030_0320 兄と彼女の絶対領域Ⅲ~生鶏肉/生牛肉/牛レバー(ヒョウ用)~


 問題の解決は今日中には無理という結果が判明し、動作試験は終了。だから十路は、オートバイで南十星と二人乗りをしながら、街の南東にある海岸から学校へと戻るために北上していた。スリットの入った改造ジャンパースカートは、オートバイにまたがるにも便利がいい。


『ぶちょーも乗っけて帰ればよかったんじゃないの?』

【私の定員は二名です】

『サーカスだと二〇人くらい乗ってるし、どっかの国じゃへーきで原付に五人乗りくらいやってるじゃん?』

【日本の路上でやったら確実に逮捕されますよ……】


 無線で行われるオートバイと同乗者のそんな会話を聞いていて、十路は思い出した。


「あ……買い物して帰らないとな」

【トージ? 今の会話の流れで、どうやってそこに結びつくのですか?】

「いや、単純になとせがいるがいるからだ……今朝バカ食いして冷蔵庫をからにしてくれたから、週末に一週間分って買い方じゃダメなのを思い出した」


 朝五時には活動し、日課である格闘技の訓練をするので、彼女は朝からよく食べていたのを思い出し、十路は小さくため息をつく。


『あたし育ち盛り!』

【…………】


 自信たっぷりに南十星は言うが、彼女がまたがっているオートバイは体重をミリグラム単位で把握しているはずだ。しかし慇懃いんぎん無礼な人工知能といえど、その思考能力の原型は女性設定。話題にしない程度のデリカシーは持っているだろう。仮に人造の頭脳は『えー? 体重は小学六年生女児平均と大差ないですよ? あなた中学二年生ですよね? 第二次性徴期ですよね? これで育ち盛り?』などと考えていたとしても。


 学校に残った樹里から連絡はなく、急いで戻る必要もない。戻ったところでオートバイを駐車すれば即解散だろういう時間だ。

 だから十路は、引っ越したばかりの南十星にマンション周囲の施設を教える意味も込めて、そちらの方へハンドルを切る。


【買い物するなとは言いませんけど、バイクの積載量なんて知れてますよ?】

「明日の朝の分だけでいい。本格的な買い物はまたやる」

【今日の夕食は?】

「それなら――」


 そんな会話をイクセスとしつつ、十路がオートバイを停めたのは、ファミレスの駐車場だった。


「今日の晩飯は外だ。これから買い物して作るの面倒くさい」

「おぉ! これがファミレスというものか!」


 大手チェーン店の看板を見上げ、南十星は感動の声を上げる。大げさな冗談ではなく、割と本気で。


「俺と顔を合わせる時は、大抵ファミレスで待ち合わせしてたのに、なに感動することがある?」

「そうだけどさー、あっちド田舎だったから、ファミレスとかコンビニとかカラオケボックスとか牛丼屋とかに入ると、『これがあの!』って感じでカンドーするのだよ」

「いつまでおのぼりさん気分なんだ」

「兄貴もあっちで暮らせばわかるよ? 店って呼べる建物が、家から一〇キロ圏内にないんだから」

「いや、俺もここに転入するまで寮生活だったから、それに近い状態だったけど、そこまでは……」

「てかあたし、サイフにお金そんなにないよ?」

「飯代くらい俺が出す」


 二人はオートバイを降りてヘルメットを外しつつ、お互いの生活模様がうかがえる会話をする。

 そして連れて行けないので、ここで大人しくしているようにと、オートバイのシートを軽く叩いて店に入ろうとした時。


「と~ぉっじくんっ!」

「!?」


 後ろから十路の背中にタックルし、飛び乗ってきた物体が。昨日のジャーマン・スープレックスを思い出し、とっさに重心を低くして身構えたが、それ以上のことはない。


「重いから降りろ……!」

「わ。女の子にひどい」

「そういう扱いされたいなら、背中に飛び乗ってくるな……!」

「つれないですね~」


 アメリカナイズに首を大仰に振りそうな声で言うと、抱きついた背後の人物は、十路の背中から降りた。


「おーっす! ナージャ姉ー!」

「いえーい!」


 そして南十星とパシンと手を打ち合わせる。コゼットを除く他のメンバーは、南十星のそれぞれの呼び名に戸惑いを見せたが、ナージャは全く気にしていない。


「今日の部活は外だったんですね?」

「部活というか、なとせの《杖》の動作試験だけどな」

「それで、今日は帰りがけに晩ご飯ですか」


 学校帰りで鞄を持ったナージャは、十路たちとファミレスのネオンを見比べる。


「わたしもご一緒してもいいですか?」

「…………」


 なにか考慮をする必要は、普通は考えないだろう。だからナージャは気軽にそう問う。

 しかし十路は答えずに、視線を南十星に向けることで判断をゆだねた。


「ナージャ姉が一緒だと、なんか問題あるの?」

「いや、なとせが問題ないなら、俺は構わないけど……」

「?」


 十路の言いたいことが理解できず、南十星は小首を傾げたが、それに彼は返さず、そして彼女も問わず、店に入った。



 △▼△▼△▼△▼



 三人で席に着き、それぞれがオーダーした好みの食事をして、談笑して、食べ終えて。


「さて」


 ナージャがカーディガンの内側から、手のひらに隠れるほどの紙の箱を取り出し、その中の細く白い棒を口にくわえたのに、南十星は驚く。禁煙席に着いたというのに彼女は全く気にしない。


「え? ナージャ姉、タバコ吸うの?」

「違う。まぎらわしいことするって言うんだけどな……」


 十路が苦々しく言う通り、それはタバコではない。


「いやー、食後の一服、たまりませんねー」


 ナージャの口からはみ出ているのは、駄菓子だった。子供が『大人の真似』をするためのジョークアイテムだが、ナージャの細長く白い指が挟むとタバコ以外に見えない。


「食べます?」

「さーんくす」


 差し出された箱に、南十星は手を伸ばす。

 それにいつものように――しかし意図した平坦な声で十路は言う。自分の気持ちに気づかれたくないので。


「デザート食いたければ、追加で頼めばいいだろ?」

「いいの? 兄貴」

「それくらい遠慮する必要ないだろ」

「だけどいつもは自分の分は自分で払えってのに。気前いーじゃん? どしたの?」

「今日だけ特別だ」


 昨日がほぼ初対面なので、十路と南十星の兄妹模様をナージャが知るわけはない。しかし二人のやり取りにピンと来るものがあったらしい。 


「あ~……部の歓迎会は別途やるでしょうけど、身内だけの歓迎会のつもりだったんですねー? だから今日は外食でしかもオゴリと」

「……………」


 そう言われて十路が憮然とした表情で黙ってしまう辺り、それが真実だと雄弁に語っていた。

 南十星はキョトンとし、そして彼があまり器用な性格をしていないのを思い出し、優しい笑顔を浮かべて向ける。


「……ありがと、兄貴」

「頼むから改めて礼を言うな……すっごいこっぱずかしい」

「じゃ、『あたしの好感度が一〇アップしたぜ!』とでも言っておく」

「ヌルい上がり方だな……」


 そんな兄妹の会話を聞いて、十路の横に座るナージャが、駄菓子をくわえたまま腕を絡ませ体を揺らす。


「お兄ちゃんお兄ちゃん、わたしもデザート~」

「こんなデカい妹を持った記憶はない……あと食いたければ勝手に頼め。ナージャが食べた分まで払う気ないから」

「ここでおごってくれたら、わたしの好感度が一〇〇上がりますよ?」

「どうでもいい……」

「え~?」


 白金髪プラチナブロンド紫瞳ヴァイオレットアイというファンタジックな西洋美人が、バニラの香りを漂わせながら豊かな胸の感触を押しつけて、羽毛でくすぐるようなソプラノボイスでおねだりすれば、普通の男ならば否応もなく聞いてしまうだろう。

 しかし十路は迷惑そうに顔をしかめて、体を揺らされるだけ。

 だから南十星は真顔で訊く。


「兄貴さぁ、ナージャ姉のこと、嫌いなん?」

「いや? どうして?」

「すんげー態度が冷たいじゃん」

「……あぁ。知らずに見れば、そう見えるかもな」


 少し考えた十路は、ナージャの頬に手を当てて振り向かる。


「ほえ?」


 以前、樹里にも似たような事をしたが、純朴で素直な彼女と比べれば、ふざけた言動の目立つナージャにやるのは抵抗が少ない。

 だから十路は、唇を近づけすぐに離した。


「……………………」

「……え?」


 彼の所作は何度も繰り返したように、あまりにも自然だったため、ナージャと南十星は固まった。

 はたから見れば、キスしたようにしか見えなかっただろう。


「いっつも平気でくっつこうとする割に、こういう時は不思議とウブい反応するよな……」


 口の中でバリボリ言わせながら十路はぼやく。単に彼女がくわえていた駄菓子を、反対側からかじっただけだった。


「…………」


 しかしナージャはというと、気まずそうに視線を逸らし、半分ほどになった駄菓子を更に半分に折る。他人の口にしたものを食べる――つまり間接キスにすまいと、白い頬を朱を入れて先端側を十路に渡した。


「ナージャのってこんな感じだから、テンション高い時は真面目に応じる必要性を感じなくて、そういう態度なだけだ」


 子猫のように大人しくなり、駄菓子をカリカリかじるナージャを示し説明する。明るいキャラクターを作っているのか不明だが、普段の態度と本当の彼女とは、乖離かいりしているとしか十路には思えない。


「たまにいるじゃん。遊んでるように見えて、実はすんげーオクテでお堅いコとか」

「俺の周囲にそんな人間がいたことない」

「それって兄貴の人付き合いが浅いから、内面に気付かなかっただけじゃないの?」

「否定はしない」


 南十星が言うように、そういう人物は少なくなく、大なり小なり裏表は誰しも持っている。そして『だからなにか困るか』と訊かれれば、接するのに困ることは少ない。

 ただしナージャのようなコミュニケーション過多では、実害がないとも言い切れないので、話が少々変わってくる。

 その上、一般論での問題について、十路は指摘する。


「俺が妙な勘違いしないって思うのは勝手だけど、あんまり調子に乗るなよ? 俺も男だからな?」

「十路くんは勘違いしないんですか……?」

「そう思ってるから安心して、俺をオモチャにするんだろうが。ナージャが他の男にふざけて抱きつくの、一度も見たことないぞ」

「あはは~……やっぱりそういうところは十路くんですね~」


 まだ赤みが残る顔でナージャは小さく舌を見せて笑う。

 彼女と十路の間には、友人以上の親しさがある。しかし恋人関係に発展するような感情はない。じゃれ合い以上のものは見受けられない。

 本気にならないとわかっているから、ある種の安心感にひたっていられる関係。友達以上恋人未満――と呼ぶには十路の感情に違和感を覚えるので『悪友以上恋人未満』とでも評するべきだろうか。


「ま……自分が女だってこと、少しは気をつけろよ」


 クラスメイトに日頃あまり言わない説教くさい言葉を吐いたせいか、十路もやや気まずそうにしながら、店員を呼ぶためのボタンを押し、ナージャにメニューを手渡す。


「一品だけだからな。それと千円以上なら自分で払え」

「…………?」


 言われた内容が理解できなかったようだが、遅れてデザートのおごりのことだと理解し、ナージャは破顔した。


「だから十路くんは大好きなんですよ~!」

「おい……俺がさっき言った日本語、理解してるか?」

「じゃあパフェを『あーん』とかして食べさせあいっこしちゃいましょうか?」

「俺が本気でやったら固まるだろう……できもしないこと言うな」

「……ふーん」


 じゃれつく猫と、それを邪険にできず困る野良犬のよう二人を眺め、南十星は感想らしい感情を見せず、ただ声を漏らした。

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