030_1810 兄の戦った昨日、妹の戦う明日Ⅶ~金曜日の爆発海軍カレー~


 建物が崩れる轟音は収まり、ほこりと細かな欠片が舞い上がる中、少女の声が響く。


「ずいぶんと……舐めたマネしてくれんじゃん……!」


 山になった瓦礫がれきが一部、爆発したように飛び散る。

 南十星なとせは床に両手を突いていた。そのかたわらには、崩れる建物から彼女の体を守った、コンクリートで出来た二本の巨大な手を従えている。

 彼女の《魔法》はいわば有線式なので、遠距離での発動ができない。だから床に手を突き、そこから体に纏っていた《魔法回路EC-Circuit》を伸ばすことで、コンクリートの構成物質を筋肉繊維のように半流動化させた、腕の延長を作成――特殊な形態であり、コゼットが使うように離れた場所で発揮することはできないが、物質形状操作ゴーレムの一種を行っていた。


「やれやれ……」


 本人だけに許された術式プログラムソースの読み込みから、こんなことができると自身の《魔法》を理解していた。それでも使用は初めてなので成功してよかったと、南十星は安堵の息をつく。

 そこにロケット花火のような音と共に、二本のハープーン・ミサイルが飛来した。低空巡航シースキミング――レーダー感知の難しい周辺の建物スレスレの高さを飛び、GPSで設定された目標付近で跳ね上がる軌道を描いて、上から突っ込んで来る。


「!?」


 南十星はとっさに自分の腕を動かすような意識で、二本の巨大な腕を操作し、突っ込んでくるミサイルを二つとも横合いから掴み取る。ロケットモーターが火を噴き、『離せ』と言わんばかりにコンクリートの手中で暴れるが、その程度で固定から抜け出せない。

 それで終わりではない。更に後続のミサイル二本が突っ込んできた。


「チッ……!」


 今日だけでも何度行ったか覚えていない舌打ちをし、南十星は跳ぶ。直後にミサイルが着弾し、コンクリートの腕と、それに掴まれたミサイルを巻き込んで、大爆発を起こす。

 その爆風に乗るように、固体窒素爆発を起こして南十星は上へと加速する。神戸市内に建つどんな建物よりも遥か高く跳躍した。


(どこから……?)


 敵は市ヶ谷だけではなかった。高速エレベーターのような浮遊感を覚えながら、一千万ドルの夜景を見下ろし、脳内レーダーもフル活用し、ミサイルの発射元を索敵する。

 上昇の勢いが弱まり、高度五〇〇メートル付近に到達した時、新たな動きを感知する。大阪湾の真ん中から、熱源が南十星に向かって飛んでくる。

 《魔法》による視覚望遠を行い、それがミサイルだと確認し、更にそれが現れたのが、一隻の船も存在しない海上であることも認め、南十星は加速した思考回路で理解した。


(まさか潜水艦まで出てくるとはね……)


 潜水艦が持つ攻撃手段は、地上・海上・海中の目標を想定している。だから対潜ヘリコプターのような、空中の相手に対する手段を持っていない。仮に持っていたとしても、対空迎撃を行うために浮上して、莫大ばくだいな水に守られる潜水艦のアドバンテージを捨てる戦術など、取るはずはずはない。

 そんなセオリーを無視して、空中の南十星に四つの飛行物体が急速接近する。IDAS――ドイツ・ディール社で開発された、潜水艦発射型の小型対空ミサイルだった。

 目標に接触して爆発するタイプならば、避ける自身はある。しかし接近してセンサーで自爆して、爆風と破片でダメージを与えるタイプならば、ひとたまりもない。いくら《魔法》で自己修復できるからとはいえ、原型を留めないほど体が破壊されて、復活できる自信はない。

 そして戦闘ヘリ以上の機動性を発揮する《魔法使いソーサラー》に、現代兵器で対抗しようと思えば、それが常識だという程度には南十星も勉強している。

 だから彼女は肘を張り、音を立てて合掌する。同時に彼女の体をおおう《魔法回路EC-Circuit》がふくれ上がる。


「はああああぁぁぁぁ……ッ!」


 東洋武術で言うところの『気』を込めているのではない。轟々ごうごうと風をうず巻かせ、《魔法》と呼ばれる科学が実行される。変則的に体をおおう《魔法回路EC-Circuit》を粒子加速器として使い、合わせた手の中に莫大なエネルギーを込める。


 隙間を空けたてのひらの中で、形容しがたい、不思議で色合いの変化する光が生まれる。『気弾』などと呼ばれる原理も正体も不明のものではない。金属を媒介にしないとならないが、建物が崩壊するほど暴れていれば、金属粒子のほこりを大量に付けている上に、彼女が着ているジャンパースカートは金属繊維を編んでいるのだから不足はない。

 彼女の小さな手でも握れるほどの、周囲の空気を材料にした生成物が作られる。起動用の《魔法回路EC-Circuit》をまとっているだけでなく、それそのものが励起れいき光を放っている。


「食ら――えっ!!」


 最高到達点に達し、上空で体が制止した一瞬に、南十星は四肢に小さな窒素爆発を発生させて投げつける。『肩が抜けるような勢いで』という表現はあるが、本当に肩を脱臼だっきゅうさせながら、新幹線よりも速く、オリンピックの投擲とうてき種目よりも遠く、剛速球を海まで届かせる。

 直後に巨大な水柱が誕生した。通過した射線上にも『おこぼれ』が振りまかれたため、ミサイル四基も巻き込んで決して小さくない連鎖爆発が起きたが、それが霞むほどの大爆発だった。


(あっちゃぁ、やりすぎた……?)


 投げた反動と離れていても届く爆風にあおられ、錐揉きりもみしながら落下しながら、南十星は反省する。正当防衛で攻撃しただけなので、潜水艦とその乗員がどうなろうと知ってたことではないが、小規模な津波とインスタント豪雨を起こしたため、沿岸の無関係な一般市民には迷惑だったろうと。


 現状最強の破壊力を持つのはCL-20という爆薬だが、その効果はダイナマイトの三倍程度、映画などでお馴染みの軍用プラスチック爆薬C-4と比べても二倍弱と、実際に使用すれば違う印象を持つだろうが、工学的に考えると実はそう大した威力ではない。

 しかし量子力学を応用すれば、核兵器並みの破壊力を持つ爆薬を作ることが、理論上可能とされている。

 それを電子励起れいき爆薬という。簡単に言えば、爆薬を構成する物質そのものが、高いエネルギーを保持しているため、起爆時に化学反応だけではありえない力を発揮する。想定される破壊力はけたが違う。既存爆薬の数百倍。通常は爆発などしない物質からでも作られる、現状では《魔法》でしか作りえない超科学の産物だろう。

 南十星はそれを――電子励起金属酸素爆弾を作り上げた。水中の潜水艦に伝播でんぱした衝撃波で、どれほどのダメージが与えられたか不明だが、即座に反撃できる状態ではないだろうと見当つける。

 あとは無事に着地することだけ考えれば――


『それだけ使えれば、軍隊相手でも充分通用するだろうが……』

「!?」


 合成されたような男の声に、南十星は緊張のボルテージを上げる。そして潜水艦を撃退しただろう安堵で、油断していたことを遅れて自覚した。

 どうやって上にいたのか、南十星よりも速い勢いで、市ヶ谷が落下してくる。


『複数の敵がいる場合と、空中戦は、まだまだだな』


 穂先で刺すのでも、刃で斬るのではなく、長柄の打撃が振り落とされる。


「がっ――!?」


 支えのない空中で、衝撃を肩口に受けて、南十星の体は流星のごとく、真下に落下した。

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