追稿:碌でもないパッチ・ファイル


 拝啓、読者様ヘ。

今まで真面目に読んで貰ったとこ悪いんだが(あるいは、そんな事してねーよって言う奴もいるかも知れないが)、基本的にこれは手記であり、別にリアルタイムで描写してるわけじゃあないんだ。

言ったこととか、やったこととか、大抵結果まで出した上で「そういやあん時こんな事思ってたな」とか「多分こいつはこう考えてたんだろうな」って記憶や憶測を、俺があたかも事実のように語る形になっている。

さらに言えば、基本的にその場で思考し喋っている俺と、こうして地の文を書いている俺ですら既に多少ズレている訳だ。


 今の俺は、だいぶニホンのミームとやらにも精通した(つまり、俺がワトスン役だとかそういうのだ)と思っているし、あの時分からなかったことが、今になって分かるというのも結構ある。

状況的に聞こえないはずの言葉でも記してるのは、適当に補足している時もあれば、当事者から人づてに聞いたものもある。


 その上で分かって欲しいんだが、ここから先は当時俺が全く介在していなかった部分の話だ。

つまりは、気付いた時には既に手遅れだった類の話。

知った後も、どうにも為さなかったタイプの話さ。


 あくまでこの話の主人公はアンフィナーゼであり、俺は単なる語り部に過ぎん。

そのため、この先も度々状況を俯瞰してもらう為の情報が、俺という視点を飛び越えて記されることも有るだろう。

それだけ分かって貰えれば、次の話に進むとしよう。


 つっても、今回はそこまで量が有る訳じゃない。

単なる、銀色の竜が染まるだけの話なのだから――






 □■□






 あいつに最初に聞こえたのは、落胆の声じゃないかと思う。

地に叩き伏せられ、顔にかぼちゃを塗りたくられ、観客たちの応援と期待を背負っていた「竜姫」のなんと無残な姿だろうか。

俺と俺の隣に居る魔王以外、会場全体がどことなくがっかりとした空気に包まれていた。

そこに至るまでの金と銀の攻防だけで、価値があったと語る者もいよう。だが多くの民衆はそれを理解して居なかったし、理解出来たとも思えん。


『って、えーっと……とにかく、お二人は大丈夫なのでしょうか? 救護班!?』


 呆けて見上げるだけだった実況席が、やっと「人が高空から超スピードで落下してきた」という事実だけを認識し、震える声で担架を呼んだ。

……まぁ、正直に言えばその必要はない。トロル・ジャイアントの棍棒の一振りでも割れない物が、あのくらいの衝撃でどうにかなる筈もないだろう。

事実、デュオーティはすぐに起き上がり、顔に付着した黄色い餡を振り飛ばしながら悔しげに唇を噛んでいた。

慌てて駆けつけた回復魔術師が煩わしげに振り払われ、沈黙のまま彼女は石畳の上でうずくまる。

所在なく立ち尽くす魔術スタッフを、今度はアニーゼが手招きで呼び、朗らかな口調でこう告げた。


「アニーゼ・ネフレイテ、棄権します」


 今度こそ、会場は静まり返った。






 どんなに気が沈んでいようと、夜は来る。

結局アニーゼの棄権の後、前年のチャンピオンがそのまま優勝を決め、五頭竜祭は例年通りに終了した。

……その盛り上がりこそ、さんさんたるものだったにしろ。もはや喧騒にまじる気も置きず、月に照らされた物見櫓の屋根でデュティが町を見下ろす中に、ふと見覚えのある姿があった。


 でっぷりと太った中年と共に歩く、金糸で飾られたローブを目深に着込んだ妖艶な女。

あれで口を開けばなかなか残念と知っているが、意識して立ち振る舞えば国一つ傾けることだってできる、らしい。

何らかの抵抗感が有るらしく、本人はあまり「女性」を使うことを良しとしないが。特殊なローブを着込み、わざわざその魔性を抑えてこんでいるあたり、嘘ではないのだろう。


 名をトロワ・ドゥ・ロア。女の癖に男性名であることから分かる通り、偽名であることを隠そうともしていない。


「……何かしら。密談?」


 それにしても人目を離れた場所でひそひそと。何を話してるのかは知らないが、怪しいことこの上ない。

太い方の男は、ラモール商会の某だったはずだ。デュティとしては嫌悪感の方が先立つ男だが、トロワと話しているのは何回か見覚えがある。

しかし今は、お互いに怒鳴り散らすような真似こそしないものの、和気藹々とした話し合いでは無いらしい。デュティとて勇者の一角であるのだから、そのくらいは遠目からでも雰囲気で分かる。

そもそもデュティは、あのイマイチ理解し難い次期魔王を監視し、場合によっては護衛を行うことも申し渡されている。トロワが動き回るのでは落ち込んでいる暇も無いなと思い直し、彼女は銀の箒星と化した。


「何をやっているのよ、トロワ」

「うわ、びっくりした。その声はデュティかい?」


 声をかけられたデュティも、まさか連れが付近の家の煙突に直立しているとは思わなかったのだろう。

しばらく目を彷徨わせた後ようやく月を隠す彼女の影に気づき、緩く手を上げて返した。


「おおっと、ではワタクシはこれで……」

「あーうん、せいぜい頑張りたまえ。僕らはもう、君達とは無縁だ」


 居心地が悪そうに踵を返し、そそくさと去っていく男を――しかし、デュティは見逃さぬ。

彼が振り向く前に、一瞬向けてきた目線。侮蔑、失望、期待外れ。そういう目であった。

デュティは少し顔を顰め、だが怒りを飲み込むように息を吐いてからトロワに尋ねる。


「あれは何だったの?」

「何、ちょっと僕らの小遣いにしていたブロマイドをね。……次からは、君以外で作る、と。そういう通告だ」


 未だ、特許法なんてもの存在しない世界である。売り方なんぞ、真似される方が悪いのだ。

どちらにしろ潮時だったさ、とトロワは肩を竦めた。


「ま、頑張ってもらおう。次を誰にする気かは知らないが、アレはアレで売りさばくにはかなりのバランス感覚が必要さ。ちょっと欲をかいて根回しやレア封入率の調整に失敗すれば、あっという間に沈むドロ船だ。今頃は多分、どうにか勇者筆頭を口説き落とせないかと頭を巡らせているんじゃないか?」

「そう……ワタシはまぁ、あの男嫌いだったからどうでも良いけど。ふん、あれ如きに不要と断ざれるのは不愉快ね。……負けたんだから仕方ないか」


 あんなに大勢の観客を落胆させたのだから――と、お嬢様が割り切れたかは定かでは無いが。

『勝つ』。それが世の中に求められる英雄としての最低条件であり、スタートラインだ。

物語の途中で地に落ちる者なぞ、詩人にも歌ってもらえない。人が惨めに敗北する歌なぞ、だれも興味を持とうとしないだろう。

まるで最強であることを疑わせぬかのように、勝って、勝って、勝つ。人はその姿から、安心と勝利の美酒の追体験を得る。

勇者も英雄も変わりはしない。アニーゼに言われるまでは、デュティはそう思っていた。


「案外あっさりと認めるんだね。僕はてっきり、もう少し駄々をこねるのかと思ってた」

「竜がそんなみっともない事できるわけ無いでしょ? ……そうよ、ワタシは負けたの。武器がなんだろうと、ルールがどうだろうと関係ない。持てる力はすべて使い、その上で手加減までされてた。……いっそ、笑えてくるわね」


 思い上がっていたつもりは無かった。

私にも勇者筆頭足る力はあると、それが思い上がりだとは今でも思わないと、デュティは言った。

だが、負けた。挑発され、本気で闘い、その上で、言い訳のしようも無いほどに敗北したのだ。


 あるいは、天空街時点でのアニーゼとはここまで圧倒的な差が付いてなかったのかも知れない。

光刃貴剣エンチャントノーヴル】は「心が奮えること」を起点に力が増す能力だ。限られた世界でありふれた生活しか送ってこなければ、当然、心の動きも弱まる。

見知らぬ世界に降りたことで、彼女の心がより機敏に反応するようになったとすれば。


「それで、力の差を思い知って……君はどうするんだ。トマトでも育てて暮らすかい?」

「まさか! 何度だって挑戦してやるわよ……だって、私は誇り高き竜なのよ? 馬鹿にされたままなんて許せるものですか。見返してやるわ。アンフィナーゼも、あの豚男も、私を次席と評価した実家連中も……!」


 そう、月に吠えて。

銀翼を星の光に照らし、勝ち気に前を向くデュオーティは……あぁ、なるほど、見惚れるほどに美しかったのだろう。


「あぁ、それでこそだ――美しき竜の姫。それなら僕も、力及ばずながらお手伝いさせて貰うとしよう」

「そ。まぁ今更拒みはしないけどね、見世物になるような真似は流石にそろそろうんざりよ。いえ、個人的にはあれはあれで楽しかったけど……やっぱり竜のすることじゃ無いんじゃない?」


 フードの奥で、トロワの口角が歪む。それに気付いたか、気付かなかったか。



「なんだかんだ、付き合いの良い君が僕は好きだよ。でも安心して、今回はそういうのじゃない」


 ――そしてトロワ・ドゥ・ロアの放った影の鎖が、闇夜に銀の龍を縛り付けた。



「トロワ!? 今度は何のドッキリなの。冗談はやめなさい!」

「僕なりに考えたんだ。なぜ君はアンフィナーゼに勝てないのか。なぜ君の【白刃(エンチャント)】は、"灰色なんてみすぼらしい色"をしているのか?」

「何を言ってるの……ワタシは、銀の……」

「それはね、『君が力を押さえ込んでいる』からなんだよ、デュオーティ。他ならぬ君の力を、才能を、君自身が押さえつけ、心の奥に閉まいこんでいる。そうだろう?」


 並の束縛であれば、デュティとて即座に引きちぎって行動に移せたであろう。

だが、ここに居る術者は伊達じゃない。魔王を宿すほど魔力に長けた、血統も貴い純魔族だ。

彼女の束縛術を破るには、いかな勇者次席であろうと数分かかり――それだけあれば、言葉という毒を浴びせるには充分すぎる。


「あなたっ、いったい何を言って……嫌、違う! これは、こんなチートは、ワタシのものじゃ無いッ!」

「いいや、それは君のものだ。君だけのものだ。まずはそれを認めることから始めてくれ。折角のプレゼントなんだから……。大丈夫、君自身が"それ"を許せないのなら、僕がまず"それ"を許そう」


 虚空に張り付けられ、ギシギシと影の鎖を揺らすデュオーティに……トロワは、そっと手を置いた。

白磁のような頬をなで、濡羽色のビロードのように滑らかな髪をなぞる。

優しく、柔く、心を落ち着けさせるように。暴れる竜へ、静かに言い聞かせる。


「……憎いんだろう? 自分から擦り寄ってくるくせに、期待に外れれば離れていく民衆が。自分より優れ、自分の立ち位置を奪っていくアンフィナーゼが。憎くて良いんだ。人を憎み、妬むのは普通のことさ」

「違う、違う……! だってそんなの、お祖母様に……母様たちに申し訳が……!」

「良いんだよ」


 デュオーティは幾度と無く、「誇り高き」と自分を評していた。

……幾度も言い聞かせねばならぬほど、自分の誇りを信じていなかった。

きっと、あいつの誇りとやらはお仕着せで。だからどうにも、薄っぺらく聞こえてならなかったのだろう。

トロワがそっと踏み込んで、己の胸に小さな背丈を包み込む。頭を安心させるように叩きながら、優しく甘く笑いかける。


「君は、誰かを憎んだって良いんだ。自分が積み重ねてきたものを誇るのは、大人になってからでも遅くない。受け入れるんだ。自分の汚い感情を……それでも君は、抱きとめて貰えるからさ」

「う、あ……」

「『そうして人は、強くなっていくんだから』」


 魔王の吐く言葉どくは容易くひび割れた心に入り込み、影縛る鎖が緩んでも、竜の少女は抱きすくめられたまま動こうとはしなかった。

纏っていた灰色が、次第に黒を増していく。胸の中にうずまり、肩が一つ震える度に、その光が闇に落ちる。


「さぁ、デュオーティ。僕の誇り高き原石よ。君の美しい姿を僕に見せてくれ。憎悪を、敵意を、嫉妬を元に喰らい尽くす、君の持つチートを」

「……分かったわ。ありがとう、トロワ・ドゥ・ロア」


 言ってしまえば、俺達は油断してたのだ。

トロワはこちらに亡命を望む被害者であり、守るべき相手だと、完全に信じきっていた訳じゃあそりゃ無いが。

そうじゃない。確かにアイツは実兄に命を狙われていて、魔王の贄になることを必死で拒んでいるけれど。

「それはそれとして己の欲望を満たす」つもりで人の住む所までやってきたんだと言うことを――すっかり、心の端っこに置き忘れてきちまっていた。


 デュティの翼に纏う、黒い片翼のオーラが鎌首をもたげ。舐めるように付近のかがり火へと食らいつく。

祭りの空気もあり、夜にしては明るかった町並みが……輝きを簒奪され、一瞬で幽暗の中に沈み込んだ。




「【黒刃エンチャント――鐚怨ジンコート】」




 ああ、だからこれは、気付いた時には既に手遅れだった類の話で。

そうと知ってからも、何も為さなかったタイプの話である。

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