第39話

 部屋を出た凌介は、サイードに連絡を取ろうとした。だが、電話に出たシャリフの話では、サイードは会議でいつ戻るかわからない、ということであった。司令室のある建物は昨日までよりも警備が厳重になっており、副大統領に話があると言っても、入り口の兵士からは入館を許可されなかった。結局何の進展も無く、凌介は自分の部屋に戻った。剛は部屋にいなかった。凌介は義足とニューロ・アイを外して充電機につなぐと、ベットに寝そべり考えを巡らしていたが、いつの間にか眠ってしまった。

 そして数時間後、凌介が目を覚ましたときも剛はまだ部屋に戻っていなかった。

 ——緊急の出動があったのだろうか?

 外はすっかり暗くなっていた。シャリフに電話してみたが、サイードはやはり戻ってはいなかった。

 凌介は宿泊施設を出て、ニューロ・アイの拡大機能を使い、照明の灯ったグラウンドの方から四階にある司令室を眺めた。

 ——まだ会議中のようだ。今日はもう連絡を取れないかもしれない。いっそのこと、基地を抜け出して一人で行ってみるか。

 単独行動を考えた凌介がグラウンドの端に向かって歩いていると、突然、右側からヘッドライトの眩しい光が凌介を捉えた。救出活動から帰って来た装甲車がグラウンドに入って来たのであった。その後も、各国の装甲車や輸送車、戦車が続き、グラウンドは軍用車両とそこから降りてきた兵士で埋め尽くされた。

 凌介は、装甲車から降りてくる兵士の中に剛の姿を見つけた。

 「剛!」

 凌介が声をかけると、剛も返事をして近付いてきた。

 「お前、ここで何してるんだ? まさか、グラウンドから抜け出そうとか考えてたんじゃねぇだろうな?」

 「……」

 「何だ、図星なのか? 許可さえもらえれば、今から行けなくもねぇぜ」

 「行ってくれるのか!?」

 「許可をもらえれば、だがな」

 「よし! じゃあ、ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、凌介は司令室のある建物の方へ向かって走り始めた。

 「おい、どこ行くんだよ! 俺の上官はこっちだぜ!」

 そう言った剛の声は、もう凌介には届かなかった。四階の司令室の窓の外には、グラウンドが見渡せるベランダのようなスペースがあり、凌介は走りながらそのスペースを確認すると、一気にそこまで跳び上がった。着地には成功したが、勢いが付き過ぎたため、司令室の窓ガラスに体当たりするような形になった。司令室にいた人間は物音に驚いて、突然現れた不審者——凌介を眺めていた。しばらくすると、サイードが近付いてきて窓を開けた。

 「早瀬サンじゃありませんか! どうしてそんなところに?」

 「サイード副大統領、会議中お邪魔して申し訳ありません。実は、お願いがあります。私と剛に、例の病院に行く許可を頂けませんか。私が手術を受けた例の病院です」

 「何ですって……今からですか?」

 「はい」

 「……ちょっと待ってください」

 サイードはそう言うと、自衛隊の幹部に緊急で外部の病院に行く必要があるということを伝えた。幹部も状況をよく理解できない様子であったが、切羽詰まった様子を見て、許可を出した。

 「あなたの軍からも許可を頂きましたが、無理はしないでください。ゴダリア軍からは運よく逃げられたかもしれませんが、いつもうまく行くとは限りません」

 サイードが小声で凌介に言った。

 「はい、ありがとうございました。それでは、失礼します」

 凌介はそれだけ言うとベランダから飛び降り、着地すると、剛のいる方へ駆け出した。サイードはしばらく茫然ぼうぜんとその姿を眺めていた。

 「許可はもらった。さあ、行こうぜ」

 凌介はそう言って車の助手席側に乗り込んだ。

 「ったく、相変わらず、無茶をする奴だ」

 剛も苦笑いを浮かべて乗り込むと、唖然あぜんとして口を開けたままの上官に敬礼を行い、車を発進させた。

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