011

「何にしましょう」

「4つくれ」

「2つで充分ですよ」

「いいや4つだ。2と2で4つだ」

「2つで充分ですよ」

「4つ」

「わかってくださいよ」

 アイスクリーム屋としつこく押し問答をくり返したものの、結局モリスの注文通り4段重ねのアイスクリームが出された。もうひとつの4段重ねはローラに手渡される。「遠慮しないで食え。おれの奢りだ」

「それはどうも」

 モリスは舌をチロチロと伸ばしてアイスクリームを舐める。一方ローラは大口を開けてアイスクリームに食らいつく。

「……それで? さっき言っていたのはどういうことなの? わたしと敵対する気がないっていうのは」

「言葉どおりの意味さ。何なら、もっとハッキリ言ったほうがいいか? つまり、あらためておれと手を組もうってことだ。キンスキーを狩るために」

「なぜ? あなたの力があれば、キンスキーを仕留めるくらいカンタンでしょうに。わたしの手なんか、わざわざ借りる必要があるとは思えないけれど」

 自分で言って、ローラは矛盾に気がついた。モリスに手を組む意味がないのは、最初の狙撃のときもだった。

 お互い足を引っ張り合って共倒れになりたくはない。手に入る懸賞金がゼロよりは、山分けのほうがまだマシだ。けれども、それはしょせん凡人の尺度に過ぎない。そんな定石を無視できるくらい、ドラキュラの不死身は強い。むしろローラが邪魔をしなければ、あの場で問題なくキンスキーを仕留められたのではないか。

 にもかかわらず、モリスはローラと協力することを選んだ。よほどの慎重派ということだろうか。どうも釈然としない。

「キンスキーの逃げ足は折り紙つきだ。実際アレは想像以上だったぜ。おれが目を離したのはほんの一瞬だったっていうのに、影も形もないときた。おまけに仕留め損なって、こっちの手のうちを明かしちまった。今後おれを警戒して逃げの一手に走られたら、ちょいとばかし面倒になる」

「面倒で済むのならいいと思うけれど。わたしの協力が絶対必要ってわけでもないのでしょう。懸賞金を山分けするほどの価値があるかしら?」

「面倒ってだけで、金をかける理由になるのさ。金ってのは面倒をなくすために存在するんだから。――それに、だ。おれの不死身と同じように、おまえの狙撃も警戒されてるのは間違いないだろう。だがさすがのヤツも、おれとおまえが未だに協力関係だとは、夢にも思わないはずだ」

「悪夢にでもうなされないかぎりね」

「そうとも。だから裏をかける」

 確かにモリスの言うとおりだ。このままローラ単独で追い続けても、仕留められるかどうかはわからない。少なくとも、モリスと協力したほうが勝率は上がるだろう。それは間違いない。

 しかし、一方でモリスは信用できない。この男は自身の不死身に自信を持っている。それゆえ本来助け合う仲間を必要としていない。ローラのことは、せいぜい使い捨てのコマとしか思っていないはずだ。だから首尾よくキンスキーを倒せたあとで、今度はかならずローラを始末しようとするだろう。彼と手を組むなら、その問題を解決しなければならない。

 危ういギャンブルだ。下手をするとロシアンルーレット以上に。けれども賭ける価値は充分にある。

 忘れてはならない。何より一番大事なのは、キンスキーをこの手で始末することなのだから。

 ハムレットも言っている――“おれはどん底に降り立っている、この世もあの世もあるものか、知ったことか。どうともなれ、ただ復讐さえすればいいのだ。”

 高額の賞金首は実に魅力的だ。けれども、ローラにとってキンスキーは、ただそれだけの相手ではない。復讐――そう、復讐するのだ。ヤツに死をもって償わせてやるのだ。あの日から、ローラはそのためだけに生きてきたのだから。

 世のなかには、金よりもはるかに大事なことがある。

 モリスがつぶやく。「“復讐と恋愛にかけては、女は男よりも野蛮だ。”」

「何か言ったかしら?」

「アイス溶けてるぜ」

「あっ」気づいたときにはもう遅い。4段重ねが崩れて、地面に落ちてしまった。

「まァ仲良くやろうぜ。ツァラトゥストラの蛇と鷲みたいに」

 そう言ってモリスは右手を差し出す。ローラは腹を決めて、その手を握り返した。溶けたアイスで汚れたまま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る