030_2000 彼らが邪術士と呼ばれる理由Ⅰ~【前菜】硝煙白刃~


 住宅地を周回しながら、《真神まがみ》は追加収納パニアケースの汎用機関銃MINIMIを、反動を遠隔操作式無人銃架RWSのダンパーで吸収させ、短連射を繰り返す。


【チョコマカと……!】


 対して《バーゲスト》は後輪を滑らせ振り返り、斜め後方に走りながら、弾丸をはじき飛ばす。積層装甲コンポジットアーマーのボディを分割・稼動させ、最適な角度を作る可動式装甲は、本来ならば貫かれてしまうライフル弾を防御する。


 そして無反動砲を展開し、《真神》に向けて発射した。使うのは装甲貫通能力だけでなく、大量に破片をばら撒く殺傷能力もあわせ持つ多目的対戦車榴弾HEAT-MP――効果的に直撃させなくとも、《使い魔ファミリア》程度の装甲強度ならば、至近距離の爆発で破壊できるだろう。


 しかし《真神》は走りながら、縁石の出っ張りを使い、同時にスピードとサスペンションとタイヤの空気圧を操る。

 すなわち、跳んだ。小馬鹿にするようにオートバイは走りながら宙返りをする。回避された砲弾は、むなしく民家へと突き刺さった。


 無反動砲は軽車両を一撃で破壊可能だが、連射はできない。身軽な《真神》に当てるには、工夫が必要だった。

 汎用機関銃は連射できるが、戦闘車両にとっては一発の破壊力は知れている。ならば強固な鎧がなくとも盾があれば、《バーゲスト》には充分だった。


【ドテッ腹に風穴けられなさい!】


 だから過激イクセスと名づけられた人工知能が、新たな術式プログラムを実行する。


【そう簡単に決着ついては、面白くないでしょう?】


 だから平静カームと名づけられた人工知能が、応じて同じ術式プログラムを実行する。


 消音器サイレンサー型の外部出力デバイスから《マナ》へと、神戸市の消費をまかなうほどの大電力が与えられる。《魔法回路EC-Circuit》が形成され、仮想の電子銃がビームを放ち、仮想の電磁石アンシュレータが自由電子を蛇行させ、仮想の共振器が発振する。

 直接 《魔法使いソ-サラー》の脳と接続をせず、彼らが持つ《魔法使いの杖アビスツール》を通じて無線接続を作っているため、その処理速度はどうしても遅れる。じれったさを覚える発射準備を行ってほぼ同時。

 二輪車の不安定さをあえて活用し、転倒寸前まで車体を傾けて車高を低くし、スピンしながら相手の攻撃予測線を回避すると同時に、《Quantum-electrodynamics THEL(量子電磁力学レーザー砲)》の高出力自由電子レーザー光線を放つ。

 だが二条の熱線は互いの車体からだに触れられない。無人の住宅地をいびつな円形に切り取るに終わる。


小賢こざかしい……!】


 《バーゲスト》とは、西欧の伝承に登場する、わざわいを振りまく魔犬。


【フフ……】


 《真神》とは、人々に畏怖いふされ神格化された、ニホンオオカミの古称。


【本気を出すのは久しぶりです! 楽しいですよ、《バーゲスト》!】

【だったら絶頂したまま破壊されなさい! 《真神》!】


 車体名称とは似ても似つかぬロボット・ビークルたちは、四肢の代わりに二輪のタイヤで疾走し、牙の代わりに銃火器と《魔法》を応酬しあう。



 △▼△▼△▼△▼



 それにまたがる者たちも、その名の連想とは離れた戦闘を行っていた。


 民家に飛び移り、屋根の上を走り、十路とおじは《魔法》を次々と実行しながら、フルオートで銃を連射する。効果を付与され発射された被覆鋼弾フルメタルジャケットは、《鳥撃弾バードショット》で一ミリ粒に、《鹿撃弾バックショット》で八ミリ粒に、《刃形特殊散弾SCMITR》でデザインナイフのような小さな刃に分裂して弾幕を作り上げる。更に要所要所に小型榴弾として《破片弾頭HEAB》をばらいて回避方向を誘導し、そこに本命の《装弾筒付徹甲弾APDS》による二次加速超高速弾を放つ。

 《魔法》を付与させて変形する銃弾――いわば『魔弾』を放つ。それが十路の本当の、《魔法使いソーサラー》としての戦術だった。


『まさかこの程度じゃないよなぁ!?』


 対する市ヶ谷いちがやは、物質操作の《魔法回路EC-Circuit》を盾にして、道路を挟んで屋根を並走する。それに触れた散弾は、更に細かく微粒子へと分解される。マッハ五にまで加速する超高速弾ならば、完全に分解される前に肉体をつらぬくだろうが、銃口の角度から弾道計算を行っているのだろう。ギリギリの見切りで射線から外される。

 防御のみならず、その合間合間で市ヶ谷は槍を振り回す。《魔法回路EC-Circuit》の銃が作られ、圧縮冷却による固体空気の弾丸の作成・発射術式プログラム――《氷撃》が連続実行される。


市ヶ谷コイツ、なとせに手加減してたな……)


 非常識な銃撃戦に、十路は走りながら感想を抱く。

 市ヶ谷は《魔法使いソーサラー》との戦いに慣れている。個人個人に得手不得手があり、その優劣は場面場面で変わるものだから一概いちがいには言えないが、感じる彼の強さは、十路と同等程度か上を行く。

 ならば南十星を瞬殺することも、可能だったはず。


(なとせの件だけでなく、俺とるのが目的ってのは、どうやら本気らしいな)


 挑発を無視して思考がめぐるその間も、訓練された十路の生体コンピュータと肉体は機能を発揮し、弾道予測で視界に映る予測攻撃線を避けながら走る。

 《氷撃》による音速の固体空気が次々と屋根ではじけ、虚空へと消える中、再装填リロードの時間を稼ぐために、《使い魔ファミリア》同士の戦況を変える意味も込めて、十路は眼下の道路に通りかかった《バーゲスト》へ飛び降りる。

 しかし稼げた時間は一秒ほど。からになった弾倉マガジンを交換したところで、市ヶ谷もまた追って飛び降りる。


 意図をんだ《使い魔ファミリア》たちは、姿勢を変えずに距離を詰める。《バーゲスト》は前進し、《真神》は後進し、接触寸前に直列して走る車上に二人の《魔法使いソーサラー》は着地。市ヶ谷は槍を短く構え、十路は射撃をあきらめて小銃を構え、同時にシートとハンドル廻りを踏みしめ安定を確保する。

 そして各々おのおのの得物を突き出した。

 直後に壮絶な火花と撃音が発生する。一合二合四合八合一六合三二合六四合。強化した筋肉で、人間離れした速度で鎌槍と銃剣バヨネットが振るわれて、二枚の槍襖やりぶすまと化して衝突した。


 手する《杖》は武器の形をした電子機器。扱うのは《魔法》という名の超最先端科学技術。《魔法使い》と呼ばれる者たちは、十に満たない時間に百を超える攻防を行い、通称とは異質の激突を繰り広げる。


『ははっ、やっぱ一筋縄じゃいかねぇか!』


 距離を開いた《真神》の車上で、市ヶ谷は陽気に、邪悪に笑う。


『楽しいなぁ……堤十路』

「殺し合いを楽しむような神経なんて、俺は持ち合わせてない。お前たちと一緒にするな」


 向けられたシールド越しの餓狼の笑みに、十路はヘルメットの中で冷淡に返すと、なぜか一転し、市ヶ谷の声に薄い怒りが混じった。


『こんなくだらねぇ事、そう思ってないとやってられないだろうが……!』


 まともな思考回路を持っている男なのだと、十路は意外に思うと同時に納得もする。

 一般人の多くが誤解しているが、軍事心理学的には兵士といえど、敵を殺せないのが当然とされている。戦闘行為で明確な殺意を持って敵を殺せる、本当の意味で『戦える兵士』は全体の二パーセントほどしか存在しない。

 そして軍事的な《魔法使いソーサラー》は、人間心理の通常を外れて、その二パーセントになることを要求される。

 正当な理由で敵を殺したときでさえ、人はトラウマを抱える。そんな戦闘ストレス障害から逃れるために、きっと市ヶ谷はそういう意識を作り上げている。

 そして。


(賭け、成功するか?)


 ただでさえ危ういの確率が、幾分か上がったと見通す。


【あなたの《使い魔ファミリア》とは、随分と考え方が違うようですね】


 冷たい声でイクセスが口を挟むと、市ヶ谷の足下でカームが応じる。


【私たち《使い魔ファミリア》は、破壊のために開発されたものです。《バーゲスト》、私に言わせればあなたの方が異常です】


 だから《使い魔ファミリア》に役目を与えられている。単独行動の多い《魔法使いソーサラー》に付き従い、不可を可にする彼らでもできないこと――たとえば人としての意識が忌避きひすることを代行する。


 彼らは半径一キロの範囲を周回しつつ、戦闘を中断して悠長に会話しているわけではない。十路は初弾を薬室チャンバーに送った銃を向けているし、撃てば《真神》の機関銃も火を噴くだろう。だが同時に、即座にイクセスは無反動砲で砲撃する。そして市ヶ谷も即座に《魔法》を実行できるよう意識を張っているはず。

 膠着こうちゃく状態になっている。それがわかっているから、誰も手を出さない。手を出せない。


『堤さん!』


 状況を変えたのは、コゼットからの無線だった。打ち合わせ通りの準備と、が完了したのだろう。

 そして封鎖地域内を周回するコースを、先導する《真神》が取ろうとしたが、それより先に《魔法回路EC-Circuit》が発光し、道路が隆起して壁になって進路を塞ぐ。コゼットの物質形状操作術式プログラム《ピグミーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Pygmy》の効果だった。

 その程度では《魔法使いソーサラー》の戦車である《使い魔ファミリア》の進行を止められないかもしれないと、更に十路は《魔法》を込めない銃撃を行い、イクセスが無反動砲を発射する。


『なに考えてやがる……ッ!?』


 進路を封じられ、攻撃回避の必要により、進行方向を変えざるをえなくなったことに、風に乗って市ヶ谷のうめき声が届く。


「さぁな! なにも考えてないだけかもな!」


 市ヶ谷の問いに、十路はヘルメットの中で不敵に笑い、発砲を続けて追い立てる。

 進路の先に突入時の消火剤で白く染まった、自衛隊車両があった。十路たちが突破した封鎖線の隅には、ワイヤーで拘束されて目隠しをされた、自衛隊員と警察官が地面に転がっている。

 そのかたわらにコゼットと、パトカーを材料にして組み立てたのだろう。白黒ツートンカラー鎧の兵士ゴーレムが立っていた。

 

 二人の《魔法使いソーサラー》による挟撃を、きっと市ヶ谷も考えただろう。しかし彼女は兵士を盾にし、動かない。


「堤さん!」


 ただ、コゼットが身元を隠すために借りて着ていたコートを、十路に返すために放り投げて。

 そして、腕を精一杯伸ばして、装飾杖を掲げた。

 風に乗って届いた片手でコートを受け取り、十路も応じて小銃を片手持ちで掲げて。


「「リンク!」」

 

 声と《魔法使いの杖アビスツール》を重ねる。

 金属音を響かせて触れ合うと、十路の脳内に新たな回線が確立された信号がともる。ただ無線通信のやり取りを行うだけではない、同期してネットワークを構築するように接続が生成される。

 そしてベストの弾倉マガジンが取り出しにくくなるのも構わず、十路は受け取ったコートに素早く袖を通して走り去る。通り過ぎた背後のコゼットが、装飾杖に横座りして、飛んで追いすがるのを確認しながら。

 二人と二台は、戦いの場を移そうとしていた。衆目しゅうもくと被害をひとまず考えなくて住む封鎖地区から、そこで戦えばとんでもない被害を出すだろう、その外へと。

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