もう七年も前なのか その1
【世界の剣】たる四世勇者、その筆頭のアンフィナーゼがなぜ俺に懐いているのか。
実のところ、俺も満足の行く答えを持ってる訳じゃない。俺とアイツの接点なんぞ、アニーゼがガキの頃のほんの2~3年にしか無いからだ。
当時俺はハイティーンで、アイツはやっと5歳。今更言うまでも無いが、一回り以上歳が違う。
あっちが俺のことを認識してたかどうかは定かじゃないが、俺からの初対面はアニーゼが今期の有望株として大婆様の前に並べられ、年始の挨拶を告げている時だった。
対等な目線で見てるわけも無くて、パッと見の印象で「小生意気そうなガキだな」と思ったことを覚えている。
ま、今の俺から言わせてもらえば、生意気じゃないガキなんて存在しないんだがね。
明確に互いの接点が生まれたのは、その後しばらくして、一族を上げての宴会が始まってからだ。
なんか知らんが、俺の親とアイツの親は昔、師弟の関係にあったらしい。閉じた社会の中だからそういうことも有るだろうが、そんときゃ辟易としたもんだ。
何が楽しゅうて、酒が入った親の昔話なんぞ聞かされなきゃならんのか。一族での宴会ってのは、若造にとっちゃ楽しいものでもなんでもない。
多分30、40でもまだ早く、それこそ孫でもできなきゃ楽しめるものでも無いだろう。
アニーゼの親御さんは既に挨拶周りも終え、親父と膝を突き合わせて酒を飲むつもりのようであった。
当然俺はそれに付き合うつもりもなく、【
……別に、特別親切にしてやろうと思ったわけじゃない。
ただ、冷め切った目で「何の興味も無いですよ」と世界を見回してるガキの顔を、あぁそりゃ子供にはつまらん会だよな、と見間違えた。たったそれだけだ。
「……そんで、連れて来ちまったってわけかい」
「なんだよ、別に放っときゃ良いだろ?」
丸メガネに隠された切れ長の目が、まだ髭も生えそろってない頃の俺の顔を睨みつける。
見た目的にゃあどうみたって四角い半縁メガネの方が似合ってるんだろうが、奴なりに自分の目つきを気にしてるらしい。
「あのな、そういう訳にも行くかよタコ。大婆様に挨拶したってことは、後数年もすりゃあの人んとこでお世話になるんだぞ? そうなりゃオジョーサマよ、オジョーサマ? 何、トリガーくん誘拐? 指名手配されちゃう? マジパネェ」
「分かった分かった、悪かったよ……そういうんじゃねえって。ほら、年末年始が憂鬱なのって俺達も散々通った道だろ」
「そーだけどよー」
喋りはいかにもなチンピラであるが、一応こいつが「魔導」家の雄、血族の大黒柱の一つでもある【設定辞書】だってんだから世の中は理不尽だ。
ちなみに、現在になって何か矯正されているかってーと全く何も変わってない。
たとえ世界で一番頭が良くとも、人はチンピラになれるってのを身を持って証明してくれている貴重な人物である。
「まー良いさ。抜けだして何しよーってのも特に決めて無かったしー。子供のお守りでも爺さん婆さんの相手よりはマシっしょ。オレ様のノープランっぷりに感謝しろよ」
「あーはいはい、助かりましたよ……えー、アンなんちゃらちゃんだっけ? なんかお兄さんと一緒に遊びたいもんあるか? 鬼ごっことか」
「ウッハ、トリガーくんきっしょいわ。自分のことおにーさんって」
「うっせぇ黙ってろ」
「お兄ちゃん☆」
「死ね」
お互いに言葉は悪いが、まぁこのくらい気安く言い合える仲だ。
今にして思うと、5歳児の目の前で繰り広げるには教育に悪いノリだったかも知れないが、今更である。
宴会会場でもある本家を離れた俺達は、元は魔王城の庭園ダンジョンだった天空街の公園に向かってちびちびと歩いていた。
吸血茨や人喰い植物の類は流石に焼き払われたが、今では入り組んだ壁が迷路にようになっていて、子供の遊び場としてはいい感じに定番スポットだったものだ。
「やれやれ……それで、今の子ってどう遊ぶんだ。流石にもう肩車とかはしないか?」
「お兄ちゃん! プロレスごっこしよぉ☆」
「砕けて死ね」
こん時よく覚えているのは、公園まで来ても相変わらずつまらなさそうに世界を眺めるアニーゼの瞳だ。
大人たちの都合で挨拶回りしていた時とまるで変わらず、その瞳は何の感動も感情も無く、機械のレンズのように俺達を見上げた。
「……別に、何でも良いですよ」
「あん?」
「何の遊びだって、勝てなきゃ止めるんでしょう?」
……後に、知ったことなのだが。
この時のアニーゼは、「強すぎる」という理由で完全に子供の集まりからハブられていたらしい。
いやそれどころか、下手をすれば5歳児に負けかねないという不安から、大人からもマトモに相手をして貰えていない節があったようだ。
そりゃ、ゆくゆくは大岩をぶち壊せるようなエネルギーを体内で循環させねばならぬ身体である。
チートが未覚醒でも、育ち方からして普通の人間とは違ったのだろう。でなきゃ、あんなデタラメな身体能力がつくわけがない。
生まれた時から化け物じみていたアニーゼは、それ故にこの頃から既に人の……いや、凡人ならざる素養を持った子供たちの輪からすら弾かれ、阻害された場所にいたらしい。
――だがそんなことは知ったこっちゃねーのが俺達チンピラ二人組。
言うに事欠いて5歳に「テメーら如きには何も期待してねーよ」という視線を向けられて黙っていられるはずも無く、即座に目と目で通じあって行動開始。
表面上はにこやかにかくれんぼを始めると、百を数える間に作戦立案を済ませ、開始直後に鬼を強襲。
「鬼は捕まえられなければ鬼足り得ない」というルールの元、鬼を拘束している間にあらん限りのデコイとトラップを敷き詰め、大人気なく煽り倒しながらじわじわと精神的に疲弊させていく作戦は完璧にハマり。
見事、5歳児をギャン泣きさせることに成功したのだった――
□■□
「……いや、今にして思うとホント酷いなコレ」
つらつらと思い返しながら書き留めていた手帳を読み返し、俺は改めて頭を抱えた。
いくら個人的に一番尖っていた時期だからって、限度が有るわ。未来の勇者筆頭サマ相手に何してくれてんだってゆーな。
ちなみに【設定辞書】の奴が関わってるんで事後処理も完璧だ。
多分まだ、アニーゼの親御さんは俺のことを「娘が小さい時に懐いてたお兄さん」くらいにしか思ってないだろう。
「うん、何度読み直してもトラウマになりこそすれ懐くようになった理由が分からない」
首を傾げながらそう自己完結していた所、後ろからご本人の声がかかった。
「おじ様? さっきから頭を抱えたり首をひねったり……どうかしましたか?」
「あーいや……ちょっと個人的なことでな。まぁ、今すぐどうにかなるもんじゃねーよ」
誤魔化すように手を振りつつ、俺はアニーゼに見られないように手帳を外套の胸ポケットへと入れる。
普段、妙に鋭い時があって困るアニーゼだが、この時は素直にそうですかと頷いて目前の木皿へ視線を移した。
……そりゃ、直接尋ねるのは簡単だけどなぁ。「お前はなんで俺のこと好きなんですか」とか普通聞けるか?
ハードルが高すぎるというレベルでは無い。正直「ロリコンの汚名を被せてあの時の復讐をするのだ」とか言われた方が納得できる気がする。
いや、幾らなんでもんなこたーないとは思うが……それと同じくらい、こいつに好意を寄せられてる理由が分からないんだよな。
それも多分、男性的な好意だ。そんなことも分からない程しなびた大人では――無い。
パチン、と目の前で火の粉が弾ける。燃える焚き木には、簡易な組み立てかまどと空になったロウ付け蓋の飯炊き壺(調理済みで数日もち、火にかけるだけで食えると言う画期的な発明品だ)が掛けられていた。
初代サマに残されたニホンの知識を地上でも活用できるレベルに落とし込み、ゆくゆくは地域の商会に運用を任せる。勇者の血族……というか「魔導」家の重要な外貨入手手段なのだが。
まー、幾らチートがあろうと一家総傭兵なんてどだい無茶な話ということである。「俺達は便利だ」ということを地上の皆々様に認められなければ生きていけない以上、こういう関わり方も必要なのだ。
それでも、維持費諸経費を考えれば殆ど収支はトントンらしいが。
「食ったか? それじゃあそろそろ行きますかね……っと」
一抱えある壺の中に、みっちりと詰まった肉団子や芽キャベツの取り分は1:5。当然俺が1でアニーゼが5だ。
別に遠慮してる訳でもなく、合わせて6人前の量である。この食事量で特に太る様子が見えないあたり、【
「急かさないで下さい、もう。デリカシーが無いんですから」
「そりゃすまん。だが、あんまノンビリしてると月まで沈んじまうぞ……っと悪い。お嬢が光るんだから問題ないわな」
時刻は既に夜。それも町や村ならとっくに寝静まっているような、静かな闇の中だ。
私カンテラじゃ有りませんと頬を膨らますアニーゼを横目に見ながら、俺はそれとなく森の藪の中に視線を合わせた。
焚き火の光も届かぬ中、ふとそこに居た気配が消える。いや、踵を返したのか。
「……ただの野生動物か?」
「ですね。匂いと光に興味を惹かれてやってきた、山猫か何かかと」
「まぁお嬢が平然としてる時点で分かりきってたけどなぁ」
敵ならこいつはもう少し、今にも尻尾を振って飛びかかりそうな「わくわく」とした雰囲気を出してただろう。
匂いの残った壺を土で洗い、焚き火に灰をかけて消そうとした時、ふと有ることに気がついた。
「……ん? おい、これ……」
飯炊き壺を買うついでに、雑貨屋で貰ってきた廃紙……その幾つかに、見覚えの有る人物の肖像が描かれていた。
安い紙の上に二色で刷られた版画で、見出しには『竜姫様、オーガストライカーを打倒す!』と書かれているから、元は新聞か何かだったのだろう。
それも今じゃ廃紙扱いか。気付いたからには気が引けて、それとなく紙束の中からより分ける。
「とっておくんですか?」
「ま、流石に顔見知りを火種や雑巾代わりにするのはあんまりだろ」
アニーゼに軽く相槌を返しつつ、俺は暗闇の中にブルーの光を走らせる魔導二輪車のキーを捻った。
軽い手応えと共に、エンジンが動き出す感触。荷台には、既に諸々の荷物と共にアニーゼが乗り込んでいる。
「本当に『吸血鬼』が居るのかねぇ……こんな場所に」
当然、こんな夜間ドライブをしなきゃならない理由はあるのだが、それがまたなんとも胡散臭い話だった。
遡ること数日前、この近くでミイラのように干乾びた動物の死体が見つかり、騒ぎになったのだとか。
それからも夜に人影を見た等の目撃談が続き、人里ではすっかり吸血鬼の仕業だと戦々恐々した結果、渡りに船だと勇者サマに調査を任せることになったのであるが。
「本当に吸血鬼だとしたら、動物の血なんて低俗な物に手を出すかどうか……」
吸血鬼の知識にはちょっとうるさい俺達からすると、これがなんとも穴だらけな推理なのだ。
なまじ身内に居る分よく分かるが、本当に高慢ちきか気分屋のどっちかしか生まれないような種族だぞ、あれ。
「はいはい、ボヤかないの。万が一本当だとしたら危険な相手でしょう? それに、トロワさんみたいな友好的な魔族という可能性も0では有りませんし」
「あいつを友好的の範疇に入れて良いのかは疑問が残りますがねっ……と」
ただ、見せてもらった件の死体は、確かに生命力を吸われ尽くして事切れていた。
となれば、それを成せる何者かが居るのは間違いないだろう。ただの不死者なら楽で良いんだが、それはそれで目撃者を逃がす道理が無い。
考え事をしていると、木の根に乗り上げたのか車体が少し跳ねた。足元が暗いとこういうのが怖いぜホント。
目撃談が夜にしかない以上、贅沢は言ってられないにしてもな……
「……おじ様、止まって下さい」
と、その時だった。いつでも飛び出せるよう荷台で警戒していたアニーゼがそっと囁く。
「何か見つけたのか」
「いえ……しかし、先程聞こえたのは獣の断末魔だったような」
獣、ね。さっきも気配が有ったように、そりゃ皆無じゃないだろう。
しかし断末魔とは穏やかではない。獣同士の食物連鎖という可能性も、無いわけじゃないが……
「行ってみましょう。バイクは、一旦ここに置いていくと言うことで」
「……ま、すぐに動かせるもんでも無いしな。言う必要も無いだろうが、気ーつけてくぞ」
「勿論です」
アニーゼがそう言うのであれば、きっと何かあるに違いない。
俺は警戒しながらも、夜の森の中を金色に光る少女と共に進んでいく……。
□■□
「あれは……?」
レンズによって歪められた狭い視界越しに見えたのは、ある意味吸血鬼なんぞよりずっと厄介で、意味の分からないものだった。
フード付きローブですっぽりと隠された人影の左手から、影でできた牙としか形容できないものが、大口を開けて目前の猪へと襲いかかる。
喰らいつかれた獲物はみるみる生気を失い、終いには倒れるだろう――と、思った所で、あいつが構えていた片手槍が閃いた。
眼孔から頭を貫通したらしい猪の死体が、ビクリと跳ねて動かなくなる。それは新種のアンデッドと考えるには、あまりに洗練された動きだった。
「……まさか、エンチャント……」
「いやしかしな、黒いエンチャントなぞ、【設定辞書】にも乗ってなかったぞ」
瞳孔を窄めて俺と同じものを見ていたらしいアニーゼが、不穏な呟きを残す。
やめてくれ、と言いたいね。「勇者」の閃きが外れることは、良くも悪くもあまり無いのだから。
「ですが、野生動物怪死事件の犯人は彼女で違い無さそうです」
「ま、そこはな」
「少し事情聴取をしてきます。必要そうならバックアップを」
言い切るや否や、アニーゼは影すら残さず飛び出していた。
言うまでもないが、そこそこ距離はある……のを、途中で木を蹴ったりすることもなくひとっ飛び。
音もなく着地して、しかし流石にローブの正体不明も気付いたか。腑分けの手を止め、血まみれの槍を払うように翻す。
あからさまな戦闘の意思を感じたからだろう。アニーゼも既に
「そこの方! あなたのしている事は、外法でこそ有りませんが人々を不安がらせています。やましい所が無いのなら、同行と事情説明をお願いしま……」
だが、その言葉を最後まで言い切る事は出来なかった。
【
こっちの予想よりだいぶ整っていた相手の口元は、弦月のようにつり上がっていた。
「お嬢ッ!」
「しっ!」
黒いオーラを纏ったまま、ローブ野郎が飛びかかる。
無論、アニーゼがそれをタダで受けるはずも無く、片手槍の一突きを分厚い剣の腹で受け流した。
それにしても、油断ならぬ早い
流されたことで一度距離を取るかと思えば、身体を回しながらより至近へ。もう片方の手の平を返した2連撃で、足の止まったアニーゼを縫い止める。
そういう意味では、さっきの刺突は最善だ。刃で捉えにくい以上躱せなければ剣の腹を向けるしかなく、一度腹を見せれば手を返さなければ刃を使えない。
「これは……!?」
競り合うアニーゼの眉が、違和感で顰められる。
特鋼剣には軽量化のためか側溝も彫られており、それがまたエンチャントによって奇妙な文様を描く理由になるのだが……敵と競り合うその光が、段々と黒い光により濁らされていた。
「なんだ、ドレインか!?」
「……なるほど。正体はともかく、これが動物の衰弱死の原因ですか」
だが、【光刃貴剣】をもとなると単なるドレインでもあるまい。
一旦距離を離させる為に、一か八かここから銃弾を叩き込むか……ハンド・ガンを構え、俺が逡巡した時だった。
「ていや」
よく【光刃】を乗せたアニーゼのトゥーキックが、周囲の地面や草花ごと謎の襲撃者を空に巻き上げる。
余程強い衝撃だったらしく、森の天蓋から外れるほど空高く飛んだ襲撃者が、かち上げられながらも腹を押さえて悶えていた。
……そりゃ、別に剣だけで戦う必要は無いけどさぁ。お前、そんな……そんなどうしようもない感じでなぁ。
「ついでに、オマケです」
それでもなお空中で足掻こうとする相手へ、アニーゼは残心しながら刀身を向ける。
人がすっぽり収まる光の柱が斜め60度にそそり立ち、黒いオーラの持ち主を飲み込んだ。
数秒ほど照射された後、耐え切れなかったのだろう。今度はピクリとも動かないまま、夜の森のいずこへと落下していった。
「……うーん、こんなものなんですかねー」
「何が『こんなもの』だお嬢のバカ! 犯人確保しないでどうすんだよ!」
「あー……まぁ、不安はあれど誰かが本格的に困っていたわけでは無いですし……大丈夫ですよ、きっと」
「お、ま、え、なぁ……」
報酬について交渉するのは俺なんだぞクソッタレめ。
謎の黒いオーラについても、もうちょっと警戒して然るべきだろうに。
やっぱこう、ナチュラルに強者過ぎるんだよな、こいつは。どことなく一般人マインドを理解していないというか。
「問題ありませんよ、おじ様。動物怪死事件は、もう起きませんから」
なにやら確信めいた口調で話すアニーゼの隣で、俺は痛む頭を抱え。
また勇者の直感かと、そう思って諦めていたのもあるのだろうが……
今にして思うと、俺はこの時、こいつの言葉をもうちょっと問い詰めておくべきかも知れなかった。
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