030_1620 兄の戦った昨日、妹の戦う明日Ⅲ~ありとあらゆる種類の食材を含んだ料理~
交錯は一瞬だった。
南十星は体を入れ替え、足から
たった一回移動しただけで、南十星はボロボロだった。空気の壁にぶつかり、
片膝と左手を突いた姿勢のまま、彼女は
『お前、馬鹿だろ……』
道路を挟んだ向かいのビル。電磁力を発生させて鉄筋と磁気的にくっつき、その壁面にしゃがみこむ南十星に、市ヶ谷は呆れた口調で語りかける。
《
だから南十星は
「……前にも避けられたってのに、やっぱ同じことしても通用しないか」
『そういう意味でも馬鹿だと思うが、そもそも吹っ飛んで
「それでもタイミング合わせてくるなんて、おにーさんも相当な
『腕ぶった切られたってのに、そんな冷静なのも、馬鹿の証拠か……?』
どこかチグハグな会話の最中、高々と宙を舞ったトンファーを握ったままの腕が、市ヶ谷の背後に落下した。
ただでさえ
「あっ、そ」
呆れは軽くいなし、南十星は左手のトンファー《連理》をベルトに挿し、意識を集中させる。
《
だから《連理》を通じて、通常の電波無線通信を行う。脳波によるものと比較すれば時間がかかるが、稼動自体は不可能ではない。
筋肉質とはいえ歳相応の少女らしい、マネキンの部品のように屋上に転がる細い右腕が、《
『うぉ!?』
背後から飛来し、慌てて避けた市ヶ谷の
「なるほろ。前にぶちょーが言ってた『一基を手放してもう一基で通信』ってのは、こーゆー使い方か……」
南十星は平然としているが、さすがにそれには市ヶ谷もギョッとしたらしい。
『生身の腕でロケットパンチって……!』
「ロケットパンチはロマンっしょ……? つっても、ぶっつけ本番でできたから、あたしもビックリだけどさぁ」
全く驚いていない声で南十星は返し、手にした右腕の切断面と、肩口までしか残っていない腕を、合わせる。
するとその部分の《
呆然とした様子で、市ヶ谷は追撃も忘れて観察していたが。
『……ははははは!』
不意に大笑いした。
『堤南十星! 恐れ入ったぜ! お前がそこまで人間辞めてるなんて考えてもなかった!』
ようやく理解したと。あまりにも非常識すぎたため、そんな想像など思いつかなくて当然だったと。
『まさか治しながら自爆する《魔法》とはな!』
「自爆装置もロマンっしょ……?」
南十星は
彼女が所持する
たったひとつに集約化されているからだった。
だから《魔法》と呼ぶと印象が異なるだろう。ざっくばらんに『超人化』と言い換えた方がわかりやすい。あるいはSFじみたパワードスーツを思い浮かべれば、近いだろうか。
《魔法》を使う際は、ナノテクロジーである《マナ》と通信し、エネルギーを与えないとならない。しかし南十星の場合は、体の内外に、常にエネルギーを与えられた《マナ》をまとっている。
それは光通信ネットワークであり、拡張された外部出力装置でもある。
生物が当たり前に持つ神経ネットーワークを使わず、体を覆う《マナ》での通信網――オーバーレイ・ネットワークを構築することで、回路を切り替えるように知覚速度と運動神経を加速させ、体の末端を動かす。
しかも使用のたびに
つまり、常に全身に兵器を装備し、スイッチを入れれば使える状態にしている。普通に《魔法》を実行することを、背負っていた銃を下ろし、安全装置を解除し、狙いをつけて引き金を引くことだとすれば、その即応性は比較にならない。ミリ秒単位で高速展開する《
そして近接戦闘なら、しかも亜音速・超音速で活動するためには、わずかな時間短縮も必須と言える。
いわば有線通信を行っているので、発動距離が限定される欠点はある。しかし製作者であるコゼットが欠陥品と称した、彼女の《
「あたしは兄貴を守るためなら、なんだってやる。それにこんな自爆
ただしそれは、南十星自身も破壊する危険行為だった。
《魔法》の発動が至近距離で行われるために、彼女の肉体も巻き込まれる。加熱すれば手は焼けただれ、冷却すれば足は凍りつく。榴弾の爆発のような踏み込みを行い、突きや蹴りを砲撃に匹敵させる行為は、腹に爆弾を抱えて特攻するのと大差ない。
その防御策は、ない。攻撃のたびに手足がへしゃげ、移動のたびに内臓が破裂するのを防ごうにも、生半可な対策では防ぐ事ができない。
ならば防ぐことなど考えない。神経伝達を遮断して痛覚をごまかし、壊れた細胞組織を《マナ》によるナノテク移植で別部位のものと交換し、即座に修復して、継続した戦闘を可能としている。
だから肉体的には、まだいい。しかし脳機能はそうはいかない。
南十星の《魔法》は複数の効果を集約化した、本来ならば彼女の性能では動かし得ない巨大
しかも一瞬ではなく、駆動した状態を維持しなければならない。脳細胞の
それでも無理して使い続ければ、肉体的にも精神的にも異常を来たし、発狂、脳死に至る可能性まである。
自らの被害を修復しつつ、
『その
兄を守るという目的のために、どんな手段を使ってでも障害を破壊する。ただその一心で作られた、自己犠牲を越えた信念の具現化。
だから彼女はその
「
少女の覚悟に触れ、市ヶ谷はこらえ切れない笑いを、喉の奥から漏らす。
『お前、馬鹿どころか……正気じゃねぇよ』
「頭のネジぶっ飛んでないヤツが、《
『ははっ。確かにそうだ、違いねぇ』
彼はきっとヘルメットの奥で、
応じて南十星もトンファーを両手に構える。砕けた骨も、潰れた臓器も、
南十星は以前、《
彼女の在り方は、北欧の伝承に登場する異能の戦士に似ている。軍神オーディンの加護を受け、危急の際には
《
「I feel the need...The need for speed!(やろうぜ、勝負はこれからだ!)」
――《
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