第二十二章 29

 来夢と魔法少女の戦いは長引くものとなった。


「あー、もう、鬱陶しいなあ~」


 魔法少女の様々な攻撃は、来夢に通じない。いや、届かない。ピンクの怪光線も、炎も、衝撃波すらも、重力と反重力によって阻まれていた。

 一方で来夢も攻めあぐねていた。魔法少女に重力弾をぶつけても、謎の力で打ち消されてしまう。消すまでの間に多少のゆとりがあり、ほんの一秒か二秒程度であれば、魔法少女に重力をかけることは可能だ。重力の攻撃を食らってから反応して、消している。


「押し合いへし合いか」

 小さく息を吐き、来夢が呟く。


「疲れてるみたいよ? ふう……私も疲れてきちゃった。あなたを取り込めば、あなたの願いの力で、この疲れも回復するかなあ?」


 百合や累達との連戦から、今の来夢との戦いとあって、流石の魔法少女も疲労を隠せなかった。荒い息をついている。

 しばらくお見合いモードとなり、両者共、先に手を出そうとしない。


(この化け物の攻撃はいずれも重い。強い。だから俺もそれに合わせて強力な重力を瞬間的に発生させてガードする必要があるけど、思いの他消耗する。このまま消耗戦をして、勝てるとは思えない)


 何か良い手は無いかと思索する来夢であったが、いまいち良い手が思いつかない。重力コントロールは応用力の高い能力であるが、決定打を浴びせるとなると、力押しにしかならない気がする。


(どうしよ……。本当は疲れてきちゃったどころじゃなくて、限界に近いのよね……。この子、凄く粘るんだもん。何か必殺の一撃にでもなるような攻撃、できないかなあ。でも何でも防いじゃいそうな……)


 肩で息をしながら何か良い手は無いかと思索した魔法少女は、良い手を思いついた。

 こっそりと杖を動かし、力を発動させる。


「えっ……」


 数秒後、すぐに効果が現れた。来夢が怪訝な声をあげ、体をよろめかせる。


「何これ……」


 猛烈な気分の悪さを覚え、宙に浮かんでいた来夢が床に降り立ち、膝と手をつく。


 来夢は本能的に、己の身から反重力の嵐を四方八方に吹き荒し、自分を襲っている見えない攻撃から身を守ろうとした。


「目に見えない、毒ガス?」


 口と鼻から血を垂れ流しながら、来夢が問う。


「御名答~。効いたみたいだね。これでダメージと力の消耗は、一気に君の方が進んだよね?」


 勝ち誇ったように攻撃の正体を明かす魔法少女。


「さーて、こっちも飛ばすよ~? 今までみたいに防ぎきれるもんなら、防いでみなさーいっ」


 魔法少女が杖を振るうと、今までにないほど激しい炎が噴射され、通路を覆い尽くした。

 咄嗟に重力による壁を作った来夢だが、噴射し続ける炎の勢いを防ぎきれず、炎は来夢がいた空間にまで届き、さらにその後方まで嵐となって吹き荒れた。


「あ、やりすぎちゃったかな? 消し炭になったら取り込む事も……って……」


 炎が消えた後、来夢がいた空間に、意外な人物を見る魔法少女。


「どういう風の吹き回し?」


 獅子妻の大きな体に覆い被さられて、炎の噴射より守られた来夢が、文字通り目と鼻の先にある溶けかけのウルフフェイスを見上げて問う。


「別に……おかしいことではないだろう? 私が好敵手(ライバル)として認めた……君が、こんな化け物に殺されるなど……見ていられん……。耐えられん……。許せん……。何もおかしく……あるまい」


 弱々しい声で――しかしどこか満足げな響きで獅子妻は答えると、崩れ落ち、仰向けに寝転がった。元々溶けかけていた所にさらに業火を浴びせられて、それでもなお生きているものの、最早動くことはできない。


「なるほど。それはわかる」


 魔法少女の動きを警戒するのも忘れ、獅子妻を見下ろして来夢は頷いた。


「今だから……言うが、私は君に……惹かれていた……」

「知ってる。もう嘲ったりしないから安心して」


 いたわるように獅子妻の胸に手を置いて告げる来夢の言葉を聞いて、溶けかけたウルフフェイスに笑みが浮かぶ。


「欲を……出してしまった……。壊すことしかできなかった私の人生の最期で……欲が沸いた。例え……復讐の連鎖で……殺し合いをした相手であろうと、何かを……残したいと――」


 言葉途中にピンクの怪光線が降り注ぎ、獅子妻の体が塩の塊へと変えられた。


 来夢が顔を上げ、魔法少女を見る。


「なるほど……。何もおかしくない。俺が仇だと――斃すべき敵だと心から認めた相手なのに、いきなり沸いて出た、こんな意味不明な化け物に殺されちゃうとか、最悪の気分。それと……」


 魔法少女を見据えてはいるが、意識は獅子妻に向けて、穏やかな表情で語りかける。


「獅子妻の気持ち、わかるよ。おじさんもきっと同じだった。どっちの心も俺がちゃんと引き継ぐ。おじさんとはまた違うけど、獅子妻も俺に光を与えた。おじさんも、おじさんの友達も、獅子妻も、魂までは死んでいない」


 胸の内で複数の感情が一気に燃え上がるのを来夢は実感しながら、来夢は静かに告げる。


 そして獅子妻に覆いかぶさられた時、来夢は一つの手を思いついていた。重力を解除できないようにする手を。


「獅子妻さん、逝ったか」


 いつの間にか復活した白金太郎が、塩の塊を一瞥して呟く。


「ふう……体組織を塩から粘土化するまでに、随分時間がかかっちゃったみたいだなー」


 白金太郎の体は異変があった際、自動的に粘土化するように出来ている。一旦粘土化してから、また正常な体へと戻る仕組みだ。この力により、白金太郎の一族は、傷や病気も癒すことができる。しかし今回は、全身を塩の塊に変えられたせいか、粘土化が困難であったようだ。

 白金太郎の一族は、忘れられた僻地の隠れ里に住んでいた。ある時、里に風土病が伝染し、一族が死に絶えようとした際、様々な秘術を自分達の体で試し、多くの犠牲を払った末に、病を退ける体を手に入れた。それがこの、粘土化体質となる秘術だ。


「獅子妻さんの仇だーっ!」


 正面から魔法少女へと突進していく白金太郎。


 杖から放たれたピンクの光線でまた塩の塊にされるが、すぐに元の白金太郎の体へと戻り、駆けていく。


「無駄! もう戻り方を学習したからねっ。俺だっていつまでもやられてばかりいるわけじゃないっ!」


 叫びながら白金太郎は両手を変形させて長く太い片刃の剣と化し、魔法少女を斬りつけた。


「このっ!」


 魔法少女が鬱陶しそうに叫び、杖を振るう。

 衝撃波によって、激しく吹っ飛ばされる白金太郎。


(再生してない。もう向こうも限界近いってことか。ここで一気にいかないと。ここが最後の勝機だ)


 魔法少女の体の、白金太郎によって切られた傷口を見て、来夢は判断する。


「抵抗すると痛い思いをいっぱいするだけです、大人しく私と一つになりましょうよ」


 柔らかい声で魔法少女が訴える。


(すごく虫唾が走る。すごい嫌悪感。こいつは、自分が悪だという自覚が無く、いいことをしていると思っている。一番嫌いなタイプ。思いっきり苦しませて殺してやりたい)


 心の中で毒づきながらも、来夢はにっこりと笑う。


「そうだね。それもいいかもね」


 魔法少女に向かってと笑いながら、来夢は同意を示し、両手を広げてみせた。


「もう打つ手も無いし、それでいいよ」


 言いつつ来夢は、隙丸出しで魔法少女へと歩いていく。


 魔法少女もゆっくりと来夢へ迫る。

 魔法少女が来夢に触れんとしたその瞬間、来夢は魔法少女の体そのものに重力をかけつつ、同時に、自らの体から重力球を放って至近距離から魔法少女にぶつける。


「ええっ!?」


 自分の体が異様に重くされたうえに、不可視の重力球を正面からぶつけられ、魔法少女はその場を弾き飛ばされながら、重力球に振り回される形で、ぐるぐると高速回転しだす。


「近づかないとこの技は難しかったんだ。人の言葉を疑わずにあっさりと鵜呑みにするなんて、やっぱり生まれたばかりで経験不足? それともそういう性質だから?」


 回り続ける魔法少女を心地好さそうに眺め、屈託のない笑みを広げて来夢は嘲る。


「あれは何してるの?」


 見えない何かに高速で振り回され続けている魔法少女を指し、復帰した白金太郎が尋ねる。


「月と地球みたいなもの。太陽と地球と言ってもいい」

「自転と公転かー」

「自転してるのは片方だけ。例えが悪かった」


 言いつつ来夢が宙で踵を返す。


「今のうちに逃げる。俺ももう限界。今ので力を使い果たした。あれをすぐに打ち破れるとは思えないけど、その保障も無い」


 魔法少女は今まで重力を全て解除していたが、完全に防いでいたわけではない。重力を浴びたうえで、その力を打ち消していた。


 来夢が今かけた技は、例え能力によって発生し続けている重力を解除したとしても、回転によって生み出された自然な遠心力が残存するため、しばらくはあのまま回っているままだ。

 もしも魔法少女が、自然発生する遠心力まで打ち消せるとしたら、あの魔法少女も重力コントロールができるという話になる。それが可能だとしたら、今までの来夢の攻撃をもっと効率良く防げたはずだし、あくまで打ち消せるのは超常の力の作用で発生している重力であり、その後に自然発生した力は消せないはずだと、来夢は計算した。


「亜希子はどうなったかな? あのゴスロリの」

「好きなの?」

「いやいやいや、質問の答えになってないだろー、それ。それには俺は百合様一筋なのっ」


 来夢に問い返され、渋面になる白金太郎。


「克彦兄ちゃんが助けてくれた。心配なら一緒に来る?」

「お、ぉうっ。ありがとう」


 敵であるはずの来夢が亜希子を助けてくれたうえに、このように親切に声をかけてきたことに、白金太郎は戸惑いを覚えながら礼を述べる。


(この人もおめでたいな。純子のところに運んで、実験台候補として届けてあげるだけなのに。純子は喜ぶかな)


 階段を下りながら、来夢はついて来る白金太郎を意識してほくそ笑んだ。


***


 百合と睦月が四階の休憩室に戻ると、中にいたのは葉山だけだった。


「他の方達はどうなされましたの?」


 予備の服に着替えながら、百合が問いかける。


「蛆虫です」

「答えになっていなくてよ」

「僕は天使になれるそうです。僕の言う蝿とは天使のことだそうです。僕も一瞬そう思って浮かれました。僕が希望だと思ったものは絶望で、本当の希望は、光は別の所にあると。しかし結果は、やはり蝿でした。蛆虫は成長しても蝿になるだけです。僕は魂まで穢れきった蝿そのもの。蝿の如く一人でさっさと逃げてきました。所詮生存本能しか持ち合わせていない蝿からすると、自分がかなわないとわかった相手と戦い、無駄に命を落とすのは嫌なのです」


 意味不明な葉山の言い回しを辛抱強く聞いていた百合であったが、何が起こったかは大体察した。


「交戦があった場所に連れていってくださいな」

「百合、今のぼろぼろの俺達が行って、どうにかできると思うのぉ?」


 苦笑しながら睦月。


「何もしないよりはマシですわ。もしかしたら絶好のタイミングで助けになれるかもしれないでしょう?」

「あはっ、ピンチに格好よく駆けつけて助けを出すくらいはできるかもねえ。その後がもちそうにないけどさあ」


 そもそも百合は助っ人キャラとしては似合わないと思った睦月であったが、黙っておいた。

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