090_1250 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様Ⅵ ~因果関係~


(あー……もうダメでありますね)


 ワンピースのスカートをはためかせ、ざき超高速飛行スーパークルーズで飛べば、すぐに問題の光景が目に入る。

 野依崎が指揮下に置く《使い魔ヘーゼルナッツ》の巨大な機影と、その周囲を取り巻く戦闘機・ヘリ・艦艇を確認できた時点で制止する。


 艦は自衛戦闘、しかも非致傷の設定で近づかれぬよう戦わせていたが、やはり波状攻撃を仕掛けられたら、物量に負けてしまった。無人自律戦闘可能とはいえ、やはり運用には人の手が必要で、装填された分の弾薬を使いきってしまえば、弾切れで戦闘不能におちいってしまう。

 リヒトとゆうの手によって、バッテリーは半分にして別の部品を取り付けられているので、《魔法》による次世代戦闘能力も半減している。


 なので輸送ヘリが取り付き、ハイブリッド飛行船である《ヘーゼルナッツ》の上部からロープで隊員たちが降り立ち、艦内に侵入されている。

 艦内通路の隔壁は下ろしているが、このままでは突破は時間の問題。さすがに人員がいるのに、飛行中に艦載コンピュータの再起動はなかろうが、システム的にも乗っ取られる未来は確定している。


(好き勝手やってたでありますが、それなりに気に入っていたのでありますがね――)


 ほったらかしの時間が長いとはいえ、自ら手をかけて使っていたのだから、それなりに愛着は持っている。

 物理的には飛んでいても落ちることが確定した艦に、ほんの少しだけ感傷のようなものをにじませていたら。

 海中からカプセルが飛び出し、水中発射型のミサイルハープーンが火を吹いて飛び出してきた。

 野依崎は即座にレーザー光線を照射して迎撃する。本物の潜水艦とは比べ物にならない隠匿性だから、海に隠れているのは事前にわかっている。


 艦艇のスクリューがかき回しただけではない、マイクロバブルで白濁した海面を割って飛び出し、船腹を海に浮かべる。

 夏に戦った時には文字がペンキで書きなぐられていたが、それがなく黒い艦体そのままの、可潜戦艦トントンマクート二番艦だ。


 潜水のために艦内に格納されていた船外設備が開放され、圧縮空気音と共に金属の塊が射出される。

 今度はミサイルではなく、金属製のひつぎだった。射出された勢いそのままで突っ込んできたので、野依崎は背面から巨大な機械腕を解凍展開させ、真正面から殴りつける。


 鋼鉄の激突と共に、双方とも反動で退くが、推進力を発してわずかな後退にとどめる。


「You are sassy...(なんか新しい装備あるし)」

 

 メカニカルな装飾がほどこされた燕尾服を身にまとい、がい脊椎せきついを模した短杖を手にした、痩身そうしんとニキビ顔のせいで不健康に見える。

 名を持たず、No.735という番号と、《墓場の男爵バロン・シミテール》のコードネームを持つ少年が、宙に制止する棺に立っている。


「Are you a basement dweller?(今回もお前は艦に引きこもるか思ってたでありますが)」


 No.44という番号と、《妖精の女王クィーン・マブ》のコードネームを持つ少女は、スラングで軽く流しながら、背中の空間制御コンテナアイテムボックスから子機ピクシィを飛び立たせる。


 《ムーンチャイルド》と名づけられた人造の《魔法使いソーサラー》たちが空中で睨みあった。



 △▼△▼△▼△▼



 近接戦闘特化型なのに、離れた艦艇を戦闘不能にした南十星とナージャは、氷上からポートアイランド本島に移動し散発的な戦闘を行っている。

 十路とおじが持ち場を任せて離れたため、そのフォローに、上陸部隊と戦っている。


「ナトセさん、戦い方が荒っぽくなってません?」


 敵とは距離をへだて、剣の間合いではないのに、ナージャは腰の鞘から居合い抜く。

 すれば離れた敵が持つ《魔法使いの杖アビスツール》である小銃が半ばまで断ち切られ、見えない刃に斬られたように防弾装備のプレートがへこむ。


 改修されたナージャの《魔法使いの杖アビスツール》の鞘は、内部に金属粉末を発射する機構を備えている。彼女の単分子モノフィラメントソード黒の剣チョールヌィ・メェーチ》に切れ味を発揮させる際、床か壁に接触させて刃を形成させるが、その手間なく抜き打ちができる仕様になった。

 しかも即座に納刀すれば、すぐに次へ対応できる。

 ゆえに隠し玉のひとつだった、振る途中で《魔法》をキャンセルし、内包した粒子を高速でぶつける『斬撃を飛ばす』技を、普段使いできる。


「ナージャ姉こそどーなんよ」


 敵が遮蔽しゃへい物としていた建物壁面が突然、不自然に隆起する。防具などお構いなしに次々と繰り出された石の拳に滅多打ちにされて吹き飛ぶ。

 延長三次元物質操作クレイトロニクスプロトコル。触れたものを自身の手足の延長して扱う限定的な《ゴーレム》は、元々南十星が持っている能力だ。


 だが今の彼女は離れている。遮蔽物の陰に潜み、銃を撃とうとしていた敵を、打撃技で沈めた。

 切り離して飛ばした彼女の左腕がそれを可能とする。ロケットパンチも元々彼女には可能な人外行為だ。だが元々トンファーだった《魔法使いの杖アビスツール》が部分鎧となり、ケーブルと接続した有線式となったことで、離れた場所からでも距離に制限ある《魔法》を使える。


「それにごテーネーな戦いなんぞ、できやしないさ!」


 モーター音を鳴らしてリールがケーブルを巻き取り、左腕を再接続した途端、南十星は虚空に裏拳を放つ。撃音を発し頭部を狙った銃弾を弾き飛ばした。


 更に複数の《魔法回路EC-Circuit》に取り囲まれた。効果を判別するよりも前に、南十星もナージャもその場を飛び退くと、熱力学の榴弾が炸裂し、衝撃波と共にダイヤモンドダストが吹き荒れた。


 その時には既に次の手が置かれている。小銃の下部にマウントされたM203グレネードが撃ち込まれ、近接信管により空中で爆発に巻き込まれた。


『これが平均化された《魔法使いソーサラー》ですか……』


 咄嗟に《ダスペーヒ》を全身に展開し、無傷で凌いだナージャがこぼす。


「思ってたより厄介だね」


 爆発に巻き込まれたが、《ホウ》の自動戦闘継続プロトコルが、裂かれた南十星の肌と肉を修復し、突き刺さった破片を除去する。


 ふたりして近場にあった大きな建物――神戸市立威容センター中央市民病院へ飛び込むと、新たにグレネードランチャーの発射音が響く。だが今度は榴弾ではなく、白煙を曳いた催涙弾と、金属箔を仕込んだ対 《魔法使いソーサラー》用チャフグレネードだ。屋内に煙と電波欺瞞紙チャフが充満する。


『実は催涙ガスって、国際条約で戦争じゃ使えない化学兵器なんです』

『暴徒鎮圧とか強行突入とか、警察じゃよく使ってんじゃん?』

『そこが辻褄つじつま合わないところなんですよー』

『ま、あたしらとの戦いは、ゲンミツな意味じゃ戦争じゃないってことなんしょ』


 南十星もナージャもガスへの備えはない。《魔法》で生命維持装置を再現すれば影響を受けないが、それもしない。

 ただ病院の廊下を疾駆し、ガスにかれる前に逃げ出す。


「ふたつにひとつ。どっちだと思います?」

「突っ込んでくる」

「根拠は?」

「勘?」

「……まぁ、この状況ならそっちがありえそうですか」

「なんで不服そうなのさ?」

「ナトセさんの勘って、信じきれないけど無視もできないので……」


 戦闘開始直後、人工島に榴弾やロケット弾が雨あられと降り注いせいで、市民病院も上層は破壊されている。いつ崩壊するかわからない。


 だが、遠距離攻撃を釣瓶つるべ撃ちに叩き込み、ふたりを葬るつもりだとは思えない。大量の瓦礫のせいで遠距離攻撃が阻まれるし、瓦礫ごと一撃で吹っ飛ばすような高出力 攻撃を容易に使えない性能なのだろう。


 確実に支援部を殺すならば、近接戦闘を仕掛けてくる。


「来た!」


 ガラスの割れた窓から。瓦礫の隙間を縫って。三次元物質操作クレイトロニクスで地面を泳いで。

 南十星とナージャの戦闘フィールド内に、敵が躍り出た。


「「甘い」」


 《魔法使いソーサラー》ならば動体視力も反射速度も常人とは比べ物にならない。

 しかし音速で動け、近接戦闘特化型として成長した南十星とナージャは、もっと速い。


 振るわれるナイフを平然とかいくぐり、あるいは真の黒に染まった刃や腕で受け止め、骨を砕く一撃で返り討ちにする。


 だが、それでは済まない者が登場する。


「!」


 突如、壁を突き破って繰り出されたあがり鎌十文字槍を、南十星はギリギリで避ける。熱力学推進による加速とは異なり、元来の肉体と運動神経を強化したに過ぎないが、的確で素早い槍さばきが南十星を攻め立ててくる。


「!」


 突然の刺突が伸びる。《ダスペーヒ》を展開する間もなく《黒の剣チョールヌィ・メェーチ》で逸らすのが精一杯。しかも隙間から刃が伸びる瓦礫の壁が突進で打ち崩された。飛礫つぶてと共に数度刃が振るわれたため、り合わせながら下がらざるをえない。


 南十星とナージャは背中合わせになり、それぞれの強敵と改めて対峙する。


「よぉ。和っちセンパイ。追いついてきたんだ?」

「大変だったぞ……六甲山に置いてけぼりにされて。道なんか使ってられないから、夜中の森をモトクロスすることになったし」


 分解された壁の穴を広げて入ってきたのは、槍を手にした黒いライダースーツの青年。ヘルメットはなく、中性的な顔をゲッソリと歪ませて、ウルフヘアの茶髪をかき上げる。


師匠ペタゴーグは随分と身軽ですね」

「お主らが変な逃げ方をするから、車を捨ててここまで来たのだ。仕方なかろう」


 鍛えられた壮年の肉体が身につけているのは、迷彩柄のカーゴパンツに、Tシャツ・N-1デッキジャケットだけ。軍人らしさは多少あれど、戦場では非常識すぎる軽装だ。以前装着していた具足型パワードスーツもない。

 唯一の武力も場違いと言える。帯を巻き、腰にいた鉄鞘と、手にした二尺六寸の太刀なのだから。


「やっぱり戦わなきゃいけませんか」

「だよね」


 背中で互いの背中を押し、南十星とナージャは飛び出した。

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