第十三章 3
雪岡研究所に入った亜希子と零は、純子と真の二人と対面した。
零は真と視線を合わさず、意識もしないよう努める。零は真のことを激しく忌み嫌っており、真の方も自分を快く思っていないことを零は知っている。
白衣姿に赤い目を持つ純子のことを、亜希子は物珍しげに眺めていた。外ではお目にかからなかった格好であるし、目の色も非常に珍しく映ったからだ。無遠慮かつ純粋にじろじろと自分のことを見つめてくる亜希子に、純子は笑顔で応える。
「で、どういう力が欲しいのー?」
「はぁ~? 力が欲しいってどういうこと? 願いをかなえてくれる場所って聞いたけど?」
純子の問いに対し、きょとんとした顔で問い返す亜希子。
「んー、結局は実験台志願者の人を改造したり薬物うったりパワードスーツの試着をしたりして、それで本人が願いをかなえる形だからさー」
「なるほど。願いに見合う力がもらえるってわけなのね」
純子の説明を受け、亜希子は理解する。
「私ね……パパとママがいたの。大好きだった。特にパパぁ」
うつむき下限になって亜希子は話しだす。
「でもね、本当はパパとママはいなかったの。私はいると信じてたのに、実際はいなかったの」
言葉の運び方、会話の仕方が非常におかしい亜希子であったが、純子は黙って亜希子の話を聞き、理解しようと努めていた。
「私がパパとママだと思っていたものは、パパとママじゃなかった。心すら無かった。なのに私は一方的にパパとママだって思っていた。元々いないものをいると思って、大好きだった。でも、実はいないものだって知っちゃった。ねえ、これどうすればいいのォ? 力ってのを得て解決できるんなら、解決してよ」
亜希子の話は抽象的で、わかるようでいてわからない代物であったが、純子には一つ確信できることがあった。
「んー、私には無理かなあ。私には失われた人を戻すことはできないし、代わりを作るってのも変な話じゃない?」
「そっか」
無理だと言われて、亜希子は諦めがついたように微笑を零す。
「じゃあ別の願いでもいいや。私の友達になって」
顔を上げ、微笑んだままそんなことを口走る亜希子に、純子は戸惑いの表情になる。
「いいけど……それじゃ実験する必要は無くなるかな……」
ここに訪れて、友達になってくれと頼んできた者など、初めてだ。
「私、友達ってのが全然いないのよね。生まれてきてから一人もいなかった。実験台になってもいいよ。それが友達になる代償でいいじゃない」
「いや、流石にそれは無いよー。私のルールに違反するしさあ」
喋りながら助けを請うかのように真に視線を向ける純子。真は無表情で知らん振りであったが、純子が明らかに困っているこの状況を、こっそり楽しんでいた。
「んー……どうやって説明したらいいんだろ。友達になるとかって、代償を必要とするものじゃないんだよ? そもそもここに訪れる人って、普通ではかなわないような願いをかなえるために、力を欲しがって来るケースが多いし、ここはそういう場所だからさあ」
たまに自殺目当てなどもいるが、今その話をしてもややこしいので口にしないことにする。
「私、一人ぼっちだし、外の世界のことほとんど何も知らないし、もっといろんな人と知り合って、友達になって、いろんなもの見て、いろんな経験したい。それが一番の望みなのよ? でもさ、私にはそれってどうやったらいいかわからないの。普通の人とやらにとっては、それこそ普通にできることなんだろうけど、私はどう考えても今まで普通っていう生活はしてこなかったし……」
述懐しながら亜希子は悲しくなってきた。ここにいる自分以外の三人が、どんな目で自分を見ているかも気になった。
「普通に憧れる気持ちはわかるな。結局僕には無理だったけど」
亜希子の話が終わるタイミングを見計らい、真が発言する。
「そもそも早坂とどういう関係か知らないが、早坂に教えてもらうのでは駄目なのか?」
零の紹介という形で同伴してここを訪れた亜希子だが、二人の関係が如何なるものかは語られていない。
「俺も普通ではないから、普通の何たるかなど教授はできない」
真に自分の名を挙げられて、露骨に不快さを露わにした口調で零は言った。
「それとな、こいつに力を与えるのは有りだ。すでに持ってはいるがな」
零が亜希子に合図するように顎で促す。亜希子がバッグの中から小太刀を取り出す。
「新しいママからもらったの。いいでしょ。これが私に力を与えてくれるのよ」
小太刀を大事そうに握り締め、少し嬉しそうな顔で亜希子。
(新しいママって何だ? ていうかゴスロリ服に小太刀とか、随分とミスマッチだ)
疑問や突っこみどころはあったが、口にはしないでおく真だった。
「こいつに力を与えるだけではなく、こいつの持っている妖刀の鑑定もしてもらいたくて来たんだ」
鑑定の件は百合の言いつけであった。百合も亜希子が持つ妖刀に関して、逸話程度は知っていたが、力の性質を全て見極めることはできなかった。霊を操る力にも長けた百合ですら手に余るほどの強力な力が宿っている。
亜希子と波長が合うかどうかも、百合からしてみれば賭けであったが、亜希子は見事に妖刀の使い手となれた。妖刀に宿りし霊が、亜希子を所持者と認め、力を与えている。
だがその力そのものを制御できるのであれば、霊が気に入る気に入らない関係無しに、妖刀の力だけを引き出せないかというのが百合の目論見だ。
(そのために仇敵である純子や累に鑑定を頼むなど、節操のない奴だ)
百合から話を聞いた時、零はそう思って呆れていた。
「無銘の妖刀かー。私より累君の方が、こういうのは鑑定眼に優れていそうだけど。てなわけで累君を呼ぼう」
内線で累が呼び出される。
「うっわー、綺麗な子ねー」
甚平姿の累を見て、思ったことを素直に口にする亜希子。
亜希子に小太刀を渡されると、おどおどしていた累の顔つきが一変し、真剣な眼差しで刀を見つめる。
「これは……妾松同様、刀剣自体を錆びず欠けずという状態に維持するレベルの……かなりの力を秘めた妖刀ですね。宿った霊の力だけではなく、刀を鍛えた鍛冶師の業前も……」
「霊の力は制御できるものなのか?」
要点を問う零。
「つまり霊を制御することで、妖刀そのものを自在に……使いこなせるかどうか……ということですね? 結論から言いますと、限りなく……不可能に近いです……」
零を一瞥してから再び刀に視線を戻し、累は答えた。
「この霊は生前、恋人に裏切られ……女郎へと売られた娘が怨霊化したもの……です」
累の言葉を聞き、亜希子は一瞬心臓を鷲掴みにされた感覚を覚え、眩暈がした。
「心を開くのは女性に対して……だけでしょう。術で無理矢理制御を試みるとなると……方法が無いわけではありませんが、妖刀と霊との分離を招き、怨霊を野放しにしてしまう危険性があります」
具体的にどのような女性に心を開くかも、累には判別がついたが、持ち主である亜希子のことを考慮して口には出さないでおく。
「それだけ聞けば十分だ」
どうでもよさそうに零は言った。結局の所、強大な力を秘めたこの小太刀は、現時点では亜希子にしか使いこなせないという話だ。
「刀の由来はどうでもいい。私の味方になってくれる刀っていうだけで、私には十分なんだから。話を戻してよ」
不満げに亜希子が言った。
「そんな願いのために実験台になるなんて、馬鹿馬鹿しいだろ。友達作るのが大変なくらいシャイな性格だっていうならわかるけど、そういうわけでも無さそうじゃないか」
亜希子に向かって、遠慮なく言いたいことを口にする真。
「ついでに言うとな、友達を実験台になんてしないもんだ。普通はな。で、こいつは普通じゃないから、条件が整えば誰だろうと実験台にするひどい奴だから、友達にならない方がいい」
「ちょっとちょっと真君……本人の前でそれはないよ」
きっぱりと言い切る真に、純子が思いっきり苦笑いを浮かべて突っこむ。
「私はこの子のこと信用できると思ったけど、私の思い違いなのかなあ?」
不思議そうにしげしげと純子を見つめる亜希子。
「だったらさ、友達を作りやすくするように、改造してほしい」
少し躊躇いがちに亜希子は言った。
「私さ、友達が欲しい一方で、人が怖いのよね。また裏切られるんじゃないかってね。だから、安心できる友達が欲しい。それが見極められる力が欲しいってのはどうかなあ」
「それなら面白い改造案があるよー」
亜希子の訴えを聞いて、表情を輝かせる純子。
「んーと、実はもうすぐ別の依頼人が来るから、その後で改造してあげるね」
「結局改造するのか……。本当にそれでいいのか?」
真が亜希子に念押しに確認する。真からしてみれば、純子が実験台を得るのをできるだけやめさせたい所なので、この流れは歓迎できない。
「別にいいけど?」
不思議そうに真を見る亜希子。
(確かにいろいろとズレてるな。この女)
会話自体が面倒になり、真はそれ以上干渉しないことに決めた。
「ところで零君と亜希子ちゃんは、どういう間柄なのかなあ?」
真も気になっていたことを、純子が口にして尋ねた。
「話す必要は無いな」
言葉少なに拒む零。たとえ百合との関係を見抜かれているにせよ、今はとぼけ続けるしかない。
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