014
ニューメキシコ州ソコロ。イングリッド・ピットを追って、キンスキーはこの街へ訪れた。
手始めに、イングリッドが盗みに入ろうとしていた屋敷を探した。あるいはとっくに仕事を終えて、すでにこの街を去っているかもしれないが、それでも何かしら手がかりは残っていることを期待して。
とはいえ、その屋敷へ盗みに入るのは容易ではない。彼女の腕がどれほどか知らないが、手こずらされるのは確実だ。
闇ブローカーの情報によれば、屋敷には最新鋭のセキュリティーシステムが設置されており、ネズミ1匹這入りこめないという触れ込み。侵入者の探知に監視カメラや赤外線センサー、金庫室の扉にはカードキー、静脈認証、指紋認証、網膜認証、声紋認証、そしてトドメは日ごとに変わる八桁の暗証番号の6段構え。オーシャンと十一人の仲間も裸足で逃げ出すに違いない。
イングリッドはその難攻不落の要塞を、どうやって攻略するつもりか――結果は一目瞭然だった。
キンスキーは屋敷を前にして、笑いをこらえるのに必死だった。これが笑わずにいられるものか。
屋敷の塀から外壁を抜けて一直線に、大穴が空いていた。
そして穴のすぐ近くには、20㎜機関砲が放置されている。
つまりイングリッドは、あらゆるセキュリティーを無視して、金庫室への新たな入口を作ったというわけだ。その手際はまさしく
屋敷のまわりには
「いったい何の騒ぎだ? まるで戦争でも起きたみたいだな」
キンスキーは素知らぬ顔で、一番近くにいた仏頂面の警官に訊いてみた。すると警官は苛立っている様子ながらも、親切に答えてくれた。
「見てわからないか? 昨晩、盗っ人が金持ちの屋敷に20㎜機関砲ぶっ放して、金庫室から金塊の山をゴッソリ持って行きやがったんだ」
「そうか。まァそんなところだと思ったよ」
「だったら訊くな。現場検証の邪魔だからあっち行ってろ」
「ご苦労さま。早く犯人が捕まることを祈る」
「いや、犯人なら捕まった」
「捕まった?」キンスキーはおのれの耳を疑った。
「ああ、夜中のうちにな」
「そりゃアまたずいぶんと間抜けな野郎だな。これだけハデな真似をしておいてアッサリ捕まったんじゃア、ホントにただの笑い話にしかならん」
「言っておくが野郎じゃアない。盗っ人の正体は女だ。それもかなりかわいい。おっぱいもデカいし」
もしかして人違いではないか、というよりいっそのこと人違いであってほしいとさえキンスキーは思っていたが、どうやら犯人は巨乳のイングリッド・ピットで間違いなさそうだった。そんなアホのためにわざわざやって来た自分がアホらしくなった。
「まァ、その……なんだ。運が悪かったんだろ。金塊を積み込んだトラックが、仔猫を避けようとして横転しちまうなんて。荷台からバラまいた金塊には、パリの踊り子の刻印があったから、一発でここから盗んだのがバレちまったわけさ。せめて事故で無傷だったのは不幸中の幸いか」
「……そうか。無事なのか。そいつはよかった」
よくよく考えてみれば、むしろこの展開はキンスキーにとって僥倖かもしれない。目当てのイングリッドが留置所にいるのはハッキリしている。おかげで捜す手間が省けた。窃盗だから保釈も可能だろうし、保釈金もたいした額ではない。これから手に入る大金のための先行投資と思えば安いものだ。
だがキンスキーの安堵と裏腹に、警官は不穏なことをつぶやいた。「無事、ねえ……はたして今も無事かどうか」
「? どういうことだ?」
「女は夜のうちに保釈された」
「保釈? いったい誰が」
「さて、誰だったかな。チョットよく思い出せん」
キンスキーは1ドル硬貨を渡した。
「保釈金を支払ったのは、ここの屋敷のあるじだ」
「よくわからないな。なぜ被害者が保釈金を払う? そんなことをして、いったい何の得が」
「そりゃアもちろん、警察にまかせたくないからだろ。というより、自分の手で報復したいからだろうさ」
「……もしかして、この屋敷の住人はカタギじゃないのか?」
少なくともキンスキーはカタギと聞いていた。ただの成金だと。
「さァな。カタギにもいろいろある」
キンスキーは周囲に見えないように、素早くピストルを抜いて、警官に銃口を突きつけた。
「チョーシにのるなよアホンダラ。小出しにしてんじゃねえ」
「よせよ。わかった。わかったからその物騒なモンを下ろしてくれ。……まったく、こんな場所でハジキを抜くなんて、アタマいかれてんじゃねえのか」
「いいからとっとと教えろ」
キンスキーは銃口を下ろしてピストルをホルスターに収めた。ただしピストルから手を離していない。
「――カタギなのは確かだ。ただし仲良しの幼馴染が、この街を牛耳っているギャングのボスなんだが」
「
なんと不運な女だ。そうとはつゆ知らず、ギャングとつながりのある屋敷へ盗みに入って失敗するとは。それも、20㎜機関砲なんてふざけたシロモノをぶっ放した上で。仕返しに何をされても文句は言えない。
「今ごろあの女はどうなっていることだか……。拷問されたかレイプされたか、ひょっとしたらとっくに殺されてるかも。かわいかったのに、もったいない……」
「――そんなことはたとえ神が許しても、この俺が許さん」
命の危険にさらされているのなら、もはや一刻の猶予もない。急いで彼女を救出しなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます