020_2530 抗う獣たちは銘々の所以にてⅣ~SYN flooding attack -Escutcheon.dtc & Fang.xxxxx-~


「ぐっ……!」


 咄嗟に空間制御コンテナアイテムボックスを盾にしたため、命に関わる傷は受けなかったが、それでも十路の負傷は軽くはない。とがった固体窒素が手足にいくつも突き刺さり、血を噴き出させている。

 このままマイナス二一〇度の矢を放置しておけば、凍傷で細胞が壊死えししてしまうが、今はその処置をするどころではない。


 屋上でひざを突いた十路に、ロジェはとどめを刺そうと、新たな矢をつがえた弓を向けているのだから。


 先ほどまでは闇で様子が見えなかったが、さすがに即席爆弾の爆発に、彼女も無事ではいられなかったらしい。エプロンドレスはところどころ裂けて、血を吸って重くなっている様子だった。傷の度合いでいえば、今の十路と大差ないだろう。


「ふざけた真似をしてくれましたね……」


 しかし苦痛は感じられない。いつも無表情を浮かべていたオリエンタルな顔は、痛みではなく怒りに歪んでいる。


 傷ついた手足で飛びかかることもできなくはないが、それには間合いが遠すぎる。

 しかもなにか動きを見せたら、彼女は保持したつるを手放すだけでいい。引き絞られた弓から矢が放たれ、今度こそ十路の命を貫くだろう。


「あの爆発で生きてたのかよ……」

「さすがに死ぬかと思いましたが、運がよかったようで、これだけの怪我で済みました」


 悪態をつきながら、十路は耳の無線機ヘッドセットに意識を向けるが、スピーカーはノイズ音すら発していない。樹里との回線が確立していないのではなく、どうやらロジェの《魔法》を食らった際に壊れたらしい。


(本気でヤバイ……!)


 助けを求めることもできない。絶対絶命だった。



 △▼△▼△▼△▼



「遠い……!」


 樹里たちが立つ建物から、十路たちがいる場所までは、一キロ以上も離れている。普段ならば大した障害ではないが、今にも十路が殺されそうな状況では話が違う。


【下手に支援攻撃を行うと、トージまで巻き込んでしまいますが……】


 ただ攻撃を届かせるだけならば、《魔法使いソーサラー》や《使い魔ファミリア》の性能ならば問題ない。しかし目標を選択して確実に仕留めるとなると話は変わる。

 現代の《魔法》は、遠距離ではどうしても精度が失われる。だからゲームの『魔法』のように、広範囲攻撃を行っても味方は無傷、なんて真似は不可能だ。


 無差別攻撃を回避するためには、遠距離で《魔法》を発動させるのではなく、《魔法》で作られた効果で狙撃するしかない。

 しかし一キロ先の遠距離攻撃は、凄腕狙撃手スナイパーが可能とする距離だ。銃弾のように風の影響を受けない攻撃手段だとしても、相手が《魔法使いソーサラー》であるなら逆狙撃カウンタースナイプの危険もあるため、難しいことに変わりない。


 無線が通じず、指示も受けられない状況に、樹里は数瞬ほど拳を口に当てて考える。


「……斬る。先輩なら、それでなんとかすると思う」


 しかしすぐに決心し、十路を信じてオートバイを降りた。

 彼女は赤い空間制御コンテナアイテムボックスに長杖を収納して命じる。


「《NEWS》換装、ブレード装填そうてん。システムを長杖ちょうじょうから剣杖けんじょうに移行」


 樹里が持つ装備は《NEWS》と呼んでいるが、それは略称で、正式名称は《Newly Extension Weapon System(新式拡張型武器システム)》という。

 その名の通り、拡張部品を接続することで特化した機能を発揮する、《魔法使いの杖アビスツール》でも特異な特徴を持つ。


【《Saber tooth》 plus. 《NEWS》 "Rhomphair" mode.(《剣歯セイバー・トゥース》接続。《新式拡張型武器システム》ロンパイア・モード)】


 ロンパイアとは、東ヨーロッパの古代トラキア人が敵の馬の足を斬るのにもちいた、直刀に同程度の長さの柄が取り付けられた刀剣だ。和風に説明するなら、つかが長大な大太刀である長巻ながまきに近い。

 同様に、機械の動作音を鳴らして再び出てきた長杖は、姿が一変していた。先端部のコネクタに刀身が接続されている。別々のものをひとつにしただけなのに、樹里の身長の倍近い異様は、暴力的で凶悪な印象を放っている。


「重っ……!」


 この場面で近接戦闘機能に換装するのは、普通に考えれば意味がない。

 しかし樹里はあえて選択し、巨大な刃を引きずり、肩にかつぐように構えて術式プログラムを起動させる。刃全体に《魔法回路EC-Circuit》の青白い光をともらせた。



 △▼△▼△▼△▼



「……?」


 離れていても届く強電磁波――強力な《魔法》の実行を、ロジェは弓を引いたまま感知した。

 視覚を望遠させて確認すると、離れた建物の屋上で、敵方の《魔法使いソーサラー》の少女――樹里が装備を構えてにらみつけていた。彼女が十路の支援のために《魔法》で攻撃する気なのは、考えるまでもない。

 ロジェの得物は弓という反近代的な武器だが、オーバーテクノロジーに匹敵する電子機器だ。それを使えば《魔法使いソーサラー》である彼女にとって、一キロ程度の狙撃は容易だった。


 十路の動きを気にしながらも、ロジェは引き絞った弓を樹里に向けて、即座に《魔法》を実行する。突き出た安定装置スタビライザーの延長のように、《魔法回路EC-Circuit》による磁力線レールが、一〇メートルほどの長さで発生した。

 コイルガンではない。電磁投射装置の代名詞――レールガンだった。矢とはいえ、ローレンツ力によって最高速度まで加速させれば、戦車砲に匹敵する。

 大脳の生体コンピュータが弾道計算を行い、ロジェはその結果どおりに狙いをつけて、すぐさま矢を放つ。

 直後、発射反動によって《マナ》によって仮想形成された磁力線レールは破壊され、彼女のスカートがひるがえった。



 △▼△▼△▼△▼



「!?」


 ロジェの逆狙撃カウンタースナイプは樹里も覚悟していた。むしろ《魔法》の発生を気づかせ、十路への狙いを一瞬でもらすことが狙いだったのだから。

 しかし発射までの所要時間と弾速は予測以上で、とても避けられない。肩に乗せた巨大な刃を盾として、射線に割り込ませるのが限界だった。


「――つぁッ!?」

 

 直撃は防いだ。超音速の矢はバラバラになった。

 だが凄まじい衝撃までは殺せない。樹里は五体がバラバラになった錯覚を覚えて、錐揉きりもみしながら屋上の端まで吹き飛び、コンクリートのふちに叩きつけられる。

 マンガのように砕くわけはない。不快な音を立てて人体がへしゃげた。


【ジュリ!】

「う、くっ……! げほっ、げほっ!」


 イクセスの声に、樹里は飛びかけた意識を引き戻して、即座に状態を確認する。

 硬いコンクリートに背中から衝突したせいで、頭蓋ずがい陥没かんぼつ頚椎けいついと肩甲骨が粉砕され、内臓破裂まで起こしている。


 しかも盾にした巨大な刃は粉砕され、いまだ《魔法》の輝きを放つ破片が、屋上に散らばっている。



 △▼△▼△▼△▼



(勝った……)


 直撃は防がれたが、《魔法使いの杖アビスツール》の破壊を離れた屋上からも確認し、そして再起不能のダメージを与えたとロジェは確信した。

 もちろん《使い魔ファミリア》が残っているから完全な安心はできないが、《魔法使いソーサラー》が共にいなければ、まともな交戦能力はない。


木次きすき……!」


 十路はそちらの方角を見て、樹里が無力化されたことを察し、絶句する。


 この《騎士ナイト》も、まともな交戦能力は残っていない。

 ロジェは悠然とした動作で新たな矢をつがえる。それを引き、放ち、十路を射抜くために。


 彼に恨みがあるわけではない。彼女にも恨みはない。

 それが彼女に課せられた役目であるだけ。

 普段は不遜でふざけた王女の世話役として。いざという時は最強の護衛として。

 ダニュ・アヴァルナ・ノゥンではなく、ロジェ・カリエールとして、彼女が生きるためには必要だった。


(これで終わり――)


 しかし離れた屋上からの反応が消えず、むしろ一気に強力になった。電磁気的なノイズを感じただけでなく、ジェットエンジンの駆動にも似た甲高い音と、夜空を塗り潰す輝きが発生したことに、ロジェは驚きで動きを止める。


(なぜ……!?)


 振り向いたロジェが見たものは、斜めに傾ぐ巨大な光の柱だった。《魔法回路EC-Circuit》の青白い光と、それに包まれるようにして蠢動しゅんどうする赤白いプラズマの輝きが、巨大で歪んだ輪を作り上げている。

 その根元である建物の屋上に、豆粒ほどの大きさに見える人陰が立っていた。


 ロジェが再度望遠した視界に、確かに破壊したはずの《魔法使いの杖アビスツール》を振りかぶる少女がいる。

 彼女の顔には悲痛も苦痛もない。獣の気迫で戦意を浮かべ、距離を挟んで睨みつけている。


 当然だった。ロジェが知らずとも。

 常人ならば死を迎えるしかない致命傷も、《治癒術士ヒーラー》である樹里ならば即座に完治できる。


 そして刃を破壊するのが、彼女の《魔法》の正式な手順なのだから。



 △▼△▼△▼△▼



「《雷獣》――!」


 刃の破片は電磁力に導かれ、長柄の延長上で破砕される。そこでは《魔法回路EC-Circuit》が長円を作り、外周で金属粒子が電磁加速されて周回する。一瞬で音速を突破して凄まじい高周波音を立てながら、空力加熱で灼熱する。


 樹里の新たな装備は、この術式プログラムのために存在する。常磁性超耐熱合金を大量に用意できるなら、どんな形状でも構わないが、他の使用法も考慮して巨大な刃に仕立て上げられていただけ。


「《烈爪れっそう》――!」


 兵器の破壊力を持つ暴力的なサンドジェット研磨か。あるいは超高速金属噴流メタルジェットによるチェーンソーとでも呼ぼうか。

 最長十数キロ先まで展開させ、時速三万キロで周回する金属粒子群は、触れるもの全てを切断する。その破壊力は比喩ひゆではなく本当に、空を裂き大地を割る。


 それが拡張装備をもちいた樹里の《魔法》――高々出力不定形フレキシブル電磁流体カッターだった。


「実行ぉぉぉぉッッ!!」


 光輝く巨大な刃を、樹里は人工島へ振り抜いた。



 △▼△▼△▼△▼



 その速さは風のごとく。その激しさは波の如く。

 疾風怒涛しっぷうどとうの勢いで、爆発的な粉塵ふんじんが一直線に巻き上げられる。

 不定形の刃は、屋上に立つふたりの間を駆け抜け、建物を斜めに切断した。地響きに似た音を立てて、ロジェの側は地面へとずり落ちる。


「……ッ!」


 こんな大規模ながら精密な攻撃を、ロジェが想像しているはずはない。それでも彼女は傷ついた体を動かして、落ちる床を蹴って跳び、残った側の建物に飛び移ろうとする。


 十路もまた同時に、溶ける固体窒素の蒸気をあげて、傷ついた体を動かしていた。


(また賭けかよ……!)


 右手に握った短剣は投げ捨て、左手の空間制御コンテナアイテムボックスから消火器を取り出し、駆け寄りながらレバーを引く。

 すると底を密閉していたふたが圧力で吹き飛んで、連絡橋上で樹里が編んでいたワイヤーの網が広がり、宙のロジェを包み込んで絡みついた。

 手製のネットシューターだった。これもまた、ロジェを屋内戦に引きずり込むために、十路が用意した策のひとつ。


「無駄です――」


 しかしロジェは構わない。矢がつがえられたままの弓を向け、《魔法回路EC-Circuit》を展開する。十路がなにかするより早く、破壊しようという考えか。ネットで動きを封じられていようと、つるを手放す程度ならば邪魔になるはずはない。


(頼むぞ! 動いてくれ!)


 しかし十路は避けない。真正面から突っ込みながら空間制御コンテナアイテムボックスを操作し、ネットを撃ち終えた消火器を捨てる。

 そして彼は機械の腕が差し出した、に持ち変えた。


 空中でロジェが超音速の矢を放つのと、十路が起動した電子部品――《魔法使いの杖アビスツール》の中枢部品を突き出したのは。


「DTC術式プログラムシールド》解凍展開!」


 同時だった。

 直後、ふたりの間で小さな爆発が連続発生した。


「っくッ!!」


 超音速の矢がかたわらを通り抜けた余波に、十路は思わずうめく。


「な……!?」


 宙のロジェは爆風の余波を受けつつ、驚愕をこぼす。

 当たるはずの攻撃が、外されたのだから。


 しかも『出来損ない』であるはずの《魔法使いソーサラー》が、《魔法》を使って。


 十路の前に出現した《魔法回路EC-Circuit》の形状は、彼が叫んだような盾にはとても見えない。確かに光る電子回路図で、防盾ぼうじゅんのようなものが構成されているが、筒を束ねたものが突き出ている。戦闘車両や艦艇に搭載された機銃を連想する。


 その《魔法》は、あらゆる方法で、あらゆる攻撃を迎撃するための、汎用能動防御システム構築術式プログラムだった。

 弾体にレーザーを照射して破壊ハードキルすることも可能だったが、生身では飛び散る破片がかすっただけでも致命傷になる。

 だから十路はバブルシールドモードで実行した。本来ならば艦艇から指向性爆薬を投射する構想中の防御兵器で、仕組みは若干異なる。

 先行して発射した固体窒素の弾丸にレーザーを照射して、昇華爆発させた衝撃波で矢を攻撃し、軌道を変化させ遥か彼方の夜空へらした。


「ッ!」


 必殺の一矢をしのがれ、ロジェは小さく舌打ちしながら屋上に着地した。足元にも絡まったネットを踏むことで、上下に張り出た弓を動かすことも、腰から新たに矢を抜くこともできなくなる。しかも鋼線を編んだワイヤーは、容易なことで切断できない。


「寝てろ!」


 間合いを詰めた十路は、新たに改造消火器を取り出して。

 銃のようにロジェに突きつけて、至近距離でレバーを引いた。

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