第十三章 18
黒斗が救助に向かったのは甲板だった。
甲板に備え付けられたプールが閉鎖されていて、プールの上にはシーツがかけられている。しかもプールの柵の中には黒服の男達の姿があった。
「プールの中とか有りえんと思ったけど、ミサゴの言うとおりだったか」
苦笑をこぼし、柵を乗り越える黒斗。
「ストップ!」
「フリーズ!」
たちまち黒服数人が駆けつけ、手をかざして鋭い声をかける。
「ストップするのはお前等の人生なんだよ」
女と思っていた黒斗の口から男の低い声が発せられ、黒服達は面食らう。しかし日本語がわかる者はいなかったので、その意味はわからない様子だった。
黒斗が前方に腕を払う。払った直後、その腕の肘から先が消失しているのを目の当たりにし、黒服達は己の目を疑った。
「ぶっ!?」
「あうっ!」
その一秒後に、黒服達全員が見えない何かによって顎や頬を殴られて、一人残らず吹っ飛ぶ。今の見えない攻撃で、気絶程度で済んだ者もいれば、顎が砕けてしまった者もいる。
「かわしづらいだろう? しかし谷口陸やキングは、これさえも難無くかわしてくれたよ」
自分だけがわかる台詞を呟くと、黒斗の消失していた腕が元に戻っていた。
「さてさて、いるかなー?」
プールのシーツをめくると、母子と思しき二人が縛られて座らされていた。
「警察ですよ。助けに来ました。しかしまだ救援を呼ぶまでは、我慢してもらいます」
警察手帳を見せて安心させる黒斗。突然現れた2メートル越えの女装男という存在には驚いたが、警察手帳の効果は抜群で、母親は泣いて安堵していた。
「あれは……」
拘束を解いて母子を安全な場所へと誘導する最中、黒斗は海上に一隻の船がこちらに向かって近づいているのを見た。
「芦屋です。至急、衛星から調べて欲しい事がありまして。実は現在ドリーム・ポーパス号に近づいている船がありまして。はい、それを衛星カメラから調べて、所在を明らかにしてほしいのです」
黒斗は携帯電話を取り出すと、前もって協力要請を出してある海上保安庁のお偉いさんに連絡を入れる。
母子を安全な部屋まで送り届けると、黒斗は再び甲板へと戻ってきた。戻ってきた所で、耳にハメておいた指先サイズの携帯電話が振動する。
「了解しました。ありがとうございます」
電話の相手から告げられた内容は、概ね黒斗の予想通りの代物であった。
(グリムペニスの船か。しかも武装した兵士多数が乗船。こちらに送り込まれると面倒だ)
黒斗は意を決し、船の柵によじのぼる。
柵の上にまで来た所で、背中から金属製の翼と、ロケットの噴射口が、黒斗の体内から音を立ててせり出す。
ロケットが点火し、黒斗の体が弾丸の如く勢いで空を飛ぶ。その先にあるのは、こちらに向かってくる謎の船だ。
(海の上を飛ぶとか、想像していた以上に気持ちいいなー)
潮風を受けながら、場違いなことを考えて笑みをこぼす黒斗だった。
***
純子と真はジェフリーを追い、船内の廊下を走っていた。
角を曲がろうとしたジェフリーめがけて、後ろから銃を撃つ真。
「あうっちっ!」
右足ふくらはぎに銃弾を受け、体をよろめかせて悲鳴をあげながらも、ジェフリーは足を止めずに逃走する。
純子と真が角を曲がると、ジェフリーの姿は無く、代わりに何十人もの黒服がびっしりと廊下を覆い尽くし、こちらに銃を向けていた。
「幻影? いや……」
真は己の問いかけを否定する。確かにこれは幻影だ。角を曲がって都合よく黒服がこんなに大勢いるわけがない。だが――
「幻影だけじゃないよー」
「わかっている」
純子の言葉に頷く真。幻影の中に人間も混ざっている気配も感じる。
幻影に混じった本物の黒服数名が発砲してくる。
先ほどの壁による視界の遮断よりも、こちらの方がよほど厄介だ。しかも今いるのは開けた空間ではなく、動きが制限される廊下。おまけに敵はサブマシンガン。
しかし真は床の上を賭けてかわすだけではなく、時折壁の上まで駆け上がるなどして、狭い空間内でもフルに回避を行っている。
一方純子は曲がり角の手前に身を隠し、鏡でそのやりとりを覗き、見学に徹していた。
「真、苦戦してるー?」
進行方向から声がかかり、ゴスロリ姿の少女が小太刀で黒服へと切りかかった。小太刀の力による識別作用があるのか、幻影ではなく本物を狙っている。
「別に」
現れた亜希子に向かって無表情に言い放つ。
真もそろそろ本物がわかってきたので、銃を撃って反撃する。二人狙った内、一人は幻影だったが、もう一人は生身の本物で、額の中心を穿たれて倒れた。
幻影が一斉に消える。実在していた残りの黒服は二人だけだった。そしてジェフリーの姿はどこにもない。
「自分自身を黒服さんに変えて見せて、どさくさに紛れて逃げたかもねー」
純子がのん気な口調で言う。
「ああ、純子ごめん。さらわれた人達を助けるの忘れてて」
亜希子が小太刀を納めながら軽く頭を下げる。
「どんまーい。それより初戦闘、大丈夫だったー?」
「うん。ちょっと血かかっちゃったけど」
純子に答えてから、亜希子は真の方を向く。
「結構手強い奴がいたのよ。でもね、真との訓練がさ、凄く役立った。ありがとうね。おかげで凄く助かった。また一緒に訓練しましょう」
「ああ」
照れる様子も無く正直な気持ちを言葉にする亜希子に、真は一人の戦闘者と認めたうえで敬意を込めて頷く。
「んー……」
一方で純子が電話のディスプレイを空中に映して見ながら、唸っている。
「ミサゴ君の応答無し。敵と遭遇して戦闘中かなあ。んー、悪い予感がするねえ」
空中に映された数字を指でうち、電話をかける純子。
「凛ちゃん、ミサゴ君がピンチみたいなの。凛ちゃん達の方が近いから加勢に行ってあげて。場所は――」
「ミャー」
凜にミサゴがいると思われる場所を報告している最中、純子と真が知る人物の声が響いた。
先程、純子と真の来た曲がり角から、エリックが姿を現す。
「悪趣味な殺し方をしたのは、できたてほやほやのマウスの仕業だと思うよー。ちょっと遊ばせてあげている所なんだ」
真が身構える一方、純子はエリックではなく、亜希子の方を一瞥して言い、電話を切った。
「この人も敵? ていうか何で裸なのよ……」
エリックの格好を見て引き気味になる亜希子。
「こいつは僕にやらせろ。手出しを……」
「ミャ?」
真の言葉途中にエリックが片手をかざし、携帯電話を取る。
「ミャーミャミャミャッミャ」
何かを訴えるように鳴くと、エリックは三人に堂々と背を向けて来た方向へと立ち去る。
「追わなくていいの?」
銃を収め、真も臨戦態勢を解いたのを見て、純子が尋ねた。
「あれだけ堂々と背中見せている奴を、後ろから撃つ気にはなれない」
軽く肩をすくめる真。
「それよりさ、ミサゴがピンチだっていうのなら何で純子達が助けにいかないのよ」
亜希子が問う。
「私達は他にやることがあるからねえ」
「やること?」
「ちょっとこの船爆破しようかと思って。あ、完全に爆発させて海の藻屑にするわけじゃないよー。ちょっとだけだよ。ちょっと爆破して、ちょっと火事にして、軽く騒ぎにすれば、敵の動きも阻害できると思うしねー」
「ふーん」
何故そうすることで敵の動きを妨げられるのか、亜希子にはよくわからなかったが、納得しておくことにした。
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