030_1320 嘘つきは《魔法使い》のはじまりⅣ~ラタトゥイユと呼ぶより洋風ごった煮~


「……!?」


 あまり気分のいい処分法ではないが、七夕飾りを可燃ゴミとして出すために、ノコギリで竹を切り分けていた樹里が、危険を察知した野生動物のように顔を上げた。


「どうした?」


 今日はランニングを中止するつもりで、樹里の掃除を手伝っていた十路とおじが問うと、彼女は緊張感をともなった声を返す。


「電磁波を感じました。そう離れていない場所で、誰かが《魔法》を使ったみたいで……それもかなり高出力のを」

「なとせ、か……?」


 十路はやや面倒くさそうな顔で考える。

 神戸で《魔法》を使える者は、単純に考えて四人しかいない。

 十路と樹里は、現在進行形でお互い顔を合わせている。朝が弱く寝不足気味のコゼットは、きっとまだマンションの自室で寝ている。

 残るのは当然、日課のトレーニングに出ている南十星なとせだ。

 しかし彼女が《魔法》を使わねばならないトラブルに巻き込まれたのか、以前のように練習や移動のためにまた勝手に使ったのか、少し判断に迷ったため、即座に慌てるようなことはない。


 どうしたものとか十路が考えた矢先、早朝の夏空に盛大な音が響いた。火事やガス爆発のような火の手はないが、交通事故などは一線を画す、日常生活では絶対に訊くことのないに爆発音だった。

 距離はそう遠くない。

 そして十路たちが知る南十星は、まともに《魔法》を扱えない。


「……今回は本気でヤバそうだな」

「行ってみましょう!」


 片付けを放り出し、十路と樹里は駆け出した。



 △▼△▼△▼△▼



 夏の公園で、彼女はした。

 爆散した固体窒素の欠片が、ダイヤモンドダストのように舞う。


「チッ……!」


 南十星は忌々いまいましげに舌打ちする。

 着衣がすり切れた彼女の体は、《魔法回路EC-Circuit》におおわれ、虎が毛を逆立てるように、トンファーから紫電が溢れ流れる。


 突き出した素手の右腕を引き戻す。

 植えられていたクヌギを焼き焦がし、幹を半ば粉砕した拳までも砕け、焼けただれていたが、それが見る間に修復されていく。


 握り締めていた左手を開く。

 分解された超硬合金の細かな粉末が、風に流れて紫電に触れ、小規模の粉塵爆発を起こして破裂音を発する。


 ゆっくりと振り向く。

 かかとを軸に反転する彼女のランニングシューズは、凍りついて霜をまとっている。


 そして後ろを振り返る。

 彼女が直前まで立っていた地面は、踏み込みの爆発で、小さなクレーターを作っている。


 そこから伸びる直線の中ほど近く。彼女が突きを繰り出すために、一度踏みしめ、霜柱が立っている場所。

 穂先が切断されたように、半分ほどにした槍を構えたまま、市ヶ谷いちがやは呆然としたていで固まっていた。


 彼女が自身を《武闘家ストライカー》と表した通りの突撃だった。

 だから市ヶ谷は難なく横に避けることができた。

 しかしミリ秒後に起こった現象に、彼は理解が及んでいない様子だった。

 南十星が行ったことを説明するのは、さほど難しくはない。

 市ヶ谷に向かって飛び込むと同時に、槍を左手で払いのけて、右の正拳突きを放った。

 ただし、《魔法》を使って、という特記事項がつく。


『お前……なにをした……?』


 驚愕の色をびさせて、市ヶ谷は問う。

 常人ならば、超人の行為そのものに目を奪われて、それが異常だとは理解できない。超人同士だからこそ、いま行われたことが異常だと理解できる。


音速マッハで動いたのも、驚きだけどな……』


 市ヶ谷はそこまでの情報を持っていないだろうが、十路とコゼットならばまた、別の理由からおかしいと気づける。


『俺の予想が正しければ、いま同時に、一〇種類以上術式プログラムを起動させたぞ……?』


 現状で見てわかるだけでも、南十星は同時に氷と熱と衝撃を作り出した。音速を突破して移動し、その速度に反応して動き、槍に触れたと同時に分子単位に分解し、右腕を修復したことも加えれば、《魔法》で作り出した効果はもっと多い。

 初めて《魔法使いの杖アビスツール》を手にして動作試験を行った時、南十星の頭の中には、術式プログラムしか保存されていなかったはずなのに。


「…………」


 南十星は問いに答えない。《魔法使いソーサラー》が自分の手の内を明かすようなことを、するはずもない。

 それに、彼女が行ったことを、ファンタジックに説明すれば。

 南十星は

 理解できる者は、きっといない。


「まだ、やる?」


 腰に収めたトンファーを、改めて両手に構えながら、南十星は冷たい声で問う。

 ありえない現象が起こった驚きは、まだ去っていない。油断ならない爪を持つ子虎なとせの威嚇に、飢狼いちがやは剥き出した牙を引っ込めた。


『……いや。今はやめておこう』


 《魔法使いの杖アビスツール》としての機能は異常ないだろうが、市ヶ谷は穂先が半欠けになった槍を下ろし、地面に投げ捨てていたアイテムボックスを拾い上げ、それに収める。


『それに続けたくても、これ以上は無理だろ』

「そーだね……」


 《魔法使いの杖アビスツール》の性能上、あまり精度は高くないが、南十星の脳内レーダーに、人間と思わしき物体二つの反応が近づいている。

 街中で盛大に爆発を起こしたのだ。騒ぎにならず、誰も様子を見に来ないはずはない。

 騒ぎに巻き込まれるのは、南十星も市ヶ谷も望むところではない。


『また、な』


 そう言い残し、市ヶ谷は足早に立ち去った。

 市ヶ谷の姿が見えなくなり、脳内レーダーの反応から本当に立ち去ったのを確認してから、《魔法》の実行をキャンセル。全身をおおう《魔法回路EC-Circuit》を解除する。


「また、か……」


 続きがある。相手はまだ手出ししてくる。

 南十星は辟易へきえきするが、相手がやる気を示す以上は、覚悟を決めるしかない。


「とりあえずコレ、どー言いワケしたもんだか……」


 戦闘の痕跡を見回して、南十星は小さく嘆息つく。

 一瞬とはいえ音速突破をしたため、着ている服がヤスリがけされたようにボロボロになっている。

 加えて公園の地面には小さなクレーターが作られ、市ヶ谷の代わりに正拳突きを食らって折れた立ち木は、いまだ小さな炎を上げてくすぶっている。

 さらに市ヶ谷が消えたのとは別の方向から、ランニングウェアの十路と、エプロン姿の樹里が駆け寄るのが確認できた。


「《魔法》の練習で自爆したって、ゴマカすっきゃないかぁ……?」


 本当のことを話すつもりはない。

 十路に本気のチョップを落とされ、怒られる未来が予想できたため、もう一度ため息をついた。

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