第二十二章 31

 累と純子と幸子も、意識の根が研究所中に飛ばされたことを察知した。

 魔法少女の精神そのものが、一瞬とはいえ研究所全てを覆い尽くしたようなものだ。そして彼女は何かをサーチしようとしたのだ。


「累君、今のは?」


 自分よりも精神の術に長けた累に、純子が尋ねる。


「おそらくは件の魔法少女でしょうが、何を探していたのかまではわかりません」


 結界を築いた当人である百合はすぐに目的を察したが、累と純子と幸子には伺い知れなかった。


「どうかしたのか?」


 真が尋ねる。実の所みどりを通じて真も察知していたが、わからなかった振りをして声をかけている。


「魔法少女が何かを探っているようです」

 累が答えた。


「研究所内にいる生存者の位置の把握じゃないかなー」


 晃のその言葉に、一同緊張する。その可能性は高く、さらにはここに来る可能性が高いと思えたからだ。


「誰か来るわ」


 幸子が階段の方を向いて言った。現れたのは来夢と白金太郎だった。白金太郎の姿を見て、亜希子は胸を撫で下ろす。


「お帰り、来夢」

「ただいま、克彦兄ちゃん。魔法少女は仕留められなかったけど、うまく撒いてきた」


 克彦のすぐ前までやってきて、克彦を見上げてにっこりと笑う来夢。


「少しは心配した?」

「心配しないように、来夢なら大丈夫って、必死に信じようとしてたよ」


 冗談めかして問う来夢に、克彦も冗談めかしてそう答える。


「怜奈はどう?」

「ほころびレジスンタンスの中にヒーラーっぽい力の人がいて、診てもらった。怜奈さんの正体は……多分知らないけど、あの体でもヒーリング能力が通じたみたい」


 怜奈の体が人間のそれでないことは、外部にはあまり不必要に教えない方がいいと判断し、克彦もエンジェルも口にしなかった。

 その後克彦が来夢の前で、先程純子がした話を全て述べる。


「百合様、お可哀想に」


 側で克彦の話を聞いていた白金太郎がぽつりと呟き、少し離れた位置にいる純子を睨む。


「不満をすぐに口にせず、溜め込んでいた純子も相当駄目だよね。克彦兄ちゃんは俺に不満あったら、我慢せずすぐ言ってよ?」

「はいはい。お前相手に遠慮なんてするわけないって」


 他の人間相手だと少々シャイ気味な克彦だが、来夢だけには明け透けに物を言える。


「え?」


 その直後、来夢が急に前のめりに自分にもたれかかってきて、克彦は目を丸くした。


「疲れちゃった。少し休まないと、歯車が動きそうにない。それに……獅子妻が目の前で俺以外の奴に殺されちゃって、獅子妻にも助けられて、いろいろ……おかしいんだ」


 いろんな感情が嵐のように吹き荒れ、来夢なりに気持ちの整理をつける時間が欲しかった。


「獅子妻に助けられたって聞いた時、俺、不思議とは思わなかったよ」


 来夢の体を抱きとめたまま、克彦が静かな口調で語る。


「あいつは一見冷徹に見えたけど、言葉の節々に、寂しさみたいなもん漂わせていた。仲間が欲しかったというか、自分と同じ考えの人間を欲していたというか」


 だからこそ一人でテロをせず、組織を作ったのだろうと、今の克彦にはわかる。しかもその組織も、大人数の組織ではなく、同じ志を持つ者ばかりで絞っていた。


(俺を選んだのは間違いだったと思うけどな)


 獅子妻の組織でテロのサポートをしていた際、克彦はずっと心が浮かないままだった。


 克彦がその場に腰を下ろし、自分の体を椅子代わりにして、来夢の体を入れ替えて、来夢がもたれかかる格好にする。密着して抱きついているような感じであるし、人目は気になるが、疲労している来夢を少しでも楽にしてやらないといけないと思えば、気にしていられない。


(これからずっと、こいつは俺が支えてやるんだからな)


 来夢が自分を一番に頼ってくれているのだから、克彦は全力でそれに答えたいと、強く想う。


 側にいた白金太郎は、二人のべたべたっぷりを見て、何となくいづらくなって亜希子のいる方へと移動した。


「獅子妻は憎しみの連鎖とか言ってたけど、俺も獅子妻も憎しみなんて無い。ただ、やられたから当たり前のようにやり返すだけの、報復の連鎖なだけだよ。獅子妻は自分が死ねば誰も仇を取らないから、そこで終わりみたいなこと言ってたけど、違う。俺の獲物である獅子妻を勝手に殺した魔法少女への落とし前をつけないと」

「その考えは違うだろ」


 来夢の話を聞いて、きっぱりと否定する克彦。


「その理屈だとお前がとどめをささずに他の奴がとどめをさしたら、またそいつに報復対象が向くってことになるぞ。ここにいるほかの誰かがとどめさしたら、そいつを殺すのか?」

「その考えこそ違うよ。味方サイドの人間なら別に問題無い」

「そっか。それ聞いてほっとした」

「克彦兄ちゃん、俺がそこまで見境無いと思ってたの?」


 克彦にもたれかかったまま顔を上げ、不満げな表情で、下から克彦の顔を見る来夢。


「いや、俺の方がおかしかったな。ごめん」

「この姿勢で見ると克彦兄ちゃんの顔が凄く変に見える。鼻の穴の中までよく見えるし」

「お前も人のこと言えないぞ」


 克彦が笑いながら、来夢の鼻をふざけてつまみ、来夢もお返しとばかりに克彦の股間をまさぐる。


 そんな二人の様子を、純子がにやけながらずっと撮影している事に、誰も気が付いていなかった。


***


 美少女の姿と衣装に身を包んだ魔法少女は、結界の支柱の一つへと、何者の妨害も受けずに到着した。


「これを壊せばいいと……思うんだけどね」


 目の前にあるのはただの壁だ。しかしこの壁から強烈な力が発せられているのがわかる。


「もしかして私が生まれて、外に出さないようにするために、予めこんな準備がされていたのかな?」


 そう思うと余計に悲しくなる魔法少女である。


「私をここまで否定して拒絶するのなら、私は何で生まれたんだろ」


 呟きつつ、杖を一回転させ、壁に向かって力を叩き込む。

 力場が消滅したことが、確かな感覚でわかる。


「あと五つね。どれも場所が離れてるなあ。あの人達もきっと邪魔しに来るだろうし、どうしようかなあ」


 すぐに移動しようとはせず、魔法少女はしばらくその場で思案していた。


***


「おやおや、皆さんお集まりで」


 エントランスに現れた百合が声をかける。傍らには睦月もいる。


「えっとねー、皆にバラしちゃったよー。私と百合ちゃんの因縁」


 純子が百合の方に近づいていき、笑顔で告げた。


「睦月ちゃんは亜希子ちゃんから後で聞いてねー」

「亜希子、私にも後でちゃんと聞かせてくださいな。あることないこと吹聴していないか、精査せねばなりませんわ」

「はいはい」


 百合の要求に、亜希子は笑いながら返事をする。


「今は私のことや、私と純子の因縁などよりも、ずっと困った事態が発生していることは、認識されていまして?」

「魔法少女のことでしょ? 私はまだ見てないけど、ここにいるほとんどの子が抗戦したみたいだからねえ」

「あの魔法少女が世に解き放たれたら、十年前の怪獣化したアルラウネ以上の災厄になると、私は見ていますのよ」


 百合の発言に、エントランスがざわつく。動揺もしくは高揚しているのは、主にマッドサイエンティスト達だ。自分達の所属する研究所から、そんな化け物が生まれようとしている事に、興奮していた。


「バトリクリーチャー製作部の連中、とんでもないものを作ってくれおって」

「いや、悪いのは魔法少女製造研究部だろう」

「二つが偶発的に合わさったが故の結果であるし、そのような超生物をこの研究所で生み出されたのは誇るべきでは?」

「雪岡さん、何とか生体のまま捕獲できませんかね?」

「私としてもそうしたいけど、話聞いている限り難しそうだよー」


 エントランスがざわつく中、技術者の一人に直接質問され、純子は微苦笑と共に答える。


「そんなわけで純子、凄く嫌ですが共闘しませんこと?」

「おっけー。別に私は嫌じゃないけどね」


 百合の提案を二つ返事で了承する純子に、累は呆れて口を半開きにしてしまう。


「そいつは嫌がらせのためだけに、純子や相沢の周囲の人間を狙って殺していくような、イカレ頭の糞女でしょ。それと共闘とか、本気なの?」


 凜が百合を睨みつける。百合は凜を一瞥しただけで、あとは涼しい顔で佇んでいる。


「僕も反対です。というか、純子や真の神経が僕には理解できません。よくそこまで感情面を無視して、合理的に割り切ることができますね」


 いつになく刺々しい口調で累。


「感情任せに反発すること自体、無駄なやりとりだよ。腸(はらわた)の中は煮えくりかえったままだが、感情任せに選択を誤るのは馬鹿丸出しだ」


 意識して柔らかな口調で、真が累をたしなめた。


(相沢先輩、こんな喋り方もできたんだ。累をなだめるためとはいえ)


 晃が意外そうに真を見る。


「来夢はどうなんです?」


 累が来夢に視線を向けて問う。未だ克彦に寄りかかったままだ。


「この女は気に食わないけど、魔法少女の方がずっと脅威だから、手を組んだ方がいいのは確か。そもそもおじさんの直接的な仇は獅子妻だったしね。その獅子妻も、俺との戦いの最中に魔法少女に乱入されて殺された。しかも最期には俺を助けてさ」


 問いかけた累よりも、百合の方を意識して、来夢は述べた。


「あらあら、そんなしまらない最期でしたの。もう少し使える男だと思っていましたが、とんだ見込み違いでしたわね」


 嘲笑を浮かべ、憎まれ口を叩く百合。


「しまらなくはない。獅子妻は逝く前に、俺に光を与えた。その光は俺の中に確かに宿っている」


 怒りも興奮もせず、堂々と淡々と己の想いを述べる来夢に、百合は一興味をそそられた。


(面白い子を拾いましたわね、純子)


 口の中で呟く百合。


「あまり悠長にお喋りをしている余裕もありませんので、本題に入らせていただきますわ。この研究所に張られた結界の支柱は全部で六つあり、そのうち一つは破壊されましたわ」


 百合が報告する。


「つまり残り五つのうちの三つが破壊されれば、結界は解け、魔法少女とやらは外に出てしまう可能性が高いわけね」


 結界術に長けている幸子が言った。


「そうなりますわね。そこで問題になるのが、どうやって魔法少女の結界破壊を防ぐかですわ」

「守らねばならぬ対象は五つのうち三つだけど、魔法少女の動きはわからないわけだね。戦力を三つに分けて、それぞれの支柱をガードするっていうのが、安全策だとは思うけどねえ」


 純子が提案する。


「逆に言えばそれは、戦力を三つに分散させてしまうということになりましてよ」

「でも魔法少女の動きは掴めないんでしょ?」

「ええ。他によい手段がなければ、それしか手はありませんが。私も、それに貴方達も、度重なる戦闘で大分消耗している所に加え、戦力の分散というのはいただけませんわね」

「他に手は無いと思うんだけどねえ。少なくとも私には思いつかない」


 百合と純子が話した後、二人共考え込む。


「うまいこと誘き寄せるにも、相手が乗ってくれるかどうかわからないしな」

 と、真。


「実際、純子の分散案しかないでしょ。内線が一応あるから、魔法少女が現れたらすぐに連絡して、皆で一箇所に駆けつけるまで何とか粘る感じでね」


 凜が純子の案に補足する。


「非常用の無線です。お渡ししておきますね」


 まだ方針が決定したわけではないが、郡山が無線を持ってきて、純子と百合と凜にそれぞれ手渡す。


「いつまでも思案している時間もありませんし、純子の案でいきましょう。注意が必要なのは、魔法少女は人間を取り込めばそれだけ強さが増してしまう可能性が高いことですわ。生体だけではなく、霊体にも同じ危険性がありましてよ。操霊術の類で攻撃は絶対におやめなさい」

「それは多分平気」


 百合の言葉に対し、来夢が言った。


「魔法少女は絶望した人間の心は拒絶する。獅子妻を取り入れたけど、すぐに吐き出した。怨霊の攻撃を取り込むことはない。ただ、効くかどうかもわからない」

「なるほど、獅子妻も無駄死にしたわけではありませんのね」


 来夢の報告を聞いて、百合はにっこりと笑う。怨霊による攻撃が通じるとあれば、百合の制限は大分外れ、先程とは違い、思う存分に戦える。


「んじゃー。三つに班分けしようかー。私が決めていいよねえ?」

「純子のお友達の方が多いのですから、貴女が振り分けをするのが適切でしょう」


 確認する純子に、百合が告げる。


「んじゃー、班分けするよー。まず私班は、私、百合ちゃん、さっちゃん、八鬼君。次に真君、累君、ほころびレジスタンスの五人で真君班。最後にプルトニウム・ダンディーの四人と睦月君、亜希子ちゃん、白金太郎君の計七人で、来夢君班」

「よっしゃー、相沢先輩と一緒―」


 晃が喜んでいる様を見て、むっとする累。


「わざわざ私と私の下僕を引き離すとは、愉快な采配ですこと。しかも私が純子と同じ班とは、この振り分けで本当によろしいの?」

「百合ちゃんの下僕なんてどこにいるのー?」


 百合の問いかけに、純子が問い返す。


「うんうん、私、ママの下僕になった覚えなんてないですからー」


 亜希子が純子に同意して、意地悪く笑ってみせた。

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