第44話
凌介はマリオン軍の基地に戻ると、サイードによる事情聴取を受けた。凌介が呼ばれた執務室にはサイードとシャリフしかおらず、机には一台のタブレット端末が置かれていた。
「早瀬サン、本当に無事でよかったです。あなたのことを批判する人間もいるが、あなたは間違いなく内戦終結の功労者です。本当にありがとうございました」
シャリフはまず凌介に感謝を伝えたが、凌介はなぜ自分が内戦終結の功労者がわからず、ただ困惑の表情を浮かべていた。
「いや、すみません。ちゃんと説明しなければなりませんな。あなたが送ってくれたこれらの写真でゴダリア軍が動いたのですよ」
そう言うと、サイードはタブレット端末に格納されている写真を凌介に見せた。ニューロ・アイと酸素マスクを付けて眠っているダヌーク、鉱山病院の屋上に着陸するゴダリア軍のヘリコプター、そこから降りてくるシャリフとゴダリア軍の兵士——これらは全て凌介がニューロ・アイのフィフス・ブリンク機能で撮影した写真であった。
「NESがあなたを人質に日本政府へ身代金と撤退の要求を行ったとき、日本政府は最初は全く応じようとしていませんでしたが、あなたが義足で百メートル走をする動画が公開されると、世界中であなたを擁護する声が大きくなったようです。日本政府も我々になんとか交渉できないかと言ってきました。そこで私はこの写真をゴダリア政府に送り、なぜゴダリア軍のヘリコプターが鉱山病院の屋上にあるのか、NESの兵士がゴダリア軍の兵士と一緒にいるのか、彼らに説明を求めました。NESと交渉するにしてもゴダリアを通すのが早いと考えたのです」
「そうだったのですか。知りませんでした」
「これはマリオン政府の中でも一部の人間しか知らない機密事項です。ただ、あなたにはお伝えしなければならないと思っておりました。ゴダリア政府は組織的な関与は否定しましたが、ゴダリア軍の一部の人間が私腹を肥やすためにNESと内通していたということを認めたのです。その後のゴダリア軍は、これまでとは打って変わって非常に協力的になりました。翌日にはバラム鉱山に潜伏しているNESに空爆を行うと言ってきたのです。NESを
「ツイン・ホークスは、スフィアが裏切ったと言っていました。スフィアがゴダリア軍と一緒にNESを壊滅させると……でも、スフィアもゴダリア軍に裏切られたのですね。鉱山病院から逃げようとしたところをゴダリア軍に空爆されました」
凌介はシャリフの方を向き、一呼吸置いてから言った。
「そこで、君のお父さんも亡くなりました。彼は、君がサイードさんと一緒に仕事をしていると聞いて、もう思い残すことは無い、と言っていましたよ。君にこれ以上迷惑をかけたくないと思ったのかもしれません」
「そんな……」
シャリフは両手で顔を覆った。
「NESの子供達の面倒を見てほしい、それが彼の君への最後のお願いでした」
「……わかりました。伝えて頂き……ありがとうございました」
シャリフは涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、声を絞り出すようにして言った。凌介はそれ以上シャリフには何も言えず、ツイン・ホークスにしばらく
「サイードさん。森田さん達は、今どこにいるんですか?」
「人質になっておられた方については、現在、事情聴取中です。母国の大使館やゴダリアからも話を聞きに来る予定になっていますので、しばらくはマリオンに滞在頂くことになりそうです。もちろん、近日中に帰国して頂くつもりではおりますが、四年間も行方不明になっていると帰国後を心配される方も多いようです。家族がおらず、このままマリオンに滞在したいという方もいらっしゃいました」
「四年も隔離されると、場所だけ戻っても元通りとはならないのでしょうね……彼らの研究していたニューロ・アイはどうなるのでしょうか?」
「研究は続けられるようです。ゴダリアからは、近々イルハン博士が発表を行うと聞きました。人質になっておられた方も研究を続けたいと考えておられるようです」
「そう言えば、ダヌークはどうなったのでしょうか? 彼は自分がニューロ・アイのサーバーだと言っていました」
「もうゴダリアに帰国しています。ゴダリア軍が協力する際の条件の一つがダヌークの身柄をゴダリア軍が確保することでした。ゴダリアがダヌークに
凌介はダヌークが最後に言っていたニューロ・アイによるコミュニケーションの話を思い出した。彼が実際に凌介の脳に干渉して来るのか、そして、それがどんな影響を与えるのか——今後のニューロ・アイの研究には自分も関わらざるを得ないように思われた。
凌介はサイードの執務室を出ると、しばらく傷だらけになった義足を眺めていた。百メートル走の動画を見て、いくら出してもいいからこの義足を購入したいと言っている人がいるらしい。ハイテク義肢装具を装着した競技会に出てほしいというオファーもあったと聞いた。だが、それで自分の目的が達成されるのか。
人を助けるための技術を研究する——凌介は深川研究室のテーマを暗唱すると、剛が待つ部屋に向かって歩き出した。
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