030_1620 兄の戦った昨日、妹の戦う明日Ⅲ~ありとあらゆる種類の食材を含んだ料理~


 交錯は一瞬だった。

 南十星は体を入れ替え、足からに着地した。逆噴射として固体窒素爆発を発生させ、突進の勢いを殺したが、それでも衝撃で足の骨が粉砕された。

 たった一回移動しただけで、南十星はボロボロだった。空気の壁にぶつかり、むちでめった打ちされたように皮膚が切り裂かれている。

 片膝と左手を突いた姿勢のまま、彼女はを見上げる。


『お前、馬鹿だろ……』


 道路を挟んだ向かいのビル。電磁力を発生させて鉄筋と磁気的にくっつき、その壁面にしゃがみこむ南十星に、市ヶ谷は呆れた口調で語りかける。

 

 《魔法使いソーサラー》ならば、音速の突破自体は可能だ。しかし高速移動することは、物理的にも能力的にも足りない。あまりにも速い飛行機が、安全限界を超えて空中分解してしまうように。移動のための力と、それが原因で起こる影響を、普通の手段では守ることができない。

 だから南十星は加速した。


「……前にも避けられたってのに、やっぱ同じことしても通用しないか」

『そういう意味でも馬鹿だと思うが、そもそも吹っ飛んで音速マッハ超える馬鹿なんて、初めて会ったぞ……』

「それでもタイミング合わせてくるなんて、おにーさんも相当な戦闘狂バトルバカじゃないの?」

『腕ぶった切られたってのに、そんな冷静なのも、馬鹿の証拠か……?』


 どこかチグハグな会話の最中、高々と宙を舞ったトンファーを握ったままの腕が、市ヶ谷の背後に落下した。

 ただでさえ満身創痍まんしんそういに見える南十星は、市ヶ谷の槍により、右腕を断ち斬られていた。《魔法》によって血管を圧迫しているため、出血は最小限度にとどめている。


「あっ、そ」


 呆れは軽くいなし、南十星は左手のトンファー《連理》をベルトに挿し、意識を集中させる。

 《魔法使いの杖アビスツール》は起動時、《魔法使いソーサラー》の脳と無線接続されているとはいえ、その範囲はごく短い。切断された右腕が持っていたトンファー《比翼》は、接続が切られている。

 だから《連理》を通じて、通常の電波無線通信を行う。脳波によるものと比較すれば時間がかかるが、稼動自体は不可能ではない。

 筋肉質とはいえ歳相応の少女らしい、マネキンの部品のように屋上に転がる細い右腕が、《魔法回路EC-Circuit》をまとい、固体窒素の爆発で推進力を作り出す。


『うぉ!?』


 背後から飛来し、慌てて避けた市ヶ谷のかたわらをすり抜けた自分の右腕を、南十星は残る左手で掴み取る。


「なるほろ。前にぶちょーが言ってた『一基を手放してもう一基で通信』ってのは、こーゆー使い方か……」


 南十星は平然としているが、さすがにそれには市ヶ谷もギョッとしたらしい。


『生身の腕でロケットパンチって……!』

「ロケットパンチはロマンっしょ……? つっても、ぶっつけ本番でできたから、あたしもビックリだけどさぁ」


 全く驚いていない声で南十星は返し、手にした右腕の切断面と、肩口までしか残っていない腕を、合わせる。

 するとその部分の《魔法回路EC-Circuit》が一際強い光を放ち、接合される。手を離しても右腕が落ちることはなく、確かめれば不自由なく動き、一度切り落とされたのが嘘のような健全ぶりだった。

 呆然とした様子で、市ヶ谷は追撃も忘れて観察していたが。


『……ははははは!』


 不意に大笑いした。


『堤南十星! 恐れ入ったぜ! お前がそこまで人間辞めてるなんて考えてもなかった!』


 ようやく理解したと。あまりにも非常識すぎたため、そんな想像など思いつかなくて当然だったと。


『まさか治しながら自爆する《魔法》とはな!』

「自爆装置もロマンっしょ……?」


 南十星は獰猛どうもうに笑って、自身の狂気を肯定する。


 彼女が所持する術式プログラムは、極端に少ない。しかしそれは《魔法使いソーサラー》として未熟だからではない。

 たったひとつに集約化されているからだった。

 だから《魔法》と呼ぶと印象が異なるだろう。ざっくばらんに『超人化』と言い換えた方がわかりやすい。あるいはSFじみたパワードスーツを思い浮かべれば、近いだろうか。

 《魔法》を使う際は、ナノテクロジーである《マナ》と通信し、エネルギーを与えないとならない。しかし南十星の場合は、体の内外に、常にエネルギーを与えられた《マナ》をまとっている。

 それは光通信ネットワークであり、拡張された外部出力装置でもある。

 生物が当たり前に持つ神経ネットーワークを使わず、体を覆う《マナ》での通信網――オーバーレイ・ネットワークを構築することで、回路を切り替えるように知覚速度と運動神経を加速させ、体の末端を動かす。

 しかも使用のたびに術式プログラムを解凍展開・通信・エネルギー譲渡を行うのではなく、常時起動状態の機能を、体の延長のように変形させて使用する。熱力学と爆破物理学の応用による、固体窒素爆発式の噴射装置を四肢に作成。直接熱し、あるいは通電させ、あるいは触れて分子分解を行い、『燃える拳』や『帯電した蹴り』『消滅させる掌』を作り上げる。

 つまり、常に全身に兵器を装備し、スイッチを入れれば使える状態にしている。普通に《魔法》を実行することを、背負っていた銃を下ろし、安全装置を解除し、狙いをつけて引き金を引くことだとすれば、その即応性は比較にならない。ミリ秒単位で高速展開する《魔法使いソーサラー》の戦闘において、小さくない優位性アドバンテージとなる。

 そして近接戦闘なら、しかも亜音速・超音速で活動するためには、わずかな時間短縮も必須と言える。

 いわば有線通信を行っているので、発動距離が限定される欠点はある。しかし製作者であるコゼットが欠陥品と称した、彼女の《魔法使いの杖アビスツール》の脆弱ぜいじゃくな性能をおぎなって余りある。


「あたしは兄貴を守るためなら、なんだってやる。それにこんな自爆術式プログラムくらい使わなければ、《魔法使いソーサラー》に勝てっこないっしょ」


 ただしそれは、南十星自身も破壊する危険行為だった。

 《魔法》の発動が至近距離で行われるために、彼女の肉体も巻き込まれる。加熱すれば手は焼けただれ、冷却すれば足は凍りつく。榴弾の爆発のような踏み込みを行い、突きや蹴りを砲撃に匹敵させる行為は、腹に爆弾を抱えて特攻するのと大差ない。

 その防御策は、ない。攻撃のたびに手足がへしゃげ、移動のたびに内臓が破裂するのを防ごうにも、生半可な対策では防ぐ事ができない。

 ならば防ぐことなど考えない。神経伝達を遮断して痛覚をごまかし、壊れた細胞組織を《マナ》によるナノテク移植で別部位のものと交換し、即座に修復して、継続した戦闘を可能としている。


 だから肉体的には、まだいい。しかし脳機能はそうはいかない。

 南十星の《魔法》は複数の効果を集約化した、本来ならば彼女の性能では動かし得ない巨大術式プログラムなのだから、実行すれば脳への負担も大きい。

 しかも一瞬ではなく、駆動した状態を維持しなければならない。脳細胞の演算装置プロセッサーは常に大きな負担をいられ、彼女は絶え間ない頭痛と吐き気を感じているだろう。

 それでも無理して使い続ければ、肉体的にも精神的にも異常を来たし、発狂、脳死に至る可能性まである。


 自らの被害を修復しつつ、して戦う。そんな南十星の《魔法》の特性は理解できても、推測できないことを市ヶ谷は問う。


『その術式プログラムの名前は?』


 おのが血肉を爆薬に。己が体躯からだを砲弾に。骨身を削り。命を燃やし。傷つくことをいとわずに。

 兄を守るという目的のために、どんな手段を使ってでも障害を破壊する。ただその一心で作られた、自己犠牲を越えた信念の具現化。

 だから彼女はその術式プログラムの起動を、読み込みロードではなく、装填ロードと呼んだ。


次世代軍事学型ソーサラス近接戦闘CQB細分化実行オーバーレイ巨大術式プログラム躯砲クホウ》」


 少女の覚悟に触れ、市ヶ谷はこらえ切れない笑いを、喉の奥から漏らす。


『お前、馬鹿どころか……正気じゃねぇよ』

「頭のネジぶっ飛んでないヤツが、《魔法使いソーサラー》なんてやってられんの?」

『ははっ。確かにそうだ、違いねぇ』


 彼はきっとヘルメットの奥で、獰猛どうもうな狼の笑みを浮かべているだろう。それがわかる楽しげな気配を振りまき、市ヶ谷は槍を改めて構え直す。

 応じて南十星もトンファーを両手に構える。砕けた骨も、潰れた臓器も、こごえた肉も、裂かれた皮も、話している間に修復された。牙をいた凶暴な子虎が、本格的な戦闘開始を咆哮するため、大きく息を吸う。


 南十星は以前、《魔法使いソーサラー》としての自身を、《武闘家ストライカー》と評した。確かに格闘術の延長で戦闘するが、そんな言葉では彼女の性質を示していない。

 彼女の在り方は、北欧の伝承に登場する異能の戦士に似ている。軍神オーディンの加護を受け、危急の際にはたけり、死ぬか敵を殲滅せんめつするまで暴れ続け、味方からも恐れられたその戦士たち。

 《魔法使いソーサラー》としての堤南十星を評するに相応ふさわしい、ファンタジックな呼称は――


「I feel the need...The need for speed!(やろうぜ、勝負はこれからだ!)」


 ――《狂戦士ベルセルク》。

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