻撃を仕掛けた蜜房に、宗佑が仰天する。他の者が一切止めようとしない事も驚きだ。


(もしかして俺がここで一番まともなんじゃねーのか。何でこいつら平然としてるんだよ)


 宗佑が全員の顔を見回す。弦螺はにやにやと笑い、志乃介が引きつった笑みを浮かべていたが、他は無関心か、冷然としている。


「お気に召さないのはわかりました。ここは退いておきます」


 額から汗を垂らし、深々と一礼して断りを入れると、星炭は退室する。


「あーあ、みっちゃん、何やってんだよう。貴重な戦力を帰らせちゃって~」


 弦螺が唇を尖らせ。足をぱたぱたとせわしなく振る。


「あの連中が戦力を振るうってことは、それだけ犠牲も出ているってことなのよ?」


 蜜房が弦螺を睨みつける。


「星炭流本家が、今は戦力を出せないからな。先の継承者が果て、今の継承者候補がいずれも幼い」

 と、志乃介。


「なるほど……しかし分家の呪術流派では、その代役としては力不足……でしょう」


 実際には力不足というほどでもないような気がしたが、蜜房へのフォローを兼ねて、累は言った。


「そっちのおっさんと、おっさんが連れてきたのは何なの?」


 蜜房が桃島と宗佑の方を向いて、遠慮の無い口調で問いかける。今度の矛先はうちらかと、宗佑は内心せせら笑う。

 桃島がすっと立ち上がり、体ごと蜜房に向く。


「銀嵐館当主! 桃島弾三! 人外の魔手により国家の危機と聞き及び、力及ばずとも盾を取る所存! よろしく願う!」


 突然の有無を言わせぬ大声での自己紹介に、室内にいる強者の面々も、一瞬だが圧倒された。


(これが噂の銀嵐館……ですか。華族の道楽から始まった護衛組織と聞いていましたが、中々の手練……のようですね)


 桃島の巨体を見て、累は十分な戦力になると値踏みした。


「銀嵐館て、つい最近、華族が道楽で作った組織と聞いたよう」


 にこにこ笑いながらちょっかい気分でからかう弦螺。


「作ったのが道楽だろうが、銀嵐館にいる者は本気だ。俺も本気だ」


 弦螺に真摯な眼差しを向け、桃島が力強く言い切る。


「じゃあ、僕も本気出す。本気の僕、強いからねっ」

「うむ。本気を出せ。本気も出さず果てれば、悔いしか残らぬ」


 見た目の年齢より幼い言動の弦螺に対し、大真面目な口調で桃島が告げる。


(何だ、この茶番以下のやりとりは……。こんな奴等が国を守るだと……?)


 呆れて大きく溜息をつく宗佑。その時、ふと向かい合って座る綾音と目があった。


(何見てるんだよ、この女……)

 宗佑は反射的に視線を外す。


「そいつは話題になっていた、破心流を悪用していた連続殺人鬼じゃないの。何でそんなの連れてきてるのよ」


 蜜房の指摘に、宗佑は蜜房には視線を向けないようにしつつ、自虐の笑みをこぼす。


「こいつは大丈夫。俺が保障する。俺が管理する。だから大丈夫。こいつには才能があるし、絶対に力になる」


 力のこもった口調で断言し、やっと桃島が腰を下ろした。


(誰が力なんか貸すか……)


 口に出さずに毒づく宗佑であるが、どうしてはっきりと声に出して拒めないのかと、自問する。


「みっちゃん、文句ばっかりやめてよう。それに星炭流呪術追い出すこともなかったよね~。今ここにいるのだって怪しいメンツばかりなのにさあ」


 テーブルの上に伏して腕を伸ばし、顔だけ上げて軽い口調で抗議する弦螺。


「他にも霊的国防に従事する流派は沢山いるでしょうに、何やってるのよ?」


 双璧と呼ばれる白狐と朽縄が呼ばれるのはわかるが、国に仕える流派は他にもいくらでもある。それらを無視して、こんな少数だけ呼んで方針を決めていいのかと、蜜房はそう指摘している。


「ちゃんと働いているよう? 各地に出向いて情報収集とか、そんなんだけど。働いてないのはみっちゃんだけデース。それに、現状の確認と今後の作戦会議に、ぞろぞろと何人も集めても面倒だよう。強い奴だけ集めて、少数精鋭で対処がいいと思いマース」


 おどけた口調の弦螺に、蜜房は諦めたように息を吐き、目を伏せた。弦螺の言い分もわからないでもないと、認めた。


「何を見ているんだ、さっきから……」


 今まで黙っていた宗佑が、ようやく口を開いた。綾音の視線に耐えられなくなったのだ。


「あ、これは失礼しました。つい」


 綾音がずっと宗佑を見ていたのは、父である累と重ねていたからだ。宗佑が働いていた犯罪もそうだが、彼の放つ雰囲気そのものも、累と似ているものを感じて、ついついじっと見ていた。

 もっとはっきり言えば、第一印象で好感触であった。異性としてではなく、人としての好意ではあるが。


「何が、ついだ。俺を蔑んでいたんだろ。そっちの眼鏡女みたいに、はっきりと言いたいこと言えばいいじゃないか」


 ようやく口を開く機会を得たので、ここぞとばかりにおもいっきり悪態をついてやろうと、宗佑は決めた。


「そういうわけではありませんし、そういう気持ちもありません。誤解ですよ。興味があったのは確かですが」


 穏やかな口調で弁解する綾音だが、最後の一言にまたカチンとくる宗佑。


「そうか、興味かあ。女の立場から、女を犯して殺しまくる俺に興味かあ。あははっ。女は皆売女だ。心まで腐ってっ!?」


 精一杯悪ぶって喋っている途中に、桃島の鉄拳が宗佑の頭頂に振り下ろされた。


「げんこついっぱーつっ! 口説くなら紳士的に口説くべしっ!」


 桃島の言葉に、呆気に取られる宗佑。


「別に口説いてねーぞっ! 今のが口説いているように見えるのか!?」


 桃島の正気を疑う宗佑であったが――


「ひねくれてますが……ああ、そういう口説き方なんだな……と思いました」


 累が微笑みながら言い、さらに呆気に取られる宗佑。


(やっぱりこいつら、揃いも揃っておかしい……)


 興奮し、悪ぶってべらべら喋った自分が馬鹿みたいに思えて、もうずっと黙っていようと、宗佑は心がける。


「桃島おじさんコワーイ。それよりそろそろ本題に入ろうよう」

 弦螺が促す。


「じゃあ弦螺が仕切って」

 蜜房が促す。


「はいはい。現段階で政府は、霊的国防を担う俺達に、警戒を促しているんだ。調査している段階だけど、どうも敵は大掛かりな代物らしいよっ。予知能力者や占い師らも、悪い未来ばかり見ているんだってさ。予知能力者の一人によると、国が物の怪に乗っ取られるとか言ってるらしい。もちろんそれは、未来の可能性の一つだけどねっ」

「ここからは俺が話そう」


 志乃介が発言する。弦螺も知らず、おそらくこの場で自分だけが知っている情報がある。


「昨夜、朽縄の妖術師が妖怪を一人生け捕りにして、術で吐かせたが、本気で国の乗っ取りを考えている妖怪の一団がいるとのことだ。そいつはその集団の一人というわけでもなく、妖怪同士の噂で聞いただけで、詳しい話はほとんど知らなかったが、その話も予知と符号する。そして……指揮を取っているのは、あの灰龍だという」


 灰龍の名を聞き、一同の表情が強張る。宗佑ですら、その名は知っている。


「あの白龍一族を滅ぼした大妖怪が……」

 蜜房が唸る。


「引き続き各地で調査は続ける。敵の全貌がはっきりしたら、ここにいる強者で対策に臨むことになる。おそらくは……少数精鋭で、敵の頭――灰龍を討ちに行くという流れになるかな。もちろん方針変更して、総力戦になる可能性もある。そうしたら、霊的国防に従事する術師全てで、人外との戦争だ」


 志乃介の言葉を受け、流石に一同、顔色が変わったように宗佑には見えた。桃島の気が昂ぶり、綾音と蜜房も気合が入っているように見える。累は不敵な微笑をこぼし、弦螺だけ変わらない。


「各自、何か心当たりがあるなら、話してねー」

 呑気な声で弦螺。


(心当たり……)

 累が波兵のことを思い出す。


(あれも間違いなく妖。柘榴豆腐を食して人から妖になったのでしょうが……)


 それをこの場で口にする気にはなれなかった。


「何も無しっと。じゃ、解散でいいかな?」

「ああ」

「うむ」


 弦螺の言葉に、志乃介と桃島が頷く。


(本題が短い……。その前の茶番の方がずっと長かったぞ)


 これで国を護るなどと、冗談ではないのかと思う宗佑であった。

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