第二十章 14

 薬の影響で心地好いまどろみに包まれた真は、時々夢を見ては起きるという繰り返しをしていた。

 それどころか、起きているにも関わらず、夢の中で見た者が目の前に映っていることもある。さらには無意識のうちに、虚空に向かって話しかけていたことも自覚し、呆れて笑いたくなる。


(幻覚作用を起こす薬か。さらに自白剤の役目も兼ねるタイプ。これを大量に打たれようものなら、何でも喋ってしまいそうだな)


 ひょっとしたらもう、自分をさらった妖怪達は欲しい情報を聞き出した後かもしれないと、真は思う。彼等が何を知りたかったかは謎だが。


(主だの帝だのと言っておきながら、この扱いも意味不明だな)


 疑問はいくらでもあるが、寝たきり放置プレイ中なので、何もわかることはない。薬が抜けてくるにつれ、頭は少しずつはっきりしてくるが、体はまともに動かないし、退屈と感じるようにもなってきた。


(真兄……やっと少しマシになったね)

 頭の中にみどりの意識が現れる。


「薬で頭おかしいし、体はもっとおかしいし、動けない。ひどい扱いだ」


 声に出して、頭の中のみどりに話しかける真。声に出している意識も無かった。


(そうみたいね。真兄の意識が混濁していると、みどりも真兄の精神と接触できないし、考えてることもわからないし、真兄の視点でもの見ることも無理っぽい。今も繋がりにくい感じだけどさァ)

「なるほど。僕の意識が無くてもお前が僕の体を動かすのは無理か」


 それができれば、もし自分が気を失ってピンチになった際などにも、みどりと交代して動かしてもらうという事も可能ではないかと、真は考えていた。


(いや、頭が比較的正常ならできるよぉ~。単に気絶しただけとか、寝てる時とかならね。でも薬でおかしくなった状態とか、脳や精神に異常きたしている場合だと、無理っぽい)


 みどりがそう答えた直後、部屋の扉が開き、何者かが入ってくる。

 現れたのは、髪も肌も白く、あどけなさを強く残す美貌の、青年と少年の境くらいの年齢の男であった。


(真っ白だ……いや、それより……)


 その容姿を見て、強烈なデジャヴを覚える。


(どこかで見たような……何だ、この感覚)

(うっひゃあ……こりゃたまげた)


 真の目を通して、明彦の姿を見たみどりが驚愕していた。


(知っているのか?)

(ふわぁ……体色や髪の色は違うけど、こいつのこの顔、間違いなく獣之帝のそれだよぉ~。表情や雰囲気も違うね)


 みどりは妖術呪術関係の書物でも絵で見たことがあるし、真の魂に刻まれた前世の記憶領域で、実際に会った事もあるので、間違いようがない。


「驚いてるってことは、感じているのか?」


 真を見下ろし、にたりと笑う明彦。そのいやらしい笑みの作り方を見ただけで、ろくな奴じゃなさそうだと真は直感した。


「自分の目の前にいるのが、前世の自分のクローンだってことをさ」

「そこまでは考えが及ばなかった」


 あっさりと正体を明かした明彦に、しかし真は納得する。


「今から百六十年くらい前、大妖怪獣之帝が討たれた後、足斬りの生き残りである左京は、こっそりと帝の体の一部を確保していた。いずれ復活させるために、復活させる方法を見つけるため――あるいは編み出すためにな。そして現代に至り、クローンを作って体だけは復活させたというわけだ」


 聞かれもしないのに、明彦が勝手にべらべらと真相を語りだす。


「左京はあらゆる占術、風水、呪術的願掛けと、運命操作術ってのを用いて、帝を最良の形で復活させるための方法を探り続けた。帝の魂が再び現世に現れなければ、体だけ復活させても意味は無い。占いの末にそれらの条件を満たした年を読みあて、そのための準備を進めた。さまざまな方法で、長い年月をかけて運気を貯め続けた」


 貴重な情報だとは思うが、一体何故それを自分に聞かせるのか、明彦の真意がいまいちわからない真。

 青葉ら腕斬り達は、自分を主と崇めていたし、青葉も明彦も自分を敵視しているわけではなくて、自分を懐柔しようとしているために、事情を説明していると考えれば、妥当かもしれないが、それなのに何故か薬漬けにされている。意味不明だ。


「帝の魂が現れる前に、白狐、朽縄、銀嵐という怨敵全ての血を混ぜあわせた、呪術の結晶みたいな女を作り出して手懐け、その女の未受精卵に獣之帝の細胞の核を入れて、胎内に宿した。つまり、だ。クローン製造というテクノロジーと、おぞましい呪術をかけあわせて、俺が作られた。さらには人の世に怒りを向けさせるため、俺はひどい扱いを受けて育てられ、その結果、何もかも恨み、何もかもムカついてしゃーない、こんなふざけた奴が見事できたってわけさ。クソったれが」


 毒づきつつ明彦は、真と共にこの部屋にいる、手足の無い女の方を見る。


「あれだよ。あれが俺をひりだし、俺をこんな風に作りあげた、肉便器女だ」


 同じ部屋に寝かされていた四肢の無い女性を顎で指すと、明彦はおもむろにそちらに近づいていき、その腹を蹴り飛ばした。


「こいつが! こいつにっ! こいつのせいで! 俺がどれだけ苦しめられたか! 苦しい思いをしたか!」


 憎しみに歪んだひどい形相でせっかくの美貌も台無しにして、明彦は寝たきりで正気も手足も失った己の母親に、暴行を加え続ける。


「やめろ」


 哀れみと蔑みを同時に覚えつつ、真が声をかける。

 真も母親にはろくでもない育てられ方をしたが、和解もしたし、手をあげるという発想は全く無かったので、明彦の行為に引いていた。


「何だよ。お前、俺のこと何も知らないくせして、何がやめろだよ」


 歪んだ顔を真の方へ向け、怒りに満ちた声を発する明彦。そして今度は真の方へとやってくる。


「俺は生まれた時からハズレを掴まされ、お前は生まれる前から前世が凄い奴とかいう当たりクジ付き。ふざけんなよっ!」


 癇癪の八つ当たりで、明彦が真の頭を蹴り飛ばす。


「哀れな奴だ」


 蹴り飛ばされながらも目を閉じる事もなく明彦を見据えていた真が、思ったことをそのまま口にする。


「ああ、そうだろ! お前から見ればそうだろうよ! きっとお前は俺よりずっと恵まれてただろうよ! つーか俺より酷い人生の奴なんて、この世にいるのかよ!」


 喚きながら明彦は真の体のあちこちを蹴り続ける。


「左京は……獣之帝が蘇れば、俺も苦しみから解放され、それまでの辛い人生も帳消しになるって言っていたが、それでもあいつらは許せない。何か、時々すげーどうでもよくなる。例えば今ここでお前を殺してしまえば、左京の計画も台無しか?」


 動けない真を見下ろして言う明彦だが、真はそれがはったりにすぎないことを見抜いている。衝動的に暴行を加えても、殺意はまるで感じられない。


(そんな度胸のある奴じゃない。だから自分の母親も、自分の手でこんな目に合わせたわけじゃないだろう。多分、あの妖怪達にやらせたんだな)


 あっさりと真実を見抜く真。


「くっ……」


 散々暴行を加えられて痣だらけになりつつも、殺すと脅されても、まるで真が臆せず自分をじっと見ている事に、明彦は敗北感のような気分を味わう。それと同時に無性に腹が立つ。


「ふん。殺さなくても、こんなのはどうだ……?」


 明彦が茶棚の方へと行き、そのある何かを引っつかんで、真の方へと戻ってくると、悪意に満ちただらしない笑みを広げながら、真を覗き込む。

 真の口の中に漏斗を突っこみ、漏斗を通して真の口の中に大量に何かを流し込む。それが何であるか、真はすぐに察した。


(薬……大量の……)


 拒もうにも、体に力が入らない真にはどうしょうも無かった。


(真兄、うまくいくかどうかわからないけど、体の主導権借りるわ)


 みどりが断りを入れてから、真の体に憑依した。

 明彦が離れた瞬間を見計らい、真に憑依したみどりが呪文を唱える。


「黒蜜蝋」


 真の瞳孔が拡大したかのように、目が真っ黒に染まったかと思うと、真っ黒で薄い何かが目からあふれ出す。黒く薄いそれは、真の頬を伝って真の口へと進み、口の中へと入っていく。

 明彦はそのまま部屋を出て行ったので、それを目撃はしていない。

 真が激しく咳き込み、口から黒い塊を幾つも吐き出す。


(ダメだわ……体の中に入った薬、半分くらいしか蜜蝋化できなかった)


 蜜蝋化した薬品は体外へと出したが、残った半分は真の中だ。


「半分でも、外に出したのならマシだろう……。あとはどうなるか、賭けだな」


 そう呟いた直後、早くも現れ始めた薬の影響で、真の意識は深く沈んでいった。

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