018

 アメリカの大地にはハーレー・ダビッドソンがよく似合う。本音を言えば、キンスキーはツェンダップなどドイツ製オートバイが好みだが、西部の荒野を走るには、いくぶん余裕の足りなさのようなものを感じる。どっしりとした体勢で駆るチョッパースタイルのほうがふさわしい。

 そう、アリゾナ砂漠は広い。とてつもなく広い。イングリッドが縛られて放置されているのは、人目のつきにくさからメキシコ国境付近が怪しいのだが、そこに限定したとしても莫大な範囲になる。ひとりの女をアテもなく捜すなんて、砂金を見つけるよりはマシかもしれないが、それでも困難なのは違いない。何より悠長にしていたら、彼女の身がもつかどうか。人海戦術を使えば話はまた別だが、のちのち財宝の配分を考えると、なるべく頭数は増やしたくなかった。

 となると手はひとつ、イングリッドを直接見つけるのがムリなら、運び屋のほうを捜すしかない。たとえすでに彼女を砂漠へ捨てていたとしても、彼らにその場所へ案内させればいい。

 あのあと電話でブローカーから仕入れた情報によれば、くだんの運び屋の本拠地はアリゾナ州ツーソンだという。残念ながら、アジトの正確な住所まではわからなかったが、ハデなピンクキャデラックに乗っているのだから、途中で目撃者を見つけるのはそう難しくないだろう。

 キンスキーはとりあえず、ソコロからの道にあるモーテルやガソリンスタンド、飲食店に至るまで、手当たりしだい聞き込みしてまわった。

「ピンク色のキャデラック? ああ、見た見た」

「ホントか!」

「ああ、若い男が美女をふたり連れてたなァ。両手に花ってやつ。うらやましいかぎりだねえ。まったく」

「……キャデラックはほかにもう1台来なかったか? 俺が捜しているのは男ふたり組なんだが」

「いいや。あんな珍しい車が日に何台も来るわけないだろ」

「それはそうなんだが……」

 キャデラックの目撃証言ならほかにもいくつかあったのだが、どれも車体のカラーが違った。

「いったいどうなっているんだ? なぜ誰も見ていない……」

 まさかイングリッドの件を済ませてから、マリファナでも仕入れにそのままメキシコ国境を越えてしまったのだろうか。それは充分にありえる話だ。運び屋にとっては密輸のほうが本業にあたるのだから。しかし、そうなると完全にお手上げだ。彼らを追ってメキシコくんだりまで足を運んでいたら、それこそ砂漠に置き去りにされたイングリッドが手遅れになってしまう。

 運び屋が戻っている可能性に賭けて、このままツーソンへ向かうか。それとも方針を切り替えて、イングリッドを直接捜索するか。上空から見下ろせば比較的発見しやすいはずだ。灼熱の陽射しを背中に浴びながら飛ぶのは、できれば避けたかったが、背に腹は代えられない。

 道路脇にバイクを停め、背中から翼を生やして上空300フィートまで上昇する。眼下に広大な砂漠が広がる。

 北の方角では、GT-Rとダッジ・チャージャーがドラッグレースをくり広げている。南ではクライスラー製のコンパクトカーが、大型トレーラーに追いかけまわされている。西には――ピンク色のド派手なキャデラックが、ツーソンのほうへ一直線に向かっているのが見えた。

「よォし、こりゃツイてるな」

 さっそく地上へ降りて、追跡を再開しようとするキンスキーだったが――東から聞こえてくる何かの音に気づいた。徐々に近づいてくる。不思議に思ってそちらを振り返ってみると、

「……おいおいおい、冗談じゃアないぜ!」

 凄まじい爆音だった。複数のエンジン音が重なり合って、うねるようにうなりを上げている。

 ハーレーの大群が、キンスキーのほうへ向かってきている。

 なんとその数――実に150台。

 しかもふざけたことに、バイクのエンジン音をかき消す勢いで、なぜか『ワルキューレの騎行』を大音量で流している。

 先頭を走るリーダーが叫ぶ。十字架とニンニクを掲げながら。

「やっちまおうぜェ! 同志たちよォオオ――ッ!!」

 もはや疑いようもない。あの軍勢はバンパイアハンターの群れだ。やはりギャングのアジトでハデにやらかしたのがマズかったか。

 しかし、さすがに正気の沙汰と思えない。この人数でキンスキーの懸賞金を山分けしたら、いったいどのくらいの額になるのか。ほぼ確実に今夜の酒代で消えるだろうし、女を買うのはムリだろう。きっとバカの集まりに違いない。

 むろん、この採算度外視の連中に襲われる側はたまったものではないが。

 逃げるか――今ならまだ充分距離がある。ハーレーを全速力で走らせて、ツーソンの街まで逃げ込めれば、追手をまけないことはないはずだ。

 だが逃げるとなると、当然イングリッド・ピットを見つけ出すどころではなくなってしまう。

 命あっての物種、いくら大金が手に入るとしても、死んでしまっては元も子もない。ここはなりふりかまわず逃げるべきだ。

「……逃げる? 逃げるだって? ――ふざけるな! 俺の金だ! 俺の女だ! ほかの誰にも渡すもんか! 誰にも邪魔させるもんかよ!」

 キンスキーは覚悟を決めた。皆殺しだ。邪魔するヤツらは一人残らず殺してやる。絶対に生かして帰さない。

 キンスキーは地上へ降りると、木製のホルスターを外してモーゼルの銃把に取りつけた。このホルスターは着脱式のストックにもなるのだ。それをライフルのようにかまえ、連中が射程圏内に入るのを待つ。

 先頭の集団がデッドラインを踏み越えた。もはや賽は投げられた。

 キンスキーは慎重に狙いすまして引き金を引く。銃弾はオートバイの燃料タンクを正確に撃ち抜いた。次の瞬間、爆発炎上して周囲のオートバイも一気に巻き込む。

 愉快に高笑いしながら、次々と燃料タンクか前輪タイヤを撃ち抜いていく。弾丸1発で、数台のオートバイが戦闘不能になった。

 だが、敵も間抜けではない。戦力の半分ほど削られたところで、密集しているのは危険だと理解するや、隊列を散開させてきた。これでは1台ずつしか倒せない。キンスキーはあきらめず、着実に数を減らしていくが、問題は残弾数だ。1発も外さず、1発で確実に仕留めたとしても、敵の数より銃弾のほうが少ない。このままだといずれ足りなくなってしまう。

 また、敵もただこちらへ突っ込んでくるだけではない。オートバイを操縦しながらなので狙いはかなり甘いが、連中はアサルトライフルで弾幕を張ってくる。下手な鉄砲も数撃てば当たるのだ。なるべく被弾しないように、キンスキーは伏射姿勢で狙撃を続ける。何発か身体をかすめたが、心臓に当たらなければどうということはない。

 それにしても、連中の使っているライフル――この特徴的な銃声は間違いなくAKだ。採算度外視の集団だと思っていたが、どうやら武器はケチっているらしい。カラシニコフなんて、戦場での実用性ばかり追求した、ロマンのカケラもないライフルだ。そんな安物のライフルにくれてやるほど、キンスキーの命は安くない。

 敵を7台残し、とうとう銃弾が尽きた。

 キンスキーは舌打ちし、自分のハーレーに火を放つと、怪力で敵へ投げつけて、3台潰した。残り4台――。

 敵はキンスキーの銃弾が尽きたと勘付くや、安全な距離を置いて彼を囲んだ。キンスキーを中心にして、オートバイがメリーゴーランドのようにまわる。

「たったひとりのくせに、ずいぶん手こずらせてくれたじゃアないか」

「そういうてめえらは数ばっかでたいしたことねえな」

「ぬかせ。てめえがごたくを並べようと勝負はついた。てめえの負けだよキンスキー。四人しか残らないとは思わなかったが、これで分け前は1人当たり25000ドルか。まァ悪くない稼ぎだ」

「へえ、意外だな。てっきり算数ができないのかと思ってたぜ」

「そんなこたァねえ。1対150なら絶対負けないって理解できる程度にはな。欲をかいて死んじまうよりマシだ」

「俺には理解できないね。金は多ければ多いほうがいい。1ドルより2ドル、2ドルより3ドルだ。俺は金が欲しい。たくさんあればあるほどいい。……だが、デカく稼ぐにはデカく賭ける必要がある。だから、ここらで賭け金をつり上げさせてもらおう。俺はレイズするぜ」

 キンスキーが懐に手を入れると、バンパイアハンターたちに緊張が走る。「安心しろ。ただのライターだ」

 葉巻に火を点けて吸う。肺にまんべんなくいきわたるように、深く深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

「さァ、コールしろ。今さら賭けを降りられると思うな」

 キンスキーの不穏な気配に促されて、バンパイアハンターたちはライフルを十字砲火した。点ではなく面による制圧射撃。全身に銃弾が降り注いで、敵を容赦なくズタズタに引き裂く。

 だが、今のキンスキーにはすべてが見えていた。無数の銃弾がおのれに迫りくる光景が、スローモーションで認識できる。

 キンスキー自慢の驚異的な早撃ちは、実のところ真っ赤なイカサマだ。正確にはドーピングというべきか。

 その秘密は、愛用している特製のマリファナ葉巻だ。こいつを吸うと、瞬間的に心拍数を急上昇させる効果がある。もともとマリファナにはそういう作用があるのだが、これは通常の比ではない。バンパイアが吸えば遅滞した心拍が加速され、血流が加速して酸素運搬量が増加、思考回路と運動能力が一時的に超加速するのだ。現実の経過時間は数秒にも満たないが、使用者の主観では時間が停止したかのように感じるほどに。

 ただし、この加速剤には無視できないリスクが存在する。強引な心拍数上昇は心臓にかなりの負荷がかかり、無理をすれば破裂しかねない。そうでなくとも、使用中は超高血圧で身体じゅうの血管という血管が破れてしまう。バンパイアの再生能力でギリギリ拮抗できるものの、体力の消耗は防げない。また鼓動が早まることにより、少なからず寿命が縮む。使用しすぎれば、いかにバンパイアといえども死は免れない。

 だがキンスキーは、これらのリスクを単純な工夫でクリアした。運動能力の加速を、ホルスターからピストルを抜き、引き金を引く一連の動作でしか利用しないことで。これならほとんど身体を動かさずに済むので、心臓への負担は大幅に減少する。それでいて誰にも負けない早撃ちを手に入れた。フルオート射撃で1発ずつ標的を狙えたのも、それが理由だ。オルゴールを使った決闘も、使用するタイミングを限定して、負担を減らすためにほかならない。

 そして普段は使わないが、当然ながら多少無理をすれば、本来の能力を発揮することもできる。

「無駄無駄無駄無駄ァッ!」

 おのれを殺そうとゆっくり近づいてくる数十発の銃弾を、キンスキーは素手で残らずつかみ取った。

 確実に仕留めたはずの状況でキンスキーが無傷なので、バンパイアハンターたちはわけがわからず呆けている。

「そら、返すぞ」キンスキーは手のひらに捕まえた銃弾を、バンパイアハンターたちめがけて投げ返す。単なる投擲でも、バンパイアの怪力で行えばスリングショット並みの威力だ。

 身体のあちこちに鉛のカタマリをくらった男たちは、一斉に昏倒した。狙いは適当だったが、なかには片目が潰れている者や、頭蓋骨が陥没している者もいる。

大当たりジャックポット」用心しながら動けなくなった4人に歩み寄って、1人からアサルトライフルを奪い取ると、丁寧にトドメを刺した。

「どうにか勝てたな……さすがにムチャをしすぎたか……」

 キンスキーは肩で呼吸し、胸を押さえてその場にへたり込んだ。やはり普段の早撃ちと違って、動くとそのぶん体力を消耗する。あまり多用できる手ではない。

 少し休憩して、キンスキーは立ち上がった。さっき上空から発見したピンクキャデラックは、まだツーソンには到着していないだろう。今からでも急げば充分追いつけると信じて。

「……待てよ? 俺のハーレーは大破しちまったんだった」

 しかたがないとバンパイアハンターたちが乗って来たオートバイを拝借しようとする。しかし、それらはキンスキーの投擲した大量の銃弾で、すっかりボコボコになっていた。試しに何度もキックしてみるが、どのオートバイもエンジンがかからない。

「ハーレー、俺のハーレー……」

 赤熱した太陽が無慈悲に照りつける。地を這うブタホッグを見くだしてあざ笑うように。丸焼きにされたくなければ、湖へ飛び込んで溺死しろ、と。

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