第十章 27

 葉山はすでに扉の方に向かって身構え、銃口を向けている。開いた瞬間に撃つつもりでいるが、その一撃で倒せなかった際はすぐに銃を捨て、得物を切り替える心構えでいるのと同時に、部屋に仕掛けておいたトラップも発動させる気でいる。


「どうして居場所がわかったのかっていう顔だねー。君が来るタイミングは大体把握していたから、狙撃ポイントとなる場所全てに監視カメラを仕込んでおいただけだよ。もちろん建物に入る前とかにもね。で、来るタイミングがわかれば、私もそれにうまいこと時間合わせて、候補の建物へと移動すれば、君がお仕事に移る前に遭遇できる可能性が高い、と」


 扉越しに発した相手の言葉を聞き、葉山は銃を下ろした。ハッタリかもしれないが、こちらの顔を見えているということは、この室内に仕掛けられている監視カメラで、自分の姿も今まさに見られている可能性が高い。

 たとえそうでなくても相手は扉を開けた瞬間に射撃されるくらいのことは想定しているであろうが、狙撃銃での射撃という点までバレているのは、いただけない。


「僕が来るタイミングまで把握していたとは、どういうことですか?」


 銃を捨て、ジャケットの懐に片手を入れて中腰の姿勢で構えながら、扉越しに問う。


「私さ、自分の守護霊と会話できるんだよねえ。んで、最近守護霊が交代してねー、どうも君とも縁のある人みたいでさ、サングラスかけたスーツ姿のかっこいいおねーさんなんだけれど、君、覚えは無い? 彼女が察知して教えてくれたの」

「全然有りません。蛆虫に記憶力を期待するという酷な真似はやめていただきたい」

「裏通りで狙撃という暗殺方法が流行らないのは何でだか知ってるー?」


 扉越しの少女は、話の流れとは異なる言葉を口にした。


「一つ、狙撃銃があまり出回っていない。一つ、裏通りの住人は皆殺気に敏感。一つ、防ごうと思えばいくらでも防ぎようがある。一つ、以上の理由で防ぐ側も狩る側もいろいろと面倒臭いからやらないのが暗黙の了解。にも関わらず君は狙撃という暗殺方法を選んでいる。私も警戒してなかったわけじゃないけどさ、君のその気配を全く感じさせない性質には、してやられたよー。漫画とかでよくある殺気を消すとか、あれって完全には無理なんだよねー。機械でもないかぎり、殺意のスイッチは心のどこかで押されるし、どこかの誰かが心の中で自分に殺意のスイッチに指をかけた状態の時点で、私は察知できちゃうしさ。裏通りの住人だって皆、勘がいいでしょ」

「言いたいことがよくわかりませんし、貴女が誰かもわかりませんが、僕に殺気が無いのは、きっと脱皮だからですよ。脱皮する時にいちいち殺気とか出ますか? 出ないでしょ? 目的は脱皮なのに」

「んー、そういう自己暗示なのかなあ? まあいいか」


 扉が開く。葉山は静かにゆっくりと移動し、ハンガーラックに隠れるような形となる。

 服の合間から確認した相手の姿は、見覚えのある少女だった。


「おお……雪岡純子さんでしたか」


 臨戦態勢を維持しつつも、葉山の方からは仕掛けない。純子も攻撃しようという気配は無い。


「えっと……貴女、どうして生きているんですか。頭を撃ち抜いたというのに。貴女自身も不死身のマウスと同等というわけですか? おかげで僕は蠅になったと思ったら蛆虫のままです。蠅になり損ねました。責任を取っていただきたいです」


 抗議するように言う葉山。


「過ぎたる命を持つ者を、人間の常識にあてはめることが、そもそも間違いだよ? でもまあ、その分、別の意味で頑丈にしてあるというか、死に対して他の対策もたててある感じかなー」

「そういうのはどうでもいいです。お願いがあるんですが、殺したらちゃんと死んでくれませんか? そうすれば、僕は貴女を殺せます。僕は蠅になれます。蠅になって空を飛べます。想像してみてください。僕が蠅となって、大空を雄々しくぶんぶん飛び回っている姿を。そのためには命の二つや三つ、喜んで差し出してくれてもいいでしょうに」

「いや、そんなこと真面目に頼まれても……」

「ああ、僕の勝手な都合による話だけではないのです。貴女のため、そして貴女を好いている相沢真君のためでもあります」


 葉山の言葉に、純子は訝しげに目を細めた。


「貴女がどれだけ不死身なのかわかりませんが、僕は不死身の貴女を殺す方法を考えました。不死身の相手を殺すということは、イコール完全な行動不能状態においやるということです。微塵切りくらいにばらばらにして、そして何百個くらいかに分けて瓶詰めにして、世界中の地面の中に埋めるってのはどーかなーと。でも、それってすごく残酷ですよ。もしもそんな状態にされても意識があるとしたら、死んだ方が絶対マシでしょうし、地球消滅まで死ねない感じですし。それにね、殺して普通に死体も残っている方が、貴女のことを想ってくれている子も、ちゃんとお別れが言えるでしょう? だから僕は、普通に貴女を殺したい」


 葉山の言葉は全て本心だった。殺し屋ではあるが、根っから非情な殺人マシーンというわけでもない。だが仕事とあれば、殺し屋として徹する。そんな自分自身に対しての葛藤があるからこそ、素直に死んでくれという話となる。


「別に私のことは気にしなくていいよー。ていうか、いつまでも喋ってて平気なの? やることあるんじゃないの? 遊ばないの?」

「そちらこそ……」


 葉山から仕掛けないのには理由がある。この部屋に万が一のことも考えて、無数のトラップが仕掛けてある事だ。先に相手が動いてくれれば、それにかかってくれる可能性が高い。たとえば前方にかけてある服には、電流が流れる仕掛けがしてある。


「あのさ、じゃあ言っておくけど……」

 心なしか言いにくそうな口調の純子。


「君がこの部屋にトラップ仕掛けて回る姿も、全部カメラで見てたからねー」

「あ……」


 己の頭の回らなさに呆れ、露骨に顔をしかめる葉山。直後、純子が動いた。


 罠が仕掛けられているとわかっているはずの服に、正面から突っ込んでくる純子。電流が流れる服に向かって手を突きだし、一気に払いのける。


(あの掌の能力か……。百合から聞いていたのに失念してました)


 電撃は純子の手の一払いの間に全て無効化されたのであろうと判断し、葉山は驚くことなく懐からナイフを抜く。同時に、足元にあった仕掛けをつま先で引く。


 床に散乱していたペットボトルのトラップが発動し、後方と斜め後ろ左右の三か所から同時に小さな何かが自分の頭部に向けて飛来するのを、純子は空気の流れのみで感じ取った。足を止め、身をかがめて回避したが、その回避した低位置を狙って、葉山は踏み込んでナイフを振るった。

 たとえどんな強者であろうと、回避直後のポイントを予め予期したうえでの攻撃をさらに回避するのは困難だ。しかも回避行動後の体勢の崩れもあり、突然のトラップ発動に注意がそちらに傾いていた事もある。


 純子の首筋から激しく血がしぶいた。頸動脈がナイフで切断されていた。


 血が噴き出している状態のまま、純子は何食わぬ顔で葉山の腹部に蹴りを入れる。

 少女の身から繰り出されたとは思えぬ威力の蹴りをもろに食らい、葉山は顔色を変え、動きが止まった。


 一方で純子も続けて攻撃は出来ず、後方に大きく跳んで距離を取り、噴水のように血が噴き出す首に、人差し指と親指を突っ込んだ。二本の指はまるで純子の首をすり抜けて貫通するかのように、根本まで首の中に埋まる。原子と原子のすり抜けを行い、切断された動脈をうまく首の中でつまみあげると、切断面を縫合した。


「切り傷は治しやすくて助かるよー」


 嬉しそうな笑みをこぼす純子。その速さと、トラップに合わせて無駄の無い動きでの攻撃により、常人なら致命傷となる一撃を自分に見舞った葉山に対し、感心していた。

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