第八章 27

「あいつらを死に追いやった責任者が、その後ものーのーと生きているなんて、そりゃ有り得ない話ってもんよぉ~。最後まで悪の教祖様ちゃんを務めあげるってのは、一緒に逝ってやるのも含まれるって事さね」


 みどりのその言葉は、杏の心に重く響いた。みどりは最初から望んだわけではない。みどりの預かり知らぬ所で、いつしかそういう方向に向かって信者達は走っていた。だがみどりは止めようとせず、その後押しを始めてしまった。

 発端がみどりでなくても、死の打ち上げ花火はみどりの好む物であり、強要せずとも走り出した彼等を止めるつもりもなかった。


「彼等と共に最後まで踊り、最期をも共にする――それが教祖の責任だと言うのね」


 本当に悪の教祖なら、最後は一人だけ逃げ出すだろうと思いながら、杏は言う。


「イェア、そういうこと~。みどり、あいつらのこと好きだし、家族だと思ってるもん。一緒に生きて、一緒に死ぬよ」

「家族だっていつかは離れ離れになるし、死ぬ時まで一緒ではないわ」

「じゃあ、ちょっと結束力の強い大家族ってことで~」


 杏に向かって歯を見せて笑うみどり。


「何がちょっとよ」

 呆れる杏。


「宗教にたやすく溺れるような連中と心中しなくてもいいと思うがな。死にたい奴だけ死なせておけばいいじゃないか。そこまで責任取る必要も無いだろう」


 そう言ったのは真だった。

 真の言葉に、みどりはちょっとむっとした顔になって、真の方を見る。


「あのさ……そういう馬鹿にした目であいつら見ないでほしいなァ。んにゃ、あたしもこの家に生まれる前は宗教にはまる奴なんて馬鹿にしてたよ? でもさ、いざ教祖様してみると、そういう気分でもなくなってきちゃうんだね、これが」


(生まれる前?)

 みどりのその言葉を訝る真。


「皆さァ、とってもピュアなんだよね~。おまけに弱い人達が多いんだ、これが。そういう人達が心の清涼を求め、生きていくための支えとして、あるいは逃避のために宗教に走るのも、別にそれはそれでいいことだと思うようになったのよ。少なくとも馬鹿にする気はもう起こらんのよね~。言っても伝わらないかもしんないけどさ。いや、こう言ったら伝わるかな? 正直者ほど馬鹿を見る世の中って嫌じゃね? 馬鹿を見た哀れな正直者を助けるお仕事をしているのが、このみどり様って感じかなァ。関わっちまったからには、それがどんな形であれ、最後まで面倒見ないとね」


 宗教はそうした人間に付け込んで金をかすめていくじゃないいかと真は思ったが、少なくともみどりがそんな類では無いである事はわかる。


「みどりね、あいつらが社会を恨んで馬鹿騒ぎして、どれだけの血が流されようと、全然心痛まないよォ? どっかの顔も知らねー奴がくたばろうと、知ったこっちゃねーもん。人の生き死に生まれ変わりなんざ、世界中どこでも進行形なんよ。目に見えて知って感じるニュース性あふれる悲劇だけに心痛めるとか、そんなもん偽善もいーとこよね。でもあいつらの事は大事なんだなー。顔も名前も心も知っている。あいつらの心に直接触れて、その痛みにも触れたからね。力が無くて、上手に生きられなくて、だから嫌な想いばかりして傷ついて、悔しさと哀しさとやるせなさでいっぱいで、そんで恨んでいる。憎んでいる。なんつーか、皆どーしょーもなく馬鹿だけど、いや、馬鹿だからこそあたしの大事な家族ってな感覚になっちゃってさ~。んで、その愛すべき馬鹿共に、あたしの思想を植えつけた結果がこれ。別にあたしだって、ハナっから悪意があったわけじゃないんだわさ。大事だからこそ――あたしを教祖として立ててくれやがるからこそ、あたしもそれに応じてあたしの考えの全てを説いたの。そしたらこういうことになっちまっただけなの。あたしは『好き勝手にしろ、自由にしろ、この世は遊び場だから何してもいい』って言っただけで、破壊活動の具体的指示なんて一切なーんもしてませんしー。途中からあたしの知らない所で暴走しだしちゃってね。でもその暴走さえも、あたしは認めて好きなようにやらせてやるし、責任も――」

「どういう経緯で教祖に?」


 長話の間を縫って質問する機会を伺っていた累だが、いつまで経っても終わりそうにないので、途中に口を挟んだ。


「元はみどりの実の親父様がこの宗教団体を作ったの。三年前、親父様が事故で死んだから、あたしが興味本位に引き継いだってわけさね」

「止める事ができる立場にありながら、それをしようともしないというのは、何故なんですか? あなたを慕う者が罪を犯し、死んでいくのもただ見守るだけ。あなたなら、彼等に生きることを促す事もできるのに、生きる喜びを説くこともできるのに、それとは逆に死を、破滅を促している。心が痛まないのですか? 前世のあなたは……そんな人間では無かった。他人のために、自分の命も投げだすような子でした。同じ魂を持つ者とは、信じられません。今のあなたをチヨが見たら、どう思うか……」


 累の言葉と表情に怒気が垣間見える。静かな怒り。そして同時に悲しみも。こんな累を真は初めて見た。


「そして雫野の力と名を穢す事も、開祖として捨ててはおけません」

「えー、御先祖様はあたしなんかと比較にならんくらい散々悪さしてるのに、そういうこと言うんだー。みどり知ってるよォ~。あばばば」


 奇怪な笑い声をあげるみどりだったが、悪意を込めて嘲っているわけではなかった。冗談めかしている程度だ。


「僕が勝ったら、この教団の暴走を止めてもらいます。それすら聞き入れないのなら……」

「殺すってか? いや、別にいいっスよォ。その条件でさァ。面白そうだし。つーかみどりは死んでも記憶も能力もそのままで蘇るから、あまり意味無いんだよね」


 あっさりと承諾し、頭の後ろで手を組み、にっと歯を見せて笑ってみせるみどり。


「話を聞いていると、君は不老不死の過ぎたる命を持つわけではなく、転生してなお、前世の記憶と力を引き継いでいるタイプのようですね。珍しいですが」

「うん。妖術師としての腕を磨きつつ、記憶と力を失わず転生を繰り返してるの~。で~、働きたくないし、受験勉強とかも面倒だから、大抵中学に上がる前に自殺かな~。転生した家庭に難があってもさっさと自殺してるね。転生後の顔が気に食わなくてもとっとと自殺してまた転生ってね。あ、ちなみに受肉した時点で親の精神に干渉してね、必ずみどりって名前つけるようにしてるんだ~」


 笑顔のまま解説し続けるみどり。


「そんな理由で死んだり転生しまくったりする方が面倒じゃないか?」


 真が訊ねる。いちいち赤ん坊になって、赤ん坊の状態で中身は変わらないままだと、オムツの中の排泄物の不快感も意識し続け、記憶するのか等、いろいろと想像してしまう。


「いやあ、これはあたしの持論だけど、人生の楽しい時期ってさ、子供の時だけに集中されている気がするんだわさ。もちろん大人には大人の楽しさや喜びがあるけど、面倒臭さもたっぷりだし。どーせあたしが大人になった所で、大人になりたくない願望引きずったダメ大人にしかなんねーよ~。御先祖様もそうだけど、オーバーライフにも子供の姿のままでいる人が結構多いじゃん。いろいろと都合いいんだよねー、子供って」

「つまり究極のニートか」


 真の放った何気ない一言に、みどりの笑みが引きつった。


「いや、そういう言い方はちょっとグサっとくるんですけど」

「話はこれくらいでいいでしょう」


 累が短く呪文を唱え、アポートで布にくるまれた刀を一振り、手の中に呼び寄せる。


「真と杏は外で待っていてください。術の巻き添えになるかもしれません」


 累に促され、無言で部屋を出る杏。一方で真はみどりをじっと見つめて、思案している様子だった。


「ふえぇ? どーかした? あたしの顔が珍しいの? それとも惚れた?」

「お前ちょっと気に入ったよ」


 訝るみどりに、真の口からそんな台詞が発せられる。累が驚いて真を見る。

 一体みどりの何が気に入ったのかわからないが、わざわざ本人を目の前にしてそのような発言をする真意が、累はわからなかった。真の性格からすると、みどりのようなふざけた人物に好意を抱くというのが考えにくい。


「何のこっちゃ。あたしのペットにでもなりたいのかなァ」


(何でペット……)

 真が退室してからそんなことを呟くみどりに、累は口に出さず突っ込んだ。

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