040_1720 紫電の雪降る夜、学舎にて狩人たちはⅢ~爆発娘罷り通る~


 連鎖する静電気のショート音の中に、くぐもった爆発音と、ガラスが吹き飛ぶ破砕音が混じって聞こえた。


『のぉぉぉぉっ!? 怖ぇぇっ!?』


 ついでに南十星なとせの悲鳴も聞こえてきた。


(危険な消火器ヤツ、使いましたのね……!)


 心配をしている場合ではないのに、コゼットは一四号館――初等部校舎の廊下を走りながら思った。

 彼女は今、敵に追われて走っていた。斧を手する虫じみた甲冑をつけた大男に追われるのは、ちょっとしたホラーであることに内心毒づく。


(わたくしのバトルスタイルじゃねぇーつーの……!)


 《魔法使いソーサラー》としてのコゼットの戦術は、遠距離に傾向している、典型的な『魔法使い』だ。近接戦闘も不可能ではないが、《魔法》を使った方法なので、《神秘の雪ミスティック・スノー》がまたたく今は使えない。

 だから胸鎧キュイラスの部品が揺れる音を立てながら、逃げ回るしかなかった。


 ただし、本当にただ逃げているだけではない。対特殊部隊スペツナズ用に作られた罠は、おおよそコゼット自身が設置したため、どこになにがあるか正確に覚えているのだから。

 スニーカーでの足音を響かせて、目的の場所に向かうため廊下を曲がり、階段前にたどり着き。


「がっ――!?」


 思わぬ衝撃に体を浮かせた。横殴りの力に壁へ叩きつけられ、そのまま階段を二回転して踊り場まで転げ落ちる。

 銃弾も防ぐ頑丈さがあるため、防具として空間制御コンテナアイテムボックスを背負っていたのが幸いだった。追いすがった敵が、避けるように手斧を横薙ぎに叩き込んだゆえの出来事だろう。


「痛っ……!」


 とはいえ、完全な無傷ではない。絶え間ない静電気で体がしびれかけているので、実際に感じたのは『痛み』ではなく『熱』だったが、体のあちこちで感覚が生まれる。更にぶつけた際にどこか切ったか、汗のような流れを頬に感じる。

 しかし構う間などない。追っ手が一気に階段を飛び降りてきた。

 踏み潰される前に体を転がし、辛うじて避けることができた。しかし敵はそのまま近づいて足を突き上げ、床に倒れるコゼットの腹を蹴りつけた。


「かは……ッ!」


 そしてまたも衝撃に体が浮き、階下まで吹き飛んだ。廊下の壁に叩きつけられ、コゼットは息を吐いた。

 しかしダメージはさほどでもない。鍛えられていない彼女でも耐えられる衝撃だった。


 コゼットが身につける鎧は、《魔法使いの杖アビスツール》の部品――その中でも完全ブラックボックス化され、分解もも不可能な、コアユニットとバッテリーを貼り合わせている。

 メーカーはなにも明かしていない。そしてあまりにも非常識なため、伝説に近い荒唐無稽な話だ。《付与術士エンチャンター》をはじめとする関係者たちにより、囁かれていることがある。

 《魔法使いの杖アビスツール》の中枢部品は、時間が停止している。だから壊すこともできないのだと。

 それが真実だとすれば――否、実在する時空間制御能力の持ち主である、ナージャの絶対防御魔法と同等の性能があることになる。これだけで銃弾を跳ね返すことができる。


 ただし衝撃を受け止める性能はなく、玉突きのように部品がそのまま肉体に食い込むだけだ。だから水と片栗粉を混ぜたものを、複数のビニールパックに詰め、ベスト状につなぎ合わせた鎧下ギャンベゾンも装着していた。

 片栗粉と水を濃く混ぜ合わせると、ダイラタント流体というものになる。遅い力には流体のように、速い力には固体のように、粘度が変化する特異な性質を持つ。

 つまり簡易的で性能は劣るが、敵の戦闘用スーツにも使用されているリキッドアーマーと同じ機能を持っている。


 胴体部分だけだが、現状考えうる最高の防御力を、彼女は装着している。

 しかし、もう通用しないだろう。嫌でも鎧の性能に気づいたであろうから、次は守られていない手足や頭を狙ってくる。


「がっ!?」


 そのために、再度階段を飛び降りた敵は、倒れたコゼットを引きずり起こした。首を掴まれ壁に押し付けられ、腕一本で吊り上げられた。

 首の骨を握り潰される危機感を覚え、コゼットは暴れる。その際に幸運が触れた。

 押し付けられた壁のすぐ脇に、消火器が設置されていた。色分けは自爆の危険がある機能だが、考えていられる状態ではない。


「――クソがぁ……っ!!」


 コゼットは喝を入れて手を動かす。片手で安全ピンを抜き、必死の思いでレバーを押し込むと、普通の消火器と同じように、ホースから白い粉を噴出する。

 粉を吸い込まないように息を止め、必死に顔を背け、コゼットはホースを掴んで、相手の顔面に向ける。苦し紛れにしか思えない行動に、相手は怯むことないが、構わない。

 そこに《神秘の雪ミスティック・スノー》の電波を受けて、《マナ》が放電する。

 途端、小規模の爆発が起きた。


 設置されていた蓄圧式消火器そのものには、全く改造をほどこしていない。ただ消火剤は、普通の粉砂糖よりも粒子が細かいシュガーパウダーや、水分を飛ばした片栗粉に詰め替え、空気ではなく純粋な酸素で内部圧を高めている。

 可燃性の微粒子と酸素を噴出する状況に、《神秘の雪ミスティック・スノー》で発生し続けている静電気が火種となり、昨今マンガなどではお馴染みになった粉塵爆発が発生した。

 ただし、威力そのものは大したものではない。屋内とはいえ、粉塵が充満していない廊下で起こしても、ダメージにはならない。自爆を覚悟したコゼットも、肌に新たな刺激を感じ、金髪を少し焼いただけだ。

 だが、予測外であろう顔面での爆発に、敵はひるんで手を離した。


「げほっ……!」


 解放されたコゼットは、ふらつく足に力を入れて懸命に離れ、近くの教室に飛び込む。

 そこに目的の物を置いてある。消火器そのものは、十路が部活時によく使っている、ペットボトル・ロケットと同じ改造をほどこしている。それを二本、太い鎖で繋げてある。

 小学生用の低い机を発射台にし、入ってきた入り口に向けて構えると、立ち直った敵はすぐさま追って入ってきた。


「この……!」


 即座にコゼットは、二本同時にレバーを引いた。


 帆船全盛期の時代、砲弾そのものが炸裂する榴弾は存在しなかった。だから艦載砲で発射される砲丸ラウンドショットのみで、敵の船を沈没させることは困難だった。

 そのため、マストやロープ、滑車や帆を破壊し、運動性を奪うことを目的とする特殊砲弾が使われていた。その一つが鎖弾チェーンショットと呼ばれるものだった。二つの砲丸を鎖で繋げて発射すると、鎖を引っ張って回転しながら跳び、艤装ぎそうを破壊した。


 消火器を改造した鎖弾チェーンショットに、そこまでの威力はないが、機械の鎧に巻きついて、敵の動きを封じることはできた。

 とはいえ、巻きついているだけなので、さすがに鎖が引き千切られることはなくとも、時間をかければ自由を取り戻してしまう。


 だから、もうひとつ策を追加する。これを見越して設置していた、別の改造消火器を蹴倒し、コゼットは廊下に飛び出る。

 その消火器は噴射機能はなく、ただ二重底にして内部を真空断熱化――魔法瓶のようにして、金属蓋をかぶせていただけだ。マイナス一八三度以下という極低温の青みがかった液体を、校内で不審を抱かれないよう設置するための改造だった。

 敵を凍らせようというのではない。きっと凍らせる間もないだろう。

 ぶち撒けたのは、低温実験でよく使われる液体窒素ではなく、《魔法》で作った液体酸素なのだから。


「ひぃぃ……」


 先ほど廊下で使った粉砂糖入りの消火器を下ろし、コゼットはコンクリート製の壁に隠れて腕を伸ばし、ホースだけを教室に入れてレバーを引く。蓄圧式消火器はレバーを戻せば噴霧が止まるので、中身は充分な量が残っている。理工学科の実習はもちろん部活時でも、手作業でこんな危険行為はしないため、へっぴり腰になるのは見逃して欲しい。


 しばらくして、先ほどとは比較にならない大爆発が教室を蹂躙じゅうりんした。衝撃波と机が教室と向かいの廊下の窓を粉砕し、轟音が周囲を揺らす。


「……我ながら、酷いですわね」


 コンパネや諸々もろもろの破片が降る中、耳の痛みに顔をしかめて、動揺を誤魔化すためにコゼットはこぼす。予想はしていたが、やはり実際に現象を起こした迫力は、平常ではいられなかった。


 荒れ果てた教室を恐る恐る覗くと、敵の姿はなかった。どうやら衝撃波で屋外まで吹き飛んだらしい。戦闘用スーツにどこまでの対爆性があるか不明だが、電磁波を防ぐための機密性や、銃弾を弾く防御性能があれば、装着者はなんとか生きているのではないかと無責任に結論づける。


 燃焼には酸素が必要だと、小学校の理科で学ぶ。酸素を充満したビーカーの中で、火のついたスチールウールを入れる実験は、きっと誰もが目にしている。

 液体酸素をまき、蒸発して濃度が高まった教室で、もう一度粉塵爆発を起こしたら、そんな実験とは比較にならない。燃焼促進剤としての反応が文字通り爆発的に加速し、破壊力は増大する。


 しかも《神秘の雪ミスティック・スノー》発動中は、暴発の危険が高く爆発物は使えないと、昼間の部会で言っていたが、ある程度の対策はできる。金属導体で完全に覆ってファラデーケージを作れば、電磁波を防ぎ、電流は外部を流れ、内部の物を保管することができる。

 消火器はほぼ金属でできている。それに液体酸素も粉砂糖も、爆発物ではない。ある条件下で危険物と化すのであって、少々手荒に扱っても暴発は起こらない。


「はぁ……」


 壁に寄りかかり、床にへたり込み、コゼットは深い安堵の息をつく。

 校内に敵はまだ多数存在しているのだから、これで終わりではないのは、重々承知している。だが目前の危機を排除でき、脱力してしまった。


 今回のような戦闘行為を行う部活動の度に、部員の誰かが傷ついている。相応にはコゼット自身も危険な目に遭っているが、後輩たちほどではない。

 かすり傷程度の血しか流していない。前衛を担当する後輩たちは、時に半死半生の目に遭っているのに、いつも安全地帯から高みの見物をしている。

 敵と直接相対することが絶対とは思っていない。後輩たちの運動能力と比べるのが間違っている。チームで動くには後方支援も必要だと理解している。それが自身を一番役立てられるとわかっている。

 過ぎた高望みだ。けれども彼女は思う。


(わたくしは……なんて弱いんですの……)


 今の状況では逃げ回り、奇策を使ってようやく敵を排除できる、自身の無力さに歯噛みしたくなる。


 ともかく、自分にできる事を行うしかない。ひとつ間違えば死ぬ戦いなのだから、敵を倒して勝つよりも、負けないことを主眼に置いて。

 錯綜しながらも思考をまとめ、ひとまずの目的を見出したものの、追われていた敵を倒したという緊張からの解放で、緊張感を完全に忘れていた。

 ために、行動が遅れた。


 ふと振り向けば、先ほど通ってきた階段前から、黒い人影が出てきた。別の敵が現われた。


「く……!」


 周辺に設置した罠は使い切ったため、移動しなければやられる。慌てて動こうとしたものの、座り込んでいた姿勢からでは、どうしても行動が遅れる。

 コゼットがもたついている間に、敵は斧を振りかざして距離を詰める。

 が、鈍い音と共に突然つんのめり、顔面から倒れてコゼットの前まで滑り、関節部から火花を散らして不気味な動きを開始した。


「ごめんなさい。部長が戦ってるなんて思ってなくて、ここで迎撃するために二チームほどおびき寄せたんです」


 後ろから追いすがり、敵を突き飛ばしたであろう彼女が、緊張感で申し訳なさを感じない声で言う。

 窮地に現われたのは『彼』ではなかった。それに少し落胆した。けれども同時に安堵もした。


(無様な姿を見せずに済んだ……としましょうか)


 年上なのだから。『部長』と呼ばれているのだから。ちょっとした見栄もある。格好悪いところを見せずに済むなら、その方がいいに決まっていると。

 コゼットは気を取り直して立ち上がりながら、現われた樹里に確認する。


「バイクはどうしましたの?」

「別行動してます」


 別れる時には《使い魔ファミリア》に乗っていた彼女は、二本の足で移動し、巨大な盾を引きずっていた。

 それを床に突き、重量を肩で支え、樹里はやって来た背後の廊下を指差す。


「ここは私が片付けますから、部長は。排除しながら上がってきたところですから、こっち側の階段から降りれば、きっと大丈夫です」

「えぇ……お任せしますわ。そろそろわたくしは、次の用意をする必要がありますし」


 敵が多いならば、とても自分では対処できない。そう判断したコゼットは、この場を彼女に任せ、用心しながら校舎を移動することにした。

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